それぞれのクリスマスイヴ2
そうして俺はなんば駅のトイレの便座に座り腹をさすっていた。震えるほど痛い腹に腹を立てながら、震える声で俺は「クソが」と呟いた。
何故俺がこんな哀れで惨めな状態に至ったのか、それには心当たりがあった。ゲームセンター前で忠岡とその女に怒鳴った時、雪を掴むが投げる勇気はなく、結局口に入れて食ってしまったあの奇行が原因であろう。
クリスマスイヴにトイレの中で腹を抑え震える我が姿があまりにも哀れで惨めで頬を濡らしそうになるほどであった。
そうして俺は寒さではなく痛さに震え、数十分トイレにこもったのち疲れながらようやくトイレから出た時また「クソが」と呟く。そこで突如俺の名を呼ぶ声が聞こえる。
「住吉くん!」
俯いていた顔を上げ声の方へと目をやると、女性にしては短い髪をセンターで分けたボーイッシュな女がそこには居た。
「あ、どうも」
「久しぶりやなー」
「ですね」
「クリスマスイヴにこんなとこでなにしてんの?」
「クリスマスイヴに、は余計でしょコンニャロメ」
俺がそう言うと彼女は声を上げて笑った。
彼女、鶴原さんはバンドを組んでベースを弾いており、昔、例の女性、雪さんと一緒にバンドを組んでいた女性である。年齢は俺より一つ上だが確か同じ三回生である。雪さんの出ているライブに行った時に見たベースを弾く鶴原さんの姿は、もし俺が女だったら惚れとるぞコンニャロメ!と思ったほどかっこよかった。それでも俺はやはり、ギターを弾き歌う雪さんに見惚れていたのだが。まあそんなイケメンな女性なのである。俺とは比べものにならぬほどである。
ちなみにこんな名前だが別に鶴には似ていない。というか鶴に似た人間とは如何なるものか。
「鶴原さんはなにしてるんですか」
「私はこれからライブ」
「そうですか、バンドうまくいってますかい?」
「うん、結構ライブとかも呼ばれるようなったし、割と調子ええかな」
「それは良きことですな」
「うん!あ、今度、貝塚くんとこのバンドと対バンすんねん、よかったらまた来てや」
「はい、暇だったら」
すると鶴原さんはニヤリと笑いながら「どうせ暇やろ」なんて言うので「うるせえ!口を慎め!」と返すとまた鶴原さんは大きく笑った。
それからお互いの近況などについて少し話したりした。そうして「じゃあ」と言って俺が立ち去ろうとした時、鶴原さんが思い出したように「あっ」と言って俺を呼び止める。
「雪、帰ってきてるで」
俺は一瞬なにも反応できずに止まってしまった。なんとか「そうですか」と無愛想に返すと、鶴原さんは少し笑って言う。
「いやそうですかーじゃなくて、帰ってきたんやで?」
「はあ」
「会いに行けへんの?」
そうして俺が黙っていると鶴原さんが続ける。
「貝塚くんから聞いたけどあれから全然連絡も取ってへんのやろ?このままなんにもなくなるん?それでええの?」
「いや、会ったところで、ねえ。」
「男やったら当たって砕けろよ」
「砕けてたまるものか!」
それを聞き鶴原さんはまた笑った。
「ほな砕けず当たれ」
「いや...」
「まあ、当たるとかそういうんはまた今度でもいいかもしれへんけどさ、とりあえず会っとかなその今度もないし、どうにもならんよ。会いたいんちゃうの?」
俺はまた黙ってしまう。鶴原さんが言う。
「会えへんでええの?」
「いや、その」
鶴原さんは頷き俺の言葉を待っている。
「いや、どこにいるかもわかりませんし」
「わかってるやろ?どこに来るかは」
