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PSYCHOKINESIS-ESP NIGHT-  作者: ユキヒラ
PROPENSITY<性癖>
13/19

RESAMBLE

白い病院のベッドの上でユナは無くなった右腕を見ながら、あの時のことを思い出していた。

 想像を絶する痛みは、意外と大したことない。体が麻痺して痛みを感じなかったのだ。

 彼女は改めて、恐怖とは想像の産物であるのかもしれないと思うのである。

 わからないということ、それこそが恐怖なのだ。

 だからこそ、彼女は自分のわからない過去の記憶に恐怖を感じていた。


 数十人が亡くなったようだ。しかし、ほとんどは灰化していて数がわからない。

 ユナの右腕が切り取られたことを見て、同じように自身の体を切り取った人もいた。恐ろしいことだが命がなくなることに比べたら、よっぽど良いと考えたのだろう。

 全員ではないが助かったようだ。今は同じ病室や隣の病室や、それを繋ぐ廊下に寝転がっている。


 奈意斗の行動がこの惨劇を招いたことにはユナも気が付いてはいた。ただドーベルマンに報告はしなかった。

 結果的に自分は助けられたのだから、恩を感じているし、彼を責める気にもなれない。正義かどうかはこの時代に関係はないと、少し強引に自分を納得させた。


 ユナは、サイコキネシスが無意識の物体のみに作用することを知っていたし、それが意思を持つ生命体に作用するには、サイコキネシスを発信する側が強い感情により相手の意識を無視するほどの力を発揮しなければならない、例えば愛する人を失った悲しみ等がそうだろう。

 つまりあの時、奈意斗はそれ程強い気持ちでユナを助けようとしたのだ。ユナはそう思った。そう思いたかった。

 本当はどんな感情が彼にそこまでの力を与えたのかわかっていたのだ。ただし何度も自分に言い聞かせた。

 結果的に自分は助けられたのだから、正義かどうかはこの時代に関係はない。


 ジャックの遺体は、奈意斗とドーベルマンによって運び出された。

 ジャックの身元は既にロシア軍が調べていた。彼がロシアの国内で存在が確認できるのはキメラウィルス終息の3週間後だった。アメリカから密入国してきたようだが、当時はロシアの入国管理局が機能を停止しており、特段の対応はなされなかった。彼は風俗街のはずれにある小屋に住んでいた。当時、風俗街ではわかっているだけで何十人かの風俗嬢が姿を消していた。ジャックがエスパー集団の中でどのような役割を担い、何を起こそうとしていたかは謎だ。しかし、こんなにも人間の生活にエスパーが入り込んでいたことは、ドーベルマンにとって脅威だった。


 ドーベルマンはさらに不穏な懸念を感じていた。奈意斗が歓楽街にわざわざジャックを導いたのではないかという疑いだ。しかし特別そこに言及せず、特段の確認もしなかった。彼が正義かどうかなんて関係ない、彼がいることに意味があるのだ。勝利のために、今は奈意斗が必要だった。


 奈意斗はジャックとの最後の会話を思い出していた。

 ジャックを殺すこと、ユナの手を切り落とすことは、自分の中の愛のような感情がそうさせたのだと思ったいた。つまり自分にとって愛とは、人を傷つけることなのかもしれない。奈意斗は悲観的ではなかった。人の死は彼にとって神秘なのだ、そういう好みとは整合性が取れる。


 同じ頃、ロシア国立研究所でリードは研究を続けていた。キメラウィルスの研究をグレゴリー・ガンフスキーから引き継いで6年がたった。キメラウィルスの性質を発展的に改良したキメラⅡはもうすぐ完成する。このウィルスが人類に革新をもたらすと信じて疑わなかった。

 最もグレゴリーは革新を望んでいたわけではないだろう。彼はただのマットサイエンティストだった。ヒトラーと同様に恐怖で人を支配しようとしたに過ぎない。彼は王になることを望んでいたが、リードは違う。リードにとっては、“今の人類”の王になることなどどうでも良いこと、それよりも革新こそが彼の望みだった。

 今日の科学技術はエスパーを生み出した。それを非人道的と言う人もいたが、彼は違った。自分のようなエスパーという存在が試験管から生み出され生命を得た奇跡と、通常の受精から生まれる生命の奇跡に何の違いがあるかわからなかった。むしろ確実に人類は試験管から生まれたことにより進化した。

「クロマニョン人とネアンデルタール人のように、一方から新たな種が生まれ、新たな種は一方を滅ぼす。歴史が繰り返されるだけなのだ、今度は僕の力で。」リードはその名誉に酔いしれた。


 カーンは執務室の窓から星を眺め、煙草に火をつけた。ユナと奈意斗を見たとき、違和感を感じたのだ。二人だけ何か違う種類のものに見えた、むしろ自分たちに近いような印象を感じたのだ。

 ロシアがエスパーの存在に脅威を感じ、長年秘密裏に追い続けてきたことは知っていた。しかし国立研究所はロシア経済再生の象徴であり、その科学技術力は軍事力の源泉であり、経済と軍事両面から聖域と化していた。今になってWHOの要請を受入れて査察を行うなど、おかしな話だ。そもそもキメラウィルス流行時に特権を持った役立たずだったWHOが、今更その特権を振りかざしキメラウィルスの調査などする本当の理由は何なのか。

 それが、キメラⅡ開発の終盤に来て起きているのだから、タイミングがいい。

 もっと言えば、あの高速移動する日本人の黒髪女が言っていた話だ。日本でちょっとした騒ぎがあって、同胞の一人が死んだらしい。それも我々とは別のエスパーによって殺されたと笑顔で言っていた。そういう意味でもタイミングがいい。

