No.9 訪れと驚き(1)
それは謁見の日の事でした。
私は玉座に腰を下ろし、来客を待っていました。
基本的に玉座の間を使うのは謁見の際だけであり、その間私は顔を覆い隠すヴェールと銀のウィッグを身に着けるのです。
大抵、謁見というのは碌な事が起きないものです……無論、大抵は外交的な案件や王家による承認を正式に得る必要がある案件など、面倒事であることが多いから、というのが理由の一つですが……それ以上に、それは王女宮という唯一の安全地帯を出た上に『王女(暫定女王)』として玉座に腰を下ろすのですから……
この日は二つの謁見の予定がありました……
「面を上げよ」
五芒星が刻み込まれた魔導士のローブに身を包んだ男性が、私の前で跪いていました。
五芒星が示すのは魔導府……そしてそれは人々に魔術を授け魔導士へと為し、誤った道に進まぬよう取り纏め導き、あるいはその力を以って悪を挫くある種の秘密結社なのです。
……まぁ魔導士版国際連合のようなものだと思っていただければ。
「魔導府外交官『ビビッド・ニトロ』と申します。現魔導府総帥『イリス・キャットキャスル』に代わり、ミリア陛下に請願申し上げます」
「是か否か、それは貴方の要望次第です…ひゃんっ!!!? 」
センスが私の服に仕込まれた雷撃の魔法陣で喝を入れました……ええ分かっていますよ……我が国の威信のために、『威厳ある女王』として振舞えってことでしょう……
それにしたってもっとやりようがあるのではないでしょうか……今も変な声が出てしまって怪しまれてますよ……
「こほん、汝の要望次第だ……しかし……その前に余に『星の主』の証を示したまえ」
「はっ!! 」
ニトロ様は銀細工が施された深い藍色の……深海を覗き込んだような吸い込まれる輝きを秘めた魔石の断片を翳しました……
それは私の手元にある青の魔石と共鳴したかのように薄く、やわらかく光を放ちました。
「……確かに『暁の主』の印だ……よかろう……では、汝の要望を述べよ」
「陛下もご存知の通り、今魔導府は二つの勢力に分かれています……『暁』と『宵』に……」
「断る」
……流石に先が読めましたわ。
『星の主』……太古の伝説の王にして大魔導士達のことですが、魔導府を築き上げた『暁の主』と『宵の主』は不仲でした……そしてそれは今も続いているのです。
「大方『暁の陣営に加わる』か、『宵の陣営に援助をするな』かの二択であろう? 」
「……素晴らしき御慧眼でございます……では何故お断りに? 」
「汝等は『暁』を妄信している。『悪魔に関わる全てを悪とみなし滅する』……『聖天教会』と変わらぬ考えだ……が、余は己が目で見た者しか信じぬ。故に、善悪の判断について思考放棄する汝等の意には賛同しかねる……更に言えば、その請願はそもそも『暁』と『宵』の因縁に過ぎない。故に、部外者である『数』は汝等に手を貸す義理もなければ、自ら渦中に飛び込むような真似をするつもりも毛頭ない……余には護るべき民がいるからだ」
「……」
「陛下、時間でございます」
「ということだ……汝の期待に沿えず、申し訳なく思う」
魔導府の外交官は心なしか肩を落としたようですが、最後に礼をして何事なく去っていきました。私としても申し訳なく思いますが、仕方のない事なのです……
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「全く……大恥をかく所だったではないですか! 」
「恐れながら、陛下が口調を乱そうとしたのが宜しくなかったのでございます」
「大体どこに魔法陣を仕込んでいるのですか……何か痛いというより変な感じに……ひゃぁあぁ!!!? 」
そ……そこは駄目ですわっ!!!! ……うぅ……何というところに……!!
と私が悶え苦しんでいるのを見てセンスはふと呟きました。
「……これいいな……後で普段着にでも仕込んで…」
何てこと考えているのですか!?
