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PSYCHOKINESIS-ESP NIGHT-  作者: ユキヒラ
EMERGENCY<遭遇>
7/19

BIZARRER

奈意斗はとにかく疲れていた。早く寝たい。そう思ってエレベーターのボタンを押した。


部屋に着いて、すぐに布団の上に転がった。そのまますぐに睡魔が襲ってくることを期待していたが、そんなことはなくただ足のダルさだけが残っていた。

奈意斗はサエのことを思い出していた。

最後の時、サエは奈意斗の殺戮を目撃しながらも、安心したような目で彼を見ていた。サエが本当は雨に濡れる奈意斗を見ていた。奈意斗はあの時泣いていたのか、それが自分でもわからなかった。サエはおそらく、死にゆく自分を見て悲しみ、それを引き起こしたハリーに対する怒りを見て、まだ奈意斗はここにいると思ったのだろう。しかし、本当に悲しんでいたのか、怒っていたのか、それが自分でもわからなかった。


「叔母さん、俺は、まだ、ここにいるのかな」

独り言で話しかけた。

奈意斗は日本を発つ前に、サエに最後のお別れを言った。霊安室で綺麗に白くなっているサエを見ていた。

こんなことは何度もあった。知り合い、友達、ときには家族が同じように横たわっている時、奈意斗は生きているとはどういうことか、心のどこかで合点がいったのだ。それは奈意斗にとって、喜ばしいことだった。言葉にできない生きてる感覚は死を通して初めてわかっていたのだろう。でも、死を通して死を感じたことは初めてだったのかもしれない。

それは、終わってしまう虚しさだった。

一方で奈意斗はサエの死に安堵していた。サエを悲しませたくないという思いは、奈意斗の中にあったのだろう。意識していなかったが。しかしサエが死んだことにより、もうその感覚がなくなった。ある意味で自由を感じていた。ここではない何処かに行けるのだから。


同じ頃、麻里香と総士は食堂に居た。

「麻里香、彼は決して悪い人間じゃない、俺にはそう見えた」

総士は奈意斗のことを言っていた。人一倍人殺しを憎む麻里香は、殺人衝動を嗅ぎ分けるような洞察力があった。

「君の感は、彼に負けないくらいの超能力だと思うけどな。」

麻里香はそれを聞いてグラスを机に叩きつけるように置いた。総士は少しビクッとした後、咳払いをして話を続けた。

「彼は、お袋さんを殺されたんだ。自分を制御出来ないほどの怒りに囚われたとしてもおかしくないだろう。あの状況で彼と同じ力が使えたら、誰だってそうする」

総士の言うことはわかっていたが、麻里香が考えていたのはそう言うことではなかった。

「そうじゃないのよ総士、彼は違うのよ。彼のあの目は、悲しいとか、憎いとか、そういうのと違うと思うの。」

彼女の感じていることがわからないと総士は思った。

「それが日本語にできるなら、苦労なんてしないわ」

彼女はそう言ってムニエルを口に入れた。


「しかし、彼の力が必要なのは確かだろう。」

後ろから凱がやってきて、2人のいるテーブルに座った。

「麻里香、僕も総士に賛成かな。確かに彼は世界平和とかそういうものの為に戦ってるわけではないと思うけど、それでも絶対的な悪でないと思うよ。」

凱は交渉班出身なだけあって話し方がうまい。本当に重要なのは言葉じゃない。そう感じさせる凱の喋り方だった。

「私だって、世界平和なんかどうでもいいわ、人殺しが許せない」

彼女は強がっていた。

「凱、何であなたは今回参加したの。」

麻里香は話を逸らすつもりもあって質問した。

「僕は、彼らと話し合えないかなって思ったんだ」

凱は最初にエスパーの話を聞いたとき同情した。人間の勝手な都合で作られた彼等の憎しみが感じられたからだ。同時に彼等が人間であると信じていたし、そうであるならば言葉で解決できると本気で信じていた。彼は昔から恐ろしいほど人を信じる人間だった。こんな世界だからこそ、それが大切だと思いたかったのだろう。

そんな話を語る凱を見ていて、総士は思うのだった。この男は、戦場で生きるには優しすぎる。

凱は話終わると席を立った。

「来たばかりなのにもう行くの?まだいいじゃない」

麻里香は凱が居なくなるのが寂しかった。麻里香にとって凱は安らぎを与えてくれる人物だった。

警察特殊部隊に所属する前から2人は知り合いだったが、その考え方は全く違っていた。人殺を憎む麻里香と人殺しに同情する凱。麻里香は憎むことに少し疲たのかもしれない、そんな時は凱と一緒にいたかった。


