No.11 訪れと驚き(3)
※やや長め&例によって下ネタを含みます。苦手な方はご注意ください。
ミリアとサーツ王女の(文字通り)プライドを賭けたチェスは、無風の湖畔がごとく静かに始められた。
先制攻撃を入れたのはサーツ王女の方だ。こちらのポーンがとられてしまった。
「ふふん♪ では、ミリア……センス君の好きなところを一つ…」
「優しい所ですわ」
うぐぅ……人前でしかも真心で羞恥のボディブローを入れてきやがる……
だが、対するサーツ王女は意外そうな表情を浮かべていた……ってどういう意味だコラ。いやいやいや……そうじゃなくて。
多分本当に『予想外の反応』だったんだろうな……
などとアホな事を考えてるうちにミリアが一個取り返した。ポーンだ。
「では、サーツ姉様の方からもおひとつお願いいたします」
微笑むミリアに言いよどむサーツ王女。
頬にはわずかに赤みがさしている。
「えっ……その……可愛いところ? 」
「可愛いって言わないでください!! ……可愛いでしたら、私などよりサーツ様の方がずっと可愛らしいです!! 」
「マ……マイル!! 余計な事を言わないでください!! 」
サーツ王女はフレンドリィ・ファイアで既に真っ赤になっていた。が、次はミリアがとられる番だった……やはりポーン。
「では、ミリア…」
「強く、勇ましい所ですわ」
のはぁ!! はずい!! 正直なところ恥ずかしいけど『俺はあえて沈黙を貫く』!!
そしてミリアは冷静に、確実に駒を取り進める。
と言ってもまだまだ最序盤……ポーンだ。
「では、サーツ姉様。お願いしますね♪」
「えっと……困ったときでも頼りになるところ……です」
「そんなことありません……私はまだ未熟者です……むしろサーツ様に救われて…」
「マイル!!!! 今は黙ってください!!!! 」
サーツ王女は顔を真っ赤にしている……まだ二個目だというのに。というかいちいちノロけるなや。
……おわかりいただけただろうか?
ミリアは為政者として民を思いやり、重税により苦しめることを避けるべく質素倹約を推進し、歴史からどのような執政が正しく、間違っているのかを勤勉に学び続け、定期的に国の様子を自分の目で確かめようとする。女の子としては、美少女の中の美少女、青の瞳に金のふわふわとした髪、精巧に作られた人形のような完璧すぎる愛らしさ、そして小柄にもかかわらず豊満な胸をもち、素直で従順でマセてて若干腹黒で毒舌で何より『恥ずかしがり屋』なのだ。
そう、恥ずかしがり屋なのだ。
面と向かって「愛しています」とか「愛する貴方の為に」とか平然と言う割には言われるとすぐに真っ赤になる。エロいことをされると怒るけど怒る以上に恥ずかしがっているのだ。
……ちなみに、マイクに交際がバレたときも卒倒しかけていた。
まぁ能書きが長くなったが、サーツ王女はミリア以上の能力・性格を持っている。そして……
ミリア以上に恥ずかしがり屋なのだ。
しかもミリアとは違って素直にノロケるのも苦手だ。むしろ俺に似ているとさえ言える。つまり、婚約者であるマイルをよくからかう割には攻められるとすぐ照れてしまう。
……こいつを見てくれ。どう思う?
たったポーンを四つ取られただけなのに、もう半泣きである。しかし言い出しっぺであり、ミリアの尊敬すべき姉として負けられないというプライドが彼女を突き動かしたのだろう。
そのまま(いろんな意味で)プレイを続け……
何を血迷ったのか、クイーンを差し出してしまった。ミリアは確かにサーツ王女を慕っているが勝負は勝負。無慈悲にかっさらっていく。
「あっ……待った!! 今の無しです!!!! 」
「駄目ですわ……サーツ姉様……チェスにそんなルールはありません♪」
「ミ……ミリア……!! あーその……今日はですね……少々調子が悪いというかなんというか……ねぇ……マイル」
そしてマイル執事長に助け船を求めた。一方の彼は少々顔を赤くしながらも少し考え込んだ。
「……サーツ様……せめて降伏するにしても言わないというのは筋が通らないと思いますよ……私も恥ずかしいですけど……」
「マイルまで!!!? 」
よっぽどサーツ王女のおてんばっぷりに手を焼いていたらしい……これをいい機会と捉え、お灸をすえて差し上げると……哀れ。
となると最後にすがる陸地は…
「センス執事長!!!! 二人を何とかしてください!!!! 」
当然俺の領地だ。
「いや俺はしがない執事長なので……ところで降伏なさった場合はキングを取られた判定に入るのでしょうか? 」
「~~~~ッ!!!? 」
俺のトドメの一撃でこれ以上にないほどサーツ王女の顔が赤くなった……一応、今朝の借りは返させてもらうからな。
すると……サーツ王女はゆらり、と立ち上がり……
「えいっ!! 」
チェス盤に向かって軽くデコピンした。
触れてはいない。
でも駒は全部倒れた。
「……ふぅ、やれやれですよ。困りましたね、これでは盤面が分からなくなってしまいましたー」
と、すがすがしく微笑んだ。
……って!?