同じく魔法陣により防護を行う鎧衣が痛むかもしれませんが……やむを得ません!!
「『魔法陣破壊』!! 」
「ちょ!? おま……鎧衣が壊れたらどうすんだよ!!!! 」
「えっちな悪戯に使ったセンスが悪いのですわ……もし壊れたのならば責任もって私の事を護ってくださいませ」
「……まぁそれはそうだけどさ……もしもの事があったらどうすんだよ……もちろん俺が蒔いた種だけど……」
センスはぶつぶつと呟きながら少し不安そうにしていました……もう、貴方は私が任命した唯一絶対の護衛部隊隊長であることに自信をもってくださいませ。
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次の面会者は黒の帽子とヴェールから白金髪を覗かせた、ミステリアスな少女でした……事前の書面にはヌメロスハモニカ国のとある貴族の令嬢ということになっていたのですが……
「面を上げよ」
……? でもこの魔力……どこかで……
「……ヌメロストゥルサ国魔導師『ドリット』、第一王女にして正当なる王位継承者『プリー・ウル・ヌメロス』に代わり、ミリア……君の命を頂戴しましょう」
それは一瞬の出来事でした……
ナンバ総帥、トレスを始めとする先発部隊の精鋭が一斉に少女へと剣を向け、ドゥラを始めとする守護部隊が楯を構えて壁となり、魔導士達が杖を向け詠唱を始め、センス以外の護衛部隊総員が私を背に取り囲みました。
「『陰隠』解除」
影の中から、長い赤髪を一纏めにし、顔を覆った暗殺者が現れレイピアとダガーを構えていました。
少女は大胆不敵な笑みを浮かべながら、軽く帽子の先をつまみました……
「さて、わざわざ名乗りを上げたのですから……僕の方から行かせてもらいますよ」
少女が跳んで、一気に肉壁を越えようとしました……しかしその隙を我が国が誇る魔導士団が見逃すはずもありません。紅く集束した炎の奔流が少女を襲います。
「『紅焔』!! 」
単なる跳躍で空中にいて、盾の一つもない完全な無防備。そこで撃ち落とせるはずでした……ですが彼女は……
「『水晶包』」
彼女を包むようにして生じた結晶の防壁で全てを往なしてしまいました……しかも往なした先には守護部隊と先発部隊がいて、流れ弾で打ち倒されていきます……
暗殺者の方も凄まじい動きで、あれだけの包囲を、どういう原理か攻撃を全て回避し……
「『超光放電!!!! 』」
あっという間に取り囲んでいた全ての兵を猛烈な雷撃によって行動不能にしてしまいました……
残る砦は護衛部隊……でしたが、
「『晶縛』」
私を含めて全員の足元を水晶で固められてしまいました……辛うじて私は抜け出せますが……
彼女の杖が迫ります……が、それを風切り音を立てて私の真横を通り抜けたサーベルが弾きました。
「そこまでだ」
センス!!!?
