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転生チートに出遅れて  作者: 月灯 雪兎
第1章 猫の行方
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1.目覚めると異世界

 朝は苦手だった。

 本を読むのが大好きで、夜更かししてしまうことが多かった。

 特にファンタジーものが好きだった。

 テレビゲームも大好きで、特に王道のRPGは飽きずに延々やっていた。

 世界が滅亡の危機に瀕した頃、自分に神託が降りてきて、魔王を倒すために旅に出る。

 世界は滅ぶ予定だから、学校の勉強してもしょうがない。そんなことを考えたりしていた。


 小学2年の時教室で、友だちだと思っていた女の子たちが、嫌みを言ってきた。

 キッズモデルが表紙の小学生向けのファッション誌を机に置いて、


「あんたまさか自分が可愛いとでも思ってんの?」



 何故そんなことを言われてるのかわからなかった。

 次の日から朝になるとお腹が痛くなって、登校出来なくなってしまった。

 そんなことを思い出しながら、(まぶた)を開く。


 あれは初めて私の写真が表紙を飾った雑誌だった。


 目を開くと周囲から沢山の光の束が飛び込んでくるような感覚に襲われ、同時に金属音のような耳鳴りに頭が割れそうになる。


 私は横長のベンチのようなものに座っていた。

 足元を見ると、水たまりがいくつも出来ていて、小さな波紋(はもん)幾度(いくど)となく(ひろ)がっては消える。

 雨が降っている。


「でもなんで、体が()れてないの?」


 (かさ)を差しているわけではないのに、少し上の辺りで水が自分を()けて落ちてゆく。

 奇妙な現象だった。

 足元は水たまりになっているが、ブーツが触れている部分を中心に、水面には妙な波紋が断続的に広がっていた。

 状況がうまく整理出来ない。

 記憶が飛んでいる?


 自らの体に触れると、上は防水のスウェットスーツのような紺色のトップスに、下はバックルで留まったスカートとレギンスが繋がったような、赤みかかった色味のチェック柄のボトムスを着ている。

 手には焦げ茶色のオープンフィンガーグローブを着けていた。


 どれも防水加工がされているようで、濡れている箇所がない。

 こんな奇妙な服持ってないし、着た覚えがない。


 気持ちが悪くなって、私は立ち上がった。

 誰かと一緒にいたような気がする。

 探しに行かなきゃ。


 私は走り出した。


 周囲の景色がおかしい。

 雨だから当然といえば当然だけど、空は不自然に暗く(くも)っていて、あちこちでやたらと蒸気が上がっている。

 機械仕掛けの、仕掛けがあえて見えるようなデザインのものが目立ち、何だかスチームパンクの世界にでも紛れ込んだようだ。



 そうだ。

 さっきまで優樹さんと歩いてて、車に()かれて…優樹さんが私を抱えて叫んでた。


 もしかして、死んだ?

 今どんな状態?


 そこまで思い出したところで、鏡が無いか探し回った。

 ふと足元に水たまりが沢山あることを思い出し、覗き込んだ。


 水たまりには記憶にある自分の姿が、きちんと映っていた。


 ブロンドの長い髪は、太い一本の三つ編みにまとめられ、前屈みになっているため肩から前に垂れ下がってきている。


 変装のために描いていたそばかすは無かったが、伊達でかけていた眼鏡は、少し形が違うがかけている。


 その奥には深い緑の瞳が映っていた。

 違和感がなくて、眼鏡をかけていることにも気が付かなかった。


 一つ気になったのは、アイドルグループの設定上付けている、尖った耳も、付いたままということだった。


 いや、エルフ耳よりもっと大きくて、髪に自然と馴染みつつも上向きに突き出ている。

 髪色と同じ金色で、犬か狐か、それとも猫? のような形の耳だった。


 触ってみると、コスプレではなく、本当に尖っている。


「えっ!? うそ!! やっぱこれ夢!?」

 頭の整理が追い付かない。


「おーい」


 パチャパチャと水音をたてながら、小さな男の子が走ってきた。


 同じように耳が尖っているが、少し小振りで、横に突き出ている感じ。

 茶色い巻き毛で、頭にはドングリの皿のような帽子をかぶり、片側の目にモノクルを付けている。

 長い裾のダッフルっぽいコートを着ていて、私が身に付けているものより、いくぶんか見慣れた装いだ。


 ブーツとコートの(すそ)が、少し濡れていた。


「いたいた! どこ行ったのかと思ったよ。 『ちょっと飲み物買ってくるね』って言ったのに、戻ったらいないんだもん」


 ぷりぷりと頬を(ふく)らませる姿は何だか可愛らしい。

 怒っているのに、もっと起こらせたいような嗜虐(しぎゃく)心をくすぐられてしまう。


「えっと…だれ?」


「はい~? お使いに出して、そりゃないんじゃな~い?」


 男の子は更に頬を膨らませるが、冗談ではなく、本気で言っているのがわかったのか、パッと尖った口が空いた。


「もしかして、記憶が戻った?」


「記憶? 私、記憶喪失だったの?」


 ()に落ちたという様子で、クリクリした栗色の目がくるっと回ったり、動きがいちいち面白い。


「そうそう。目を覚ましてから約2年。先生の話だと、『まぁそのうち記憶もどるから大丈夫っしょ』って軽い感じだったから、すく戻ると思ってたんだけど、結構かかったね~。今まで通り、ミシェルって呼んでいい?」


