雪の記憶
俺は部屋には戻らず、震えながら辺りをぶらぶら歩いていた。通天閣からはまたどんどん離れて行っていた。依然、どうしたものかと頭を掻き毟っていたからである。
雪が俯く俺の目の前に降り注いだ。
そろそろ彼女、和歌山雪さんについて、少し話そうかと思う。
和歌山雪さんは可愛らしく綺麗で美しく優しい女性である。バンドをやっており年齢は俺と同じ歳である。身長百五十センチ程の小柄な体と、くりくりとした大きな瞳をはじめとする小さな顔の全てはまるで“可愛い”の具現化のようである。色白の綺麗な肌は、雪の中に埋れればわからなくなるのではと思うほど白くて綺麗である。いや、これは言いすぎた、それではまるで死人ではないか、いや死人でもそんなに白くはなかろう。まあしかし本当に綺麗なのである。そしてまた綺麗で透き通った白に近いくらいの金髪は今にも消えてしまいそうなくらいに透き通っており、しかしいつもキラキラと綺麗に輝いている。これまた透き通っており可愛らしくハッキリと聞き取りやすい声は四六時中耳もとで囁いてほしいと心底思うほど綺麗で可愛らしい。他にも魅力は溢れんばかりあるがもはや筆舌に尽くし難いので、これだけ書けただけでも大いに褒めていただきたい限りである。
そうして俺はまた、過去の記憶に、迷い込んでいた。
雪さんとは同じライブに出ていたという貝塚を通じて知り合った。もう約二年も前のことになる。
約二年前の年明け、貝塚からの「お前どうせ暇やろ、来いよ」という腹立たしい誘いのメールを受け、俺は飯目当てに新年会へと出向いたのだ。居酒屋で開かれたその新年会はバンド関係の新年会らしく、知り合いなど貝塚以外いるわけもなく、居心地は頭を抱えるほど悪かったが飯は中々旨かった。
俺が誰とも目が合わぬよう、俯き気味に旨い飯を食らっていると、突然、可愛らしい声が俺に話しかけてきたのだ。
「なにかお取りしましょうか?」
その声を聞いて俺は顔を上げる。そこに、頭を掻き毟ってしまいそうになるような、それくらい可愛らしい彼女の顔があったのだ。そうして彼女はブロンドの髪を少し揺らし、微笑むのであった。
突然の言葉になんと返すべきであろうと迷いながらもなんとか俺は言う。
「あ、じゃあ、そこの唐揚げとか...いいですか」
彼女はまた微笑みながら、可愛らしく「はい」と言い、俺の皿に唐揚げをよそった。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
そこで会話は終わり、俺は唐揚げを食らい、彼女は何か他にやることがないかと辺りをキョロキョロしていたが、やがて隣に座っていた短い髪をセンターで分けたボーイッシュな女性に「雪も食べな」と言われようやく落ち着いて、彼女も同じく唐揚げを頬張るのであった。そうして「おいし」と言って笑う彼女の笑顔に俺はすぐ見惚れてしまったのであった。すると彼女は俺の視線に気づき、俺の方へと目をやり、また微笑むのだった。俺はぎこちなく、おそらく微笑めていないであろうくらいの笑みを浮かべ会釈した。しかしそんな気持ち悪い俺にも彼女は話しかけてくれた。
「なんかバンドとかやられてるんですか?」
「あ、いや、僕は...そ、そこにいる貝塚って奴に誘われただけで...」
「あー貝塚さん、前に対バンしたんですよ」
「へー、あ、バンドやられてるんですね」
「あ、そうなんですよ」
そこでふと彼女はハッとする。
「あ、自己紹介忘れてました」
そうして聞き取りやすい可愛らしい声で丁寧に自己紹介を始める。
「和歌山雪です、『snowing night』っていうバンドでボーカルと、あとギターもしてます、よろしくお願いします」
