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通天閣  作者: 膝野サラ
6/6

新世界

通天閣から一定以上の距離を保ち、相変わらず俺は雪の中、ぐるぐると意味もなく歩き回っていた。マフラーに顎を入れ、顔をうずめ「あーあ」なんて独りで言ってしまうのであった。

あれから丁度一年が経つも、俺は未だメールすら一度も送れず、ただ雪さんのことを思い出しては頭を掻き毟り抱えるばかりの日々を送っているのである。だからこそずっと、どうしたものかなんて頭を掻き毟り足を踏み出せないでいるのである。

無駄に歩くのも疲れたので家に帰ろうかとも思ったが、そうすればいよいよ踏み出す勇気がなくなってしまうのではないかと思ってしまい、それはそれで頭を抱えてしまうのである。そうして仕方なく近くにあったベンチに、積もっていた雪を「ちべてえなあ」なんて独り言を言いながら腕でどかして座った。動きを止めればそれはそれで尋常じゃなく寒く、心の方から凍り始めて凍死してしまわないかと心配になったが何せまだ若い身であるからしてそんなことはなかった。ベンチに座りながら、あの秋の日のように隣に雪さんがいればこんなにも寒く冷たくは感じなかったであろうな、心の温かさによって内から温まり、もし身が凍ってしまえど内からそれを溶かしてくれるだろうななんて馬鹿みたいなことを思っていた。

このどうしようもない淋しさをどうにかせねばと携帯を取り出し、いじろうとしたところでメールが届き、思わず一人で「なっ!?」という声を漏らしてしまいながらもそのメールの送り主が鶴原さんということを確認して俺はまた白い溜め息を吐いた。

しかし鶴原さんとメールをすることはたまにしかないし、このタイミングで来るということは雪さん関係のことであろうなと思いながらメールを開くと、全く予想通りであった。


「雪そろそろそっち着くってさ」


俺はそのメールを見て一度携帯の電源を落とした後、何度か冷たく白い溜め息を吐き、再び電源をつけてなんとか正直に今の気持ちを書いたメールを送った。


「おしっこしたい」


言わずもがな、頭がバグってしまったのである。ただとにかく正直に今の気持ちを伝えねばと頭を悩ませた挙句、こうなってしまった。そう、俺は今猛烈に小便がしたい。しかし何故に我はこんなにも尿意などばかりに襲われるのだこのクソったれなんて思っているとすぐに鶴原さんから電話がかかってきた。


「頭おかしなったんか?」

ご名答。

「いやあ、正直に今の気持ちを書こうとしたらこうなってしまいましたわ」

すると鶴原さんはまた笑って「あほちゃん」なんて言うのであった。

「まあいいわ、とりあえずメールは送ったから後は自分でどうするか決めやあ、じゃ、またねー」


俯きながら電話が切れた携帯を意味もなく見つめ続け、またも、参ったなあ、なんて思いながら頭を掻き毟った。しかし今はそれどころではない。俺は今猛烈に小便がしたいのである。だから俺はベンチから重い腰を上げ、近くのコンビニへと向かうのであった。


コンビニ内はクリスマス用の飾り付けが施されていたり、店員がサンタ帽を被っていたりと、クリスマス一色に染められており、俺は眉を吊り上げ、心の中で「なんたることか!」と叫ぶのであった。しかしそんな場合ではなくトイレに駆け込み用を足す。

安堵の息を吐きながらトイレから出て、クリスマス色からできるだけ目を背けながら俺はスルメと炭酸飲料を手にしてサンタ帽のもとへと行き渡すもそのサンタはそれらをプレゼントしてくれるわけではなく、しっかりと金を要求してきたのであった。そうしてコンビニから出て、またぶらぶらと歩きながらスルメを噛みちぎってむしゃむしゃと食いながら冷たい炭酸飲料をごくりごくりと飲み込むのであった。そうしてまた体が冷たくなっていった。


そうしてしばらくまた歩き続けた。無意味とわかっていても歩き続けた。そうしていつの間にか我がアパートの近くまで来てしまっていた。いかんいかんとまた反対方向へ行こうか、いやもうこのまま通天閣へと向かうかどうしたものかと頭を抱えていた時だった。


