No.10 訪れと驚き(2)
サーツ姉様を王女宮へ案内する道中、御姉様はかつて暮らしていたままの場所に目を向けると心なしか悲し気ながらも懐かしむようにしていました。一方で、改築を行った場所を見ると「なるほど、今はこうなっているのですね」などと感心するように呟いていました……が、暫くするとすっかり飽きてしまったようです。マイル執事長は終止、緊張気味でサーツ姉様の三歩後ろを保ち続けていました。
「ちなみに、君達はいつから気づいていました? 」
何を仰っているのやら……
サーツ姉様の疑問にセンスと私は呆れ気味に答えました……
「最初からだよ……暗殺者が謁見で身元明かすわけねぇだろ」
「私を罵る言葉の一つもありませんでしたからね……」
「それは『暗殺者じゃないこと』に気付いた瞬間でしょう? 」
「不殺かつ最小限のダメージで俺達を無力化しようとして、ミリアと同レベルに結晶魔術を使えて、『俺の本気』について来れる奴なんてあんたか第五王女ぐらいだろ……」
「大体、魔力パターンからして御姉様のものでしたし……変装は御姉様の十八番ですからね……」
センスは戦闘面から判断したようです。というのも我々ヌメロス王族は代々結晶魔術を得意としていること、そして今回護衛がマイル執事長だけであることからも分かるように「ほぼ単身でも身を護れると判断されるほどの戦闘経験および能力」を有しているのはサーツ姉様とフィス姉様だけなのです。
「そもそも明日からしばらく訪問予定だったしな、あんたら……それを前倒してきた……ってところか? 」
「あはは、なるほど」
センスの駄目押しで、サーツ姉様は納得して笑いました。
***
改めて、旧ヌメロス国の勢力について説明しよう。
末期(先代存命時)のヌメロス国は大きく分けると「第一王女派」と「第三王女派」という派閥に分かれていた。
「第一王女派」は、第二、第七王女を従えており、
「第三王女派」は、第四、第五王女を従えていた。
第六王女は第三王女寄りだが、中立。第八、第九王女は完全な中立だった。
正確には貴族なども絡むため「第二王女に従った貴族」や「第五王女に従った貴族」なども含めると非常にややこしい勢力図になると思う。
「第一王女派」は一言でいえば過激派であり、第三、第四、第五王女などの反乱分子や第八、第九王女二名の『半王』の粛清を掲げ、極度な中央集権型、つまり独裁政治を目論見ていた。
一方の「第三王女派」はより正確には「反第一王女派」であり、議会など従来の『民主制的な要素を含む体系』の維持を目標としていた。その一方で、第一、第二王女の始末は確定事項だったらしい。
しかし、第三王女サーツは(俺もよく知らないが)『とある理由』で先代国王に疎まれ虐げられていた。そのため、最初は彼女が王位を継ぐ可能性は限りなく低かった。それでも彼女は努力を続け、自らの地位を第四、第五王女の協力を得ることによって辛うじて確立していた。
ってことがありながらも最終的に、それまでなりを潜めていた第八王女ミリアが王位を継ぐことになった……というのも、先代国王がミリアの母を一番最後に、そして一番長く寵愛したためである……とされてる。とんでもねぇ理由だなオイ。
第八王女派はほぼ第三王女派と同じだが、第一、第二王女の始末については反発していた。アホっぽく言うなら「みんな仲良くいましょうね」という感じだ。いや実際アホだろう……何度も暗殺者を差し向けられているのに……
ちなみにうちは元々(後の)第三王女派→(後の)第六王女派(俺の母(=親父の妻)が第六王女の母と姉妹関係だったため)→第八王女派という風に移り変わっていたらしいよ……あ、誤解されないように言っておくと、それぞれの派閥が生じた(≒後の王女の母と結婚した)ときに移らされたのであって、旗色が悪いから別の王女に……なんてことはしてねぇよ?