そうしてまた丁寧に頭を下げられたもんだから俺も急いで頭を下げ、簡単な自己紹介を始める。
「あ、住吉大志っていいます」
そこまで言ったところで俺は言葉を詰まらせる。これ以上言うことがないのだ。バンドをしているわけでもないしどうしたものか。何かに所属してたり...あ、江口会!と一瞬思ったがすぐに言えるわけなかろうと頭の中から抹消させる。俺が頭を少し掻き毟るのを見てか、彼女、雪さんも察してくれたらしく話を繋いでくれた。
「住吉大志さん、良いお名前ですね」
そう言って雪さんはまた微笑んだ。そうして俺も急いで同じように続ける。
「いえいえ、和歌山雪さんも、良いお名前で」
そうして目が合い、二人で何故だか笑ったのだった。
「ん?知り合い?」
その声の主は先程の雪さんの隣に座るボーイッシュな女性だった。
雪さんは「ううん」と言って可愛らしく首を横に振り、
「なんか面白くって」
そう言ってまた笑った。
するとそのボーイッシュな女性は雪さん越しに俺へと目をやる。俺が彼女に向かって会釈すると彼女も会釈をして少し笑った。そうして俺が黙っていると雪さんは「あっ」と言ってボーイッシュなその女性に俺の紹介を始めてくれたのである。
「住吉大志さん、貝塚さんのお知り合いだって」
するとそのボーイッシュな女性は理解したように「あー貝塚くんの」と言って軽い感じで簡単な自己紹介をしてくれた。
「鶴原です、雪と一緒に『snowing night』ってバンド組んでます、ベース弾いてます、よろしくね」
そう、お察しのとおりこの人こそ鶴原さんである。
するとその鶴原さんの自己紹介を聞いて、雪さんがとぼけるような感じで少し首を傾げる。
「す、すのーいんぐ、ないと?なにその名前、ダサっ」
「あんたがつけたんやろ!」
すると二人は顔を見合わせて笑い合った。俺は呆然とその二人を見ていたが、その後笑いながら二人揃ってこちらを見てきたもんだから俺も「へ、へへっ」と下手に笑ったのだった。
そうしてその後もなんだかんだ盛り上がり、俺はぎこちないながらに楽しく感じ、気持ち悪く笑っていた。雪さんは可愛らしく笑っていた。
そうしてその流れでなんということか俺は雪さんや鶴原さんの連絡先を手に入れたのだった。この俺が女性二人の連絡先を同時に手に入れるなんて、これは俺この後死ぬなあ、なんて思いながらも帰り道はニンマリして帰ったのだった。当然死ぬこともなかった。
貝塚はなにやらセクシーな女性を口説いていたが、結局酔い潰れて寝ていたので、そのまま放って帰ってきた。
これが俺と雪さんの出会いだった。もしかしたら俺はこの時、既に雪さんに惚れていたのやもしれない。
しかしその後、結局俺たちが会うことはなかった。たまにメールなどをしたりするだけであった。そうしてそのまま三ヶ月程が経ち、四月になった。俺たちは二回生になった。
四月初旬のある日、江口会で花見を開催した。綺麗な桜の下でも相変わらず俺たちはエロビデオの貸し借りやエロ談義を行なっていた。花よりエロ。
そうして旨い飯を食って、当時まだ未成年だったのでえらい俺たちはきっちり法律を守ってジュースを飲んで、またエロビデオの裏表紙をガン見するのであった。
俺がトイレに立った時だった。綺麗な満開の桜の下、見事な桜道を歩いていると、前方でまたブロンドの髪が揺れ、キラキラと光った。
桜を見上げるその姿には見覚えがあった。俺が桜と彼女に見惚れていると彼女は少しして俺に気づいた。そうして大きな目を見開く。
「あ!」
俺は少し頭を掻きながら「どうも」と頭を下げた。
「住吉さん、お久しぶりです、こんなところで会うとは奇遇ですね」
「和歌山さん、お久しぶりです、奇遇ですね」
