MASSACRE
今日、2人はいつもの日常を送りながら、いつもと違っていた。
渋谷、今でも繁華街として人が集まる。物資不足の中、値段はかなり高いものの、何でも手に入る街だ。
2人は買い物に出かけた。
サエは服や食材を洗ったか買い込み、その荷物は全て奈意斗が持った。
奈意斗は正直疲れていた。重くて倒れそうと思いつつ、こんな時、サイコキネシスが使えればなと思っていた。
サエは昨夜の夢以来、大きな不安を抱えていた、それを打ち消す為、買い物に力が入った。
サエは切り出すべきかどうか悩んだ、昨日何があったのか聞くだけでいい。聞くだけだ。
しかしそれができなかった。
「叔母さん」
先に口を開いたのは奈意斗だった。
「叔母さん、俺さ、悩んでてさ、進路っていうか、なんというか、やりたいことが出来たというか、何って言えないんだけど」
奈意斗は、頭の中で説明が固まっていないままに喋っていた。サエの様子がおかしいことに加え、自分の中のモヤモヤを消したくて焦っていた。
サエは答え方に迷った。背中を押すことは簡単だった、そういう風に接する方針だった。
しかし、夢の光景が邪魔をした。
とんでもないことをするつもりではないかと、いう疑問が頭をよぎった。
悩んだ末にサエは言った。
「何をやるとしても、選択には責任が伴うことを覚えておきなさい。犯した罪は罰として、積んだ善は心として、あなたに一生ついて回るのよ」
奈意斗は、その意味が理解できなかった。
サエは、覚悟を決めて聞こうとした。
「奈意斗、あなたは人をころ…」
その時だった、悲鳴が渋谷の交差点を駆け巡った。
2人とも何が起きたか分からないまま、呆然と立ち尽くしていると、何かが空から落ちてきた。その重くてずっしりとした丸いものが人の頭だと気づくのに、そう時間は要らなかった。
そして、多くの人が悲鳴を上げながら逃げ惑った。
奈意斗は、サエの手を掴んで走った。
雨が降り出してきた。女は目の前の惨劇に腰を抜かし動けなくなってしまった。
その女を見つけて、男は言った。
「俺の名はハリー・ハンター、お嬢ちゃん、お名前は」
女は答えられない、舌が回らない。
その男は長い爪蓄え、よく見るとそれは非常に鋭利な刃物であった。
「私は、礼儀にうるさい」
ハリーは女の子の首に爪を突き立てた。
「名前を名乗らないのは、礼儀正しくない」
次の瞬間女の子の首はもう無くなっていた。
「なぁー、あいつもう殺すこと楽しみすぎて、目的忘れたんじゃない」
とあるビルの屋上から羽の男が双眼鏡でハンターを覗いていた。
アンジェラスも一緒にいた。
「フロウ、なぜ奴が渋谷にいるとわかったのだ。」
アンジェラスは羽の男に聞いた。
「まあ、予知って奴だな、ダレンの能力さ。まあ、運命ってやつは決まったないらしくて、幾つものパターンがある中の一つらしいが、Nがそうしろって言ったんだからしょうがねぇ、不確実でも仕事しなきゃ」
フロウは不満気味に言った。
2人は雨の強くなる空を見上げていた。
「今日はもう、止まないな」
アンジェラスは呟いた。、
どんどん、人が切り刻まれていく、奈意斗とサエはとにかく走った。
しかし、人混みの中で前になかなか進めなかった。
人々の悲鳴はどんどん多くなり、奴が近づいていることが明白であった。
肉の壁に遮られている奈意斗達を、アンジェラスが見つけた。
「ハリー、あと四ブロック先にターゲットだ。」
ハリーはアンジェラスの言葉を聞いて走り出した。
走っていく中、邪魔な人間はどんどん切り殺していった。
奈意斗からは血飛沫が見えた。その血飛沫は猛烈なスピードで近づいてくる。
多くの人がそれを確認していた。しだいに自分のことしか考えられなくなっていった。
そして自分の命だけを考え、ついには人を押しのけ踏みつけ前に進むものまで現れた。
ナイフを取り出し周りの人々を脅して道を開けさせるものも出てきた、そういう人間が何人か集まれば殺戮が起きる。そして次第に簡単に命を奪うようになっていく、渋谷は惨劇となっていた。
こんな状況の中で最も被害を受けたのはお年寄りや小さな子供たちだった。