とにかく、『第一、第二王女の始末』に関しては真っ向から対立しているため、第三王女派はそのまますんなりと第八王女派になってくれなかったのである。その代わり各国とは不戦協定と自由条約を結んでおり、行き来なども自由となっている。
あと単純に両王女の関係が良好、すなわちミリアがサーツ王女を慕っており、サーツ王女もミリアを可愛がっているので保っているというのもある。傍目から見れば普通の姉妹にさえ見えるほどだ。
ちなみに俺からみたサーツ王女の印象は「でかいミリア」……いろんな意味でだ。いや何も胸だけじゃなくて背丈もそうだし、若干色合いと髪質や髪形が違うけど金髪だし、優し気な目元はミリアよりも大人びて見えるから……そして中身はミリアが「城を抜け出して、直接街を視察する悪癖」の原因を作った……というよりかはそれをやってたのがこの人なのだ。
護衛部隊隊長ととして言わせてもらうなら迷惑極まりない。全く……ただおかげでミリアとの二人きりのデートの口実にもなってるから、差し引きゼロということにしておこう。
###
俺達は王女宮の応接間に居た。
サーツ王女の目的は読めないが、「折角久しぶりに姉妹に会えたのですし、積もる話もあるでしょう……ヴェールに物々しい兵は無粋ですよ」とか「僕の個人的な理由で申し訳ないのですが、玉座の間が苦手なのですよ」とか苦笑していた。
……まぁ大方、ミリアを『第三王女派』に懐柔するとか、そんなところだろう。『でかいミリア』っつったが、腹黒さもまた数段上だからな……
「ふふ……いくら何でも他国の王女を唯一の安全地帯に引き入れてしまうのはいかがかと思いますよ……ミリア」
サーツ王女には『第一通路』、『ウラノス・スカイグラスの通路』を通ってもらった。天井すべてが天窓というか、ガラスでできたとても明るい廊下のちょっと脇の袋小路にある入口だ。というか王女宮を通るほとんどの連中はこの通路を使う。明るいし、怪奇現象もないしな。
『第二通路』は俺の他には親父しか使っているのを見たことがない。ただ何で親父が『第二通路』を使ってるのかはよく知らない。
っと、話がそれた。
「御心配なく……仮に『出入口』を知られたところでこのヌメロスセントル国が誇る最強の結界を打ち破る能力がなければ……それに意味はないのです」
「そもそも陛下もご存知の通り、王女宮の外側は王族宮……元・最強の結界によって守護されていますから」
「ふぅん……なら、今日みたいに謁見の時とかかなり危険なのではないのですか? 」
「御安心ください……そのための護衛部隊ですから」
ミリアが(小柄な割にはでかい)胸を張って自慢する……って俺の事かよ……こっぱずかしい……
「ま、そんな話はどうでもいいのですよ」
どうでもいいのかよ。
……サーツ王女は何やらまた悪だくみをしているらしい……
「マイル、チェス一式を」
「かしこまりました」
「……サーツ姉様? 」
「一日早く来過ぎて手持ち無沙汰ですし、よろしければ一局付き合ってくださいよ」
「……別に構いませんけど……私、そんなに強くないですわ」
「またまた……僕の戦歴に傷を付けられたのはプリーを除けば君だけなのですからね? 」
「フィス姉様のことを言えませんよ……全く……では…」
「あ、ちょっと待って」
サーツ王女が何かを紙に書きだした……
それは実にしょうもないことだった。
「各駒を取られたら、それに応じた話をしてもらうってのはどうだろうか? 」
「別に構いませんけ……ど……!? 」
ミリアの顔が見る見るうちに赤くなっていく……
ふっと覗き込むと紙にはこう書かれていた。
ポーン :パートナーの好きなところ一つ
ナイト :パートナーの嫌いなところ一つ
ビショップ:初デートのエピソード
ルーク :直近のデートのエピソード
クイーン :初キスのエピソード
キング :初情事のエピソード
「って何考えてんだアンタは!!!? 」
「どうでしょうか? 面白そうでしょう? 」
「面白くねぇよ!!!? 」
「面白くないですわ!!!? 」
「そうですよサーツ様!!!! 悪ふざけが過ぎます!!!! 」
まさかの賭けチェス!!
大体俺とミリアはそもそも致してもいないのにどうやって……
「ちなみに、まだのモノがあればそれは後日成果報告してもらえると嬉しいかな☆」
「絶対嫌ですわっ!!!! 」
そう、ミリアは自称プラトニック。どれだけナチュラルに誘惑してくるとしてもプラトニックなモノはプラトニックなのだ……と人の事を棚に上げている俺もその……興味はあるがいざそうなった後の事にまだ責任を持てない。結局こないだ(※No.4参照)はああなったけど愛され続ける自信はないし、俺なんかより彼女を幸せにしてくれる人がいるかもしれない。……まぁ、いくら言い訳しても結局ヘタレてるだけなんだけどな……
対するサーツ王女は……ん?
「ど……どうしましょう……全く勝てる気がしませんわ……」
「……いや、落ち着け。この勝負絶対に勝てるぞ」
「えっ」
「よく考えろ……お前の姉貴だぞ……何とかできるに決まってんだろ」
「ですから……!! 全ての面で上を行かれるのにどうせよと……」
「……俺を信じてくれないか? 」
「うぅ……そういう言い方は卑怯ですわ……分かりました……」
そう。この人は『でかいミリア』。そして、この勝負は始まる前から……あろうことか彼女自身が全く別の敗北条件を生み出してしまっていたのだ……
大げさに言うと。
「で、具体的な策は? 」
「……」
「な……なぜ黙るのですか……? ちょっと? センス!? 」
こうして、第三王女vs.第八王女の赤裸々暴露チェスが始まったのであった。
「勝手に始めないでくださいませっ!!!! 」
ご覧いただきありがとうございます。
次話投稿は20/01/26 00:00頃を予定しております。
御待ちいただけると幸いです。