俺は俯きながらまた黙ってしまう。そうして口をへの字みたいにして少し眉を寄せ鼻から息を吐く。それを見て鶴原さんはまた笑い「まあ自分でよう考えて行動しい」と優しく子供を宥めるように言った。それに俺は少しの間を経て、口をへの字のようにしたまま「へい」と答えた。
そうして鶴原さんは「じゃあねー、ライブきてやー」と言い去って行った。
俺はどうしたものかと困り果て頭を掻き毟り溜め息を吐いた。しかしどうするかは別としてこんなとこにいつまでもいるわけにゃいかんので、俺は通天閣方面へと引き返し始めた。
溜め息を吐き、真っ白な息が俺の前に現れては過ぎて行く。そうしてまたマフラーに顔をうずめる。これを何度か繰り返していた時、突然携帯が鳴った。
それに体をビクッとさせた後、恐る恐る携帯の液晶に目をやる。そこに表示された「タコ助」という文字に色々な意味のこもった溜め息を吐いた。
「なんだホラ吹き裏切りクソタコ野郎!」
電話に出ると同時に俺はそう罵声を浴びせると向こうから蛸川の泣きそうな声が聞こえた。
「寒いよう、寒いよう。」
「あ?」
「ごめんよう、ごめんよう。」
「今更謝ったって遅いわい!」
「ごめんよう、寒いよう。」
「なんなんださっきから、こっちも寒いんだ!」
「寂しいよう、ごめんよう、寒いよう。」
「なんだ、どういう状況だ、あのエロい女はどうした」
「どっか行っちゃったよ。みさきさんと飲んでたら、なんか急にえらくデカい男が現れて、それがみさきさんの彼氏だったみたいで、めちゃくちゃ睨まれて、んでそのまま我輩、その男に路上に放り捨てられて、そんで二人手繋いでどっか行っちゃったよう。」
「バチが当たったんじゃ!タコ野郎が!ざまあみろ!」
「そんなこと言わないでくれえ。寂しいよう。」
「うるせえなあ、そんで今どこで何してんだ、とっとと帰って枕濡らしとけ!」
「それが帰れないんだ。」
「あ?」
「お金が...無くて...」
「は?歩いて帰れるだろ」
「いやそうじゃなくて、みさきさんと飲んだお会計が払えなくて、今店員に詰め寄られてんだあよお」
「はあ?流石の間抜けさだな、それもバチあたりじゃ!!」
「助けてよう、助けてよう。」
「黙れ裏切り者!」
「ごめんよう、ごめんよう。」
「うるせえ!」
「ごめんよう、本当にごめんよう、お願いだから、助けてくれよう、寒いよう。」
「...」
「本当にごめんよう、友を裏切るなんて、本当にごめんよう、助けてよう、お願いだよう、寒いよう。」
俺は少し間をあけてから舌打ちをして言った。
「わかったわかった、行くから、そこで待ってろ、場所どこだ、教えろ」
すると蛸川は更に泣きそうな声になり言う。
「ありがとう、本当に、ありがとう、ごめんよう。」
「うるせえ!はよ場所教えろタコが」
「ごめんよう、ごめんよう、場所はお前を裏切っちまった場所から変わってないよう、ごめんよう。」
電話を切り、また舌打ちをして、結局俺が金払うのかよクソが、なんて思いながらも、友を見殺しにするわけにゃいかんので、白い溜め息を吐いた後、俺は再び飲み屋の方へと歩を進めるのであった。
そうして俺は早足で飲み屋の近くに辿り着いた。するとまたあの見覚えのある道が現れた。そうして少し歩けばそこには通天閣が聳え立っていた。しかし通天閣からはなるだけ目を逸らし、息を切らしながら恐る恐る辺りを見回し、彼女の姿がまだないことを確認して俺は少しホッとしてしまったのであった。そうしてまた白い溜め息を吐いた。しかしきっと彼女はこれから来るだろう、そう思うとまたもう一度白い溜め息を吐きざるを得なかった。そうしてそこを早足で逃げるように去り、飲み屋の方へと歩いて行った。