「待てやコラァ!!!! 」
「サーツ様!!!! 卑怯すぎます!!!! 」
「ま……まさかサーツ姉様ともあろう御方が『禁断の奥義・チェス盤返し』をなさるなんて……」
「僕がやったなんて証拠はどこにもありませんよ? 」
容疑者は常套句を述べて不敵な笑みを浮かべるが、ここまで状況証拠も動機も揃ってることもそうそうないだろうな……ってホントに推理モノの犯人みてぇだな。
「いや今思いっきり『結晶魔術』使いましたよね!!!? 」
「アンタ自分が吹っ掛けたルールなのに恥ずかしくねぇのかよ!!!? 」
「うーん……僕は思うのですよね……こう、『逢瀬』とか『接吻』とか……そういうことは二人だけの想い出にしておくのがやはり一番美しいものかと」
「それっぽいこと言ってごまかそうとすんな!!!! 」
「こほん、では少々化粧直しに行って参ります……ということで、失礼しました!!!! 」
サーツ王女は脱兎のごとく逃げ出そうとした。
ミリアも俺もあっけに取られていた。というかここまでファーストキスの話だけで恥じらうとは……逆に微笑ましいな……
いや逆にとんでもねぇキスだったのか?
……とんでもねぇキスって何だよ。
「あっ!!!! 逃がしませんよ!!!! 『陰隠』!!!! 」
と、マイルはサーツ王女の影に後ろから入り込み……
「解除!! 」
前から通せんぼしようとした。
しかし出方が悪かった。
突然出て来たマイルと足がもつれて、サーツ王女が押し倒すような形で倒れこんで、それを支えようとマイルはとっさに手を前に出した。
「きゃっ!? 」
「いたっ!! ……申し訳ございません、御怪我はありませんか、サーツさ……ま……!? 」
そしてとっさに出した手は、運悪く(あるいは運良く)サーツ王女のミリア以上に大きなおっぱいを揉んでしまっていた。
いや何で揉むんだよ。当たったまではいいとして。
……いや、無粋だったな。多分俺もそうするわ。
「~~~~っ!!!? 」
自分を慕う妹相手に逃走×人前×婚約者からのセクハラ(一転攻勢)……サーツ王女の限界を余裕でぶち抜くレベルの羞恥だったと言えるだろう。
「マ……マイルの……ばかぁぁぁぁぁ!!!! 」
「サーツ様ぁぁぁ!!!! 申し訳ございませんでした!!!! 」
不敵な笑みを浮かべる王女は見る影もなく、恥じらう乙女となり泣いてその場から逃げ出したのであった。
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サーツ王女は来客用寝室でなんか新種の生物みたいになってた。毛皮はシーツで、何か丸まってて、ひっくひっく震えてるから……サーツシーツスライムとかどうだろうか?
とか凹んで泣いているサーツ王女を前に考えていたら、何かミリアに睨まれた。
「……センス? 」
「何だよ」
「何かサーツ姉様に対して失礼な事を考えていましたね? 」
「いや別に……賓客の御機嫌を損ねてしまい、どのようにすればいいかと無い知恵を絞っておりました」
「センス……貴方がそんなあからさまに神妙な顔をして敬語で喋っている時は大抵誤魔化している時ですわ」
ぎくっ。
……まぁ冗談はさておき……
「……とりあえず謝るか、流石に言い過ぎだったし」
「そうですね……彼の為にも」
と、ミリアが床に視線をやる。
マイル執事長は跪くを通り越して五体投地でめっちゃ謝ってた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!! 私如きが!!!! サーツ様の高貴なる御身体に触れて汚したどころか!!!! 実の妹が如く可愛がるミリア殿下や異性の前であまつさえ凌辱するなど!!!! 私のせいで!!!! 私のせいで!!!! 本当に申し訳ございませんでした!!!! 」
……怖い! 謝り方が怖いッ!!