そうしてまた二人、顔を見合わせて笑った。その約三ヶ月ぶりの笑顔を見て、なんだか嬉しく思ったのであった。
「お花見ですか?」
「はい、ちょっと友人と」
まさかエロビデオ貸し借りグループの集会などとは言えるわけもない。
「そちらもお花見で」
「はい、バンドの知り合いの人に誘われて、つるちゃんたちと来てるんです」
つるちゃんというのは鶴原さんのことである。メールなどでも度々そう呼んでいた。
雪さんは再び桜を見上げ、微笑んだ。
「綺麗ですね」
「ですね、満開です」
雪さんは満開の桜に見惚れており、俺は満開の桜と雪さんに見惚れていたのだった。
雪さんはふと思い出したようにして「ちょっと待っててください」と言って去って行く。
少しして戻ってきた雪さんは紙皿に唐揚げや卵焼き、春巻きなどを乗せて持ってきてくれた。
「これ食べてください、私の手作りなんですよ」
心の中で「手作り!!」と叫んだ。しかしなんとか平静を装ってあくまで紳士的に礼を言った。
それから近況などを少しだけ話し合ったり、再び桜を見上げたりした後、「それじゃ」と言って雪さんは笑顔で手を振り去って行こうとする。その笑顔に見惚れながらも俺はふと思う。
このままでいいのか、また次に会うのは三ヶ月後とかになるやもしれんのだぞ、もしかしたらもうずっと会わずに終わるのやもしれんのだぞ。そうして俺は咄嗟に雪さんの後ろ姿に声をかける。
別に今思えばそんなことメールでも言えたのだが、俺は高速振動する鼓動に少々苦しめられながら、言葉で言ったのだった。
「あ、あの、ラ、ライブとか、観に行きたいです」
雪さんは一瞬驚いたような顔をした後、可愛らしいその顔で可愛らしくにっこりと笑った。
「本当ですか!是非来てください!嬉しいです」
そうして雪さんはポケットからライブのチケットを取り出し、俺に渡しながら「この日とか大丈夫ですか?」なんて上目遣いで言うもんだから、目がハートになってしまうのではと恐れチケットの方へと目を逸らした。無論、俺は大いに暇であるから「あ、全然大丈夫です」と言ってチケットを受け取り、ポケットから財布を取り出すと、雪さんは自分の手でその財布を持つ俺の手を止めて微笑んだ。
「大丈夫です、でも絶対来てくださいね」
そうして雪さんは更に無邪気に笑ったのだった。
雪さんが去った後も俺は少しの間、桜道の真ん中で、ライブチケットとおかずの乗った紙皿を手に、立ち尽くしていた。そうしてようやく我に返り、おかずの乗った紙皿を手にしたまま元の場所に帰ろうとしたが、このままおかずを持ち帰っては何か奴らに怪しまれるやもしれない。それはまだしも、もしこの雪さん手作りのおかずを、あいつら破廉恥助兵衛野郎共に食われようもんなら俺はあいつらを殺してその上に桜を植えてしまうであろう。それではまずいと俺はその場でおかずを食べた。無論、美味しかった。しっかりとした味付けなのにも関わらず、どこか雪さんの優しさがしみているような気がした。そうして近くの設置されたゴミ箱に紙皿を捨て、拳を天に突き上げながら元の場所へと戻って行こうとした。しかしそこで違和感を感じた。
何故だかわからないが膀胱がパンパンに張っている気がするのだ。ん?と首を傾げた後、下半身の方を見やる。そこで思い出した、俺はトイレに行こうとしていたのだ。それを思い出した途端、急に実感が湧いてきて今にも小便が漏れそうになる。そうして俺は綺麗な桜が満開に咲き放つ桜道を、鳥肌を立ててハフハフと言いながら内股でトイレへと向かうのであった。もう少しでウレションしてしまうところであった。
