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PSYCHOKINESIS-ESP NIGHT-  作者: ユキヒラ
PROPENSITY<性癖>
15/19

BLIND

「なるほどね、まあ、君たちの主張としては先日の大虐殺はロシア人のテロリストだと。しかも彼らはキメラウィルスの強化型株をロシア研究所から持ち出し、アメリカに移送した可能性があると言いたのですね。」

「いいえ、もっと正確に記録してください。ロシア人のテロリストとは言ってません。未知のテロリストと言っています。それからキメラウィルス株がロシアの研究所から盗まれたかどうかは現在調査中です」

 アメリアは、ロシア内のアメリカ大使館で米国へのWHO調査を目的とした入国の申請を行っていた。アメリカは既に国連に加盟していないうえ、国連の本部など主要な機能は各機関によって臨時定められていたものの、WHOは特にそういうものがなかった。アメリカへの入国は非常に厳し審査があるのが普通だった。アメリカがそんな状態で査察を受ける意味も義理もない。

 この大使館職員もちゃんと話を聞いているのかどうか。


「このキメラウィルス株を盗んだというのは、この脅迫状というかメモというか、それだけだですか。証拠としてはいささかね」

 この“脅迫状というかメモ”は、惨殺現場で落ちていたということにしている。捏造である。

 しかし、これ以外に方法を思いつかなかった。


「ええ、そうですね。WHOの調査能力やロシア警察の現状能力を考えても、その未知のテロリストが、アメリカにウィルスを持ち込む目的はわかりません。ただし、もし本当に持ち込まれていたらどうなりますか。残念ながらアメリカの医療体制は崩壊していて、パンデミックに対処することはできないと思います。」


「君らが来たら、少しでもその状況が改善するのかな?調査ならアメリカでする。大体ロシアからアメリカにウィルスを持ち込むなんてハードルが高すぎること、そんな無名のテロリストにはできにないよ。」


 横で問答を聞いていた総士はここで口を開いた。

「査察で見られるとまずい何かがあるのでしょうか。というかこんな重大な問題、ここであなたが突っぱねて、後で責任問題になりませんか。」


「君の言うとおりだ」

 その声は、いつの間にか部屋に入っていた男からだった。その男は短髪の金髪白人で身長は2mを超える。筋肉質な体は鍛えていることが解る。


「失礼、この問題は私が持ち帰り、責任をもって皇帝に諮る。それでよいかな」

 アメリアも総士も安心した。その男が請け負ってくれるなら大丈夫という確信があった。その男もロシアでは有名な人物であり、ロシアとアメリカの関係正常化を担ってきた信頼できるアメリカ人の代表格のような人だった。

「エンビード大使、ありがとうございます。」

 アメリアと総士は当面の目的を達成した。

 二人は会議室を出てリンザー、レビュリン、ウラジルと合流した。

 総士、アメリア、リンザーは近場で食事をとった。この時も第3部隊の二人はただ衛兵の役割をこなしていた。


「研究所の方はうまくいってるかな、こちらがこれだけうまくいくと、逆に心配になる。」

 リンザーがボソッと言葉にした。

「あら、こちらがうまくいくことと、向こうの作戦に相関は無いと思うけど」

 いかにも理屈っぽいアメリアの言いぶりだった。アメリアは意地悪をしたのではなく、単純に思ったことを言っただけだ。

 リンザーは苦笑しながら答えて。

「そうだね、アメリア、そのとおりだよ。」

 総士は割って入った。

「いいや、この世のすべてはバランスだよ。一見関係ないことに見えても、バランスを保つようにできていたりするものさ。こっちがうまくいったら、あっちで駄目だとなる可能性はある」

 アメリアは無視するかどうかについて迷った。しかし、交渉がうまくいって上機嫌だったことも有り饒舌に話してしまった。

「確かに、宇宙にはバランスを保とうとする慣性の法則とおかホメオスタシスに近い性質があると思うの。ただ、それは長期的な、例えば人生とかの単位で帳尻が合うと思うの。所詮宇宙にとって我々の生きている時間なんて一瞬よ。」

