宇宙の子
ぼくらの村には宇宙人が住んでいる。
村はずれに不時着している宇宙船に乗って来た、三人家族の宇宙人だ。お父さん宇宙人が自分の星へ救助を呼びに行ってしまったので、お母さん宇宙人と子供宇宙人はその間、しばらくうちの村で暮らすことになった。
お母さん宇宙人はお向かいの婆ちゃんの畑を手伝ったり、役場の仕事をしているらしい。子供宇宙人は、ぼくらの分校に通うことになった。
ぼくは少し心配で、少し怖かった。
だって宇宙人だよ? うちの村はすごく山奥で人も少ないけれど、これが都会の街だったら、きっと今ごろ大さわぎになっている。
「困ってる人に、宇宙も地球もありゃせん」
爺ちゃんが言った。でも、NASAの人とかに来てもらった方が良いんじゃないかな?
「そんな大ごとにするもんじゃねぇ。あちらさんにも事情ってもんがある」
ぼくは宇宙人の事情はわからないけれど、爺ちゃんの言うことはもっともだと思った。
『よろしく、おねがいします』
宇宙人の子が人差し指を動かして、空中に文字を書いた。隣の席で一年生のカナちゃんが『にほんごが書けるなんてすごいね』とコソッと言った。驚くのソコなんだ!
ぼくは『よろしく』の文字が煙みたいに消えていくのを、口をあんぐりしたまま眺めてしまった。
宇宙人の子の名前は『ジュラ』。マンガでよく見るつるりとした顔、水色の大きな目、長い手と指。ぼくの想像していた通りの宇宙人だ。
ジュラはぼくと同じ年だけれど、社会と理科はカナちゃんと一緒に一年生の勉強をすることになった。そりゃあ、地球の歴史や生き物のことは、他の星の人には難しいよねぇ。
そのかわり、算数は中学生の問題をスラスラ解いている。すごいや!
国語はぼくと一緒に、三年生の勉強をする。体育と図工と音楽は三人一緒だ。漢字テストで並んでうんうん唸ったり、一緒に柔軟体操をやった。ジュラは身体がとても柔らかい。
図工の時間に、紙ねんどで動物園を作った。ジュラの作った動物はみんな羽根が生えている。ジュラの星ではワニもゾウもサルも、みんな羽根があるんだって。すごいや!
お昼ごはんはみんなで食べる。ジュラのお弁当はいつもおにぎりだ。宇宙人のお母さんは、まだ地球の料理が苦手みたい。
ぼくの甘い玉子焼きをひとつあげたら、水色の大きな目が、いつもよりもっと大きくなって、オレンジ色に変わった。
びっくりして『どうしたの?』って聞いてみたら、嬉しい時にそうなるんだって! ちなみに、怖い時や悲しい時はむらさき色になるらしい。
そんな風に目の色で気持ちがわかってしまったら、嘘をつくときどうするんだろう?
分校で飼っているウサギの世話をしたり、放課後さか上がりの練習をしたり、一緒に縦笛を吹きながら下校するうちに、ぼくらは仲良しになった。知らない星で楽しそうに暮らしているジュラを、ぼくは本当にすごいなぁと思う。
ある日、分校からの帰り道、ジュラのうちの宇宙船の前に知らない男の人がいた。
ぼくらの村は本当に小さな村なので、知らない人なんていない。その男の人は大きなカメラを持っていて、宇宙船に向かって何回も何回もシャッターを切っていた。
ぼくとジュラはそーっと後ずさりして、走って分校へと戻った。何だか嫌な予感がした。
分校にはうちの爺ちゃんや役場の人が集まっていて、相談ごとをしていた。ジュラのお母さんが、ぼくらの顔を見て、むらさき色だった目をオレンジ色にした。心配していたみたい。
知らない男の人は新聞記者だった。宇宙船を見て役場に取材の申し込みに来たらしい。新聞記事になったら、本物の宇宙船だとバレてしまうかも知れない。
「ジュラが連れて行かれちゃうの嫌だよ!」
ぼくは泣きそうになって言った。ジュラの目もむらさき色になった。
「心配するな。この村のもんは、わしらがちゃんと守る」
爺ちゃんが大きな手で、ぼくとジュラの頭をポンポンと叩きながら言った。ぼくの爺ちゃんは、とても頼りになる。
そのあと、村の人全員で集まって、作戦を考えた。
作戦名は『村興し宇宙人仮装祭り』。
作戦がどうなったかって? そのことについて話すとしたら、きっと一晩かかってしまう。
結論だけいうと、新聞の片隅にぼくらの村のことが小さく載った。見出しは『限界集落の宇宙人祭り』。どうやらぼくらは、ジュラたちを守ることに成功したらしい。
嘘っこのお祭りは、最初はドキドキしたけれど、途中からは楽しくなった。分校の先生が作曲した『宇宙人音頭』を、みんなで一緒に踊った。
お祭りが終わって、山に沈んでゆく夕陽を見ながらジュラが空に向かって字を書いた。
『ぼく、今日のこと、きっと一生忘れない』
それはぼくも同じだ。ジュラはお父さんが迎えに来たら、自分の星に帰ってしまう。でもぼくは、大人になっても空が夕焼けに染まるたびに、ジュラの目をきっと思い出す。
水色の大きな目を、嬉しそうにオレンジ色に変えるぼくの友だち。
ぼくらは、おそろいの宇宙人の着ぐるみを着て、新聞記者に立ち向かった。たとえ遠く宇宙を隔てても、たとえ二度と逢えなくても。
ジュラ。ぼくは、きみをずっと忘れない。