それから少しして俺は雪さんのライブを観に行った。行ったこともないライブハウスなる暗い怖そうな場所に一人で行くというのは中々参ったことであったが、一緒に行ける度胸のある人間などまわりにいるはずもなく、結局一人で身を震わせながら出向いたのであった。
「着きました」というメールを雪さんに送ると少しして突然背後から肩を叩かれた。俺はビクッと体を硬直させ、やべえ奴にカツアゲされてしまうのでは、なんたることか、どう逃げるべきか。などと体を動かせないまま考えていると、その人物は前に回ってきて首を傾げながら俺に話しかける。予想と反するえらく可愛い面がそこにはあり、可愛い声が聞こえた。
「住吉さん?」
「あ!あ、いや、はぁ、どうも」
「どうしたんですか?何処か具合でも悪いですか?」
「あ、いや、全然、怖くなんてないさ、ぜーんぜん」
「怖い?」
「え?いや、うん、具合悪かったりはしないですから」
「なら良かったです、来てくれて嬉しいです」
そう言って雪さんはまた微笑んだ。
そうして少しまた話した後、雪さんは準備があると言ってまた暗闇の中に去って行った。
数分後にはライブが始まった。入口で貰ったチラシを見やるに、どうやら今日は四組のバンドがステージに立つらしく、雪さんがギターボーカルを務めるバンド『snowing night』の出番は一番最後、所謂トリであった。
俺は音楽は人並みに聴く程度ということもあってか、どれも知らないバンドだったが、やはりステージに立つ人間は輝いており、どれも中々カッコよかった。
一組目のスリーピースバンドは力強く若さを歌う系のロックバンドで、この言葉だけではありがちなようにも感じるやもしれんが、どこか懐かしさを感じさせるメロディと何よりも力強く叫ぶ若さや青春が脳を揺らすほど良かったのであった。
二組目の男女混合四人組バンドは、踏んだこともないようなステップを踏みたくなるようなポップなメロディに、どこか切なく感じるような歌詞をのせており、これが中々上手くマッチしていて、すごく魅力的であった。
三組目の男四人組バンドはいかにも男臭い感じで最高であった。意外と俺はこういう男臭い感じが好きなのである。己の馬鹿馬鹿しさや情けなさを歌ったり、それでも人の背中を押すような、すごくダサくてしかしすごくカッコいいバンドであった。
どのバンドも非常に盛り上がっていた。俺も内心すごく盛り上がっていたが、やはり本来の性質なのか、手を上に掲げたり、頭を振ったりするようなことはできず、ただ心の中で「イヤッフィイイーー」「フォイフォイフォーーーー」「おりゃあああああああ」なんて叫んでいた。
そうしてラスト、四組目、雪さんのバンド『snowing night』が登場する。暗いライブハウスの中、光り輝くステージの上に立った雪さんはより一層輝いていた。
雪さんのバンド『snowing night』は四人組ガールズバンドで、メンバーはギターボーカルの雪さんとベースの鶴原さん、そしてドラムとキーボードであった。
雪さんたちが出てきてすぐに数人の客が歓声をあげたのを見ると、どうやらこのバンドを知ってる人や、このバンドを観るために来た人もいるらしい。勿論俺もその一人で、心の中で歓声の雄叫びをあげていた。歓声をあげた人たちを見やると性別も年齢も割とバラバラであった。どんな曲をやるのだろうとまた一層、心が猿のように飛び跳ね躍る。
雪さんは客の歓声に可愛らしい笑顔を見せた後、曲名を言って真剣な顔つきになる。
まず、キーボードが綺麗なメロディを奏でる。そうして雪さんの優しい綺麗な歌声がライブハウスに響く。鳥肌が立った。
その直後、ギター、ベース、ドラムが一斉に鳴り響く。その綺麗でしかし力強いメロディに俺は揺れていた。
そうして再び優しい表情の雪さんの優しい歌声が続き、淡く切ない、過ぎた青春の歌詞が沁みるのであった。
