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PSYCHOKINESIS-ESP NIGHT-  作者: ユキヒラ
INNOCENCE<無垢>
18/19

SUPPRESSION<制圧>

作戦決行の夜が来た。

研究所の明かりは消えることはなかった。

プリズラクは続々と配置につき、研究所を取り囲んでいく。

侵入までは、そこまで難しくないが、研究所からの抵抗が始まれば犠牲者も出てくるだろう。

ユナやヴァルも一言も会話をしなかった。会話して少しでも緊張が緩む事が嫌だったのだ。

ユナはこういった作戦に参加すること自体が初めてなので、異常な緊張で回りが全く分からなくなっていた。極度の緊張の中で作戦が結構の合図が流れたが、ユナは一瞬反応が遅れた。アドリアンはそれすらも見越していたのか、無言で彼女の手を引いた。

まずは、研究所付近を警備している私兵部隊は正面門だけでも10人ほどいた。

陽動で、門兵の注意をそらせたのち、すぐに制圧した。制圧とほぼ同時に別部隊が、研究所エントランスになだれ込む。この時点で研究所自体に警報が鳴ったが、予定通りだった。

ベルク率いる制圧部隊は、管理棟を目指し階段を駆け上がる。


警報が鳴った時、カーンはすぐにドーベルマン部隊の奇襲だと思っていた。奈意斗を救出に来るのは予想していたが、まさかこれほど早く暴力に頼るとは思っていなかった。

カーンの指示は的確で、すぐに研究棟地下への入り口が封鎖され、職員の退避命令、待機兵士の出動命令が迅速であった。

ベルク部隊が、5階に上がった時には既に研究所部隊が展開していた。しかし、戦力的には圧倒的にプリズラクの方が上で有った。5分もせずに、5階は制圧された。管理室に何人かの兵士とヴァルが残り、ヴァルはすぐにハッキングを行った。研究所は10分もたたないうちにコントロールを失った。地上階では残りは15階のみ私兵団が抵抗続けていた。

ヴァルは地下等へのアクセス権を掌握したのち、すぐにユナのいる救出部隊に連絡した。

ユナたちは、この間エントランスに待機していたが、一部を残し一斉に下の階に下った。

ヴァルは、地下研究室の情報を絶えずユナたちに送り続けていたし、特に危険な研究室と考えられる部分を施錠することで、研究所内の細菌兵器や生化学兵器を封じていた。

ユナたちが目指したのは、遺伝子研究室、RNAウィルス研究室、特殊検体解剖室が位置する最深部の地下9階だった。


地上15階ではまだ戦闘が繰り広げられていた。

「ベルク隊長、なんかここだけやけに抵抗されますね。管理室もあるから簡単に爆破できないし、結構骨が折れるんすけどね。」

ベルク隊の隊員が呟いていた。

「まあ、敵も動きもかなり早かったし、我々もどうしてもたどり着くまでに時間がかかったからな。ここには重要情報や研究室管理の為の最重要システムがそろっているからな。その気になれば、ここから機械をいじって研究所を原爆にすることもできるらしいぞ」

ベルク達は既に5階管理室を奪い研究所の機能をコントロール下に置いたが、15階を制圧しないと研究所のコントロールを取り戻される危険性がある。それだけでなく、15階からしか操作できない機能の中には、研究地下の廃棄等も含まれている。

懸念はもう一つあった。研究所の事務責任者であるカーンは地上にいる可能性が高いと思われていたが、まだ姿を見せていなかった。


カーンは15階管理室でイライラしていた。国内屈指のシステムエンジニアがそろっていながら、いまだにコントロールの回復ができない。敵はすぐそこに迫っている。

計算違いだった。明日にはすべて終わるはずだった。

キメラⅡは完成してロシアでの自分たちの役割も終わる、

既にあの方にも届けた。後は次の計画の地に移るがその前に、計画の邪魔になりそうなエスパーを始末し、急激に動き出したWHOの目的を特定する予定だった。

本当はすぐに出ていくつもりだったんだ。しかし、リードがもう少し研究をつづけようとしたので、時間を延ばしすぎた。

もはや生き残ることが先決だが、キメラⅡに関する研究データは処分していかなければいけない。

最悪の場合は研究所を爆破する。だがそれはまず自分を助けることの方が先決だ。リードはどうでもいいが。

「私の能力を使う時だな。」

カーンは生き残るための最善策を考えついた。

15階における銃撃戦は続いている。死体の数は増えていくが、膠着状態が続いていた。

どちらも応援を呼べる状態じゃない。フロアの左端と右端で睨み合いが続いていた。


カーンは管理室の扉を開けて、ゆっくりと外に出た。管理室はフロアの真ん中より少し左寄りで、研究所部隊に近かったが、どっちにしても銃撃戦のちょうど間であった。彼の姿を確認した両部隊は固まった。両方とも非武装の人間を撃つことはできない、ベルクは警告をした。

