第36話 積極性の指輪
第24話が抜けていたことに今になって気付きました……。
申し訳ありませんでした。
花火大会から一夜明けた昼下がり。
秋葉は例の噴水広場にいた。
ちらほらと人が行き買うなかで、ひとりで立っている。
“春也、まだかな……。”
ふとその肩が、優しくぽんぽんと叩かれた。
秋葉が振り返ると、そこでは笑顔の春也が手を挙げている。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たところだから大丈夫だよ」
「それなら良かったけど」
「何か今のやり取り、待ち合わせしてる恋人みたいだね」
「みたいじゃなくて、実際にそうなんだけどね」
「あ、そっか」
どうにもまだ頭がふわふわしていて、2人とも実際に付き合ったのだという実感がない。
昨日は花火大会の雰囲気に当てられていたが、一晩明けてみると、お互いに素敵な夢を見ていたんじゃないかと思ったほどだ。
それでもこれから、2人で時間を重ねていくうちに、どんどん恋人らしさが増していくはずだ。
「手……」
「うん」
秋葉が差し出した手を、春也がぎゅっと握る。
そして2人は、噴水広場を離れて歩き始めた。
昨日は竜馬と蘭、さらに途中からは光と花音がいた。
今日のこの時が、実際に交際を始めてから2人で過ごす初めての時間だ。
「それにしても、今日は暑いよね」
「だね~」
春也の言葉に同意して、秋葉は空を見上げる。
初めて春也とデートした時と同じように、澄み渡る青が一面に広がっていた。
気温はその時よりも一段と高く、7月を目前に本格的な夏の訪れを感じさせる。
「夏だね」
「夏だな」
「こんなこと言うのも野暮かもしれないけど、実は私、夏が来る前に春也に告白しなきゃって思ってたの」
「え!? 俺も本当に同じこと思ってた。夏が来るまでにはって」
「そうなの!?」
2人は驚いた顔で目を合わせ、そしてどちらからともなくふふっと笑いをこぼす。
同じ願いを胸に秘めていて、そしてそれを叶えることができた。
心の裏側をくすぐられてるような、何とも言えない幸せなこそばゆさがある。
「それでそれで私の彼氏さん」
「何ですか、俺の彼女さん」
「今日はどこに行く?」
「秋葉はどこか行きたい場所ある?」
実はこの2人、記念すべき正式な初デートだというのに全くの無計画である。
2人とも、昨日の夜が終わって一気に緊張の糸が切れたのか、お昼前まですっかり眠り込んでしまっていた。
そして目が覚めて、どうしようもなくお互いに会いたくなり、とにかく準備だけして待ち合わせ場所に来たというわけだ。
「せっかくだから、何か記念になるものが買いたいな」
「いいね。そしたら……またショッピングモール?」
「あそこしかないもんね、この近くだと。でも良いと思う。いろいろお店あるし」
“初デートの場所だしな。”
“初デートの場所だしね。”
2人とも、同じ言葉が頭の中に思い浮かぶ。
今まではずっと、それを口に出すことはなく、心の中に秘めてきた。
でも今日からは、隠す必要もない。
「初デートの場所だしな」
「初デートの場所だしね」
春也と秋葉は同時に言って、それからまたしても笑いあった。
「あー、春也といると楽しい」
「俺も楽しいよ」
2人はもう一度視線を合わせてから、ショッピングモールへと歩き始めるのだった。
※ ※ ※ ※
日曜日の午後ということもあり、ショッピングモールはそこそこ混雑している。
大学生らしき集団もちらほら見かけるが、もう何を心配する必要もない。
春也と秋葉は堂々と寄り添って店をまわり始めた。
「それで……記念になる物ってどんなのがあるのかな?」
「そうだねぇ……。春也とお揃いの物がいい」
「賛成。そうすると……」
「あ、ペアリングだって」
秋葉は近くに陳列されていた指輪を手に取る。
シルバーに光ってはいるが、値段は十分に手の届くレベルだ。
ジュエリーショップでも何でもないただの雑貨屋で売られているものなので、決して高価なものではなかった。
“ペアリングか……。”
あくまでも、恋人同士で着けるペアリングは、婚約指輪や結婚指輪とは異なる意味合いを持つ。
それは分かっていても、2人で指輪となるとどうにも結婚の2文字がチラつく。
今までの秋葉だったら、笑ってごまかして、指輪をそっと戻していたかもしれない。
でも晴れて春也の恋人になった秋葉は、一味違った。
「これ、付けてみようよ」
春也の手を取り、その人差し指に指輪をはめる。
薬指は、さすがにあからさまなのでチョイスしなかった。
はめられて指輪を店の光に照らして見てから、春也は秋葉に言う。
「何か今日、積極的じゃない?」
「そ、そうかな。嬉しくて、テンション上がっちゃってるのかも」
そう言ってはにかんだ秋葉のかわいさに、春也は秒速ノックアウトされる。
そして自分も指輪を手に取ると、秋葉の人差し指にはめた。
「なんか……照れるねこれ」
「だな……」
恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに指輪に触れて、秋葉が言う。
「人差し指にペアリングをはめると、意味は積極性になるんだって」
「そうなんだ。今日の秋葉にぴったりだね」
「今までの分、積極的な夏にしたいな」
「俺も積極的に行くよ」
2人は見つめ合って、指輪をはめた手を重ねる。
そして笑顔で声をそろえた。
「「これにしよっか」」
翌日、指輪をはめて大学に来た春也と秋葉が、竜馬と蘭に「結婚だ結婚だ」と冷やかされたことは言うまでもない。