No.5 悪夢と失敗(1)
※のっけからやや重めです。苦手な方はご注意ください。
俺は橋の欄干の上に居た、というより吊り上げられていた。下には冬の凍てつくような水が流れている。
父さんと、上の兄さんは俺の事を見て、死んだ母さんによく似ていると言っていた。ただ、父さんは懐かしむように、兄さんは少し泣きそうになりながらそう言った。
上の兄さん、マイクは俺を甘やかすように優しかった。
父さんは忙しくて、あまり俺の事を見てくれていないと思ってたけど、それでも俺が剣技・魔術・政務・教養……何にしたって一生懸命やれば、「よくやった」って書置きを残してくれた。
俺は家族のために、友達のために、頑張って生きる価値のある命を持っていると思っていた。
「お前が生まれてこなければ、母さんは死なずに済んだんだ」
それは下の兄さん、ヘクタが言ったことだ。
嘘だと信じたかった。でも、母さんの墓石に刻まれた日付は俺が生まれた日だった。
『パフィック家録』と書かれた父さんの日誌には、「三男・センス出生、当主の妻ナナ病死」と書かれていたけど、そのページには小さなしわがあった……それはきっと父さんの涙だったのだろう。
「お前が母さんを殺したんだ」
街の皆が知っている。
父さんは愛妻家だった。
マイクもヘクタも母さんに懐いていた。
ごく当たり前の幸せな家族だったんだ。
それを俺が壊した。
俺が奪ったんだ。
「お前なんて、生まれてこなければよかったのに」
父さんは俺をきっと避けていたのだろう。
マイクもきっと上辺だけなんだろう。
母さんを殺した俺が、憎くて憎くて仕方ないから。
冷たい水に体温がどんどん奪われていくのに、俺はおぼろげな意識の中で思った。
どうして、俺は生まれてきたのだろう。
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「ぐっ……!!!! 」
……最悪の目覚めだった。
汗がじっとりとする。動悸が激しい。
「……はぁ……」
まだ四時だ……起きるのには早すぎるが……
もう眠りたくない。同じ夢を見るのが怖い。
……ミリアは昨日も無理をしてた。
定刻通りに起こしてやらないと持たないだろう……
……鍛錬場にでも行くか……
ひとしきり暴れて、疲れれば、夢も見れないほど深く眠れるだろうしな。
などと思いつつ、いつもの『通路』を出てしまった。
……何となく、今は師匠に会いたくない。
今多分酷い顔をしているから、余計な心配をかけることになるだろうし……
まぁ、この時間帯なら出ないだろう。
幽霊である彼女に睡眠が必要なのかどうかはよく分からんが、ここ最近は立て続けに出たし、こないだは摸擬戦をしたばっかりだ。
きっと出ないはずだ。
そう思っていたのに。
「やっほー♪ こんな明け方にどうしたの? 」
レイ師匠はいつも通りふわりと優美に舞い降りてきた……そして、俺の異変に気付いて神妙な顔になった。
「……!? 本当にどうしたの……幽霊より顔色悪いじゃない……もしかして怖い夢でも見たの? 」
「……まぁそんなところだ」
「じゃあ……膝枕貸してあげる♪それとも腕枕の方がいい? 」
「……俺には誰かに甘える資格なんてない」
「うーん……そこは『怖い夢見たのに幽霊と添い寝とか意味不明だろ』って突っ込んで欲しかったかなぁ……」
生憎、こんなフレンドリーな幽霊だったらうなされはしないだろう。
「じゃあ、私が『師匠として弟子に甘えさせる権利』を使いたいんだけどなぁ? 」
……この人は本当に無邪気だな……子供っぽいというか……少なくとも俺より年上のはずなんだが。
「……師匠が何で俺なんかに構ったり心配したりするのか知らないけど……放っておいてくれ……巻き込みたくない」
「そういういい方されると、もっと気になるんだけど? 一体どんな夢? 銀髪のおねーさん幽霊に追いかけまわされる夢? 」
「はっ!! ……そんな楽し気な夢ならどんなに良かったか……」
「あぁ……ゾンビ系? 」
「ホラーじゃねぇ」
「……じゃあ、婚約者のミリアちゃんに嫌われる夢とか……? 」
「……それもできれば見たくない悪夢だな……でも、もっとどうしようもない夢なんだ……昔にあった、事実だから……」
「えっ……? 」
しまった……口が滑った……
早く修練に行きたかった。というかこの場を去りたかった。だから何とか収拾をつけたかっただけなんだ。だから師匠に背を向けた。
なのに、師匠が裾を引っ張って離してくれない。
「……ねぇ……それってもしかして…」
「忘れてくれ」
「貴方が『あんなことを言ってた理由』なの? 」
「忘れてくれって言ってるだろ……」
でも師匠はまるで子供みたいにダダをこねた……
「やだ」
「今だけは放っておいてくれ」
「絶対やだ」
「……あのなぁ……分かんねぇのかよ……!! 俺はあんたに無駄な心配させたくないっつってんだよ!! 」
俺は半ば逆ギレのような形で怒鳴ってしまった。