少し歩いたところで、路上に横たわる蛸川とそれに詰め寄る店員の姿が目に入った。そうして近づいて行くと蛸川が俺に気づいてまた一層泣きそうな顔になった。そうしてまた「ごめんよう、ありがとう。」なんて言ってくるので無視して店員に金を渡した。店員は怪訝そうな顔をしたままそれを受け取り店の中へと去って行く。その背中に俺は小さく謝った。頭を上げ蛸川の方へと顔を向け睨みつける。「なんで俺が謝らにゃいかんのだ!」と罵倒したのだが、突然蛸川は俺の足にしがみついてきて「ごめんよう、ごめんよう、ありがとう。」なんてまた言い、俺のズボンを涙で濡らすのだった。俺は舌打ちをして「はよ行くぞクソが」と蛸川の頭をはたくのだった。
べそかく蛸川を家までわざわざ送ってやると、蛸川は「ちょっと待っててくれ」と言い部屋の奥に引っ込んで行った。すぐに戻ってきた蛸川が手にしていたのはエロビデオだった。そうして「本当に今日はごめんよう、ありがとう、お礼だ」と言ってそれを俺に差し出した。受け取ってパッケージなどを見てみると、蛸川には珍しくえらく良さそうなビデオだった。そうして蛸川が言った。
「我輩のお気に入りなんだ。是非見てみてくれ」
「おう、ありがとう」
「今日は本当にありがとう、助かったよう、この恩はいつか」
「ああ、せいぜい虚しいクリスマスを過ごしとけこのタコが」
そう俺が罵倒すると蛸川は気持ち悪い顔で笑った。
蛸川と別れ、とりあえず家に向かい歩き始めた。するとそこでまた携帯が鳴った。液晶に表示された「ダンボール制作員」という文字を見て、また色々な意味のこもった溜め息を吐いた。
「よう裏切り者その二」
「え?その二?あ、いや、す、すみません」
普段から箱作は暗いが、電話の向こうから聞こえる声は普段よりもまた一層暗い声だった。
「よくのこのこと電話かけてこれたな」
「す、すみません」
「なんだいったい」
「すみません...その...さっき言ってたことあるじゃないですか。」
「女と一緒にゲームやってるっていうクソみたいなことか」
「はい、すみません...それがその、あの後その女の子と通話を繋いだんです。そしたらその、それが女の子じゃなくて、男で、女になりすましてたみたいで、なんか『男でしたー、ざーんねーん』とか言われて...その...」
俺は鼻で笑いながら言った。
「バチが当たったんじゃクソが、見事やな神ってほんまにおるんかもな」
すると泣きそうな箱作の声が言う。
「本当にその...申し訳なくて...虚しくて...」
「うるせえ!」
「本当に...すみません...先輩を裏切るなんて...」
「クズが」
「すみません...本当に...すみません」
そう言うととうとう箱作は啜り泣き始めた。
「何泣いてんだ泣きてえのはこっちだぞクソが!なんでこんなに裏切られにゃならんのだ!」
「す、すみま...せん...」
「クソが!」
「本当に...すみません。」
そうして何度も「すみません」と連呼する箱作の声を聞いていたらこちらまで悲しくなってきて、次第に箱作への怒りは、その箱作を女のふりして騙した奴へと移っていった。
「うるせえ、もういいから泣くなや、何が悲しくてクリスマスイヴにお前の泣き声なんぞ聞かにゃならんのだ」
そう言ってもまだ箱作は啜り泣きながら謝り続けるので、鬱陶しく思いながら言った。