 ミシェルはセカンドネーム。

 色々記憶がおかしなことになってるけれど、自分は溪村ミシェル瑞希で合ってるんだろうか。


「多分…大丈夫」


 男の子が覗き込んでくる。


「ホントにぃ? 困った顔してるよ? あ~、それと、記憶戻ったら、色々教えなきゃなんだった。一旦どっか、雨当たらないとこいこ~」


 ぐいぐい手を引っ張られ、私は何処かへ連れていかれた。

 ぼんやりと見上げると、空は当然雲だらけ。薄暗くて、あちこちのパイプから蒸気を吐き出す変な形の建物に邪魔されて、狭苦しい印象だった。


 私の記憶だと、ついさっきドーナツの店から出てきて、車に()かれた…だったはず。


 またドーナツの店だ。

 けれど店の様子は随分(ずいぶん)違う。

 出入口は非接触(ひせっしょく)のパネルに手をかざしてすり抜けて出入りするし、中に入ると個室か他のお客もいるフロアか、やっぱりパネルに手をかざして選べる。

 席が空いてるかどうかも透過式(とうかしき)のパネルに表示されていて、男の子は他にもお客がいる方を選んだ。


 目の前の壁がガラス状の外観に変わり、やっぱり通り抜ける。

 手を引かれていたのでためらう(ひま)を与えられず、二度も通り抜けさせられた。


「S…F…」


 どこからどこまでがホログラムなのかわからない。

 予備知識には無い現象が次々に起きたせいで、軽いめまいが起きていた。

 けれど、何となく体は知っているような、変な感じだ。

 記憶が戻る? までの2年間に、『普通のこと』になっていたのかもしれない。



 席に着く前に、途中でドーナツを選び、男の子がカウンターでお金を支払う。

 硬貨も見覚えの無い形の代物だった。

 ちゃんと知っている飲み物があってよかった。

 男の子はホットカフェオレ、私はホットミルクティを頼んだ。


 二人用のボックス席が空いていたので向かい合って座る。

 優樹さんとの時とよく似た構図だった。

 座って帽子を取ると、男の子の頭にも、栗色の可愛い耳がピョコンと出てきた。

 犬みたいな耳だ。


「どこから話そうか」

「立場が逆…」

「ん? 何が?」

「何でもない」


 私はミルクティを一口飲んだ。

 男の子も一口カフェオレを含んで、


「あっぢ!」


 猫舌か。思わず吹き出した。


「う~…じゃあ、忘れちゃってるなら、オイラの名前からだね。オイラはリト。リトル・サ・ゴジョー」


河童(かっぱ)?」


「カッパ? ってなに?」


「いや、何でもない」


 河童というより、トイプードルだよ。君。

 ふわふわした短い尻尾がパタパタしてそう。

 よく見るとホントに腰の辺りに尻尾があるのが見えた。

 冗談にもならないじゃん。


「そか。じゃあ、君の名前はわかるかい?」


溪村(たちむら)ミシェル・瑞希(みずき)


「あ、そいつは初耳だ。オイラ、ミシェルってだけしか聞かされてなかったよ」


「私のこと知ってる人がいるの?」


「うん、いなくなっちゃったんだけど、その人が封印されて眠っている君を見つけて、目覚めさせたんだ」


「封印?」

 ますます状況がわからない。


「今君の力が必要なんだ。(やみ)の組織がこの世界を我が物にしようとしてるんだ」


「闇の組織? 急に厨二(ちゅうに)(くさ)くなってきた」


「政府が財政破綻(はたん)で解体してから、技術流出が激増(げきぞう)。特にVR(バーチャルリアリティ)技術を使った犯罪が横行しているんだ」


 事故死に次いで、目覚めた異世界でトンでも展開? 王道な気はするけれど、ファンタジーが良かったなぁ。

 あんまり、予備知識がない。


「その闇の組織とやらは、どうしてそんなことしてるの?」


「現実とVRの区別がつかない世界にして、新しい国家を打ち立てようとしてるらしい」


「政府が崩壊(ほうかい)してるなら、新政府を打ち立てる必要はある気がするけど、何のために現実とVRの世界にを区別つかないようにしようとしてるんだろう」


「そこがわからないから困ってるんだよ」


「どうしてそんな方法を? 何で私なの?」


「わかんない。わからないまま強引に犯行を繰り返すから、抵抗する側は倒すべき悪と認識してる。ミシェルは何故か、VR支配に対する免疫(めんえき)があるらしいんだ」


 免疫?

 VRって、ゴーグルかけなければ見えなくない?

 謎はまだまだ消化出来そうにない。


 また話に夢中になって、飲み物が冷めていた。

 リトの手元を見ると、ドーナツの皿が空っぽだ。

「いつの間に食べたの?」


「あぁ。オイラ食べるのは早いんだ」


 食べようとドーナツを手に取ったところで、リトが身に付けている何がが、ピリッと鳴る。

 モノクルに何か映し出されていた。


「きた」


 険しい表情になるリト。

「えっ、どこ?」


「店の外」


 言うが早いか、リトが窓に向かって走り出す。店内が少しざわめく。

 見ると、どのお客も耳と尻尾があった。

 窓に手をかけると、そのまま外へ(おど)り出るリト。

 小さな体の動きに合わせてコートがひらめき、足が上向きの()(えが)く。


「えっ、ここ何階?!」


 追って()け付け、窓に手をかけ見下ろすと、ゆうに3階分くらいはあった。


 思わず尻尾がピンと立つ。

 ん? 尻尾?

 自分の腰の辺りを見ると、長い尻尾がピンと上向きに立っていた。


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