……その時やっと気づいた……師匠は、初めて出会ったときと同じように泣いていた……
「無駄な心配って何よ……!! 」
……そう、師匠は泣いていたのだ……俺なんかが突き放したせいで……
「心配するに決まってるじゃない……ぐすっ……だって……我が子……同然の弟子が……苦しんでるのに……!! ……ひっく……」
「……」
本当はその場で謝るべきだったのかもしれない……でも、俺は初めて師匠を泣かせてしまったんだ。
なかなか剣技の型が覚えられなくて何度も失敗したときも、俺のミスでミリアを危険に晒してしまったときも、いつまでも子ども扱いするからって結構ひどい事を言ったときでさえ、笑顔で優しく慰めてくれた師匠を……
だから、いたたまれなくなって……俺はその場から逃げた。
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朝の執務……いつも通りミリアの護衛をしていた時の事。
「センス……どうしたのですか? 顔色が優れないようですが……」
ミリアが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
……結局あの後、二時間ぐらい修練……というより暴れたけど、気は晴れず、恐る恐る例の広間に入っても師匠にも会えず……かえって悩み事が増えてしまった。
俺は努めて作り笑いをして見せた。
「ちょっと夢見が悪かったのと、お世話になっていた人とちょっと喧嘩しただけです」
「……」
ミリアはじぃっと俺の目を見ていた。まるでその海よりも青い瞳で全てを見透かすかのように……実際結構見抜かれている。彼女曰く、俺は顔に出やすいらしく、嘘を貫き通せたためしがない。
とはいえ今回は全体的には嘘はついていない。『ちょっと』が実は『深刻なほど』ってだけだ。
「『ちょっと』が実は『深刻なほど』という風にみえるのですけれど……」
くっ……やっぱり見抜かれたか……
「無理はしないでくださいませ……護衛も執事も貴方ほどではないとはいえ代えが利きますが、貴方の代わりはいないのですからね? 」
でも「勿論本当は一緒に居られる時間が長い方が嬉しいですけど……」と超小声で呟いているのは聞き逃さなかった……可愛い奴だな。
「無理なんてしてませんよ」
「作り笑いに敬語……二人っきりなのに」
「あっ……いやそれは……ごめん……でも心配とかしなくていいから……これは俺自身の問題だからさ……」
ミリアは不満げだった……
「貴方の心配事は私の心配事ですわ……だって愛する人が苦しんでいるのに自分は蚊帳の外なんて嫌ですもの」
「~~ッ!? 」
お前……何でそういう恥ずかしい事を平然と……いや……それだけこいつも本気なんだろうな……
「はぁ……お前のそういう素直さっつーか勇気がすげぇうらやましいよ……」
「下手な嘘をつくより、本当の事を言う方が簡単なだけですわ」
「でも……今回だけはお前の力を借りたくないんだ……」
「とか何とか言って何っっ時も自分だけで何とかしようとなさるではないですか」
「事情が違う……お前にだって踏み込まれたくないことの一つや二つはあるだろ? 」
「いいえ、全くありません」
「えっ」
「と言えば嘘になりますが……貴方がどうしてもと仰るなら構いません」
こんな重い話を聞きながらも、彼女はてきぱきと書類仕事を終わらせていく……
「それがエロいことだったら? 」
「~~!!!? 」
あっ、ミリアの手が滑った。
顔が真っ赤で……めちゃくちゃ怒ってるなこれ。
「真面目な話の途中なのではっ!!!? 」
「ごめん……つーか書類の方はいいのかよ……」
「こんなもの……『墨消』」
術の名と共に、書き損じだけが綺麗に取り除かれた……
「いくらでも書き直せます」
「いやそれ公式の書類に使っちゃダメな奴じゃなかったっけ……? 」
ここぞとばかりにドヤ顔を決めるミリア。
……ん? 待てよ?
「ふふん、私程扱いに慣れれば事務なら『加減』が利きますからね。ばれなければセーフですわ」
それは世間一般的にはアウトなのでは……?
と突っ込む前に話をねじ戻された。
「というか、何度も何度でも言いますけどね……私はあくまで貴方とはこう……プラトニックな関係でいたいのです……できれば婚礼前の内は何も後ろ暗い事がない方が都合もよろしいですし……ってそんなこともどうでもいいのですわ!! 」
いいのか!?
「貴方が嫌がるならば、もう無理強いはしませんわ……ただ、悩みがあるのならいつでも打ち明けてくださいませ……それだけです」
いつの間にか書類の山は片付いていた。
それから、ミリアは書類をまとめて角を合わせてとんとんと整えると……
「さ、今日の仕事はこれで終わりです! ……という訳で、空いた時間はちょっと付き合っていただけないでしょうか? 」
と、デートのお誘いをしてきた。
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