ついに、ハリーは見える位置まで来た。
ハリーがついに、奈意斗を肉眼で確認した。
「見つけたー」
ハリーは嬉しそうに奈意斗に近づいた。
サエは恐怖のあまり喋れない。動けない。
その場に座り込んでしまった。
周りの人々の恐怖もピークに達して、ついに発狂する人間もあらわれた。
狂ってしまった人間たちがハリーに向かって、ナイフで切りつけに行った。しかしハリーはハエを殺すように、爪で薙ぎ払った。
体がバラバラになって飛び散る。それを見てまた人々が悲鳴を上げる。
ハリーはうるさいと感じた。
自分の爪を折って、投げつけた。
何人か串刺しになった。
「あー、うるさい」
ハリーの爪はすぐに元に戻った。
サエは、もうこれ以上逃げ切れないと思い
「奈意斗、早く逃げなさい、私は置いて」
と、言った。
奈意斗には、決断の時間も返答の時間もなかった。
「お前を殺すことが、俺の仕事でな」
ハリーは爪を折り、奈意斗に投げつけた。
とっさにサエが奈意斗を庇って前に飛び出した。
サエは死を覚悟した。
次の瞬間、爪は空中で何かにぶつかっていた。
サエは何が起きたかわからず、奈意斗を見た。
奈意斗の目は輝いていた。
またしてもこの瞬間に立ち会えたのだから。
そして、爪が跳ね返され、ハリーの右腕を貫いた。
悲鳴を上げて倒れるハリー。
サエは、すべてを悟った。
「奈意斗、お前は」
すぐに、ハリーが起き上がって切りつけに来た。
奈意斗は、サエを突き飛ばし脇に押し合った後、落ちていた爪で受け止めた。
「はは、やはりそうか、貴様のサイコキネシスは生きてるものの動きを操ることはできない。すなわち防御方法は限られる」
ハリーはサイコキネシスの弱点を見抜いていた。
サイコキネシスは意識の力、だから意識のある生物を動かすことはできなかった。
だから、ハリーを押さえつけず、爪を拾ってガードに使ったのだ。
ハリーは何度も爪を振り下ろす。
「ほら、ほら、いつまで耐えられるかな」
ハリーの爪は折れてもすぐ元の長さに戻る。
攻撃は無限に続く。
奈意斗は、後ろにある人間の死体をいくつも持ち上げ、ハリーにぶつけた。
ハリーは幾つもの肉塊にのしかかられ、動けなくなった。
奈意斗はサエを連れて近くの今は閉店しているブティックに逃げ込んだ。
ハリーは死体を押しのけて這い出た時、2人を見失った。彼は激怒し、その場にいる全員を殺しにかかった。
「畜生、礼儀がなったねぇ、亡くなった人に対する敬いがねぇーぞ、サイコキネシス野郎」
そう叫びながら、その場にいる人々を切り殺していった。
サエは涙を流していた。もうすぐ40も半ばに差し掛かるが、様々なことを経験したのに、今日ほど怖いことなかった。
自分の子が超能力者であった。それは数百人を無残に切り殺す殺人鬼よりも遥かに恐ろしい事実。
「叔母さん、とりあえずここに隠れてやり過ごそう」
奈意斗は笑顔で言った、もう安心だと言うように。
サエは思いっきり奈意斗を引っ叩いた。
「なぜ平気な顔をしているの」
奈意斗は驚きの表情を隠せない。正直何を言ってるかわからなかった。
サエは、息子の心がわからなかった。それが恐ろしかった。
「人の心はあるの?まだ、人の心を持っているの、あなたは?」
奈意斗はどうも自分が叔母を怒らせたらしいことはわかった。
しかしなぜ怒っているのかわからなかった。
今、そこにある危険から身を守ること、それだけなのに何故怒るのかわからなかった。
「近寄るな」
サエは奈意斗を退けた。
そのまま震えているサエを見て、急激に奈意斗は不安になった。
サエも奈意斗がわからなかったが、奈意斗もサエがわからなくなっていた。
「叔母さん、どうしたの」
少し間が空いたあと、サエは叫ぶように言った。
「人が傷つき倒れているのに、そんな平静で、死んだ人を盾にして、自分だけ逃げて、外で人がドンドン死んでるのに、なんで笑顔で。あなたは優しい子だった。そんな子に育てた覚えはありません。」
もう周りのことを見えもしない、わかりもしなかった。
この危機的状況においても彼女が気にしたのは、我が息子のことだった。
