第28話 誘拐犯・冬月花音
「そしたらそろそろ出ようか~」
蘭の一声で、みんな喫茶店を出る準備を始める。
料理にもドリンクにも4人とも大満足。
また来たいと思うような店だった。
「ごちそうさまでした~」
「ごちそうさまです」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
「またのお越しをお待ちしてます」
小さなマスターに見送られ、喫茶店を後にする。
そして何となくスマホを取り出した秋葉が、ぼそっと呟いた。
「あ、お姉ちゃんからラウィン来てる」
「花音さん?」
「うん……てえっ!?」
急に変な声を上げた秋葉に、隣にいた春也はもちろん、前を行く竜馬と蘭も驚き振り返る。
秋葉は目を真ん丸にして、スマホの画面を春也に見せた。
「んなっ!?」
春也もまた、秋葉と同じように変な声を上げる。
スマホの画面に映っていたのは、花音から送られてきた写真。
後ろから光を抱きかかえた花音が会心のVサインを決め、抱っこされている光も楽しそうに笑顔でピースしている。
「光!? なんで!?」
「何でお姉ちゃんと光ちゃんが……」
「え? 光っちと秋葉っちのお姉ちゃん?」
「どれどれ」
竜馬と蘭も、興味津々に秋葉のスマホを覗き込む。
そこへ新たに花音からメッセージがやってきた。
[光ちゃんは誘拐した!]
[返してほしければスタビャのドーナツを買ってこい!]
[買ってこい!by光]
「いや、なんで誘拐されてる側も要求してんだよ」
春也の至極真っ当なツッコミは、離れた場所にいる妹には届かない。
そして春也は、改めて写真を見直して気付いた。
「あれ? これ、俺の部屋じゃ……?」
光と花音の写真には、春也の部屋のベッドが写り込んでいる。
さらにはこの間バイト代で買ってあげたゲーム機も。
[何でお姉ちゃんが春也の家にいるの!?]
[(ΦωΦ)フフフ…]
[早くしないと光ちゃんがどうなっても知らないぞ~?]
[知らないぞ~?by光]
「だから、光は誘拐されてる側なんよ」
届かないツッコミをもう一発放ってから、春也は竜馬と蘭に申し訳なさそうに言う。
「なんか変なことなってるんで……」
「おう、行け行け」
「私たちは私たちで遊んで帰るよ」
竜馬と蘭は、そう言いながらそろってグーサインを出した。
「悪い!」
「ごめんね2人とも!」
春也と秋葉は並んでスタビャの方へと歩き始める。
その背中を見送りながら、竜馬がぽつりと呟いた。
「なんかさ」
「どしたの?」
「あの2人、段々と外堀も埋まっていってないか?」
「まあ光っちがあのキャラだし、秋葉っちのお姉ちゃんも明るそうな人だしねぇ」
「割とちゃんとくっつくまで秒読み?」
「かもしれない」
好き勝手にあれこれ推測批評する竜馬と蘭。
人の恋愛を語る時は、えてして自分のことは忘れがちになるものである。
「うーんっとぉ」
突き抜けるような青空に、蘭が大きく伸びをする。
「これからどうする?」
「んー、食べるだけ食べたからな。どっか遊びに行くか」
「だね。カラオケ?」
「ボウリングもあり」
「あー、ありだわ」
春也と秋葉のおかげというべきか、春也と秋葉のせいというべきか。
ともかく、このところ2人で過ごす時間が増えている竜馬と蘭だった。
※ ※ ※ ※
「ふう~」
冬月花音は春也の部屋で足を伸ばして座ると、天井を見上げて息を吐いた。
隣では、光が楽しそうに花音のスマホでパズルゲームをやっている。
“きれいな部屋。春也くん、ちゃんとしてるな。”
どこの姑だよという視点で査定しつつ、横の光に話しかける。
「ねえねえ、光ちゃん」
「なにー?」
「春也くんと秋葉ちゃんって、お似合いだと思う?」
「思う!」
光はパズルゲームの手を止めて、それはそれはテンション高く語った。
「お兄ちゃん、秋葉ちゃんといる時めちゃ楽しそうだもん! ラウィンしてる時もニヤニヤしてるし!」
「そっかそっかぁ~」
“ラウィンでニヤニヤは秋葉と一緒だな。”
どうにも似た者同士の2人に、花音はつい微笑ましくなる。
それから勝ち誇ったように言った。
「まあでも、秋葉ちゃんより先に春也くんの部屋入っちゃったけどね~」
「え?」
花音の言葉に、光はきょとんと首を傾げた。
実は花音、秋葉がすでにこの部屋に来ていることを知らないのである。
秋葉と光の接点は、スタビャで出会った時のことしか聞いていないのだ。
「秋葉ちゃん、この間うちに来たよ?」
「へ?」
「一緒にキノコカートして、晩ごはんも食べた!」
「そうなの!?」
“あー、あの晩ごはん食べて帰るって言ってた日か……! むむむ……お姉ちゃんに春也くんの家ってちゃんと言わないとは怪しい……。”
勘ぐり過ぎである。
ただ単に、秋葉の側から特に言うタイミングがなかっただけだ。
何もやましいことを隠しているわけじゃない。
「光~! お兄ちゃん、もうすぐ帰ってくるって~!」
下の階から、夜ご飯を仕込み中の母親の声が響く。
「はーい!」
光は元気よく返事してから、花音に言った。
「お兄ちゃんたち、もうすぐ帰ってくるって!」
「おおっ、楽しみだね~」
“いよいよ、春也くんとご対面……!”
本当だったら、ゴールデンウィーク明けに出会っているはずの相手。
あの時は取材ができなくて残念がった花音だったが、今となっては唐突に打ち合わせを入れてきた編集に感謝したい気分である。
期待に胸を躍らせながら、春也と秋葉の帰りを待つ花音だった。