「……へぇ、凄いですね。どうやって僕の結晶から抜け出せたのでしょうか? 」
「聞かれて答える奴がいるかよ」
「そうですよね……」
すると今度は、少女が杖の先端に結晶の刃を生成して、即席の矛を作りました……
「……確かめてみましょうか……」
「面倒だが、仕方ない……」
センスは懐に隠していたナイフをティーの足元にぶつけました……水晶はキラキラと輝く砂のように砕け散り、彼女の拘束を解きました。
「ミリア!! ティー!! 他の連中の拘束を壊せ!! ティーはあっちの暗殺者を頼む!!! 」
その言葉に頷き、ティーが暗殺者の方へと向かいました……ティーはセンスほどではないとはいえ実力者です……多少の不安はありましたが……
それ以上に、センスとその少女から目が離せずにいました。
センスはこれまで、あらゆる暗殺者をほぼ一撃で仕留めるほどの絶対的な実力を持っていました。だからこそ僅か八歳の頃から八年間、護衛部隊隊長の座が揺らぐようなことがなかったのです。
それなのに今、センスは三度、四度と剣を振るっていました。
……それは激しい攻防でした。
少女の槍術もさることながら、時々結晶魔術でセンスの動きへの妨害を掛けていたのです……それも、センスがどのように動くのかをまるで予測しているかのように……
一方のセンスはどういう訳か、更にそれを先読みして動いているように見えました……それどころか、あえて罠を踏み抜いたところを狙う際を逆手にとって、着実に反撃を当てています……
そして……センスが彼女の杖を奪い、後ろから絞めるようにして首筋に刃を突き付けていました。
「……降参ですよ……流石ですね」
「お前……いや、あんたの見当はついてる……けど何でこんなまどろっこしいことを? 」
「理由? そうだね……」
すると、さっきまでいた少女が消えました……
『玻璃人形姫』……
ええ……私にももう『貴女』が誰なのか……分かっていますよ……
「可愛い妹を一目見に来たかったから……という理由では不十分でしょうか? 」
彼女は私の目の前に再び現れました……帽子をお取りになって……
陽光に透けて輝く白金髪に、すらりとしたスタイル……それでいてセンス風に言うなら『ナイスバディ』……優し気な御顔は聖女のようで、男女関わらず魅了されてしまいそうなほどなのです。
「……サプライズ好きも大概にしないと国際問題になりますわ、サーツ姉様」
「ふふっ、元気そうで何よりですよ……ミリア」
旧ヌメロス国第三王女にしてヌメロスロゴス国女王、サーツ・ミ・ヌメロス姉様が微笑みました。
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「サーツでん…陛下ッ!!!! いくら何でもおてんばが過ぎますよ!!!! 」
デシ大臣が激怒していました……当然でしょう。
当の御姉様はどこ吹く風といった様子でしたが……
「ふふふ……暗殺者を装って玉座の間でひと暴れ……なんて、少々面白そうだなと思いましてね♪」
「面白くありませんッ!!!! 」
「皆様、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません……私も必死で止めたのですが何分忠誠を尽くしてしまった以上は従うほかなくて仕方なしに……」
先程の暗殺者……ではなく、サーツ姉様の婚約者、マイル執事長がぺこぺこと頭を下げて回っていました……
「ふん……小娘の剣など羽に等しい……気になどしておらん……が、トレスにドゥラ!! そしてセンス!!!! 貴様等揃いも揃って何をしているかァァァッ!!!! 」
ナンバ総帥が爆破魔術のような声で怒鳴りつけました……
……小娘?
「『先発』の名を背負っておきながら、一網打尽にされるなど言語道断!!!! 『守護』の名を背負っておきながら、女子に飛び越えられあまつさえ後ろに控える魔導士まで危険に晒すなど恥晒しもいいところだ!!!! そして『護衛』の名を背負っておきながら、二度もミリア陛下に白刃を当てられかけるなど何をしてきたのだァァァッ!!!! 」
あ、デシ大臣が眉をひそめました……
普通に「うるさい」からでしょうか、「同感」だからでしょうか……それとも「うちの息子まで馬鹿にするのやめてくれません? 」でしょうか?
「寧ろ今回は良い機会となった……我等の慢心を身を以って知るところとなったのだ!!!! 陛下と侍女に敬礼せよッ!!!! 」
「ちょっと待ってください!!!! 私は男です!!!! 」
マイル執事長は髪が長く、華奢なのでよく女の子と間違われがちなのです……本人はかなり気にしているようで……
「むっ、それは失礼したッ!!!!」
ナンバ総帥が素直に頭を下げました……今度は逆に恐縮してしまったようですわ。
「そんな事より、そろそろ場所を変えませんか? 」
サーツ姉様はどこ吹く風と、そんなことを仰ってのけました……
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