そうして一瞬静寂が訪れ、サビ、一斉にまた楽器が鳴り、先程とは打って変わって雪さんの力強い歌声が、光に向かう歌詞が、ライブハウスに響き、そうして揺らすのだった。
俺は頭を掻き毟った。雪さんの歌声が俺の中に響き渡り、どうしようもなく心が飛んだり揺れたりするのであった。曲中、ずっとそうして頭を掻き毟りながらステージに釘付けだった。
そうして俺は、間違いなく、雪さんに惚れたのだ。
そうして一曲目が終わり、俺は今まで心の中に押し込んでいた興奮を、雄叫びを、叫びを、解き放ったのであった。俺の歓声の叫びを聞いて、雪さんが俺の方へと目をやり、ニッコリと可愛らしく笑った。そうして俺はまた雪さんに惚れたのだった。
その後、雪さんが可愛らしく笑って「どうも『snowing night』です」と言ってメンバー紹介を始めた。
そうしてその後また素晴らしい曲を二曲演奏した。雪さんは時に優しく透き通った、時に力強く芯のある歌声を響かせ、時に可愛らしく、時に真剣な顔をしていた。鶴原さんは相変わらずカッコよく、ベースを持ってステージ上で動き回っていた。力強く響かせるドラムやキーボードも本当に素晴らしく、俺はライブが終わってもしばらく頭を掻き毟っていた。
俺はライブハウスの前で動けず、依然、頭を掻き毟り抱えていた。まだ心臓がドンドンと鳴り続けている。
するとまた突然背後から肩を叩かれた。今度はやべえ奴にカツアゲされてしまうのでは、などと思うことはなかった。しかし未だ興奮の抜けきらない体は硬直したのか動かない。すると背後のその人物は前に回ってきて首を傾げながら俺に話しかける。予想通りのえらく可愛い面がそこにはあり、可愛い声が聞こえた。
「住吉さん?」
俺は雪さんの顔を見た瞬間、また興奮が抑えきれなくなり、つい叫んでしまった。
「最高でしたよ!!!」
雪さんは体をビクッとさせた後、満面の笑みになって言った。
「本当ですか!嬉しい!ありがとうございます!!」
そうして俺はこの感動をどうにか雪さんに伝えようとするのだが上手く言葉にできず、しまいにゃどうしたものかと頭を抱えてしまった。それを見て雪さんはまた笑ったのであった。
雪さんの背後から声がした。鶴原さんの声だ。
「雪、早よ行くよー、あれ?住吉くん?」
そうして鶴原さんや他のメンバーの人にも感動を伝えようとするが上手く言えず、ひたすらに「最高最高最高最高」と言っていた。そうして雪さんが俺に優しく笑い、優しい声をかける。
「また今度、感想聞かせてください」
「はい、是非」
そうして四人は去って行き、俺もようやく動けるようになっていた。
出会いから再会まではこんなところであろうか。俺という人間が如何に純粋で綺麗な心の持ち主かということがしっかりと伝わったことであろう。そうして雪さんの魅力もまだ少しながら伝わったと思われ。
それから少しして俺と雪さんは初めて二人で出かけたのであった。映画を観たり、カフェで改めてライブの感想を述べたり、そして笑い合ったり、簡単に言うと素晴らしく楽しかった。
そしてその後もメールを重ねたり、また一緒に出かけたり、本の貸し借りをしたり、また雪さんのライブに行ったり、それはそれは有意義で楽しく素晴らしい日々であった。しかし既に過ぎた至福の時を今更語るのもなんだか乗り気になれない。それに読者諸君も俺のそんな話を聞いて時間を無駄にはしたくないであろう。だからもっと俺の印象に残った出来事だけを話していく。時は先程の四月から一気に夏に飛ぶ。
夏の暑い空気の中、熱い夕日に照らされても、通天閣は汗一つかかずにいつも通りそこに堂々と聳え立っていた。そうして俺と雪さんは、二人、見上げていた。