7、イグニス
7、イグニス
赤の国イグニスは、アクアとプルスからしか行けない地底都市だ。活火山の中、地底の奥深くにその都市がある。
洞窟の奥深くにはマグマが煮えたぎり、本来人の住む場所では無い過酷な環境だ。その火山は鉱山で、様々な鉱物が採れる。そこに採鉱で栄えた街ができた。それがイグニスだ。
そこはプールスよりも前にアップデートされ、追加されたエリアだった。
イグニスは火山の噴火口を観光地として、様々な施設が作られた。ここには温泉施設やガラスを加工する技術が盛んだ。
ガラスは『purus aqua』を入れるオーブの原料だ。透明な水を入れるオーブ。それは、より透明に近い技術を求められる。そのせいか『purus aqua』の研究も盛んで、ここにはガラス職人や研究者が多くいる。
「何……?ここ……」
マグマによって熱せられた空気の、その異常な暑さに莉奈は驚いていた。
「莉奈、しんどくなったらすぐに回復しいや?ここはいるだけでHPが減っていくんや。本来お前のレベルじゃ来られん所や」
ただここにいるだけで死なれても困る。
「大丈夫ですわ。お兄様。私が皆様を回復魔法で回復しますから」
ん?何故リーリアがここに?
「お前、なんでここにおんねん!」
リーリアはプルスに置いて来たはずなのに……
「あら、私、冒険者様のヒロインでしてよ?」
「いや、そんなんどうでもええねん!」
本当は莉奈も連れて来たくは無かった。しかし……
泰希が智樹の体を1階の座敷に寝かせようとした時に莉奈が起きてしまい、全ての事情を話してしまったらしい。莉奈は智樹が危ないと聞いて大人しく待っているような奴じゃない。
「しかもお前、俺が莉奈にした宣言聞いとったよな?邪魔や。さっさと帰れ」
「あらやだ~!お兄様ったらそんなに小さな器でしたの?そのチートなステータスで私達を守る自信が無いんですの?嫌ですわ~」
「ちょい待ちぃや!誰が自信無いなん言うた?無いわけないやろ?」
うわぁ……腹立つな~!だから女は嫌いだ。安い挑発で言う事をきかせようとしてくる。
「それに、どうせお兄様の魅力では私がいようといまいと莉奈様のお気持ちは変わりませんわ」
「それな!マジそれな」
悪かったな!え……俺、魅力無い…………!?
「ラルの妹ちゃん頼りになりそう~!」
「任せてください!莉奈様、私の事はリンリンとお呼びになって」
「え~!じゃあ莉奈様はやめてよ~」
え、いや、しかもなんで俺置いて行かれてんの?
「呼び捨てになんかできませんわ~!リナナとあだ名にしましょ」
「え?まぁ別に何でもいいけど……」
「何でもいいはいけませんわ。何でもいいならパイオツカイデーにしますわよ?」
そうだな。身体的特徴であだ名つけるのが基本だな。って何の話だよ!!
「カイデーはちょっと……」
「カイデー様、ここは火炙りのプリンが名物ですのよ?」
カイデーはちょっと……って言われてんじゃねーか!そこガン無視かよ!
「え?それってクリームブリュレじゃないの?」
いやいや、カイデー言われてるのにそこスルーかよ!
女は謎だ。理解不能だ。しかも複数いると更に厄介だ。
「リンリン、その白いドレス裾が汚れちゃいそうじゃない?」
「そうですわね、こんな煤だらけの所へ来ると思っていたら黒いドレスにするべきでしたわ」
それでもドレスで来るんだな……いや、そんな格好でついて来るんじゃねーよ!
ここは観光地といっても過酷な土地だ。間違ってもハイヒールとドレスで来る所ではない。
「ここ、ガイドブックにはお店はこの辺って書いてありますわ!」
ガイドブックって完全に観光かよ!
リーリアがガイドブックを持って店を探してフラフラしていると、通行人に話かけられた。
「火炙りのプリンはもう無いみたいですよ?」
俺達にそう話かけて来たのは、真っ黒な肌に真っ白な髪の少年だった。
「どうして?どうしてですの?せっかく火の国に来たのに!」
「作っていた冒険者が死神に襲われたからですよ」
襲われた?死神に?ここでも死神か?