総士はそんな麻里香の気持ちに気がついてはいたが、深く立ち入ることはしなかった。

「また明日ね」

総士は、珍しく笑顔の彼女を見ながら紅茶をすすった。

総士もまた世界平和の為に戦っているわけではなかった。彼は自分が意味のある存在だということ証明する為だった。

彼は、自分は死なないと思っていた、自分だけは主人公だと思っていた。彼にとって凱や麻由香は脇役だったのだ、だから興味なんてなかった。


凱は手を振るために一度振り返った。


その頃、ユナも部屋に戻ってシャワーを浴びていた。シャワーから出て体にバスタオルを巻き部屋に戻った。すると違和感に気付いた。何がというわけではないが、シャワーを浴びる前と違う。畳んだはずの服や下着が崩れていたりするのは、もしかしたら風のせいかもしれない。彼女は乱れたそれらに触ってみた。サイコメトリーはそこに残る残留思念を読み取る能力であった。彼女はそこから幼い少女のような無邪気さと尖るような殺意を感じていた。

彼女は自分の部屋に誰かが入ったことよりも、それが外に出て行った事に恐怖していた。

これから起こる事は容易に想像できた。


奈意斗はいつの間にか眠っていた。夢の中で彼は母親を感じていた。彼にとって母親はサエである。しかしサエとは違う、別の誰かのような気がしていた。それが誰かを考えている中で、ドアが叩かれる音がしていた。その音が彼を現実の中に引き戻した。

彼が目を覚まして最初に感じたのは悪寒だった。そして、そのドアに向けて歩き出していた。そのドアを開けたら何かが変わるような、悪い現実と向き合わなければならないような気持ちがそこにあった。


ドアに手をかけた時、ドアの向こうから声がした。

「奈意斗、起きて、大変だよ、起きて」

それはユナの声だった。ユナの声は明らかに怖がっていた。

鍵を開けて、ドアを開いた先の彼女はバスローブを雑に纏っていた。余程慌てて来た事がよくわかるような状態だった。

「奈意斗、ここには何かいる。」

ユナがそういうのと同時に、警報が鳴り出した。

非常事態警報は、最大レベルであった。


「奈意斗、彼女が来たの。彼女はあなたを知っている。彼女はあなたを探しているわ。」

「落ち着いてくれ、彼女って誰だ。なぜ僕を探してる」

ユナの取り乱し方は常軌を逸していた。奈意斗は状況がまるでわからなかった。わからない事が彼に不安を持たせた。ユナを一旦部屋に入れ、怯えて震える彼女にタオルをかける。

彼女は震える唇で"エントランス"と言った。奈意斗は部屋を出てエレベーターに向かう。まだ警報は止まらない。エレベーターが来るまでに時間が掛かった。

イライラがつのってくると警報が煩く感じて、壁を強く叩いた。彼は、ユナの言う女のことを考えていた。

すると、エレベーターが来でドアが開いた。開いたドアから中を見て奈意斗は驚愕した。そこにはこの世のものとは思えないほどの光景があった。エレベーターの壁紙が血みどろに塗りたくられていた。その理由は下に転がる人間たちだった。最初は7人がいるのかと思ったがそうではなかった、二人の人間が7つに分かれていただけだった。

勝手に頭の中で彼等が切り刻まれる映像が頭をよぎった、その叫び声までが勝手に想像の中で再現された。間違い無くユナはこれを見たのだ、彼女の能力でリアルに人間の恐怖までを見て、彼女は恐怖のどん底にいたに違いない。

奈意斗はエレベーターを使うことを諦め階段を降りた。


頭の中に不思議な感覚がよぎった。なぜか懐かしさを感じる、それはなぜかわからないが恐ろしい程に心地よかった。その感覚の正体がもう少しで掴めるような気がしていた、もう少しが繋がらなかった。

途端に足が滑った。考え事をしていたから階段を踏み外してしまった。

階段を滑り落ちたが怪我はしなかった。手をついて体を支えた。

少し驚いたが、お陰で頭がスッキリした。溜息をついて心を落ち着かせて立ち上がった。

そして、床についた手の平を見たとき気が付いた。

滑ったのは床が血に濡れていたからだ。

よく見ると周りは死体の山だった。

奈意斗が感じていたの恐怖ではなかった。ただ警報が鳴り始めた時間から考えて長く見積もっても20分でこの惨劇は起こっているのだ、見渡す限りの死体の山、彼は歩き出し、血でベタベタした壁をつたい、ゆっくりと階段を降りた、降りるごとに死体の山が増えた、その数は50人は下らない。

