閑話【菅谷康介視点】神崎光
「光、なんで呼び出されたかわかるか?」
と、俺が働くホストの統括である、咲夜さんが聞いてきた。
「す…すいません…全くわかりません」
「だろうな。だからダメなんだよお前」
偉そうに言ってきてムカつくけど、売上でもTopである咲夜さんには逆らえない。
「申し訳ありません…」
「本当大問題引き起こしてくれやがって…」
そう言って、咲夜さんは一体何が起こっているのかを説明した。
話を聞くと、どうも蓮さんが莉乃愛に手を出したらしい。
そう言えば、何度か蓮さんに実家に送ってもらった記憶というか結果はあるが、その時はなぜか俺はほとんど記憶がなかった。
気付くと実家にいた。という感じだ。
「そんで、お前の妹は幼馴染の子に助けを求めた。その幼馴染の子が、今会長が懇意にしている人の息子だ」
幼馴染の子…。
もしかして、あのすごい小さい頃莉乃愛とよく一緒に遊んでいたあっくんか?
昔から体を動かしたり虫を捕まえたりと言った遊びより、莉乃愛と一緒にプリンセスごっこなんてものをやってた、あのあっくんか?
しかし、他に思い当たる莉乃愛に幼馴染と呼べるやつを俺は知らない。
「今回その幼馴染の親父さんからうちの会長に連絡があって、今回蓮をちょっと教育することになったから、お前も協力しろ」
「は…はい。申し訳ありません」
咲夜さんがというより、会長に話がいってしまってることが何よりもまずい。
俺は実際に会ったことはないが、この街を牛耳ってると言っても過言ではない人らしく、敵になったらもうこの街にも同業にもいることはできないと言われている。
そうして、咲夜さんに流れを言われたので、店に蓮さんのお客さんが来ていて、蓮さんがバックに戻ってくるちょうどいいタイミングがあったので言われた通り蓮さんに取引を持ち掛けた。
「蓮さん、蓮さん、ちょっといいですか?」
「なんだ光―?」
「蓮さん何度か俺を家まで送ってもらったじゃないですか?」
「おー本当、もうやめてほしいぜ」
「本当毎回俺記憶無くしてて申し訳ないです…ちなみにその時うちの妹見ました?」
と、蓮さんに言うと、ピクッとして動きが止まりこっちを見た。
「ん? あー見たよ。スタイルいいよなお前の妹」
「ちょっとお願いがあるんですけど、今度妹が家にいるであろうタイミングで連れてくんで、今来てる蓮さんの枝つかせてくれないですかね…? 今月ちょっと売上きつくて…」
そう言うと、蓮さんは、一気にニヤー―――っとして、
「おーおー、全然いいぜ! しかしお前妹いいのか?」
「いいも何も、妹とはいっても他人ですし、あいつもあんなんなんで別に今更でしょ」
「ふはは! いいぜいいぜ! んじゃ俺席戻って、枝につけるようにするから、OKでたら呼ぶから枝につけよ。特別に枝から指名とって今日だけはわれてもいいぜ」
「あざっす!」
そう言うと、お客さんの席に戻っていった。
しばらくすると、そのテーブルから呼ばれ、蓮さんがいま目にかけてる後輩だと紹介され、お客さんのお連れの女の子につかせてもらい、指名までしてもらった。
その日はそのまま、そのお客さんたちとアフターに行くことになり、着替えていると蓮さんが、
「光、約束忘れんなよ~?」
というので、
「もちろんですよ。近々で調整しますんで連絡します!」
「頼んだぜー」
そう言って先に更衣室を出ていった。
そして数日後、咲夜さんに言われた通り俺は蓮さんを連れて家に向かった。
家に入りしばらく待ってると、ガチャっと鍵の開く音がした。
それを聞いた蓮さんが、
「逃げられないように迎えに行ってくるわ~(ニヤニヤ) やっぱり…とか言うなよ光~(ニヤニヤ)」
「大丈夫です」
そう言いながら玄関に向かい、ドアを開けた。
暫くすると、ドスッという音と共に剣人さんの話し声が聞こえてきた。
その後咲夜さんの話し声も聞こえ、蓮さんの悲鳴のような絶叫のような声も聞こえる。
これはやばい。今外に出れない。
そしてしばらくすると、咲夜さんが車に乗れと言っているのが聞こえたので、俺も外に出た。
外に出ると、うちの店だけじゃなくグループの他の店の偉い人も勢ぞろいしていた。
そして、莉乃愛と幼馴染のあっくんもいた。
