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第31話 夏が来る②

「秋葉ちゃ~ん、アイス買ってきたけど食べる?」

「食べる……!」


 ホラーのせいで光が眠れなくなり、春也のベッドにもぐりこんだのと同じ夜。

 花音がコンビニのレジ袋から取り出したアイスを、秋葉はありがたく受け取った。

 バーゲンダッツ。

 名前にバーゲンと付いているわりに、ちっともお安くないアイスである。

 ただその分、味はやはり美味しい。

 秋葉に渡したグリーンティーと共に、花音は自分のためのバニラも取り出した。


「どうしたの? 急にアイスなんて」

「んー、ご褒美。ついさっき、締切はっ倒したから」

「おー、お疲れ様」

「どもども」


 花音は無事に締切をクリアできた安堵を抱きつつ、アイスを食べ始める。

 秋葉もまた、ほろ苦いグリーンティーのフレーバーを口に運んだ。


「秋葉ちゃん、今週末は花火大会なんだっけ?」

「うん」

「春也くんも来るの?」

「来るよ。あと友達が2人」


 机を囲んでアイスを食べながら、姉妹はゆったりと会話を交わす。

 花音は頬杖をついて、妹の顔を見つめた。

 秋葉はきょとんとした顔で見つめ返す。

 少しの沈黙の後、花音が口を開いた。


「秋葉ちゃんさ」

「うん?」

「春也くんのこと、好きなんでしょ?」

「ふえっ……!? そ、その……うん……」


 秋葉は顔を真っ赤にして黙り込む。

 火照った顔を冷やそうとアイスを口に運ぶが、あまり効果がない。


「彼氏いないお姉ちゃんに言われたくないかもだけどさぁ~。でもせっかく好きな人いるなら、ちゃんと伝えなきゃもったいなくない?」

「それは……分かってるけど……」


“分かってる。

 気になるなんてレベルじゃないって、

 春也のことが好きなんだって自覚したあの日から、

 ずっと好きだって伝えなきゃいけないって分かってる。

 でもなかなか踏み込めなくって、夏が来るまではって勝手に先延ばしにした。

 そして気付いたら、もう夏がすぐそこまで迫ってた。”


「この時期の花火大会なんて、夏に向けた恋の始まりに最高じゃん? チャンス、来てるんじゃない?」

「で、でも今週末って、ちょっと急すぎないかな」

「そんなことないって」


“今までどんだけ惚気ていちゃついてきたと思ってるん……。”


 そんなぼやきを、さすがに口に出す花音ではない。

 光から見れば、花音から見れば、どちらから告白しても失敗しないように思える。

 それでも春也からすれば、秋葉からすれば、せっかく仲良くなれた関係性が、踏み込んで壊れてしまうのが怖かった。

 だから夏までにはと決めた。

 でもその実は、期限を設けたようで、本当の決心を先送りにしただけだった。


「春也くんってかっこよくて優しい男の子なんだよね?」

「うん」

「じゃあさ、他の女の子も放っておかないんじゃない?」

「そ、それは……!」


 秋葉の心がぐらりと揺れる。

 春也がレンタル彼氏のバイトをしていた時、他の女の子とデートしていた時、心がズキズキと痛んだ。

 バイトだって分かってて、そうやって言い聞かせても、それでも痛かった。

 その痛みがまた、秋葉に春也への好きを自覚させた。


“もし春也が、バイトでも何でもなく他の女の子とデートしてたら……?”


 考えただけで、その痛みはこの間の比じゃない。

 考えたくもない。


“春也の隣にいるのは私がいい。私にずっと春也の隣にいさせてほしい。”


「恋愛経験の有無はともかく、ラブコメ作家のお姉ちゃんからのアドバイス~」


 残っていたアイスを一気に食べきると、花音は秋葉をびしっと指して言った。


「結局のところさ、恋は動いたもん勝ちだよ。動かなかったら、そもそも物語には登場できない。もし動いたとしても、タイミングが遅かったり動きが小さすぎたりしたら、待っているのは負けヒロインとしてのエンディング」

「負けヒロイン……」

「そう。春也くんの正ヒロインに、最推しのヒロインになりたいなら……」


 少し間を開けて、花音は妹をまっすぐに見つめたまま続ける。


「誰よりも早く、誰よりも大きく行動しなきゃね」

「誰よりも早く、誰よりも大きく……」


“まあ、あの様子だと春也くんが秋葉ちゃん以外の女の子に釣られることもないだろうけどね。”


 キノコカート大会中に、花音もさんざっぱらいちゃつきを見せつけられている。

 とはいえこんなことを言ったのは、恋に臆病な妹に、初めて本気になった気持ちを後悔してほしくなかったからだ。

 そしてこのアドバイスは、間違いなく秋葉の背中を押したのだった。


“そうだよね……。行動しなきゃ何も始まらない……。”


 初めてのデートで名前を呼び合った時も。

 次の日もデートするべく春也の放課後を予約した時も。


 秋葉は何度も頑張って踏み込んできた。

 そのおかげで、ここまでの関係性を築くことができた。

 そして何よりもそのスタートは、ナンパされて困っていた見ず知らずの秋葉を、春也が勇気をもって助けてくれたことだ。

 積み重ねてきた2人の行動が、少しずつ少しずつ世界を変えている。

 もう十分に、大きな変化を起こす用意は整っている。


“今度の花火大会が、夏前のラストチャンス……!”


 心が、決まる。


“夏が来る。好きだって伝えなくちゃ。”

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