VOICE<声>
「あなたはしゃべれるの?」
ユナは声を出した。
ユナは、ただサイコメトリーで思念を受け取っているだけだった。ブルーアイズは思念を通して訴えていたのだ。
ブルーアイズはユナが反応してくれたことでとてもうれしくなっていた。
「名前教えて」
「私の名前は、ユナよ、ユナ・ユートピア」
「とっても素敵な名前ね、私の名前はエリー。エリー・メイ」
「エリー、素敵な名前、本当にかわいいわ」
「私ね、あなたと話したかったの。私は小さいときからずっとここにいるの。友達がいなかった。特に私と同じ能力を持っている友達に会ったことないの」
「同じ?、エリーはエスパーなの?」
「そうよ、私の能力はヒール」
「人を癒す能力?」
この時、ユナは直感した。ブルーアイズ、エリーの癒しの能力がキメラウィルスの治療薬になるのだろう。それだけではない、今感じているユナの幸福感それ自体もこの子の力なのである。
ヒールはすべてのものを癒す。ユナはリード達をさらに恨んだ。この能力は多くの人を幸福にできるのに、こんな場所に彼女を閉じ込めた。
「あなたは、なんでそんなに無垢なの。」
「ユナ、私はね自分のことも幸福にできるの。幸せよ、私はね。」
「あなたは、こんな苦しい状況でも、幸福を感じて生きているのね」
「そうそう、そういう能力なの。すべてがキラキラして見える。」
「エリー、それはきっとあなたの能力だけじゃなくて性格なんだわ。」
「うーん。人はなんでも悪い風に考える。特に見えないもの、例えば人の気持ちとか未来とか、悪く考えすぎなの。考えすぎて有りもしない脅威を考えていたりするわ。そうやって他人も自分も追い込んで、本当の自分を見失って、周りの人たちがそれ見て勘違いして、さらに自暴自棄になるの。でも考えて、ありもしない脅威を考えるなら、ありもしない幸福を考えたっていいのよ。」
エリーの言葉はユナに響いていた。
ユナはずっと自分の失った記憶や自分の能力のためにずっと恐れてきた。嫌なものを見ない、つまり嫌なものしかない、そんな生き方を自然としていた。
そう言う意味では、ユナのサイコメトリーとエリーのヒールは同じものを全く違う観点から見る能力だったのだ。
「エリー、私は間違っていたのかな。私はいつもネガティブに、自分の力の及ばないことを恐れていたのね」
「ユナ、違うのよ。あなたも見ようとすればできるの。幸福な生き方を選ぶことができるのよ」
ユナは、この時自分の心の中にある闇が沸々と湧き上がっていくことを感じた。
光が強ければ闇もまた深くなる。
「そんな、勝手なこと言わないで。」
エリーは、一瞬にして黒ずんだ彼女を理解できなかった。ユナを支配していたのは恐れだった。わからないことへの恐れは、彼女の感情を闇に導いていった。ユナはさっきまでの幸福感が薄れていくことを感じた、怖いほどに心がすさんでいく。綺麗事のように思えた、自分が何かを失うような恐怖が、まるで強い幸福感に対抗するように燃え上がった。
この会話は物の数分だった。アドリアンに肩をたたかれて、ユナは我に返った。
「この後、例の少年が拘束されていると見られる、遺伝子工学臨床検査室に入る。準備はいいかい。」
ユナはもう一度エリーを見た。エリーはまた楽しそうに遊んでいた。すぐに新しい幸福を見つけられる。
「アドリアン、彼女は?」
「彼女は、どう見ても普通の女の子だが、扱いとしては実験動物だ。すぐにここから出すことはできない。私も胸糞悪いが、これはバイオハザードを防ぐために必要な措置だ。この子以外にもいるようだしな」
ユナは最後のもう一度、エリーを見た。目に焼き付けるように見入っていた。
「では、行きましょう」
ユナは、エリーから目を離さずにアドリアンにそう伝えた。
「ユナ」
奈意斗はユナの気配を感じて目を覚ました。体はかなり良くなっている。試しにサイコキネシスを使って近くのコップを引き寄せてみた。最初はプルプル震えるだけだったが、だんだんこっちに近づいてきた。
