ADOMINABLE
ユナは実はそのあとこっそり、リードにも触っていた。リードも予想した通りのエスパーだった。つまり、研究者は既にエスパーに占拠されている。
その事に気づいていたのは、ユナだけだった。
ユナは、まず奈意斗に耳打ちした。
「あの二人は、ターゲットよ」
奈意斗は、聞いて露骨に驚いてしまった。正直ここまでスピーディーに敵に出会うと思っていなかった。
二人は少し一段から離れて全員の様子を見ながら話をした。
カーンという男はいつも不安だった、いつか敵が自分を殺しに来ると思うと不安だった、カーンはそんな思いが強く、自分が生きるためなら人の犠牲なんてどうでもよかった。究極的に臆病だったと言える。それは人を信じられないということだった、誰かが自分を攻撃してくるという思いに囚われていた。それが彼の性格だ、彼はここに来てからも何度もその不安で夜も眠れない時があった。間違って人を殺したこともある。彼は攻撃されないために、傷つかないために生きていた。
「人のことなんてどうでもいい、僕さえ傷つかなければ、僕さえ安らかならそれでいいんだ」
彼は心の底からそう思っていた。
そんな彼の臆病さは、二人のコソコソとした会話に気がついていた。
その日はここで、一旦査察が終わった。
その日は一行は研究所近くの街のホテルに泊まることとなった。
ホテルのドーベルマンの部屋に籠り、会議を行なっていた。
結局、グレゴリ博士には会えなかった。ユナは自分の見たものを全て話した。ユナはその話をしながらも、ブルーアイズのことが気になっていた。彼女はブルーアイズの笑顔が忘れられなかった。奈意斗達には話さなかったが、実はブルーアイズと窓越しに指を合わせた時、彼女の思念が読めたのだった。
彼女は実験によって作られたモノだった。試験管の中で作られたら少女。ラウルの言ったことも全て嘘だと最初からわかっていた。彼女はキメラウィルスの保菌者だったが、そうなるようにコーディネートされたのだ。体内でキメラウィルスを死滅させることはできないが発症は免れる程度免疫を持っている。それは人工的に改造されたキメウィルスの実験の為に用意されたのだろう。
ユナは昔の記憶がないのだ、あるとき気がついたらドーベルマンに拾われた。サイコメトリーは残留思念を感じ取るという意味では、物事の過去を見ることができる。しかし彼女は何度試しても、自分の一定以上昔の残留思念が見えなかった。残留思念は時間が経つほどに消えてゆくからかもしれない。
しかし、彼女は今日までたくさんの人の思念を読み取ってきた。彼女は人の仮面の下に広がる強い思いをずっと見てきたのだ。それはいい物とは限らない。
人の心について、少しずつ臆病になる自分がいた。彼女はいまいち人を信じ切れない。しかし、サイコメトリーで読み取るのもまた怖かった。親しい程に、その裏の顔を見たくなかったのだ。しかし、ブルーアイズのなんと無垢なこと。彼女は知らないのだ、汚いことを何も知らないのだ。
ユナは思った。彼女を汚したいと。人の心は汚れている、それを人一倍感じてきた自分もまた、汚れてしまった。無垢である彼女が羨ましかった。口ではこんな生活可哀想だと言ったが本当はそうじゃない、綺麗なままの少女に強く嫉妬したのだ。外の世界に出して、ゆっくり汚してやりたい。非人道的などと言うのは二の次だった。そんな気持ちだった。
「ドーベルマン、明日もしグレゴリ博士に会えたとして、彼の近くにいるエスパーのその能力もわからないのに戦いようはない、まずは安全に当初の目的だけを達成しよう。」
ヴァルがドーベルマンに進言した。ヴァルは研究所内の図面やセキュリティ等を確認するために、細工をしていた、必要なデータはある程度揃っていた。このまま十分な戦力を整えれば必ず勝てると言える。少なくとも今のところ情報戦を制したと言っていい。
ドーベルマンも、ヴァルの意見には賛成だった。しかし、もともと2日の予定だった査察を急に切り上げればそれはそれで怪しまれる。そう思い、査察は続行することになった。
「しかし、恐ろしい、奴らは我々の生活に驚くほど順応し、あまつさえその要所を抑えているなんてな」
それはドーベルマンの本心だった。ドーベルマンは優秀な男だったが、最近は自信をなくしていた。一つ目はやはり祖国ロシアが生物兵器の開発に勤しんでいたことだ。キメラウィルスは常に中国の責任だと主張してきたし、この惨劇を招いたものが中国であると思い込んで憎んできた。しかし、それに自国も加担していたことが彼の心を大きく揺さぶった。
そして、そのロシアの中枢レベルにまた、敵のエスパーが潜んでいる。その事実よりも、そのことに気がつかず、一瞬でも疑わなかった自分を呪っていた。
奈意斗はやはりブルーアイズが気になっていた。ユナが読み取った内容を知らなかったこともあるが、それよりも彼女をどう扱うべきか悩んでいたのだ。
彼女が保菌者とするなら助けるべきか、見捨てるべきか、彼女が実験によって作られたなら、生かすべきか、殺すべきか。人道という言葉を使えば、彼女も一つの命であるのだから、当然の選択として助けるべきだった。しかし、奈意斗は何より人の心に無頓着であった。いつのまにかブルーアイズを物として見ている自分に気がついていなかった。
「ヴァル、ハッキングして研究所の実験データなどは見れないのかい。」
奈意斗がヴァルに話しかけたとき、既にヴァルは実験データをダウンロードして探っていた。そして、さまざま忌まわしい研究の中にブルーアイズを探し出していた。そして驚愕していた。
「ブルーアイズは一人じゃない、クローンだ」
ユナ以外は驚いていた。