 ミホ、頭のおかしい女だ。笑顔で言っていた、「あの子、とってもキュートなの。ちょーかわいい」


 そんな時、部下から報告が入った。研究所から1時間ほど離れた歓楽街で人間が灰化する現象がおき、その遺体が運ばれてくるという。更に顔面の潰れた遺体は灰化作用のある体液を所有するという。

 この報告を聞いた段階で、カーンは思ったのだ。全くタイミングがいい。


 外の騒ぎに目もくれず、ヴァルは研究所施設のハッキングを試みていた。

 しかし、一番重要な箇所はプロテクトが破れない。ブルーアイズを使って何をしていたかがわからない、どうやらキメラⅡの実験は彼女を使って行っていたようだが、それだけだった。

 ヴァルの一晩の苦労も虚しく、ブルーアイズやキメラⅡの情報は得られなかった。

 だが、研究所内の正確な地図や管理システムのハッキングには成功していた。勝算は十分ある。

 次に研究所に乗り込めば戦闘になるだろう。リードとカーンの能力よりも奈意斗の能力のほうが強力だ。それ以外にもエスパーが潜んでいる可能性はあるが、奈意斗がいる以上こちらの方が有利だろう。

 できるならリードとカーンを制圧するより確保をしたかった。こちらはエスパーの情報が少ない。敵の内情を知る必要があった。


 奈意斗がユナのもとを訪れたのは、事件の翌日の午後だった。


 奈意斗は昨晩の星を思い出していた。あの瞬間は自分が、ここにいると実感できた。

 しかし、ジャックを殺そうとした時、ユナの手を切り落とす時、それは他者を思いあった行動だったと思うのだ。

 サエを救おうとしたこと、その死に悲しんだことと、ハリーを恨んだこと、それは全てサエが大切に思えたからだ。そういう思いがあるうちは、〝ここ″にいれるというなら、自分は確かに〝ここ″にいるのだ。


 だから、なんの抵抗もなく、笑顔でユナのもとに迎えた。


 ユナは奈意斗の気配を感じた瞬間に心臓が凍るような感覚がした。病室から自分に向かって歩いてくる彼がだんだん笑顔になっていくのを見て頭では安心するのだが、体の別な反応をしていた。

 奈意斗がベット横に来た時、何とか笑顔を作れた。

「ありがとう、命を救ってくれたんだよね。」

 疑問形になってしまったのは、無意識の恐怖があったからだろう。

 奈意斗は腰を下ろし、持ってきた花を飾り付けた。

「良かった、助かって」

 その言葉はユナを安心させてくれた。目の前の男は少なくとも自分を殺しにきたわけでは無いと感じることができた。


 その時、病室で寝ていた若い男が叫び声をあげた。彼は奈意斗を指さし恐怖に震えていた。

 ロシア語でわからない。

 病室中が彼に注目していた。別の男が彼のロシア語を翻訳した。

「その男は僕たちを盾にした、その男は僕たちを殺そうとした」

 病室中が再び騒めいた。

 ユナは奈意斗の表情をみて驚いた。奈意斗はおそらく何が悪いかわかっていない。ユナにはそのように見えたのだ。


 奈意斗もさすがに部屋にいられなくなった。

 ユナは奈意斗を連れて部屋を出た。

 まだ腕の状態からして、外に出ることは普通出来ないのだろうが、騒ぎが大きくなったことも有り看護師に止められなかった。


 ユナはブルーアイズを思い出していた。彼女の無垢な心が羨ましかった。

 他人の汚い部分に必要以上に触れなければ自分も多分綺麗なままでいれただろう。しかし、こんな能力の為に沢山の苦しみや絶望、嫉妬や憎悪、自分本位を感じてきてしまった。いつの間にか自分はブルーアイズを汚したがっていた。そういう自分が嫌になっていた。


「私は彼女を助けたいのか、汚したいのか」


 奈意斗は答え方がわからなかった。奈意斗は無意識のうちにユナに嫌われたく無い心理が働いていることに気がつかない。

 奈意斗は話題を変えた。

「あの二人はエスパーでそれぞれの能力は、カーンが人体伸縮機能で、リードが超音波。僕の力を考えれば、それほど強力な敵とは思えないのだけど」

「そうね、一対一の戦いなら。でも気になるのは敵の目的なの」


 奈意斗は昨日あまり疑問に思わなかった革新というワードを考えていた。

 ユナが読み取るサイコメトリーは視覚や聴覚の情報とはまた少し違う。

 だからこそ見えた〝イメージ″を多分に心理学的解釈を加えながら説明していくことになる。

 完璧では無い。その人の性格や特技や秘密など、その人の本質に直結する部分を感じ取ることができる反面、具体的な事象や思考を捉えることは難しい。

 だからこそ、革新という言葉もイメージにタイトルをつけたようなものだった。


 奈意斗は革新の意味がキメラⅡを撒き散らすことだと勝手思っていた。普通、革新とは新しいものを作ることを指すと思うのだが、キメラウィルスは全人類を死滅させるウィルスである。わざわざ改良してまでそんなことをする意味はあるのか。あるいは人類の絶滅後、彼らエスパーだけの世界を作るつもりなのだろうか。たった26人の世界。

 奈意斗は、自分で自分の考えの前提に疑問を思った。エスパーがたった26人。


 ユナはずっと奈意斗に話しかけていたが、奈意斗は全然聞いていなかった。


 ユナは奈意斗にもう一度同じ話をした。

「奈意斗、あの二人、あなたを知ってるようなの。でも変だと思わない?」


 奈意斗は理解できなかった。もし彼らが自分を知っていたのであれば、昨日会ったとき何かしらの反応が見えたと思う。しかし、そのそぶりはなかった。


「そうね、2人とも明らかにあなたを知らなかった。でも彼らの中であなたのような何かを感じたわ」


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