「あの、すみません、この辺で小さな男の子の冒険者って見かけませんでした?」
莉奈は話かけられた少年に、智樹の事も聞いていた。
「小さな男の子の冒険者……?それは、ウサギの服を着て耳を縛っている子ですか?」
「そうです!アルパウスとペンギンを連れていると思うんですけど……」
「あ~!あの三人組?それなら知ってますよ」
その少年は、白の国ヌーベスから来た『トパーズ』という名の研究者だった。つい数日前まで智樹達を泊めていたらしい。
「珍しいお客様でした」
「それはそうでしょうねアルパウスとペンギンを連れてれば……」
「いえ『モルスのヴィトロ』はどこで手に入れられるかと聞かれて……」
『モルスのヴィトロ』?
「『モルスのヴィトロ』って何ですか?」
「ガラスの容器ですよ。試験管のような」
「それって何に使うんですの?」
トパーズは周りの様子を伺って小さな声で言った。
「魂を入れる入れ物です」
「魂の入れ物!?」
「しー!死神が現れてから、この手の話はここではタブーなんです。死神だと疑われたら命に関わりますから」
泰希から何も聞いてはいないが、実際問題死神の存在は深刻らしい。死神は『モルスのヴィトロ』に冒険者の魂を入れて集めているらしい。
「智樹がそれを欲しがってるって事は……」
「いや、それは無い。智樹が死神になるのはありえん」
冒険者は他の冒険者を殺せない。だとしたら、元々この世界のキャラクターが『死神』という事になる。
可能性があるとしたら、一緒にいるアルパウスのアメジストか、ペンギンのクリスタルのどちらかだ。そうなると、トパーズの、自身が疑われるかもしれないという心配もうなずける。
「で、その入れ物はどこに行けば手に入るんや?」
「噴火口の地底です。溶岩の中に住む『マグマノヨウダ』という疑似ドラゴンのボス。火の国の番人『マグマの大使』を倒せば1つ手に入ります」
「それはアカン。それはアウトなやつや」
『マグマの大使』そのネーミングは危ない。
「智樹はそこに向かったの?急いで行かなきゃ!」
「生きていればここへ帰って来るはずですよ。必要なのは、1つじゃないみたいなので」
ゲームのシステム上『マグマの大使』を三度倒すと、アイテムがランダムで1つ得られる。その中には非常にレアなアイテムもあり、冒険者は何度も繰り返して戦う。
「ただ、何度も繰り返して戦うと人は手を抜くようで、少し気を抜いてしまうとすぐに死んでしまうようなんです。そのせいで多くの冒険者がここで消えて行きました。その魂を一時保管し、一度だけ生き返る事ができます。おそらく冒険者を救済するために作られたのが『モルスのヴィトロ』です」
「え?死んでももらえるの?」
「死んだらそれに入る。死なずにクリアしたら空の入れ物をそのままもらえる。それだけの事や」
その『モルスのヴィトロ』は、本来取得できるアイテムのおまけみたいなものだった。
「では、リナナの弟様はその入れ物を多く必要な理由があるのですね?」
「とにかくそのマグマのなんたらの所に行ってみよう!」
「ちょっと待ちいや!お前とリーリアはここで留守番」
俺がそう言うと、案の定莉奈は留守番を拒否した。
「はぁ?何も知らず人任せで待ってるなんて絶対に嫌!」
「そやかて、足手まといやっちゅーねん!お前ここにおるだけでHPが減っていくやろ?そんな低レベルな奴連れてかれんわ!」
「それは……そうかもしれないけど……」
すると、トパーズが自分の研究所を見学に来ないかと誘ってくれた。リーリアは観光につきあってくれだの、智樹の話も聞かせて欲しいだの、あれこれ理由をつけてなんとか莉奈を説得した。
「じゃあ……智樹をよろしくお願いします」
「おお、任しとき!」
それでも、俺が出発する直前まで莉奈は腑に落ちない顔をしていた。
「リーリア、莉奈を頼むわ」
「お任せください!お兄様の金貨を使ってしっかりと遊ぶ……おもてなしいたいしますわ!」
え……今遊ぶって言ったよね?俺の金で遊ぶって言ったよね?怖っ~!そんなたかり方あり?
「まぁ……ええわ!どうせ親父から出た冒険者の仕度金や!好きに使え!」
そう言って持っていた半分の金貨をリーリアに渡した。
「きゃ~!だからお兄様大好き!」
こんなヒロイン嫌だ……。