 アメリアはさらに続けた。

「私は意識は多層だと思っているの。私たちは常に自分を意識しているは。そして自分の目で見た他人は常に自分の意識の中の他人、すなわち世界は自分の中に存在するの。もしその世界を多数の人が共有しているなら、つまり世界が一つだとするなら、つまり意識はすべての人間で共有されていることになるの。私たちの意識はきっと奥の奥で一つになって言うのね、いわば神のような。だとすると私たちの意識の深淵は常にバランスしていないとおかしいと思うの」

 リンザーはついていけなかったけど、総士は辛うじてついていけた。

「それってさ、その意識がいわば神のように我々を支配しているってこと?それとも、個人の意識が世界に影響を与えられるという話をしてる?常に複数の意識がバランスし合ってるってことを言いたいんだよね。」

「そうね、どっちもじゃないかな。私たちは顕在した意識だけを自分と思っているけど、潜在した共有意識が存在するというならば共有意識が単一という意味でバランスしているというのかな」

 ついに、総士もついていけなくなった。

 そんな時、リンザーの携帯が鳴った。アメリアは自分の話が中断されることが解って、急速に不機嫌になった。

「昨日、エスパーの殺害に成功したらしい。今のところグレゴリーには会えていないようだね。」

「今のところバランスがとられているようね」

 アメリアは皮肉で言った。

 3人のお昼はここで終わる。


 アメリアは一人でホテルに帰った。ベットの横にある花瓶の横に外したメガネを置き、ポニーテールをほどき髪の毛を払った。髪留めのゴムもメガネの横においた。服を脱ぎ、下着姿のまま冷蔵庫からグラスとスコッチを取り出した。スコッチはこの時代高級品だったが、リンザーに頼んで無理やり用意させた。白い下着が目立たないほど白い肌は、スコッチを入れても全く赤くならない。

 そんな姿にも関わらず、平気で窓から外をのぞく。


 アメリアは27歳で世界的心理学の准教授になった女である。

 彼女はアメリカ出身だが、10歳でイギリスに渡った。イギリスはEUとは独立した国家であったため、彼女もその独自の文化の中で育った。キメラウィルスが流行した際も、島国であったイギリスは被害を少なく抑えた。しかし物資の流通は滞り、金融立国としての性格も消え失せ、ついには貧困国としてEUの援助が必要となった。現在はグレートブリテン島他の島国にはほとんど人がおらず、アメリアもキメラウィルスが落ち着いて少し後ぐらいに、旧ドイツ地方に移動した。兄弟は3人いたが、全員キメラウィルスによる悲惨な死を迎えた。最もアメリアもキメラに感染していたものの、ワクチンが間に合ったため助かった経緯がある。

 彼女の母親は、彼女が15歳の時に新種の梅毒によって命を落とした。

 父親はその事実を受け入れることができずに、自傷行為を繰り返すようになったのだった。

 父親は、ある時に家の近くの川で水死体として発見されたが事故か事件かもはっきりしない。


 彼女はブラのホックを外して、そのまま肩紐がずり落ちるに任せた。その姿も外から丸見えだった。風呂場に行き、パンツを脱ぎ棄ててシャワーを浴びた。シャワーを浴びるといつも少しムラムラしてくるので、その場で済ませることが普通だった。彼女は自分の性欲が嫌いであった。性欲を抑えられるかどうかは、獣と知的生物を分けるものだと思っていたから、小さい頃は特にその性欲にあらがった。抗うほどの性欲は強く、深くなる。快楽に身をゆだねる間は、当然無防備になる。一切のことが耳に入らなくなった。ドアが開いた音も、人の気配も気が付かなったのだ。