「だからもういいって言っとるだろうが、俺も悪かったし。まずそのお前を騙した奴が悪いんじゃ、そいつがおらんかったらお前だって俺だってこんな思いせんでよかったんや、そいつが悪いんじゃ、お前はもういいから」
それでもまだ箱作は謝るもんだから苛々しながらも俺は言った。
「そろそろ黙らんか、もういいって言っとるのが聞こえんのか、もう怒ってないから、その代わり今度飲みに行くぞ、蛸川とかも誘って年明けあたりに飲もうや、なあ?」
箱作は鼻を啜りながらようやく謝るのをやめて「はい、ありがとう...ございます。」と言うのだった。
そうして電話を切り、多少苛々しながらも「まったくカワイイヤツメ!コンニャロメ!」と心の中で言うのであった。
その後もカップルを見つけるたびにマフラーの中で小さく「クソが」と罵倒しながらアパートの前に着いた。どうするか未だに決めれずにいたが、とりあえずこのあまりにもな寒さをどうにかするべく、一度部屋に戻って考えることにした。そうしてアパートに入ろうとした時、裏切り者その三がそこにはいた。江口会会長、天下である。
睨みつける俺に気づいた天下は「あ」と声を漏らした。
「あ、じゃねえんだよクソが、あ?なんだ?これから愛おしい彼女さんとクリスマスえちえちか?そりゃ結構やなこのクソ裏切り者」
天下は俯いたまま黙っている。
「ふざけやがってどいつもこいつも」
そう俺がボソっと吐き捨てると天下はようやく口を開いた。
「振られたわ」
その言葉が聞こえた瞬間、俺はニンマリと満面の笑みを浮かべた。そうして「え?なんてえ?」と聞き返す。
天下は俯いたまま続ける。
「いやだから振られたんじゃ、しかも俺てっきり付き合ってると思ってたのに、どうやら違かったみたいで、クッソ。」
そう言うと天下は喋りすぎたと言わんばかりの表情をして顔を上げる。するとそこには俺の綺麗で見事な満面の笑み。天下は天狗のような顔でこちらを睨みつける。俺は満面の笑みのまま言う。
「うんうん、それでえ?」
「クソが」
「うんうん、それはこっちのセリフだよお?」
そうして天下は舌打ちをした。俺もそろそろ満面の笑みが疲れてきたので普通の表情に戻りつつ、心の中では未だ満面の笑みのままで天下に言う。
「何がデートだバカタレが、浮かれてんじゃねえぞ裏切りクソクソ野郎が」
天下は舌打ちをするばかりで言い返してこないのでこちらも気分が乗らない。「なんか言ってみろや」と言えど口を噤むばかり。俯く天下の顔を覗いてみると怒りとも悲しみともとれる表情をしていたので、なんだこいつと思いながらも、ふと浮かんだ予想を半笑いのまま口に出してみる。
「お前もしかしてその女に本気で惚れてたんか?」
天下は一瞬わかりやすくビクッとした。それから何もなかったようにまた俯き黙る。
「やっぱりそうか、あれだけ言ったやろ女と関わってもろくなことがないって、まったく阿呆が」
そこで天下は顔を上げ俺を睨み声を上げる。
「うるせえ!黙らんか!」
「何を惚れとんのじゃ、いっちょまえに恋なんかしてんなよ」
「お前だってしてたやろ、なんか和歌山なんとか、とかいう」
「おい!うるせえ!黙らんか!」
そうして俺も天下も二人揃って黙ってしまった。そうして少しの沈黙の後、二人揃って溜め息を吐いた。
そうして俺が言う。
「まああれだ、言いすぎたわ」
「ああ、俺もなんか、色々すまん」
そこで俺はふと思い出し、カバンから先程蛸川に貰ったエロビデオを天下に差し出した。
「貸したるわ」
天下はそれを受け取り、険しい顔でまじまじと見た後、口を開く。
「中々良さそうやな、ありがとう」
