【八代直人視点】ホロサンジの方向性
親父は少しして顔をあげると、
「これ以上の金額となると、こちらも評価が難しくなりますので、年毎の出来高で支払う形にさせて頂きたく思っています」
「それですと、御社の都合で、配信者が途中で引退した場合はどうなりますか?」
「もちろん年毎の出来高となりますので、引退までの実績分を換算してということになります」
「それじゃ話になりませんね」
と木田さんが言った。
出来高方式はうまくいけば、今提示した金額よりはるかに多くなるだろうが、配信者が人間である以上何が起こるかわからないし、業界的にも新しくどうなっていくかなんて読めない。
まぁこうなるよな…。
と思っていると、吉川さんが、
「いいですよ、この金額で」
と言い、先方の参加者が全員「しゃ、社長!」みたいな感じで驚いた。
というか俺も驚いた。
「いいですこの金額で」
と再度吉川さんが言うと、木田さんが、
「いやいや、吉川さん! 流石にこれは足元見られてますって!」
「木田さん少し静かにしてもらえますかね? 木田さんにご協力いただいているのはこれからのホロサンジの部分で、本件はこれまでのホロサンジのことについてですから」
「…」
「あと何度かお伝えしていますが、配信者はさん付けでお願いします。ロイドさん、まりんさんです」
と、ぴしゃりと言った。
「八代さん、金額はこれでいいです。細かいところは今からうちの顧問弁護士呼びますんで、そこで今同席している役員含め詰めさせていただけますか?」
「もちろんです。吉川さん本当によろしいのですか?」
「はい、もっと高いだろうと思う部分もなくはないですが、それ以上にうちもそろそろ本件の対応を発表しないと今後に影響が出すぎてしまうのですが、現状のままだとその発表もできないので」
「わかりました、ありがとうございます」
「正直、ロイドさんやまりんさんが、まさかいきなり活動休止するとまで思っていなかったもので、もう我々もあとには戻れませんから」
「そうだったんですね」
「はい、つい先日契約締結できて、発表を控えているものがあるんですが、うちがこの状況だと発表もできず…なので金額はこれで進めてください」
「わかりました、ありがとうございます」
そういうと吉川さんはスマホをだしながら席を立ち、会議室の端で電話しだした。
「直人、忙しくなるぞ」
「既に死ぬほど忙しいよ……」
「小平さん、これからが一番大変だと思いますがよろしくお願いしますね」
「はい、もちろんです」
と親父が話すと吉川さんが席に戻ってきた。
「30分ほどで来てくれるようですので、少しお待ちください」
「はい、わかりました」
「しかし、まさか芸能事務所大手のエンゲージさんとこういった取引になるとは思ってもいませんでした」
「そうですね、私も正直小平さんの話を聞かなければ触れもしなかったかもしれません…」
「ちなみに、小平さんのお話はどちらから?」
「詳細はお伝え出来ませんが、御社の配信者の方から回ってですかね」
「んー、配信者ですか…なるほど………あー、アークさんですかね?」
と、ニヤッとしながら言った。
え? なんでアーク知ってんの?
いや、そりゃまぁマリンスノーの箱舟があったから知ってはいるかもしれないけど、その連想でアークは出てこなくないか?????