別に、自分の叫び声が敵に気付かれないかと、頭をよぎらないわけじゃなかった。
しかし、奈意斗はそれが最も気になった。言われたことが気にならないわけではなかった。しかし、今確実にこちらの存在に気がついた外の脅威からサエを守らなければ。
一度心を決めてしまうと、晴れやかだった。外に出て奴を倒す。嫌、殺す。
それをずっと望んでいたかのように。そう、さっきはサエの手前少し躊躇った。だがこっちだって命を狙われている。
躊躇う必要なんてなかった。
ハンターは、人を殺しながら、サエのその声を聞い
た。
ハンターは声の方向に歩いていくと、奈意斗がいた。
奈意斗はちょうど隠れていたブティックから出てきたところだった。
「アンジェラス、出てきたみたいだ、やる気みたいだよ」
フロウとアンジェラスはずっと高層ビルの上から惨劇を見ていた。
とりあえずハリーを立てて今のところ、手を出していないがアンジェラスの我慢も限界になっていた。
「もう、我慢ならん」
アンジェラスは銃を構えて奈意斗を狙っていた。フロウはアンジェラスを抑えた。
「待て、アンジェラス。とりあえずハリーに任せろ」
アンジェラスとフロウは揉み合っていた。フロウは屋上から落ちそうになった。アンジェラスの手を掴んで助けた。
「ハリーはとにかく人を殺すことが楽しいだけの異常者だ、これ以上無駄に犠牲を出すこともない。それに時間がかかるとロシアが来るぞ」
「俺たちはみんな異常者だ、それに映像回線に細工はした、ロシア軍はまだ気付いて無いよ」
フロウは羽があるから落ちても大丈夫だったが、わざとしばらくぶら下がっていた。
サエは自分の言ったことを後悔していたが、それよりも嫌な予感がしていた。
そっと外の様子を確認しようかと、何度かトライして果たせずにいた。恐怖で踏み切れなかった。
奈意斗とハリーは向き合ってからお互いをしばらく観察していた。
ハリーが口を開いた。
「ははは、そうかお前はわかっているが、知らないのか」
奈意斗はまだ無表情で口を開かない。
「お前は、死の快感を知っている。だが殺したことはない」
ハリーは爪を鳴らした。その音が無残にも死体だらけとなった街に響いた。
奈意斗は喋り始めた。
「お前が最初かもな」
その言葉を合図に、ハリーが切り掛かった。
奈意斗は自分の体をサイコキネシスで遠くに飛ばした。自分の体を動かすことはできるらしい。
奈意斗はサイコキネシスで、周りにある看板などを投げつけた。
今のところ倒す手段が無い、奈意斗は駆け回りながら武器になるものを探していた。
サイコキネシスで動いているから疲労を感じない。むしろハリーはそれについてきていた。
長い時間が経った。
サエはだんだんと外に出る決意ができた。外に出るとそこには血塗れのビルや道路に死体が散乱していた。
それだけでも、発狂しそうであった。
ふと、目の前の道路を何かが横切った。奈意斗だった。ハリーはようやく息が上がり、追いかけるのをやめた、肩で息をしていた。
「クソガキ、逃げてばかりか」
奈意斗もその場に立ち止まった。
「教えてく欲しいことがある。」
奈意斗はハリーに語りかけた。
「君たちの目的はなんなんだ、本当に復讐目的なのか?」
ハリーはなんのことかいまいちわかっていなかった。
が、とりあえず答えることにした。
「目的なんてない、俺はあの人の命令を聞いているだけだ」
「あの人?あの人って誰だ」
「あの人王となる人だ。俺たちは新しい王の築く世界で生きることを許された」
この会話の最中、アンジェラスはついにフロウを持ち上げて、屋上で倒れ込んだ。
「力持ちだなアンジェラス」
息も絶え絶えなアンジェラスにフロウはからかい半分に言った。
「もう、十分待ったよな。」
アンジェラスは銃を抜いて立ち上がった。フロウはアンジェラスが自分の芝居に気づいて付き合っていたことに対し、驚いていた。
「アンジェラス、わかってて落とさなかったのか」
アンジェラスはゼェゼェと珍しく息を荒げながら行った。
「わかったら、もう邪魔をするな」
