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【起】不幸な少女、伯爵と出会う

昔々ある国に、一人の不幸な少女がいました。

どんな風に不幸かというと、幼少期、とある事情により全く口をきくことができなくなってしまったのです。

家が貧しかった少女は、そんな状況でも働きに出る必要がありました。ですがなんとか職を手にすることができても、話せない所為で失敗も多く、いつもすぐに解雇されてしまうのでした。


その日、3つ目の職場からもついにクビを言い渡された少女は、途方に暮れながら街を歩いていました。またすぐに次の仕事を探さなければなりませんが、口がきけない身ではそもそも雇ってもらえる先が限られています。どうしたものか…と考えようとしたところで、ぐうう、と、少女の腹の音が盛大に鳴り響きました。


まあ、お腹が減っていては、考えもまとまらないし。まずは美味しいものでも食べようかな。


生活の危機に直面しているはずの少女ですが、そんな風に気持ちを切り替え、なんと仕事ではなくディナーのお店を探し始ることにしてしまいました。

そう、この少女は少しばかり、楽観的すぎるところがあるのです。

ですがこの気質のおかげで、少女はどんな状況でも心を挫くことなく生きてこれたのでしょう。


さて、仕事をクビになった少女ですが、少ないながらも退職金を受け取っていました。このお金で、ひとまず今晩は美味しいものを食べることができそうです。

そういえば、どれくらいもらったんだっけな…と、所持金を確認しようと懐から財布を取り出した、次の瞬間。


ドンッ!


後ろから押されるような衝撃を受け、手にもっていた財布を強い力で奪われてしまいました。

ひったくりだ、と気づいた時にはすでに遅く。少女の財布を奪ったであろう男は、はるか先へと走り去ってしまっていました。

男が逃げた先は大通り。一目散に走る男に、不審そうな視線を送る歩行者もいました。

もし、「その男はひったくりです!」と叫ぶことができれば、誰かが男を捕まえてくれたかもしれません。ですが、少女にはそれができません。


少女は、不幸でした。

口をきくことができない上に、仕事をクビになり、有り金の全て入った財布を奪われ、逃げ去る背中をただ見つめることしかできないのでした。


とても前向きな少女ですが、今回ばかりは、心が挫けてしまうかもしれない、と思いました。

声が出せなくて、叫ぶことができない少女。ただ、伝えられないだけで、本当は心の中ではいつも思っていたのです。


誰か、助けて。と。


ひったくりが、曲がり角に消えて見えなくなります。これでもう完全に見失ってしまったと少女が諦めた、その時。


「いててててて!!」


曲がり角の奥から、男の大きな声が響いてきました。

ざわざわと、通りを歩いていた人々がそちらへ人だかりをつくり始めています。少女も急いで声のした方へ走っていきました。


「彼女に財布を返すんだ。」


角を曲がると、ひったくりの男の腕を青年がひねり上げていました。黒い髪に、少し幼さが感じられるものの、非常に整った美しい顔の青年は、到着した少女をちらりと見た後で男にそう言います。


「あれって、領主のリオ・グレヴィル様よね?」「ひったくりを捕まえたんですって!」「相変わらず紳士的で素敵だわ!」


周りに集まっていた人の中から、そんな声が聞こえてきました。そう、青年は、少女の住むこの街を領地とする、リオ・グレヴィル伯爵だったのです。


「僕が治める街での狼藉は許さないよ。お前たち、こいつを憲兵のところへ連行しろ。」


リオが命じると、従者達が男を軽々と持ち上げて連れ去ってしまいました。

突然目の前で起きたことに頭がついていかず、ぽかんと立っている少女。その元へリオが歩み寄り、取り返した財布を差し出しました。


「はい、君の財布だろう。たまたま見ていてね、気づくことができてよかった。ケガはないかい?」


とても裕福には見えない少女にも、リオは微笑みながら優しくそう声をかけてくれました。

お礼を言いたいところですが、少女にはそれが叶いません。感謝の気持ちを伝えるため、財布を両手で受け取ったのち、深々と頭を下げました。

少女のそんな対応に驚いたような反応をするリオですが、少女の事情を察したのか、遠慮がちに訊ねました。


「もしかして…君、話せないのかい?」


少女はこくん、と頷きます。

それを見たリオは、何かを考えるようなそぶりを見せ、しばらくして再び口を開きました。


「…君。今、仕事は何を?」


今度は首を横に振る少女。その動作で、リオは失業している状況を理解したようです。口元に手を当て、再度黙り込んで長考すると、なんとリオは少女に向けてこう言ったのです。


「決めた。君、僕の屋敷のメイドとして働かないかい?」

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