と、俺が驚いていると、
「あはは、大丈夫です、これ以上勘ぐったりしません。実はですね、年末年始にお恥ずかしながら弊社アークさんにお世話になっておりまして…」
と吉川さんが言うのを聞いて親父が、
「アークさんを存じ上げないのでわかりませんが…」
「大丈夫ですよ! 何もしません! 弊社の配信者の配信が荒れた時期がありまして、アークさんが色々情報提供してくれたんですよ…ね、小平さん」
「そう言えばそんなこともありましたねー」
「お金払うって言ってもいらないって突っぱねられたみたいでして…しかし、なるほどなるほど、まぁうちの身から出た錆ですからしょうがないですね」
「吉川さん、情報漏洩では?」
と木田さんが言うと、
「情報漏洩かどうかで言えばそうでしょうが、逆にアークさんのおかげでと言うわけではありませんが、木田さんとお会いすることにもなったわけですし、そもそもアークさんかどうかわかりませんから。そうですよね、八代さん?」
「はい、そうですね」
「ということなんで、本件についてはこれで決着です。後は詳細を決めるだけです」
「……はい」
「木田さんにも、先日契約したこれからのところで、渡りをつけて頂いたのは非常に感謝しています。ただ、視聴者さんにこれ以上ご迷惑をおかけすると、会社が嫌われすぎてこれからのこともうまくいきません。ですので、本件はこれで」
「…………わかりました」
そうしてしばらくすると、先方の弁護士チームの方が到着したようで先方の社員さんや役員さんと、こちらの弁護士や承継会社の人と、移籍金の算定基準や、細かな契約について話しだした。
木田さんはそのタイミングで「私は次がありますので…」と部屋を出ていった。
休みの日にそんな風に伝える次の予定って一体なんぞや…。
「いやー、でも本当、休止までするとは思ってなかったんで、よかったです」
と吉川さんが話し出した。
「我々も休止状態じゃないと非常に難しかったですね」
と親父が答えると、
「しかし、新会社息子さんですか? 社長」
「はい、お恥ずかしながら、古い会社なんでしがらみが多く、動画系は社内だといらぬハレーションがうまれそうで。それならグループ会社にしてしまって、社長もまだ頭が柔軟な息子の方がいいかと思いまして。もちろん私も役員として入りはしますが、基本は息子ですね。」
「いいですねいいですねー。そういうの私大好きです」
「吉川さんもホロサンジ1から立ち上げてらっしゃいますもんね」
「はい、そうなんです。最初は、バーチャル配信者? なにそれ? ぐらいの感じで大変でしたよー。ねぇ小平さん」
「そうですねぇ。吉川さんも会社泊まったりしてましたもんね」
「そうでしたねー。でもこれから先成長させていくためには、どうしても商業的な文化を取り入れる必要性が出てきてしまっていて」
と、吉川さんが言った。
親父はそれを聞くと、
「そうだったんですか。伝聞でしか伺っていなかったのでそれはわかりませんでした」
「いやー、それで木田さんに渡りをつけてもらってどうにかなったのですが、そっちの期日も迫ってて、だけど社内はそれを受け入れる土壌が整ってなくて…どっちもできればいいんですが、急に商業的なマネジメントのできる人間を増やすこともできないので、このような状態になってしまったのです」
「なるほど、ちなみにどのようなことをされるかお伺いしても?」
「すでにそっちは契約済みですし、エンゲージさんは方向性が違うようですので、ここだけの内密にしていただけますか?」
「もちろんです」
「詳細はお伝え出来ませんが、実は7月から始まるとあるアニメの版権を含めて全て購入することになりまして、アニメ完全連動のバーチャル配信を始めるんです」
「それは…少し考えただけでも、マネジメントが大変そうですね……うちでは到底できそうにない」
「そうなんです、ただ我々のような会社は、エンゲージさんみたいな会社さんと違うので、皆が知るような企業や商品とのタイアップが本当に難しくて…」
「なるほどなるほど」
「それでアニメ連動というわけなんですが、マネジメントのやり方もこれまでの社内の感じと大きく異なってしまうんですよ」
「そうだったんですね」
「視聴者さんにはご迷惑おかけしてしまい本当申し訳なかったです。エンゲージさん、皆をよろしくお願いします」
「はい、もちろんです、ほら直人も」
「頑張ります!」
「小平さん、道は分かれてしまいましたが、また一緒に業界を盛り上げていきましょう」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
アニメ完全連動のバーチャル配信者。
簡単に言えばアニメのキャラがそのまま出てくるような感じなのだろう。
アニメのヒット次第ではあるが、うまくいったら非常に商業的に使いやすいのでコラボ商品やらCM契約やらもできそうな話だ。
ただ、話す内容や声もアニメを踏襲しなければならないので、めちゃくちゃ大変そう…。
やり切れたら需要はすごそうだけど。
しかし、そうなると社内が商業的になるのは必然で、結局遅かれ早かれ配信者に寄り添いたいという小平さんの文化はなくなっていたのか。
どっちが正解と言うことはないと思う。
俺達は俺達の考え方で行こう。
そんなことを思いながら、その日大方のことが決まりすべてが終わり、ホロサンジの事務所を出たのは22時過ぎだった。
14時スタートだったので、8時間もかかった。