サエは、嫌な予感が拭えず周りを見渡していた。
一瞬太陽の光が微妙に隠れたように見えて、空を見上げた。そこには大柄な黒い男が、銃を構えていた。
決して、その顔を識別できるようなことはない。でも、目は確実に光っていた。
サエはその先がわかっていた、男はこの後銃を奈意斗に向け、発砲する。たった一発。しかし、それは正確に奈意斗を射抜く。
奈意斗は倒れる。
そこまでの映像が、どうしてか頭にはっきりとあった。
「もう好きにしろよアンジェラス、後でハリーにキレられても俺は知らないよー、文字通り〝切〝れられるかも」
フロウは諦め気味にそう言うと、大の字になって寝転んだ。アンジェラスは銃を喋っている奈意斗に銃口を向けた。
「なんの因果か少年よ、君だけは殺さなければいけないのだ」
アンジェラスはそう言うと、弾丸を放った。
弾丸は奈意斗に音が届くより早く接近した。
そして着弾した。ただし、壁にだった。
その瞬間、サエは奈意斗に体ごとぶつかって倒した。
弾丸は奈意斗泣いた位置にそのまま着弾した。
「叔母さん、どうして」
奈意斗も驚いたが、何よりアンジェラスが驚いた。
奈意斗もすぐにアンジェラスの存在に気づいた。
空からアンジェラス、陸からはハリーと明らかに不利を悟った奈意斗はサエを引っ張り起こし逃げた。
「叔母さん、暴れないで」
奈意斗は自分の体を動かしながら遠くに逃げた。しかし思ったより遠くに行かない。人間2人の体重を持ち上げる大きく移動させるのは難しかった。
アンジェラスは異常な速さで連写している。
このままでは撃たれてしまう。
ハリーも追いかけてきた。
「そこのノッポ、勝手に俺の獲物に手を出すな、殺すぞー、せめて一言断れ、礼儀正しくない」
ハリーが飛びかかってくる、それを間一髪避けた。
サエを守りながら戦うことに限界があった。奈意斗は近くの飲食店に飛び込んだ。
ハリーは追ってきたがアンジェラスの攻撃はそれでも一旦回避できる。
ハリーがすぐに飲食店に入ってきた。店内にあるボトルや椅子を投げつけ、ハリーにぶつけていった。ハリーは自慢の爪で防いでいく。
しかし、奈意斗は考えていた。
ボトルを投げつけ、ハリーが割った。粉々になった、その細かな破片はもう一度一気にハリーに向かった。
破片が細かすぎて、かつ多すぎて、ハリーはそのほとんどをもろに食らった。
ハリーの悲鳴が店内に広がった。
その瞬間を利用して、2人は店の奥の厨房に入った。そこでいくつかの刃物を入手し裏口から出ることにした。
裏口を開けて、そっとドアの隙間から外を確認すると、建物脇の路地に出るようだ。外はまだ雨である。
そこには誰もいなかった。奈意斗は安心してサエに言った。
笑顔だった。ようやく解放されたという気持ちであった。
「今なら大丈夫だよ」
しかし、サエは首を横に振った。
「すぐそこにいる」
その言葉を奈意斗が理解する前に、銃弾が飛んできた、ドアの開いた本な隙間に銃弾は通り抜けた。
奈意斗は一瞬早くサイコキネシスで防御をし、銃弾を防いだが、驚いた衝撃で足がもつれ、転んでしまった。ドアが開きサエと共に路上に倒れ込んだ。
アンジェラスとフロウが立っているのが見えた。
動きを読まれていた。
アンジェラスは冷静な判断で撃ってこない。撃っても弾を跳ね返されるだけだとわかっているからだった。
店の中では、ハリーが奈意斗達を見つけていた。
「ここにいたか、このクソガキ」
ハリーは奈意斗に向かって走り、爪を叩き下ろした。
奈意斗は持っていた包丁でそれを受け止めた。
ズッシリとくる重さと、爪に反射する蛍光灯、それらが全て布石となった。
アンジェラスがこの時を待っていた。完璧にアンジェラスへの警戒が無くなった、その一瞬で、アンジェラスは奈意斗に向けて発砲した。
奈意斗の顔に血飛沫が飛び散った。目を閉じた。
しかし銃弾は届かなかった。
奈意斗が目を開けた時、そこにサエがいた。
サエは、奈意斗を守ったのだ。彼女はその場にゆっくり倒れ込んだ。
「叔母さん」
奈意斗は叫んだ。大きな絶望が身体中を駆け巡り、それは一瞬にして怒りへと変わった。怒りは凄まじいほどのパワーを生み出し、それは叫び声となった。