視界の端でブロンドの髪が揺れたような気がした。


俺は目を見開き、急いでそれを走って追った。

冷たい風がもろに顔面にぶつかってきて思わず「ふいぎぃいい」なんて声を漏らしながらも俺は走った。

そうして走り、ブロンドの髪が過ぎて行った方へと角を曲がる。しかしどこにもそれはなく、数人の見知らぬ男女達が突然走ってきた俺を少し驚いたように見てくるだけであった。そこで俺は冷静になり、一度足を止めてまたふらふらと歩きだした。寒さがまた先程よりも更に俺にぶつかってくる。少し苦しかったのでマフラーに手をかけ、ちょいと緩めるようにして溜め息を吐いた。そうして細い道に入った時、先にある踏切の向こうにまたあの綺麗な髪が見えた。俺はまた走る。その綺麗なブロンドの髪を携えた後ろ姿はまた角を曲がる。俺は必死に追ってなんとか堺筋に出た。そこには多くの人がおり、俺はまたそのブロンドの髪を、後ろ姿を、見失ってしまった。それでもキョロキョロしながら先に進む。白い息が切れる。俺は相変わらず目を見開き、口を間抜けにぽかんと開けたまま歩き続ける。

俺は何をしているんだ、なんてことを一瞬思ったがそんな考えはすぐに何処かへ行ってしまった。そんなことを考えている余裕がなかった。俺はただただその姿を探して歩き、走った。

堺筋を渡った向こう、道路の向こうにまたその姿が現れる。俺は信号が変わるのをまるで泣きそうな顔で焦りながら足をバタバタさせて待った。そうして信号が変わった瞬間、また俺は走る。しかし俺が堺筋を渡り終えた時にはまたその姿は見えなくなっていた。俺は少しそこから真っ直ぐ歩き、辺りをキョロキョロした後、次の角で左に曲がった。しかしそこにもその姿はなく、俺はまた白い溜め息を吐いた。

人混みの中、俺はまたキョロキョロしながら少しずつ進んだ。でもどこにもその姿はなくて、俺は俯き、マフラーの中で「クソが」と自分に対し吐いた。

俺は突き当たりで次は右へ曲がる。このまま真っ直ぐ行けばメインストリートがあり、左手に聳え立つ通天閣が見えてくるのだ。しかしそこまで来たところで俺は足を止め、棒立ちになった。何故そうしたのかはわからない。急にまた怖くなったのか、もう諦めてしまおうと思ったのか。そうして俺は白い息を切らし、人混みの中、ただ呆然と立ち尽くしていた。


そこで俺は色々なことを思い出す。

彼女は通天閣を見上げている。初対面の俺にも気遣ってブロンドの髪を揺らし微笑んでくれる。満開の桜の下で笑う。ステージでギターを掻き鳴らし、可愛らしい声で力強く歌う。かと思えば可愛らしく優しい声で可愛らしく話す。「前から大志くんの住んでるとこに来てみたかったんよ」なんて言ってくれる。ボロくて暗くて汚えだけの我がアパートを見て「レトロな感じが良いねえ」と褒めて微笑んでくれる。夕日によってオレンジ色に染められた横顔でまた俺を魅了する。心配になるようなメールを送ってきたかと思うと、急に全然関係のないオモチロイメールを送ってくる。一緒にエドワード・エルガーの「愛の挨拶」を弾いてくれる。熱いたこ焼きをハフハフと熱そうにしかし旨そうに頬張る。馬鹿な俺を見てまた笑う。かと思えばたまに馬鹿な俺を本気で軽蔑の目で見る。洒落た帽子などを半ば強制的に被せてくる。秋の中、まるで秋に染められたような姿で俺の前に現れる。そうして我が脳裏に鮮明でカラフルに現れる。通天閣の写真を送ってくる。お笑いを見に行こうとまた半ば強制的に俺の手を引く。急に「まんじゅうこわい」なんて言い出す。ゲームに負けてムッとする俺を見て笑ってくれる。ビリケンさんの足の裏を掻く。なんばパークスの綺麗なイルミネーションを見て可愛らしくはしゃぐ。そうしてまたブロンドの髪を揺らす。転んだ俺を笑い、そして必ず手を差し伸べてくれる。白くて綺麗な手で俺の手に触れる。

明るい電飾の街を歩く。きらきらと瞳を輝かせて、何かを面白そうに見つめている。何かを隠すようにふくふくと笑う。彼女は黙る。彼女は怒る。彼女は泣く。そして彼女は眠る。猫みたいに丸まって、傍らに座る俺を置いて、夜ごと通天閣の夢を見る。