あとその実況は大げさだし逆効果だと思う。
「怖い上にストレートに重いな? 」
「私は……センスにはもう少し素直になって欲しいと思っていましたが……今ぐらいが丁度いいのかもしれませんね」
「誰がひねくれてるんだよコラ」
「捻くれてるなんて言ってませんわ。『ツンデレ』と言っているのです」
「……お前後で覚えておけよ」
にしても誰だ『ツンデレ』とか単語教えたの……ギルかティーだな……
とまぁしょうもないやり取りは置いといて……
今にも我が命を捧げるとか言い出しかねないマイル執事長を一旦黙らせて、まずは俺が謝った。
「サーツ殿下、先程は申し訳ございませんでした……キングがどうのこうのの話はなかったということで……」
「サーツ姉様……センスの策に気付けぬまま便乗してしまい、あまつさえ恥をかかせてしまって本当に申し訳ございませんでした……」
……何かその言い方だと「私よりセンスの方が悪い」って言いたいみたいだな?
確かに提案したのは俺だし(会話で)トドメ刺したのも俺だけど、そもそも対局なんてする前に「嫌です! そんな勝負はお断りですわ!! 」って言えば済んだんじゃないか?
よし。
「お詫びにミリアの胸を揉むのをお見せするのでおあいこということにしませんか? 」
「……え!!!? ちょっ!!!? 」
そもそも本当にトドメを刺したのはマイル執事長の(本人的にはどうかはともかくとして)ラッキースケベだ。妹や異性の前でセクハラされたのはダメージがデカいだろう。
そして俺はきちんと謝ったつもりだし、マイルも(かなりオーバーだけど)謝った。だがしかしミリアの反省度は弱い。
あと単純に揉みたい。
俺の発言に困惑するマイルと、反応のないサーツ王女、そして「流石に冗談ですよね!? 冗談ですよね!!!? 」とうろたえているミリア……その全てを無視して俺は両手を雄大なる二つの山に挟まれた深い峡谷へと突っ込んだ。
レッツ、パニッシュ!!
「ひゃわぁああぁあああ!!!? きゃああぁぁぁあ!!!? 本当にやったぁぁああぁぁぁあ!!!? やめ……んっ……やめてくださいませですわっ!!!! 」
ミリアは顔を真っ赤にして必死で俺の手を払おうとする……が、所詮はか弱い乙女の腕力。そして魔術による反撃も集中を乱されまくっていてピリピリする程度。
相変わらず柔らかい。ふわふわですべすべでぷにぷにだ……それにしてもまたデカくなったんじゃないか?
「なっ……やっ……何故毎度毎度直なのですかっ!!!? せめて……んぅ!? ……服の上のほうがまだ……あっ……!! だ……誰か助けてくださいませ……ぇ……んっ……やだぁ……ひっく……」
触感を楽しむために決まってるだろ。
……と、何かもはやそもそも何のためにやってんのか忘れて堪能し始めた頃にサーツ王女は異変に気付いたようだ。
「~~!!!? 『斥力』!! 」
「のはぁ!!!? 」
ミリアと俺の間を引き剥がすような強烈な力を感じた……と思ったら壁に背中を打ち付けられた……
結構痛いんだが。
「いってぇ……」
「……」
「……ひっく……くすん……」
……
状況が飲み込めねぇ。
さっきまでシーツの中で丸まっていた泣いていたはずのサーツ王女が赤面しつつ怒りでぷるぷる震えており、俺のテクニカルな腕の中に収まっていたはずのミリアが泣いており、マイルは相変わらずおろおろしていた。
ついでにいうと、凄い既視感がある……というかこういう状況を何度も経験した気がする。
ミリアを泣かせたときの親父の説教だ。
「センス執事長兼護衛部隊隊長……君の職務に対する能力が優れていることは先の戦闘でも改めて実感しましたよ……そして、ミリアが君の事を心の底から愛しており、君もその力と優しさで応えていた、ということも彼女から何度も聞かされました」
サーツ王女は魔導伝話機のチャット履歴を指しながら俺に詰め寄る。そこには確かに俺について褒め殺すセリフが詰まっていた……って俺の知らないところでまでなんつー羞恥プレイかましてくれてるんだコラ。