 彼女はすべてを終え、シャワーを止めてバスタオルだけ洗い場に入れて体を拭いた。

 バスタオルを首からかけて、何も羽織ることもなく外に出た。そこで彼女は気が付いた、ここに誰かいる。

「誰」

 彼女は怒鳴った。


 そこから数分間の沈黙があった、空気の流れすら感じとれるほどの静けさだった。

「ずっと見ていた、君を」

 いきなり声がした。

 アメリアは声の方向に振り向いた。

 その声は重厚で、ゆっくりとした口調だった。


「人間は不思議だ。昔から不純を嫌う。不特定多数の関係を忌み嫌う。聖書にすら神の言葉として、罪として書かれる。だが、その行為は人間を作り出し繁栄をもたらすはずだ、そして本能的に求めるはずだ、それなのに自らその行為を卑しいものとし、本能を抑圧する。だが、抗えない。着君のように」


 おそらく男だ、しかし暗闇に重なってよく見えない。


「その本能とやらで、人のシャワーを覗かないにするためじゃない」


 男は笑った。

「覗くことができるならな」


 男は暗闇から出てきた、その顔を見てアメリアは驚愕した。

 男には、目がなかった。おそらく眉毛の剃り跡残り毛の直下に、本来あるはずの目でなく、多少の傾斜を持った肌色の皮膚が続き、鼻そして口があった。

「あんたは、誰」


 アメリアはどうしても恐怖してしまったが、何とか態度に出さなかったと思った。


「僕の名前は、ブラインドとでも言おうか、誰と聞いたということは僕を人間と思っているな」

「ふん、特徴をよくとらえてるじゃない。」


 アメリアは、ホテルの外線の位置と、護身用の銃の位置を確認し、少しずつそちらに移動した。

 しかし、自分の行動がすべて見られているのでないかという不思議な感情があった。

 すべて見透かされているような苦しさがあった。


「銃はここにあるし、外線は切っておいた」

 ブラインドは銃を見せながら言った。


「もしあんたが、自分の生まれながらの不幸を見せびらかしたいならそうすればいい。でもそれはあんたに特権を与えてるわけじゃない。やっていいことと、悪いことがあるでしょ。」

「アメリア、そんなこと言っていないし、そんなことは分かっているんだ。別にどんな不幸を背負っても、人間はありのままの自分を受け入れて生きていくしかないなんて何度も言われたさ。キメラ前はバリアフリーとか、ユニバーサルデザインとかなんでもあって、まるでみんなが救済措置を感謝しろとうるさく言ってきたようだった。しかしこんな世界になれば、ハンデなんて関係ない。結局自分で生きていくしかない。我々と君たちは対等だ」

 ブラインドはアメリアの名前も知っていた。

「私のように生まれながらの不幸を背負っている人間もいれば、君のように後天的に不幸を背負うものがいる。これも対等だ。もっと言えば君が私に勝っている保証はない。大概の人間は我々のようなものを弱者と決めつける、だが、後天的な不幸まで含めれば、必ずしもそうじゃない」

 アメリアはブラインドが自分の過去まで知っていることが解った。


「そうね、あなたの言うとおりね。だけど何回も言うけど、それはあなたの行いがすべて許されることを示してはいない。あなたのやっていることは犯罪よ、覗いてなくてもね」


 アメリアはこの会話を聞きながら、頭だけは早く回っていた。しかし、体は動かなかった。

 ブラインドは頭の中までは読み取れないだろう、しかしその行動はすべて読み取れるだろうと考えていた。

 今自分は、裸で、目のない男と対峙している。


「犯罪か、犯罪ね、しかし犯罪を犯す理由が必ずしも間違っているとも限らない。」

 ブラインドはディスクを胸ポケットから取り出した。ゆっくりそのディスクをアメリアに差し出した。一歩ずつ、ゆっくり歩いて近寄ってくる。アメリアは、この行動からブラインドが自分に気を使っているのだとわかった。

 アメリアはディスクに手をかけた。

「これは」

「君なら、解読できる」

 ブラインドはディスクから手を放し、そのまま部屋の出口に回った。

 歩いて去っていく、ブラインドを見送りながらアメリアは思うところがあった。

「待って」

 彼は立ち止った。

「あなた本当に見えていないの」

「ああ、だが感じれるさ。アメリア、君の体は美しい」

 ブラインドはそう言ってドアを出た。


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