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第1話 待ち合わせ

 連休明け独特のけだるさが少しずつ薄れてきた5月半ばの放課後。

 夏川(なつかわ)春也(はるや)は、澄み渡る青空をちらっと見上げ、それからスマホに視線を落とした。

 入念に日付と時間を確認するその手は、ちょっと震えている。

 それもそのはず。

 初めてのバイトが、これから待ち受けているからだ。

 しかもバイトの内容はレンタル彼氏。

 お金をもらって女性と数時間限定のデートをする仕事である。

 誰かと付き合ったこともなければ、良い雰囲気になったこともない純な大学一年生が、いきなりレンタル彼氏なんてバイトをしようというのだ。

 緊張しないわけがない。


「は~るやっ」


 一人の男子学生がやってきて、固い表情の春也に声を掛ける。


「竜馬か。どうした?」

 

 竜馬と呼ばれた男子生徒は、ニカッと笑うと春也の肩に手を置いた。


「カラオケ行こうぜ~。なんとなんと、クラスから女子も何人か参加してくれるらしいし。し、か、も……」


 竜馬は春也の耳元に口を近づけて、こそっと囁く。


「冬月さんも来るってさ」


 冬月さんという名前に、春也はぴくっと反応する。

 冬月秋葉という名前の女子生徒は、そうそういないレベルの美少女かつ性格も明るい人気者というパーフェクト女子大生だ。

 そして何を隠そう、春也がひっそり想いを寄せる相手でもある。

 もちろんそんな完璧美少女を春也以外の男どもが放っておくはずもなく、入学してから1ヶ月ちょっとのこれまでに十数人が告白したらしいが、全員ものの見事に玉砕したらしい。

 俗にいう高嶺の花というやつだ。


「なかなか話す機会もないんだろ? お近づきになるチャンスだぜ?」

「いやそうなんだけど……」


 冬月秋葉が来るカラオケなんて、行きたい気持ちはやまやま。

 でもバイトの予定が先に入っている。

 そして春也には、どうしてもバイトをしてお金を稼がなきゃいけない理由があった。


「悪い。今日は無理だわ」


 断りを入れた春也に、竜馬は思わず目が点になる。

 そして両肩をがっちりつかむと、前後に勢い良く揺さぶった。


「正気かお前! こんなチャンスなかなかないんだぞ!」

「でもバイトが……」

「は? バイト?」


 一瞬の間を置き、竜馬は別の意味で春也を揺さぶり始めた。


「何でだよ! は!? 指名入ったのかよ!?」


 目から血の涙を流しそうな勢いで春也に迫る竜馬。

 実のところ、春也にレンタル彼氏のバイトを勧めたのは竜馬なのだ。

 まるで恋愛未経験の春也が、いきなりひとりでレンタル彼氏などと大それたことに手を出すはずがない。

 普通のバイトをしようと思っていたところ、竜馬に指名が入れば効率よく稼げるからとおすすめされたのだ。

 いろいろとそれっぽい理由をつけてレンタル彼氏バイトの良さをアピールした竜馬だが、本音を言えば、ただ竜馬がやってみたかっただけなのである。

 ただひとりでは踏み出せず、ちょうどバイトを探していた春也を道連れにした。

 それなのに、あまり乗り気じゃなかったはずの春也が先に指名されてしまったわけだ。


「そういうことだから、悪いな」


 春也は竜馬の肩をポンポンと叩き返すと、大学の構内を歩き始める。

 お客さんとの待ち合わせ場所は、大学の最寄り駅の前にある広場。

 このまま直行で向かうのだ。


「裏切り者ぉ~」


 地面にがっくり膝をつき、悲痛な声を上げる竜馬を背に、春也はすたすたと去って行ったのだった。



 

※ ※ ※ ※



 

「ふぅ……」


 待ち合わせ場所に着き、春也は小さく息を吐いた。

 スマホのインカメで前髪を整え、再びため息。

 さすがに緊張する。

 指名してくれた相手のプロフィールを見る限り、今からやってくるのは大学三年生のようだ。

 仕事とはいえ初デートの相手が見ず知らずの女子大生、それも年上とは、なかなかにぶっ飛んでいるといえる。


[ピロリン♪]


 スマホから鳴った軽快な音が、メッセージの到着を知らせる。

 差出人はこれから春也がデートする相手だ。


[多分もうすぐ着くと思います~!]


「[了解しました!]っと」


 返信を済ませ、春也は目を閉じ深呼吸した。

 いよいよ初バイトだ。

 すでに服装などを伝えてあるため、向こうがこの場所に来ればすぐに春也だと分かるようになっている。

 これから数時間、お金をもらって一緒に過ごす相手だ。

 第一印象が大切なことは言うまでもない。


“声を掛けられたら、精一杯の笑顔で挨拶と自己紹介をする……。”


 時間が許す限り、繰り返し頭の中でシミュレーションする。

 そしてついに、その時が訪れた。

 脳内シミュレーションに集中する春也の背後に、ひとりの女性がやってきて立つ。

 彼女はしばらく、春也の様子をうかがっていたが、あまりにも気が付かないので声を掛けた。


「あの……ハルヤさんですよね?」


 ふんわりと柔らかで、なおかつ澄み渡った美しい声に、春也は振り向く。

 さっきまで繰り返していたシミュレーションの通りに笑顔を浮かべ……


「初めまして~! ハルヤです! 今日はご指名ありが……え?」


 待ち合わせ場所にやってきた美少女に、春也は驚きのあまり言葉を途中で止める。

 ただ単に、これからデートする相手が息を呑むほどかわいかっただけじゃない。

 彼女のことを春也は知っていた。


「冬月さん……? どうして……」

「えっと……初めまして……じゃなくて数十分ぶりだね、夏川くん」


 春也の目の前で微笑む黒髪の美少女。

 それは紛うことなく、春也にとって大学最推しのヒロイン冬月秋葉だった。

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