「しかし気に入られているの、そして今の状況を良いことに僕の大切な妹を辱めるとはどういう了見ですか!? それも僕の目の前で!!!! 」
「ちょ……誤解というかなんというか……俺は良かれと思ってですね…」
「誰がいつそのようなことを頼みましたか!!!? 」
確かに頼まれてないです。八割俺の欲望でした。
「いやその……すみませんでした」
「女王の伴侶たるもの、紳士であるべきですよ……全く……それも人前でなんて……!! うぅ……見ているこちらまで恥ずかしくなりますよ……」
……あー、そっちもか。
俺に対する説教が終わると、今度はくるりと振り返り相変わらず五体投地しているマイルを叱りつけた。
「大体マイル!!!! 君も君ですよっ!!!! 僕は『恥ずかしくて合わせる顔がないからしばらく放っておいてほしい』って何度も言ったのに大声でかき消して!!!! ……わざとではないのは分かっています……僕も先程はその……申し訳ない事をしたと思っていますし……」
一通り怒鳴ったら冷静になったのか、王女の語気が大分トーンダウンした。
「……散々みっともなく泣き出し、偉そうに怒鳴り散らした上で言うのはその……恥ずかしいですが……元を質せば、僕の自業自得と往生際の悪さが招いた結果です……申し訳ござませんでした」
そう言って、彼女は俺達全員に頭を下げた。ミリアとマイルは「そんな! 滅相もないですわ!! 」とか「どうか御顔を上げてください!! 」とか慌てて無理矢理頭を上げさせようとしていた。
……思えば、俺がペルフィカに住んでいた頃……ミリアに出会う前は周りの大人達が「神童だ」とか「ペルフィカ様」とかやたら持ち上げていた。でも実際の俺はどうしようもない……ミリアを護ることにしか価値がない。
ミリアもサーツ王女も、為政能力やカリスマ性などに優れているからこそ、一国を治めることができる。でもミリアは十四歳、サーツ王女は十七歳の普通の女の子な部分だって当然ある。
誰も、どこにも、いつの時代にも完璧な奴なんていなかったし、これからもきっと現れないだろう。だから失敗も後悔もする。
それでも……俺にとってミリアがそうであるように、あるいは今回のサーツ王女にとって俺達がそうであるように、認めたり支えたりしてくれるような……とにかくそんな感じで人は生きていくんだなと、ごく当たり前のことを改めて感じていた。
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「やれやれ……ですよ」
疲れ切った声で、ラノベ主人公のようなことをサーツ王女がぽろっとこぼした。凶行とは違って、それは自分に向けたものだったのだろう。
「まさか揶揄うために打った計を逆手に取られるとは……僕も相変わらず未熟ですね……」
と自嘲気味に苦笑いしていた。
「つか、あんた何しに来たんだ……? 」
「はい? 」
「第三王女の事だ……大方、そっちの陣営に引き込むために何かしらの計略を…」
「計略? 僕が? ふふふ……あっはっはっは!! 」
サーツ王女はよっぽどおかしかったのか、腹を抱えて笑っていた。
……そんなにおかしいか?
「はっはっは……違いますよ」
「じゃあ何のためだよ」
俺の疑問に対して彼女は微笑んだ。
「可愛い妹と彼女が選んだ素敵な婚約者を改めて見に来た……それだけのことですよ」
「……」
それは嘘っぽさのカケラも感じさせない『姉』としての顔だった。
……「ミリアとサーツ王女は『かつての対立する王位継承者』や『隣国の主』である前に、『仲の良い姉妹』だ」という事を改めて思い出させてくれる。
お茶目なところもミリアがたまに見せるものによく似ている。
「強いて言うなら……ちょっと揶揄いに♪」
「勘弁してくれよ……」
さっそくのお茶目に俺は溜息をつくしかなかった……今日一日だけでミリアの何倍振り回されたことやら……
ご覧いただきありがとうございます。
次話投稿は20/01/27 00:00頃を予定しております。
(ただし現在執筆中につき間に合うかどうか……)
御待ちいただけると幸いです。