その声に連動するように、当たりが吹き飛んだ。サイコキネシスの余波は半開2m程度のサエ以外のものを吹き飛ばした。
ハリーは瓦礫と共に舞い上がられ、そのまま路上に放り出された。アンジェラスとフロウはその光と共に少し後ろに飛ばされ尻餅を着いた。アンジェラスは銃を何処かに落とした。
そのまま粉塵のようなもので視界がゼロになり、次に2人が目を開けた時、奈意斗はサエを抱き抱えて、膝をついていた。
「奈意斗、そのままでいて、そのままのあなたでいて」
サエは胸を撃ち抜かれていた。もはや動けない。
奈意斗もそのままで痛かった。しかし眼前にはハリーがいる。
ハリーは起き上がって、爪を鳴らしながら近づいてきていた。
「人のこといきなり吹っ飛ばすのは、礼儀正しくないな、お母さんの教育が悪いんだな、お母さん自業自得で死んでしまったじゃないか」
奈意斗はそれを聞いて更なる怒りが込み上げてきた。
それに気がつくことなくハリーが続ける。
「泣かんでもいい、お母さんと一緒にしてやるよ、このクソガキ、死ねや」
ハリーは飛びかかった、右腕の爪を思いっきり奈意斗に叩きつけるつもりだった。
しかし、空中で体が止まった。体は何かに埋もれてように動かなくなった。
「え、なんで」
アンジェラスとフロウも理解ができなかった。
「どうして、意志のある相手にはサイコキネシスは効かないんじゃ」
2人の疑問がそのまま、フロアの口から出た。
そして、空中にあるハリーの体か、嫌な音がした。
骨の折れる音だ、まず右手、左手と順に身体中の骨が砕かれていく。
その音と痛みでハリーは叫んだ。純粋な恐怖がハリーを支配した。断末魔の叫び声が辺りに響き渡った。
次にハリーの右腕が千切れ、辺りには激しく血がまった。ハリーの叫び声はさらに大きく、苦しみを帯びた。もはや痛みより恐怖がまさって叫んでいた。
サエは奈意斗の服を掴んだ。
「やめて奈意斗、ここにいて」
千切れた右腕がサエにあの日を思い出させた、奈実が人を殺した日を。奈意斗は目を瞑っていた、彼は見たくなかったのだ、サエを。
そして、ハリーの千切れた右腕が中を舞、ハリーの両眼に爪が近づいた。
「やめろー」
ハリーの声が奈意斗に届くより早く、ハリーの両目はなくなっていた。
そしてその後、右腕は少しづつハハリーの体を引き裂いていった。何度となく、ハリーの体は切りつけられた。
「奈意斗、やめてー」
サエは最後の力を振り絞って叫んだ、しかし声は届かなかった。こんなに近い奈意斗の心に届かなかった。
「あああああああああああああああああああああああぁぁぁ」
やがてハリーの断末魔の悲鳴がやみ、ハリーは地面に落ちて倒れた。
血達磨どころではなかった。
「礼儀正しくないな」
彼はそう言って亡くなった。
アンジェラスとフロウはその惨劇をただ見ていることしかできなかった。スプラッター映画を見るときのように、目を覆うことすらできなかった。
しばらくして、アンジェラスが立ち上がった。そのまま奈意斗ほうに進もうとするのをフロウが止めた。
「アンジェラス待て、今やっても勝てない。俺たちが操られて終わりだ」
「黙れフロウ、あそこまでやる必要なかった、腕が千切れた時にすでに勝負はついていたのに」
フロウは怒るアンジェラスを無理やり抱え、羽を広げて飛んで行った。
残されたの奈意斗とサエだけだった。
奈意斗はまだ目を瞑ったままだった。
サエは奈意斗の顔に触った。そして雨が滴るナイトの髪の毛をかき分けた。
奈意斗は目を開けた。
「お母さん」
奈意斗はあえてそう呼んだ。そう呼びたかった。
「奈意斗、よかった、そこにいたのね。あなたはまだそこにいるのね、だって泣いてるもの、私のために泣いてくれているのね。奈意斗、私の可愛い息子。あなたを愛してるわ」
そう言ってサエは目を閉じた。
奈意斗はサエの手を握っていた。
「ぼくも」
サエは目を閉じながら笑っていた。最後に一言だけ、
「奈実」
と残して逝った。
雨がさらに強くなり、2人は殺戮の渋谷でそのままできるのだった。