「これ見て虚しいクリスマスを過ごしとけ」
「うるせえ!」
そうして江口会会長天下は「じゃあな」と言って階段を上り、去って行った。俺も少し後から階段を上り自分の部屋へと戻った。
部屋に入り、トイレで震える手で慎重に小便をした後、すぐに毛布に包まった。
金がないので暖房はつけないが、やはり毛布に包まるだけで全然違った。嗚呼、暖かい。嗚呼、嗚呼、嗚呼...。
その時またもや携帯が鳴った。眠りかけていた俺は体をビクッとさせて、だめだまだ寝てはいかん、と首を横にぶんぶん振ってから携帯を手に取る。また少し緊張を覚えながらも液晶に表示された「クズ塚」という文字を見てまた溜め息を吐いた。
「なんだクズ塚」
「だからその呼び方やめろや」
「うるせえなあ、朝はよくもやってくれたなクソが、ぶち殺すぞ!」
「言いすぎやろ」
「クソが、ほんでなんやねん」
「いや女の子たちにドタキャンされてやあ」
そこで俺はまたニヤリとする。そうしてやはり神というのは本当にいるのだな、ちゃんと罰を与えてくれるのだなと思い、喜び天を仰ぎ神に感謝した。そうして叫ぶ。
「よっしゃああ!!」
「あ?」
「ざまあみやがれどいつもこいつも!!見事だ!見事に全員罰が当たったぞ!ソレミタコトカ!!センキューゴッド!!」
「うるせえなあ」
「朝のやり返しじゃクズ野郎が!」
電話の向こうから貝塚の舌打ちが聞こえ、俺は更にニヤリとした。全員に見事に罰が当たり、大いにスッキリしたのである。
「ザマアミロ!!」
「はいはい、もうええからごめんごめん」
貝塚の“やれやれ”的な態度に再びぶち殺してやろうかと思いつつも貝塚の言葉に耳を向ける。
「それよりお前今どこやねん」
「あ?なんじゃ?」
「いや今お前の家の近くおるからや、家おんねんたら降りてきて話そうや」
「なんで俺が降りにゃいかんのだ」
「俺が上がりたくないから」
「クソが、んな理由でこっちから行ってたまるものか!てか電話でいいやろ阿呆なんか」
「いやまあええやんけ」
「まずメリットがないわい」
「いやメリットはあるぞ、お前の好きなスルメ買ってきたから、あとビールも。食うて飲んでええから降りてこいや」
“スルメ”と聞いて俺の気持ちが揺らぐ。そうして揺らいだ末、結論はすぐに出た。
「仕方ねえなあ、降りて行ったるわいクソが」
そうして俺は帰ってきたばかりなのに、再び部屋を出て階段を降りて行く羽目になった。
下に降りると貝塚は寒そうに体を抱きしめるような体勢でさすっていた。俺に気づいた貝塚は「クッソぉ、なんやねんあの女たちよう、クリスマスにドタキャンはないやろぉ」と一人、気持ち悪くほざいておった。俺が無視して言う。
「わざわざ下まで来させやがって、はよスルメをよこせ!ぶち殺すぞ!」
「だから言いすぎやろ、はいはいやるから」
そうして貝塚からコンビニで買ったであろうスルメとビールを受け取り、雪の中、震えながら二人、食って飲む。もはや残念ながら旨いより寒いが勝ってしまう。
「いやあ、女の子にはドタキャンされるしツレは酒飲みすぎてずっと吐いてるし、マジカンベンやわ」
俺はまた無視してむしゃむしゃとスルメを食い、ごくごくとビールを飲んだ。
「てか寒いなー、ほんまやったら今頃あったけえ場所で女の子とイチャイチャしてる予定やったのに。やっぱドタキャンは酷いわなー」
ぐちぐち言い続ける貝塚に苛々して俺はついに怒鳴った。
「おい!わざわざこんな寒いとこまで降りてこさせといてそんな話しにきたんか!このクズ野郎が!」