俺が何も言えないまま、雪さんは無理に微笑み「バイバイ」と言って新今宮駅の中へと去って行った。

俺はまた自分に対し、「クソが」と吐き捨てた。そのままどうしたものかと街を彷徨い歩いた。アパートの前まで来たがなんだか部屋に帰る気にはなれず、わかりやすく飲み屋の方へと歩を進めるという行動に出た。踏切を渡る時、以前雪さんと渡った時のことを思い出し頭をぶんぶんと横に振る。そうして俯いたまま歩く。電飾の街へと入る。そうしてまた雪さんの声が聞こえ、また頭をぶんぶんと横に振る。再び通天閣の前まで来たが俺は目を背けそれを全く見ることなく、メインストリートを横切る。そうして飲み屋に入ったのであった。そうしてしばらくは一人、いっぱい飲んでいっぱい食らった。何も考えないようにして飲み続けた。普段はあまり酔わない俺もその時ばかりは中々に酔っていた。俺は天下に何もできなかった己のことを綴った自虐的メールを送った。すると天下は「人の不幸で食う飯ほど旨いもんはねえから今度一緒に飲みに行くぞ」なんて返信を寄越すもんだから俺はなんだこいつ、なんて一人で笑った。そうして店から出る。冷たい空気が顔面に当たり、眉を顰める。そうしてまた俯きながら歩きだす。そこで俺は油断した。酔っていたのもあるだろうが、メインストリートに出て俺は顔を上げ、通天閣を直視してしまったのだ。一人で。

俺は立ち尽くし、全身に冷たい雪が降りかかり、無防備な顔面を冷やす。そうして全身が冷たくなった。依然、通天閣は燦然と輝き続けていた。俺は眉を顰め唇を噛み締めまた「クソが」と呟きながら通天閣を睨みつけていたがやがて諦めたように力を抜いた。

そうして白い溜め息を吐き、「参ったなあ」なんて言って俺は泣いた。




その日から俺はより一層、「女と関わるとろくなことがないぞ」なんてことを言うようになった。己の哀れさ、間抜けさ、情けなさなどを改めて実感させられるからである。そうして痛くなるからである。しかしもうそういう考えも改めねばならんのやもしれんな、なんてことを思った。蛸川や天下、箱作たちにも謝らねばならんな、と思った。きっと奴らは怒った後、それでも笑ってくれるだろう。貝塚や鶴原さんにも礼を言わねば。




俺はまた歩きだした。じきに燦然と輝く通天閣が姿を現す。俺は通天閣を見上げ、その綺麗な様に見惚れる。そうして視線を正面に戻した。そこに雪さんがいた。相変わらず可愛らしい小さな体で、綺麗で透き通った白に近いくらいの金髪をキラキラと輝かせ、白くこれまた透き通った可愛らしい顔で、大きな瞳で、通天閣を見上げていた。

俺はまた「参ったなあ」なんて思いながら、何度か大きく息を吸い込む。そうして雪さんの傍らを目指して、俺は新世界へ足を踏み込んだ。

読書を本格的に始めてまだ日が浅い僕ですが、森見登美彦さんの作品は本当に大好きであり、中でも「太陽の塔」は一番好きな作品であります。そうして数ヶ月前、ふとこんな作品を書いてみたいなあと思い、勝手ながら「太陽の塔」のオマージュという形で本作品を書いてみました。正直当然「太陽の塔」の面白さには到底叶わないとは思いますが、なんとかクリスマスイヴまでに納得のいく形で書き終えることができました。

本作品を書き終えて、改めて「太陽の塔」をはじめとする森見登美彦作品に出会えたことを嬉しく思い、またもや誠に勝手ながら森見登美彦さんに感謝しているばかりでございます。是非森見登美彦さんの部屋に今後ゴキブリキューブが出現しませんようにと切に願うばかりでございます。

そうして本作品を書き進めていくにあたって、主人公住吉を想定以上にキレさせてしまったこと、住吉に対し、誠に申し訳ない所存であります。

数日後に控えたクリスマスイヴは用事があり(無論、おなごとイチャイチャするなどという破廉恥極まりない用事ではない)、行けなさそうですが、その翌日のクリスマスにはできれば通天閣を見上げ、見惚れに行こうと思います。

ちなみに登場人物の名前は全て南海本線の駅名や南海本線に関係する単語から取っております。

本作品を書くにあたって、一部ではありますがオマージュ元である「太陽の塔」の台詞などを引用している部分があります。

森見登美彦さんの「太陽の塔」をまだ読んだことがないという方は是非一度ならず二度三度と読んでいただきたいばかりでございます。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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