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転生チートに出遅れて  作者: 月灯 雪兎
序章 うたかたの夢
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うたかたの夢

 待ち合わせはそれぞれの最寄り駅の中間地点くらいにあるドーナツの店にした。

 優樹は自転車があるので、どちらかというと、瑞希が借りてるという家から歩いて5分くらいという場所だ。


 店の時計は午後5時30分を表示していた。

 店内は近隣の中高生が多かったが、奥の方の席は空いていたので、そこに座ることにした。



 秘密のデートのようで、優樹はドキドキしっぱなしだった。

 無駄にキョロキョロ挙動不審(きょどうふしん)になっている。


 それぞれ好きなドーナツをトレイに()せて、会計カウンターで飲み物と一緒に支払いして、各自テーブルで食べるスタイルの店だ。

 優樹はホットコーヒー、瑞希はホットミルクティを注文して、テーブルに並べていた。


「どこから話そっかな」

 瑞希が口を開く。


「えっと……」


 何を言えばいいか迷っていると、唐突に瑞希が話し始めた。


「実はね、私嘘が嫌いだから、二日目にして王さまの耳はロバの耳~! って叫びたくなっちゃったんだ」


「ほう」それはまた…と続けそうになって、次に出たのは「なんだそりゃ?」だった。


 優樹はコーヒーを一口飲んだ。


 ミルクも砂糖も入れてなかったことを思い出し、カップソーサーにのっていた角砂糖を一つ入れてかき混ぜた。


「分かりやすく言うと、学校では色々(かく)して、嘘もついて演技してる感じになってるから、息苦しくなっちゃって、優樹さんにこの際色々話しちゃおうかなって思ったんだ」


 急に色々分かりやすくなったが、

「えっ? それ大丈夫なやつ?」


 素直な感想を述べた。


「まぁ、大丈夫でしょ。中途半端に昨日話しちゃったし」

「ならいいけど…」


 ミルクティで口を湿らせ、ちょっとだけ周囲の席に誰もいないのを確認してから瑞希は言った。


「改めまして、溪村(たちむら)ミシェル・瑞希(みずき)です。河西(かわにし)はお母さんの旧姓で、今借りてる感じ。それから、溪村ラファエラ・クリスティーナの双子の妹なんだ」


 耳慣れないセカンドネームが、それぞれに付いていた。


「双子の妹? え、双子なのか?」

「うん。二人で交代でやってるから、溪村瑞希・クリスティーナ。この部分はホントは社外秘だけどね☆」

「ってことは、アイドル活動は…二人で入れ替わりながらやってるってこと?」

「そういうこと」


「じゃあスマホとパスケースのは…君? それともお姉さん?」

「写真は全部私だよ。姉は物凄い人見知りで、コンサートやテレビのスタジオで歌ったり(おど)ったりするのはほとんどクリスで、他はほとんど私。逆に私は歌と踊りがちょっと苦手なんだ。この事は事務所とメンバーしか知らない」


 優樹は頭の中で、情報を整理していく。

 スポーツエンターテイメント番組にも出ていたこともあったのを思い出したが、コンサートやステージ以外ということは、瑞希だったんだろうということは、大体予想出来た。


「なるほど…」


 普通に聞いてしまったが、待ち受けにしてる写真の被写体(ひしゃたい)本人と話している事実にまた心臓が()ね始めた。


「学園もののドラマの撮影があるんだけど、実は普通の学校に行ったことがなくて、経験積むために急遽(きゅうきょ)しばらく学校に行くことになったんだ」


 とんでもない真実をサラリと打ち明けてくれたものだ。


「普通の学校に行ったことがないって、どういうこと?」

「私、小学生の頃から不登校で、中学校昨日初めて行ったんだ」

「不登校アイドルか」

「悪かったわね」


 (にら)んでくるが、怒っている風ではない。話し方に毒か混じりだし、徐々に打ち解けてきているのがわかる。

 元々勝ち気な性格なのだろう。


「色々あったんだろ?」


 ()しのアイドル本人かもしれなかったり、その妹かもしれなかったりしてどう話していいかわからなかった優樹だったが、案外話しやすい子だと感じていた。


 結局その両方だったというのに、随分(ずいぶん)自分のペースで話せるようになってきていた。


 小学生の頃からモデルとかテレビCMとかやっていたのは知っているから、学校でいじめられたりとかしていたのだろうか。


 優樹はそれ以上聞くつもりはなかった。



「まぁ、色々…ね」

 随分と間があったから、本当に色々苦労したんだと推測(すいそく)した。


 ふと、テーブル上に置いてあった優樹のスマホ画面が光り始め、相も変わらずエルブンシスターズの曲のワンフレーズだけ流れた。

 SNSのメッセンジャーだった。


「やっべ、母さんだ。店に寄るって連絡すんの忘れてた」

 

