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第30話 夏が来る①

「以上で私たちの発表を終わりにします」


 秋葉が最後を締めくくると、教室からパチパチと拍手が起こった。

 グループ決めから早数週間。

 猛暑がそろそろ準備を始めようかという6月下旬の教室で、例の『世界が変わった瞬間』に関する発表が行われている。


「うん、良かったね」


 春也たち4人が席に戻ると、先生は開口一番に褒め言葉を述べた。


「他のグループとはうまく視点をずらして、身近なテーマに持っていったところが高評価だな。発表内容にもユーモアがあったし、伝えたいことはちゃんとまとめられていた。お疲れ様、よく頑張りました」


 無事に発表を終えられた安心感と、褒められた嬉しさで、4人は顔を合わせてにっこり笑う。

 そして小さくハイタッチを交わした。

 そこへちょうど、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。


「お、もうこんな時間か。じゃあ残ってるグループの発表は次回。それでは解散」


 そう言って先生が出て行くと、教室が一段と賑やかになる。

 そんななかで、蘭がスマホ片手に言った。


「おつかれ~。ところでさ、みんな今週末は何か予定ある?」

「特にないな。部活もないし」

「俺も空いてるよ」

「うん。私も予定ない」

「じゃあさ、これ行ってみようよ!」


 蘭が見せたスマホの画面には、『花火大会』の文字が躍る。

 本格的な夏祭りの時期には少し早い気もするが、今週末に大学の隣町で開催されるようだ。


「6月に花火大会って珍しいな」

「だよね。でもわりかし盛り上がるみたい。屋台も出るし、結構な数の花火が打ち上がるみたいだよ」


 蘭にサイトを教えてもらって春也も見てみると、昨年の様子を撮影した写真が載せられていた。

 浴衣姿で楽しむお客さんがいて、食べ物の屋台や射的などゲーム系の屋台もあり、時期が気持ち早い以外は、普通の夏祭りのようだった。


「いいね。楽しそう」

「うんうん」


 春也が賛成すると、隣の秋葉も頷いて同意を示す。

 提案者の蘭はもちろん、竜馬も賛成したので、今週末の花火大会行きが決定した。


「ふーん。キャッチコピーは『夏、開幕宣言。~夏の始まりを告げる花火大会~』だって」


 何気なく竜馬が呟いたキャッチコピーが、ぼんやり春也と秋葉の耳に残る。


“そっか……。”

“そっか……。”


““夏はもうすぐそこなんだ。””




 ※ ※ ※ ※




「お兄ちゃん」


 その日の夜。

 春也が自室のベッドで寝っ転がっていると、光が入ってきた。


「どうした?」

「特に用はないんだけど」


 そう言いながら、光は春也の横に潜り込む。

 そして自分の背中をぴったりと兄に密着させた。


「どうしたんだよ」

「何でもないってば」


 そう答える光の声が、少し震えている。


“あーこれは、怖い話でも観るか読むかしてひとりじゃ寝れなくなったやつだな。”


 一見、何事にも物怖じしないように見える光だが、それなりに苦手なものもある。

 そのうちのひとつが、ホラー関連の番組や本などだ。

 そのくせして、テレビなんかでやってると強がってみたりするものだから、そんな日の夜は春也のベッドで寝るのが恒例になっているのである。


「お兄ちゃん」

「んー?」

「電気消そうよ。私、寝ないと」

「しょうがない奴だな……」


 時刻は10時過ぎ。

 春也からすれば少し寝るには早い気もしたが、電気を消してベッドに戻った。

 ここのところは発表の準備などで忙しかったので、早めにゆっくり休むのも悪くないかもしれない。


「お兄ちゃん」

「寝るんじゃなかったのかよ」

「花火大会、今週末行くんだっけ」

「そうだよ。さっきご飯の時に言ったろ」

「秋葉ちゃんも?」

「うん、一緒」

「じゃあさ」


 光はもぞもぞ身体を動かし、春也の方に向き直って言った。


「告白しちゃいなよ。花火大会とか、ムード超最高じゃん」

「こくっ……!? 何言って……」

「秋葉ちゃんのこと、嫌いなの?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ好き?」

「それは……そりゃ……好きだけど」


“ずっと好きだ。ずっとずっと。仲良くなる前から好きだった。仲良くなってからはもっと好きになった。秋葉のことが、好きだ。”


 心の中では何とでも言える。

 でも秋葉を前にすると、不思議なことにその言葉が出てこない。

 レンタル彼氏とお客さんとしてデートしてから、もう1ヶ月と少しが経過した。

 2人きりになること何度もあった。

 でもそのたびに、まだタイミングじゃない、まだ夏じゃないと言い聞かせてきた。


「どうして秋葉ちゃんに好きって言わないの?」

「それは……いろいろ大人の事情ってやつがだな」

「フラれるの怖いの?」

「うぐっ……。それもある」


“フラれるわけがないじゃん。”


 光は心の中でぼやいたが、あえて口に出すことはしなかった。

 そんな妹を前に、春也がぼそっと呟く。


「夏……」

「え?」

「夏までにはって……思ってる」

「はあ……。あのね、お兄ちゃん」


 大学生の色恋沙汰にため息をつく小学2年生。

 春也はたまに、自分の妹が小学2年生よりもずっと上に見えることがある。


「あっという間に夏になっちゃうよ?」

「……分かってるよ」


 春也は小さな声で答えて、窓からのぞく夜空を見つめた。

 ひときわ輝く星を頂点に、3つの星が大きな三角形を形作る。

 デネブ、アルタイル、ベガ。

 夏の大三角が、もう夜空に輝いている。


「……」


 春也が目を閉じると、瞳に残った夏の大三角の残光の奥に、どういうわけか秋葉の笑顔が浮かんでくる。

 心が、決まる。


“夏が来る。好きだって伝えなくちゃ。”

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