「そこの一般人、すぐに元の部屋に戻るんだ、死にたいのか」

反対側の部隊からも声が上がった。

「カーン、そこを退くんだ」

ベルクはこの時初めて、その一般人がカーンであると気が付いた。

ベルクは大声で怒鳴った。

「全員、あの男を狙え、あいつがカーンだ。」

プリズラク全員が彼に銃口を向けた。それに伴い研究所部隊も構えた。


「この場にいる全員、撃たないことだ。」

カーンが叫んだ。

「私はケビン・カーン、君たち人類が作り出したエスパーであり、君たちの主君となる人物だ、君たちの傲慢で、無思慮な行動は歴史が証明する通りだが、そういった行動が多大な被害者を出しながらも同じ人間同士の序列を決め、それにそったルールによって成り立っていたことは認める。だが、所詮人間という種族の間での序列だ。我々のような高位の存在が現れたとき、このような武力では解決しない。君たちは僕に負けるのだから」


カーンはそういうと懐に隠していた銃を取り出して、ベルク達の部隊に向けた発砲した。

カーンの拳銃程度では、ベルク隊の武装を貫通しダメージを負わせることはできなかった。

しかし、その発砲はベルク隊の攻撃の機会になった。

ベルク隊は一斉にカーンに向かって射撃した。研究所部隊はカーンの言葉を守り応戦しなかった。

結果、ベルク隊の弾丸だけがカーンに撃ち込まれた。一瞬だけカーンの体がゆがみ、

次の瞬間、撃ち込まれた弾丸はすべてベルク部隊に跳ね返った。


「なんだ、」

叫び声も出ないほど早く、前列にいた隊員たちはハチの巣になった。弾丸はカーンのゴムの体に当たると、ほぼ反対方向に跳ね返るのだった。しかも威力は上がっているようだ。


カーンは後ろを振り返り、研究室部隊に命令した。

「私に向けて撃て」

研究部隊は全員たじろいだ。今しがた見たように弾丸が跳ね返り自分たちに当たるのではないかと恐れたのだ。しかしそんな様子を見てカーンはさらに続けた。

「生きたいなら私の言うことを聞け」

その凄みの籠った声を聴いて、一人の兵士が思わず撃った。弾丸はカーンに埋め込まれた瞬間にカーンは上半身をねじり反転させて弾をプリズラクに放った。弾は油断していたプリズラクの兵士の脳天を直撃した。

血飛沫と共に倒れる隊員を見て、研究部隊は喚起した。研究部隊はカーンに向けて一斉射撃を行った。

プリズラクは盾を前面に押し出し全員が隠れる体制をとった。

盾を持つ隊員は腕がへし折れそうなほど激しい銃弾の雨に耐えていた。

「なんで、あんなことができるんだ。ゴムの体といっても銃弾を跳ね返すなんて」

ベルクの周りで隊員たちが騒いでいた。

「うろたえるな、ゴムでも引きのばしていけばいつか千切れる。」

ベルクは自分でも何を言っているのかわからなかった。銃弾の衝撃を耐えきるほどのゴムをどうやって引きちぎればいいのかわかっていなっかった。


ユナたちはエントランスで脱出経路を確保し、地下に下っていく。地下9階までは難なく到達していた。ユナはサイコメトリーでリードとカーン、そしてブルーアイズの思念を下がりつつ進んでいた。いろいろなものが流れ込んでくる、雑念が多くて何を考えているかまではわからない。しかし、思念の強弱でどのぐらいの時間そこにいて、どの程度前に移動したか、もしくはどの程度近くにいるかなどはわかる。地下9階に近づくにつれて、リードと奈意斗の残留思念が強くなっていった。つまり、予想通り奈意斗は誘拐され、リードが人体実験でもしているのかもしれない。そんんな想像がユナを焦らせていた。


