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第6話 はじまり

「ふにぃ〜……」


 リビングにあるソファーに顔を埋めて、秋葉は気の抜けた声を漏らす。

 時刻は夜の8時半を過ぎた頃。

 春也とのデートを終えて帰宅した秋葉は、風呂だけ済ませるとソファーに寝っ転がっていた。

 お腹いっぱいスイーツを食べたせいで、夕食を取りたいとは思わない。

 ただゆったりと、今日あったことを思い返しているのだ。


「春也……もう今度から春也って呼んじゃっていいよね……ふふっ」


 うつぶせのまま、すらっとした足をバタバタと動かす秋葉。

 ソファーのクッションがパフッパフッと音を立てる。

 クッションに隠されたその顔には、おそらく大学で誰も見たことがないほど緩んだ笑顔が浮かんでいた。

 そしてその顔は、ガチャっと玄関が開いて誰かが入ってきても締まることがない。


「何やってんの……? バタ足の練習?」


 リビングに入ってきた女性――冬月花音は、ソファーでパタパタしている妹を見て、けげんな表情を浮かべた。

 妹とは違って明るく染め上げた茶色のロングヘアで、ぱっちり強めのメイクをしている。

 秋葉にレンタル彼氏とのデートを押し付けた張本人だ。


「あ、お姉ちゃんお帰り」

「ただいま……って、うわ。何その締まりのない顔」


 大学では絶対に見せない顔でも、家族の前、特に姉の前では隠そうとしない。

 幸いなことに、この姉妹は変な軋轢もなく仲良しなのだ。


「えへ~。なんでもない……ことはないんだけど~、でもなんでもな~い」

「すっと言えばいいのに」


 花音は荷物を置くと、ソファーに腰掛けて大きく伸びをした。

 秋葉も寝っ転がるのをやめて、花音の隣に座る。


「レンタル彼氏、代わってくれてありがとね」

「ううん。気にしなくていいよ」

「これ、バイト代」


 花音はすっと諭吉を2枚差し出す。

 しばらくそれを見つめて瞬きを繰り返したのち、秋葉は丁寧に両手で受け取った。


「いただいておきます、お姉さま」

「うむ」

「ていうか、お姉ちゃんのプリン食べちゃった借りがあったから、バイト代なんて出ると思ってなかったよ~」

「さすがにプリン1個で知らない男と4時間デートは割に合わないでしょ。ちなみに大丈夫だった? まあ、ちゃんとしたところだから変なことされたりとかはないだろうけど」

「大丈夫どころか……その……」


 楽しそうに何かを口ごもる妹を見て、花音は何かあったなと察する。

 しかしそれと同時に、ふとした疑問が頭に浮かんだ。


「レンタル彼氏に来た人がめちゃくちゃタイプだった。これは正解?」

「うーん、正解」

「そんなとこだと思ったけど……秋葉、大学に良い感じの人いるって言ってなかった?」

「そんなそんな! 全然良い感じなんかじゃないよ!」


 手を左右にぶんぶん振って否定する秋葉。

 ただその頬が少しずつ赤くなっているのを、姉は見逃さない。


「何だっけ、ナンパから助けてもらったんだっけ?」

「う、うん。大学入る直前のことだし、向こうは全く気付いてないみたいだけど」


 春也は全く認知していないのだが、実は春也と秋葉は大学に入学する前に出会っている。

 秋葉が街で怖そうな男にナンパされていたところを、通りがかった春也が助けたのだ。

 大学で再会した時、秋葉はすぐ春也に気付いたのだが、向こうがまるで覚えていないようだったので声を掛けられず、気が付けば1か月半が経過してしまったのだった。


「あの時助けていただいた女子大生ですって言っちゃえばいいのに」

「鶴の恩返しじゃないんだから。それに今さら言うのって、タイミングおかしいじゃん」

「だから早いうちに言っちゃえば良かったんだよ。もう、我が妹はどうしてこんなに恋愛下手かねぇ。バカみたいに告白されるくせに、自分からは動けないんだもん」

「バカみたいとか言わないの」

「ていうか、まじでその子なの? ナンパから助けてくれた男って」

「顔もちゃんと覚えてるから、見間違うはずないよ。何回か、あの時と同じ服を着てきてる時もあったし。それに春也、やっぱり優しいんだよ。今日だって……」


 秋葉はショッピングモールであったことを姉に話す。

 迷子の女の子に抱きつかれたこと。

 春也が優しく対応して女の子を安心させたこと。

 俺にスイーツバイキングのチケットをもらってお腹いっぱい食べたこと。

 全て聞き終えると、花音は妹の肩を抱いて言った。


「う~ん? お姉ちゃんの代わりにレンタル彼氏とデートしたんじゃなかったのかな~? 何で愛しのヒーローとデートしてるのかな~?」

「そ、それは! 実はお姉ちゃんが予約したレンタル彼氏が、春也だったから……」

「え、マジで?」

「うん」

「そーいえばそんな名前だったっけ。あれ? 今まで夏なんとかくんって呼んでなかった? いつの間に春也呼び?」

「それは……その、私だって恋愛下手なりに頑張ったんだから」


 秋葉はただ単に、ナンパから助けられたから春也を意識し始めたわけじゃない。

 ナンパから助けてくれた男の子と大学で再会なんてドラマみたいな展開がエフェクトとなった部分はもちろんあるにしろ、それをきっかけに春也に目を向ける中で、彼の優しさに惹かれていったのである。

 たまに目が合うと照れくさそうに会釈してくれるところも、秋葉の心をドキッとさせた。


「あのね、お姉ちゃん」


 花音が言う通り、恋愛に関して自分からは動けないはずの秋葉だが、今日はいつもと違った。

 気になっていた相手とデートできたことで、テンションが上がっていることも背中を後押しする。

 そして手元には姉からもらった2万円。軍資金もある。

 秋葉は花音に肩を抱かれたまま、笑顔で言った。


「春也が登録してるレンタル彼氏のサイト、私にも教えて?」

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