とりあえずこのメンツの前で下手なことは何であってもしてはいけないので、莉乃愛に近づき、「りのあ、悪かった…」と言ったら、「兄貴」とだけ言って、すぐ後ろを向いてあっくんと行ってしまった。
それから、咲夜さん達を他のホストと共に見送り、「光はこっち」と言われたので俺は、その先輩の車に乗った。
店に行くのかと思ったが、俺はオフィスビルの会議室に連れてこられた。
すると、連れてきてくれた先輩が、
「小一時間ここで待ってろ」
とだけ言うと会議室から出ていってしまった。
会議室はガラス張りになっており、時折通る人が見えるが、普通のオフィスと言って何ら問題がない。
一体どういうことだと思いつつ、言われた通り待っていた。
そして、1時間もたたないぐらいで、会議室のドアが開いた。
「あー待たせたな。光、そのまま座ってていいよ」
そう言って、俺の対面に座ったのは、多分会長だ。
「あー、咲夜達に会長と呼ばれてるのは俺ね」
「…あ…はい」
「とりあえず蓮の教育はしてきたから、後はお前なんだけど、お前ホスト辞めろ」
「え?」
「だからホスト辞めろ。身内に迷惑かけて自分で尻もぬぐえない甘っちょろい奴がホストで大成なんてするわけないだろ」
「え…でも…」
「心配するな。別の仕事を準備してやる」
別の仕事…いよいよやばいやつか……
「お前、居酒屋の店長やれ」
「へ…? はい?」
「最近俺が経営している別の会社で居酒屋を何店舗か出店してるから、その1つの店で店長やって死に物狂いで働いて結果出せ」
「え? まじすか?」
「ああ、その甘えた根性叩き直せ」
「え…」
「お前の給料は月15万で家はうちの会社で借りてる寮、月5万天引く。それでいいよな?」
「え…流石に…」
「あーちゃんと結果出したら、給料は普通に出してやるから、とりあえずその甘えた根性叩き直るまではそのままな」
「え…」
「わかったんか?」
「は…はい…」
「あと、わかってると思うが、この界隈で俺から逃げるなんてほぼ無理に等しいし、お前にとってもここで逃げたら多分もう終わりだからな。そのつもりでやれ」
「……はい…」
「んじゃ今すぐ、そのチャラついた長い髪切って坊主にしてこい、んで今日から働け」
そう言われ会議室から出された。
もう俺に選択権なんてないんだなと思って、急いで近くの美容院に行き丸刈りにして、オフィスに戻ると、居酒屋を展開する会社の本部の人に連れられて店舗に向かわされた。
居酒屋は来週オープンなようで、様々なものがテーブルに置かれている。
そして本部の人が、会長からの伝言と言い、「他の従業員は、調理してくれる人以外決まってないから従業員を取るなりなんなり後は本部の人に相談しながらやってとにかく結果出せ」とのことだ。
ホストとしてしか働いたこともないのに、もうオープン予定日は迫っており、俺はその日から家にも帰らず居酒屋の準備をすることになった。
まぁ家と言っても、付き合ってる風を装った客の家に転がり込んでいたので、俺の家というものはない。
本部の人にも相談しつつ、オープン準備をしていると、ちょうど店舗に来ていた本部の人が会長から電話だと電話を渡してきた。
「あー頑張ってるか? 湯月さんから、りのあちゃんが「もう私に迷惑かけないで欲しいと言ってる」と伝えて欲しいと言われたので、もう家族の縁は切れて、湯月さんの家との縁ができたと思ってくれって伝えたからな」
「あ、はい、わかりました」
「もう、大きく胸を張ってりのあちゃんの前に出れるまで、家族はいないものと思え、わかったな」
「…はい」
そう言うと、電話は切れた。
ホスト時代は想像もしなかった。こんなに汗だくになって、首にタオルを巻いて、雑な作業着を着て仕事をするなんて。なんで俺こんなんになっちまったんだろう…
会長さんの言う通り、ホスト辞めろって言われてやめて、この仕事をしろって言われて今それをやって、なんて時点で向いてなかったんだろうな…
でも母親が死んでから、こんなまともな感じに過ごしてきたことがなかったなぁ
そう思い、俺はまだ開店していない暗いお店のまだ完成していない天井を見上げた。
こうして神崎光はひっそりと姿を消し、菅谷康介として再び歩き出した。