リードが近くにいるということはもう一つの危険があった。リードの能力である超音波はカーンの能力より厳しい。超音波は人間を直接殺害する能力というよりは、流れに干渉する能力である。人間の体は、体液や神経伝達物質の流れでできている。この流れを大きく変えてしまう超音波が発せられた場合、脳細胞や血管の破壊などは考えられる。ただし音は予想以上に拡散されにくく、それほどの強い波ならば射程距離は短くなると考えられる。よく空気の振動による人を吹っ飛ばすほどの物体破壊の描写が多いが、そこまでの強い音波を出すことはさすがに不可能であろう。しかし、神経伝達などに対する干渉で人を無力化したり、ある一定のコントロールをすることは可能だ。

その前提で対策をしていた。特殊な音波阻害生地を利用した戦闘服に期待をしているが、例えば奈意斗のサイコキネシスのように想像を超える場合もある。当初サイコキネシスは意志力の投影により物体を自身の意識下に置くことで操作する能力であった為、自分の意識を持つ個体には作用できないと思われていた。しかし、奈意斗はこれまでハリーの殺害時及びユナへの応急処置の際に、その原則を無視した能力を発揮している。その根源にあるのは奈意斗の強い意志により、意識を持つ個体すらコントロール下に置いた。音波阻害生地では耐え切れないかもしれないという不安があった。


アドリアンは今回の作戦をベルクから聞いたとき、心のどこかで笑っていた。そもそもエスパーをあまり信じていなかったし、陰謀論なんてクソくらえと思った。しかし、軍人は上官に逆らわない。ユナという小娘を守りながら、WHOの要人を救出し、特定研究所職員の確保を行う。こんな簡単な作戦に、ロシア最強のプリズラクが参戦するなんて馬鹿げていると思った。

確かに研究所の私兵部隊の戦闘力は高いという噂も聞いていた。しかし、私兵部隊なんて所詮は金で雇われた素人集団。入隊してから数多の死線を超え、多くの仲間を失い、生き抜く中で培った誇りと実力は、金で動く奴なんかに負けるようなものでは無い。

階を下る中で、常に私兵部隊の存在を気にかけていたが、先ほど無線で報告があった。エントランスに残してきた部隊が戦闘に入ったらしい。おそらく地下施設には常駐していないのだろう。入り口で止めている間は、後ろから攻撃されることはない。残る恐れはリードというエスパーの動きである。エスパー1人とエントランスの部隊に、挟撃されるということがあり得る。しかし、アドリアンはこの可能性を過少に評価していた。


地下9階にたどり着き、研究室のドアを一つ一つ制圧していった。研究者は特に抵抗をせずに捕獲されていった。ついに部隊は検体管理室に入った。ブルーアイズがこの検体管理室の奥にいた。ユナはすぐにブルーアイズのもとに駆け付けた。ユナは検体保管場所のドアに手をかけた。

覗き窓の向こう側には、小さな金髪の青い眼をした女の子がいた。ブルーアイズは天然のキメラウィルス抗体を持っているということで研究対象としての生活を余儀なくされていた。それは恐ろしいほどの非人道的な仕打ちだと、ユナは思っているのである。

ブルーアイズと名付けられたその少女は、ユナを見つけて嬉しそうに近寄ってきた。ブルーアイズは満面の笑みを浮かべてユナを見つめていた。

二人は見つめ合った、まるで永遠のようにユナは感じていた。今の幸福感の正体がユナにはわからなかった。なぜなのか、自分は心のどこかでブルーアイズを汚したいと思っていたのに、なぜなんだろう、この子を支配したいと思っていたのに、そんなことどうでも良くなるほどの幸福感だった。

ブルーアイズは窓に右手をつけ、手を合わせたいと目で訴えてきた。ユナは失った右手を見て少しがっかりした。右手が欲しいと本当に思ったが、まだ左手がある。それに気が付くことすら幸福だった。

左手を、ブルーアイズの右手に合わせた。

二人は見つめ合っていた。


「ねぇ」


ユナは驚いた。頭の中に声が聞こえる。


「ねぇ」

また聞こえた。


「ねぇってば」

その声がブルーアイズと気が付くまでに時間が必要だった。

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