ユナの言っている女は階段を降りた、降りる途中人を殺しながらゆっくりと降りていった。途中目についた人間を切り刻んだ、軍人たちが彼女を止めようとした。しかしただ殺された。一般客は彼女から逃げようとした、廊下をかけ、自分の部屋に逃げようとしたもの、エレベーターに乗ろうとしたもの、しかし皆殺された。おそらくその女は恐ろしいほど早く動けるのだろう。彼女は殆どの兵士が銃を構え撃つ前に殺している、銃声らしきものが聞こえなかったのもそのせいかもしれない。


血がどんどん新しくなる、つまり新しい死体が増えていった。その連続する死体を辿っていく先にエントランスがあり、その奥には食堂がある、血の連鎖はそこまで繋がっていた。


食堂に近寄ると、大きな音がしていた。物が投げ飛ばされる音、叫び声も聞こえる。


「凱、凱」

それは麻由香の悲鳴のような声だった。

凱は口から血を出していた。何が起きたか全くわからないが、彼はもしかすると死んでしまったいるのかもしれない。麻由香はそれを抱き抱えながら泣き叫んでいる。

総士は何かに向けて剣を構えている、そこに何かがいる。しかしその正体はわからない。

「松田さん」

奈意斗は状況を理解しようと必死だった。

「奈意斗くん、入ってくるな、ここにいる、ここにいるんだ。」

誰がいるのかわからなかった。もしこれがユナの言う女だとすると姿が見えない。


「奈意斗」

奈意斗の耳元で誰かが囁いた。奈意斗は不思議と恐怖より懐かしい気持ちになった。なぜかわからないが、彼はそんな自分の心持ちを気味悪く思って声の方向から逃げた。

そして、食堂の中に飛び入った。床に手をついたがそのまま滑ってうつ伏せに倒れた。すぐに体を起こした。

その時が気がついたが凱は既に死んでいた。なぜなら彼は下半身と上半身が繋がっていなかったのだ。凱は一刀で切断されていた。とんでもない力だった。

麻由香は泣き叫んでいた。


ふと見ると女は消えている、どこに行ったかわからない恐怖が襲う。奈意斗は辺りを見回したが、彼女を見つけられなかった。しかし、次の瞬間だった。

「奈意斗」

また耳元で女の囁き声がした。

奈意斗は近くに落ちていたフォークを拾って、後ろの女に思いっきり突き刺さした。しかし、既に女はいない、フォークは空を突き刺した。

また同じように周りを見るが女はいない。

「こっちよ」

彼女の声がした、その方向を見ると女が立っている。色素がないのではないかと思う程の肌に黒髪だった。

目の色は赤い。真っ赤な口紅をつけて微笑んでいた。

手には西洋式のブロンズソードがある、血で染まっていた。

彼女は微笑んでいた。光を放つように真っ白な彼女に、奈意斗は目を奪われた。自然と体が立ち上がり、彼女のもとに足が動いていくのだ。


総士はこの間、ずっと動かなかった。恐怖と混乱で頭がいっぱいだった。彼女の姿を今初めて確認した。その美しさに驚いたが、むしろその姿に目を奪われて、歩き出す奈意斗に恐怖を覚えた。

この時、総士は考えていたのだった、この二人は運命で結ばれているのかもしれない。


奈意斗は彼女しか見えていなかった。ただ、彼女に触れるために、彼女の元に歩いていた。


その時、麻由香かが銃を抜いた。携帯用のピストルに入っていた残弾は残り五発、それを全て女に向かって放った。叫びながら、弾切れしてからも何回も引き金を引いた。

いつもの彼女よりも命中率は悪かった。近くの花瓶が割れた。しかしその一発以外は女の体のどこかしらに当たったはずだった。しかし、気付いた時には女は姿を消していた。


「どこだ」

声に出したのは総士だか他二人も同じことを考えていた。

隠れる場所などない、広い部屋の真ん中で忽然と姿を消した。

三人とも周りを見渡すが全く見つからない。速いというレベルではない。消えてしまった。


奈意斗が周りを見渡し、彼女がいないことを知ると少し喪失感を感じた気がしたが、同時に安心した。しかし次の瞬間、奈意斗は後ろから優しく抱きしめられた。

まるで、自分の全てを癒すようなその温もりと柔らかく白い肌が奈意斗を一瞬にして快楽の世界に連れ込んだ。

「奈意斗」

女はまた名前を呼ぶ。そのまま奈意斗の首筋に軽くキスをした。そのまま首筋を濡れた舌で舐め上げ、耳の後ろの筋まで舐め上げると、軽く耳に息を吹きかけた。

奈意斗はその時、自分の体が言い表せない程の快感に包まれ、余りの快楽の為に身体中の力が抜けていくことを感じた。

自分が快楽に支配されていく。堕落の底に落ちる。その快楽は彼の体内の機能を全て狂わせる。やがて完全に自分を見失った。彼はついに叫び出した。そのまま気を失ってしまった。


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