「やっと気が付いたかい、僕の話聞いてる途中に寝るなんてひどいじゃないか。」
リードが、奈意斗の動きに気が付いた。サイコキネシスで動かそうとしたコップを持ち上げた。
リードは薬品の入った注射器を奈意斗の首元に挿してもう一度眠らせようとした。
奈意斗は咄嗟の判断で、リードに話しかけた。
「キメラⅡはどうしているんだ」
リードは手を止めて、喜びながら話し出した。
「さっきも話したが、キメラⅡは完成したんだ。もうすぐ、“あの人”に届けられる。エスパーの世界が始まるんだよ。人工的な進化だ。」
奈意斗はこの時、既にキメラⅡが国外に持ち込まれていることに気が付いた。
「あの人は誰なんだ、ミホか」
リードはその質問を聞いて笑い出した。
「ミホよりも上の存在さ、僕は彼のためにやっているんだ。キメラⅡだってそうだ」
リードが語りだしているとき、管理室5階のヴァルも内部からしか見れなかったキメラⅡのデータを引っ張り出した。
キメラⅡはキメラウィルスを改良した免疫を司るRNAを破壊するウィルスである他、自身のRNAを宿主に転写する機能を持っていた。これらの性質を生かすことで、本来人間の中にあるエスパー遺伝子を強制的に発現させるウィルスだ。
エスパー遺伝子を強制発現させることができる。しかし、エスパー遺伝子を強制発現させる実験は過去にロシアと中国で実験されているが強制発現された人間のほとんどは、脳がショートし廃人と化してしまうこともわかっていた。
「これって、つまり人間の選別じゃないか」
ヴァルは思わず声に出してしまった。このウィルスの目的は人間を半強制的にエスパーへ進化させ、進化できない人間は見捨てられるという形だった。
奈意斗はリードからキメラⅡの話を聞いて、少し感動を覚えていた。もともと彼は革新という言葉をユナから聞いて、このことを想像していた。先のカーンとのやり取りの中で、確信に変わっていた。しかし、今こうやって人から熱っぽく語られると、素晴らしいことのように思う。
合理的に考えてもそうだと思う、人間が進化をする一つの機会になる。その能力を獲得すれば、例えば科学技術は大きく発展すると思う。ここで奈意斗はそのために犠牲になる人間について全く思いも致していなかった。それは自分がすでにエスパーだからというだけでなく、そもそも関心を持てなかったのである。
「グレゴリー博士は君たちに利用されていたのか」
奈意斗はもう一つの疑問をぶつけた。
またリードは高笑いしだした。
「本気で言っているのか、僕たちが利用されてやったんだ。でなければあんな簡単にキメラウィルスのワクチンができるわけないだろう」
ヴァルは管理室内でグレゴリー博士に関係する情報を集めていた。結局査察を始めてから今日まで、というよりここ数年、誰もグレゴリー博士を見ていない。グレゴリー博士はかつて、中国とロシアの共同研究においてウィルス兵器開発の研究チームを率いていた。
キメラウィルスは既に開発されていたものの、実用化されていない原因はワクチンの開発ができなかったからであった。それが、キメラウィルスが漏れ出ててから6ヶ月程度で開発されている。この時にコードネームエリーという少女を使った人体実験が開始されたのはキメラウィルスによる最初の発病者が確認されてわずか1週間後のことだった。
この少女は、被検体Nと言われる人間のクローンだった。被検体Nについてのデータは得られなかったが、これは天然のエスパーであることまで分かった。
いずれにせよ、この不可解な時間軸の中で、突然登場した研究員がラウル・リードという男だった。
「僕たちが、キメラウィルスを世界にばら撒いたのは予想しているんだろう。あの時、グレゴリーはその後に起こる事態を予測した唯一の人間だったよ。キメラウィルスは間違いなく史上最凶のウィルスだ、実際人類の60%を死滅させたものだからね。だから彼は僕に頼ってきたんだ。」