「いやだから言いすぎやろお前!別にこんな話しにきたんちゃうわ!」
「ならはよ言わんかこのクズクソ阿呆野郎が!」
そうして力尽きたように二人揃って黙る。長めの沈黙を破るのは貝塚であった。
「いやまあ、話ってのは、雪ちゃんのことなんやけど」
その名前を聞いて俺は体をビクッとさせ、思わずビールを吹き出しそうになった。貝塚は続ける。
「お前は連絡もとれてないから知らんやろうけど、雪ちゃん今日こっちに帰ってきたんやってよ」
「知ってらあ」
「え?お前やっと連絡とったんか?」
「あ、いや、さっき鶴原さんと会って聞いた」
「あーそういうことか」と貝塚は納得し、続けて雪さんについて話しだす。
「なんかさっき連絡とった時に、こっち来るって言ってたぞ、お前に会いに来てんちゃん」
貝塚がおちょくるように言うのでまた「ぶち殺すぞ!」と罵倒してやろうかと思ったが疲れるのでやめて違う言葉を発した。
「んなわけがないだろ、バカタレが」
「じゃあなんでわざわざこんな汚いとこにくんねん」
「それはあれや」俺は汚い街の中、綺麗に輝き聳え立つ塔を思い浮かべ、その方向の空を見て言った。
貝塚が俺の視線の先に目をやり、疑問の念を込めて言った。
「空?」
「違うわい、通天閣じゃ」
「通天閣?」
「ああ」
貝塚は首を傾げながらもその後は何も言わず、ただその方向の空を見上げ、そこにある光り輝き聳え立つ通天閣を思い浮かべているようであった。
そうしてしばらく男二人で空を見上げて通天閣を思い浮かべた後、ようやく貝塚が声を発した。
「寒いなあ、あーあ、ヤりたかったなー」
「クズが」
それでもまだ貝塚はぐちぐち言うのであった。
「あーあ、写真見ただけでも結構エロそうな感じの女の子たちやったのに。惜しいもん逃した。しかもクリスマスイブに。あーあ、俺の予想では今頃ヤれてるはずやったのになー、それがなんでツレのゲロとお前の冷めた面見なあかんのじゃ。やっぱドタキャンはないよなー」
「お前が呼んだんやろ!こっちのセリフなんじゃ!なんで俺がクリスマスイヴにてめえの面なんぞ見にゃいかんのだ!そんでてめえのツレのゲロと俺の面を一緒にするなよ!ぶち殺すぞ!」
「おいだから言いすぎやろ、すまんすまん」
「言いすぎでもないやい!クソったれ!」
そう怒鳴り、俺はまた疲れてしまい、そのまま黙った。勘違いしてほしくないが、俺はいつもこんなに怒っているわけではない。今日が特別クソみたいな腹の立つことが多かったからこうなってしまっているだけで、普段は「お主、仏様かい?」と言われてもおかしくないくらいには温厚なのである。一日にこんなに苛立ち、怒鳴ったのは無論初めてなので俺はえらく疲れてしまったのだ。そうしてまた白い溜め息を吐くのであった。
少しして、見知らぬ男が二人、こちらに近づいてきた。一人はえらく顔色が悪く、まるでずっと吐いていたのではないかと思うほどであった。もう一人はその顔色の悪い男の背中をさすっている。二人ともどこかチャラついた感じである。そうしてその二人に気づき、貝塚は手を上げてその男二人を呼び止めた。そうして貝塚は俺に向き直り言うのだった。
「んじゃツレ来たから俺そろそろ行くわ」
「ああ、はよ散れ」
貝塚はうざったらしくヘラヘラしながら去って行く。しかしすぐに足を止めてもう一度俺を振り返って言った。
「雪ちゃん、多分もうすぐ来るぞ」
そうして貝塚はまたうざったらしく気持ち悪くヘラヘラしながらその男二人と共に汚い街へと去って行った。
俺は寒さに震え、未だ、どうしたものかと頭を掻き毟るのであった。