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女帝蜂の献上蜜 6

 結局調理では一度も出番のなかった竈に、明かりをとるための火を入れて、ジェンケルたちは焚き火を囲むようにして腰を下ろした。

 木製の器の中で湯気を上げているシチューから、食欲をそそる香りがする。とても曲芸じみた魔法で調理されたとは思えない。

 ちらりと隣りへ視線をやれば、チェリコが複雑そうな顔をして、同じようにシチューの入った器を抱えている。魔法への造詣が深い分だけ、ジェンケルよりも思うところがあるのだろう。

 そしてやはり育ちがいいらしく、ミルルとリリアの姉妹は食前の祈りを捧げている。


「神よ。今日の恵みを感謝いたします」


「我に感謝せぬか」


「侯爵にも感謝いたします」


 非常に略式……というか、神と悪魔を並べて感謝していても許されるものなのか。護衛を雇う時は神官を避けるよう忠告しておいた方がいいのかもしれない。

 普段は食前の祈りなどしない不信心なジェンケルは、リリアの肩口に漂う闇へ向かって頭を下げる。


「侯爵様、相伴にあずかります」


 匙を取り、ひと掬いしてシチューを口へ運ぶ。噛み千切ることすら困難なはずの干し肉が、締まった肉の歯ごたえを返す。顎に少し力をこめれば、容易く噛み切れた。いつもと同じ店で買ってきた、塩味がきついことを知っているはずのそれは、立派な一品料理へと化けていた。


「うまい……」


「そうであろう。リリアはなかなかに優秀な弟子よ」


 心なしか自慢げな悪魔の声に、ジェンケルは目を丸くする。


「弟子、ですか」


「それは、魔法の手ほどきをしていることの……でしょうか」


 チェリコが投げた疑問に、悪魔は呆れたような声で返してきた。


「料理のだ。知らぬのか。貴族は普通、料理などせぬものだ」


 悪魔基準でも、やはりおかしなことではあるらしい。


「この趣味を共有できる者などおらぬと思っていたが、まさか人の子に伝えることになろうとはな。分からぬものだ」


「侯爵はお料理からお菓子作りまで、なんでもできて凄いと思います」


 シチューを美味しそうに飲み込んだミルルが、そう告げる。

 言われてみれば、彼女たちの最終目標はプリンなのだ。お菓子作りにも精通しているというのは道理なのだろう。

 しかし、ジェンケルには気になることがあった。


「失礼でなければ、侯爵様にお聞きしたいことがあるのですが」


「答えるかは分からぬが、聞くだけならば聞こう」


「ありがとうございます。その、悪魔との契約には対価として魂が必要と、聞いたことがあるのですが、侯爵様もそういった契約を……?」


「ちょっと、ジェンケル!」


 横合いからチェリコに言葉をさえぎられる。あまりに不遜な疑問であることは分かっている。分かってはいるが、娘と同じ……いやさらに年若いこの姉妹が酷な旅路を歩んでいるのであれば、何か力になりたいとジェンケルは考えていた。


「魂ぃ? いらぬわ、そんなもの。さしてうまいわけでもなし」


 しかし、悪魔は心底嫌そうな声で否定した。不機嫌そうな声であったにもかかわらず、ジェンケルは深く安堵した。


「さては貴様、レンゲンステルだかいう国の話をしておるな。隣国の王の命を奪うことを望んだのだから、対価が自国の王の命となるのは当然であろう」


 国の名前までは憶えていなかったが、ジェンケルが知っていたのはまさにその国王の話だった。百年以上も昔、戦争状態にあった二つの国の王が同時に崩御したことで停戦へと至ったという逸話がある。それに悪魔との契約が関わっていたというのは、吟遊詩人が歌う定番の物語だ。


「対価には等価なものを要求するものだ。故に下らぬ契約には乗らぬ者が多い。件の国で契約したのは我ではないから、そやつが何を考えて受けたかまでは知らぬがな」


「等価なもの……」


「侯爵にも、世界で一番おいしいプリンを作ってあげるの」


 リリアの言葉を聞いて、ジェンケルは思わず噴き出した。チェリコも同じように笑っている。悪魔憑きの少女とその姉の旅路は、きっと絶望とは無縁なものなのだ。

 ジェンケルはシチューを頬張る。芋も人参も、煮崩れることなく、しかし柔らかく火が通っている。


「こんなにうまいシチューを作れるんだ。リリアちゃんはすぐに世界一の料理人になるんだろうな」


「うん!」


「百年早い、未熟者め」


「あの、リリアも私も人間なのでそんなに長くは……」


「分かっとるわ!」


 黒黄の森はまだ遠く、女帝蜂の脅威に向き合ってすらいない。しかしこの姉妹と悪魔が、どうかよい甘味に巡りあうことを、ジェンケルはそっと神へ祈った。

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