 ポチポチ返事を返していると、


「お母さんってどんな人?」


 瑞希が聞いてきた。


「ん~。超おっかない」

 吹き出す瑞希。

「そうなの?」

「うん。大学の先生なんだけど、めっちゃうるさい」

「へ~。何かうちと全然違うなぁ」

「君んちは?」

「ママはマネージャー。おばあちゃんがロシア人で、ママはハーフの元モデルなんだけど、今は裏方専門なんだって。すっごくいい加減な感じだけど、仕事は出来る人みたい」


 河西姓の元モデル…? 母さんなら知ってるかもしれないが、住んでいる世界が違っていまいちピンとこなかった。

 しかし、案外あまり一般人と変わらないのかもしれない。


 気がつくと、コーヒーもミルクティも、すっかり冷めてしまっていた。


 色々話してすっかり打ち解けた二人は、とりとめもない話を沢山して、いい加減帰ってくるようにとの小言電話を受けて、流石に店を出た。


 学年は一つ下の中3。

 今は瑞希がドラマ撮影に向けて修行中ということで、一時的にクリスティーナ(瑞希はクリスと呼んでいる)の方だけで苦手なこともこなしながら芸能活動頑張っているそうだ。


 眼鏡は伊達(だて)で、()えてそばかすを()いていたり、母親以外は区別出来ないくらいそっくりな一卵性の双子なのだとか。


 凄い奇跡(きせき)が起きたものだ。 



 店を出ると、結構暗くなっていたので瑞希を家の近くまで送ることにした。


「そうだ。これ、あげるね」


 瑞希の家の方へ向かっている途中、瑞希が鞄から取り出したのは、フェルトっぽい生地で作られた、例のエルブン瑞希クリスティーナ人形だった。


「話せてスッキリしたからさ♪ お礼になるかな? うちにあと何個かあって、今日学校でクラスの子に言われたんだけど、レアらしいんだよね」


 それはそうだろう。発注元なのだから、あるのは当然だ。


「そんな俺、別に大したことしてないし、(もら)えないわ」


 欲しくはあるが、流石に申し訳ない。今日の一時だけでも過剰(かじょう)なご褒美(ほうび)なのだから。


「ううん。はい、もうあげた! 返品不可です♪」


 案外強引な瑞希。何だか楽しそうに笑っている。これは受け取らない訳にはいかなさそうだ。


 優樹は仕方なく受け取った。


 信号に差し掛かり、自転車を押す手を止める。

 ちょうど歩行者信号が赤だ。

 もうすぐ家が近いということで、優樹は少し名残(なごり)()しさを感じていた。


 これで有名芸能人による素人向けのドッキリ番組でしたと言われても、何も文句はない。

 幸せな一時を()みしめていた。



 信号が青に変わる。

 二人は歩き始めた。



 一瞬の出来事だった。



 すぐ左前を歩いていた瑞希の姿が視界から消える。


 光よりも後から音情報がくるのは、物理現象だけでなく、脳神経的にも同様なのか、ブレーキ音が聴こえたのは随分と経ってからのように感じた。


 目の前を横切ったと思われる白い軽トラの近くに、瑞希が倒れているのを視認(しにん)した優樹は、考えるより先に()けつけていた。


 次の瞬間には瑞希を抱き上げ、名前を呼ぶ。

 優樹には回りの一切の音にミュートがかかって、自分の声さえも聞こえていなかった。


 恐らく数秒。

 瑞希の震える指先がゆっくりと優樹の頬に触れる。

 苦悶(くもん)に深緑の瞳が(くも)る。

 瑞希の腕が優樹の肩にかかる。(すべ)り落ちる。

 糸の切れた人形のように、だらりと垂れる手首。

 瞳から光が消えた。

 そばには鞄が転がっていた。


 喉が詰まり、声が出ない。誰か…。誰か…!


「バカ野郎! なぁにやってんだぁ?」


 赤い顔の(うつ)ろな目をした壮年のおっさんが車から顔を出して何やら言っている。

 信号は青だった。

 自分のしでかしたことの重大さがわかっていないのか、怒りに体が震え始めた。

 初めて人に殺意を覚える。


 しかし、相手にしている場合ではない。

 ようやく救急車を呼ぶという思考になり、スマホを探すために目を落とすと、おかしなことに気がついた。


 いない。


 抱き上げていたはずの瑞希がいない。


 当然優樹の体にかかっていた重みもない。


 そばに転がっていた鞄もない。

 本当にドッキリ番組?


 俺がおかしいのか?

 全て妄想(もうそう)

 夢?


 これは現実か?


 アイドルへの熱が上がりすぎて、妄想が暴走した?



 周囲の車のブレーキランプとハザードランプにさらされ、路肩に転がった自転車が赤と(だいだい)に交互に光っていた。


 優樹はおもむろに立ち上がり、ふらり、ふらりと歩き始める。

 見上げると鱗雲の所々が、稲光で黄色く光っていた。

 遠くでサイレンが鳴っていたような気がする。


 どこをどう歩いたかわからない。

 空を白いものがヒラヒラと舞い始め、ひんやりしたものが優樹の頬に触れる。

 ぼんやりとした意識の中、自らの頬に触れると、涙が流れていることに気がついた。


 雪…。そういえばそんな季節だった。

 優樹はそのまま力尽き、その場に倒れ込んだ。


 次に目を覚ましたのはベッドの上だった。

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