6、存在意義
6、存在意義
自由と言えば聞こえがいい。
俺は現実世界で中村智樹という小学生になった。自由と行っても制限がある。中村智樹にも、子供としての果たすべき義務や責任があった。
俺はゲームの世界で、冒険者になった。冒険者には義務や責任など無い。肉体を捨ててしまえば無制限にゲームがプレイできる。これが本当の自由なのかもしれない。
しかし、俺は智樹を救うという目的がある。
もしその目的なければ、この世界にいる理由もない。理由もなければ果たすべき義務も責任も無い。
理由や義務が無いというのは、当然誰かからの期待も無く、誰からも認められる事もない。もはや存在意義が無いのと同じだ。
プルスの王子の果たすべき義務を捨てた俺には、この世界に存在意義など無かった。
「聞いてました?お兄様!」
「あ~ハイハイ。婚約者にちょっかい出す小娘が気に入らんのやろ?」
「ラティスは誠実な人よ?誠実で優しい人。でもその優しさは分け隔て無く平等で……ちょっと、聞いてます?」
リーリアの話半分、そんな事を考えながら城へ到着すると……
何やら城が騒がしい。白の中へ次々と蒼の冒険者が集まっていた。
そんな中、城の前で待ち構えている女がいた。やたらと胸のデカい碧の騎士。
「げ!莉奈!?お前何でここにおんねん!まだ寝てるはず……」
「あ~なるほどね~今度の姿は蒼の戦士ってわけね」
「あ、いや、人違いでーす!」
そう言って俺は莉奈を置いて城の中へ入った。すると、莉奈は俺を追いかけながら言った。
「ダメダメ!バレバレだから。あんたがラルだって今さっき自分で言ったようなもんだからね?」
「ラルって誰や?L'Arc~en~Cielは少し知っとるが、ラルなんつ~奴は知らんな~」
「白々しい!それでも隠すつもりあるの?しかもその関西弁!」
仕方がない。何故か莉奈の前だとこうなってしまう。
王座のある大広間に着くと、そこには多くの冒険者や元冒険者が集まっていた。しかし、王座に親父の姿は無かった。
すると、城につくといつの間にかいなくなっていたリーリアが俺に冒険者の称号を差し出した。
「お兄様……いえ、冒険者様これを」
「早っ!これ本物かいな?」
「本物ですわ。インスタント称号とでもお呼びになります?」
リーリアは姿勢を正すと、本来のプルスの姫の役に戻った。
「冒険者様、本来は父プルスの国王がその称号を与えるのですが、今取り込んでいるとの事でこちらの事情をお話して、冒険者の称号をいただいてまいりました」
「サンキュー!リーリア!なんや?親父忙しいんか?」
「ええ、何やら冒険者様達へお話があるそうですわ」
俺達がそんな話をしていると、大広間に親父が現れた。親父は大きく息を吸うと、大広間にいる者全員に聞こえるように話始めた。
「冒険者、元冒険者、異世界から来た者達に警告する。このプルスにも、その者達の命を狙う『死神』と名乗る者が現れた」
死神……?
「しかし、その死神は何故か我々この世界の者は襲わない。襲われた際にはすぐにこの城や名のある者の家に逃げ込むように。よいか?『死神』が捕まるまでくれぐれも注意するのだ」
「死神……智樹は大丈夫かな?」
「リーリア、死神て何や?お前知っとったか?」
今まで『死神』なんてキャラは出た事がない。アップデートされていないゲームに新たなコンテンツは無いはずだ。あれば泰希から聞いているはず……
「ここ数年、冒険者狩りという者が増えたのはご存知です?」
「あ~それ少し聞いた事あるわ。でも今はそんなんどうでもいいわ」
そんな事より、何より智樹を止めるのが先だ。
「どうでもいい?」
莉奈は俺のその一言に顔を曇らせた。
「その話、狙うのは異世界から来た奴やろ?」
「あら?お兄様は今は異世界から来た冒険者様では?」
そうだった……!
俺は城の外に出ようとすると、目の前に莉奈が立ちはだかった。
「それに、巻き込まれて殺される人だっているかもしれないよね?あんた言ったよね?自分にとってはこっちが現実世界だって」
「それがなんや?こっちが現実世界だからって大事に思うワケないやろ。こんな……人間にプログラムされた世界……」
『プログラムされた世界』と言うと、莉奈はその口を閉じた。
「自分の生まれ育った世界が一番。誰でもそう思うとは限らんやろ?」
俺は莉奈をどかして、外へ出ようと長い廊下を進んだ。すると、後ろから声をかけられた。
「どんな世界だろうと、自分の足で立とうとしない人はどこへ行っても同じだと思う」
「お前に何がわかるんや!」
「何もわからない!わからないけど、あんたは十分恵まれてる。恵まれてるのに自分の境遇を恨むなんて、ただ甘えてるだけじゃない!」
腹が立った。莉奈の言葉は俺の心臓をねじり上げ、揺さぶる。
「俺には何も無い。ただ、女が嫌い。その設定しかない。今まで何をしてきたのか、何をしたいのか、ほとんど記憶が無い。俺の中身はスカスカや!この隙間を埋めるもんがこの世界には無いんや!」
「エメラルドお兄様…………」
リーリアが気まずそうに俺の名前を呼んだ。
「まぁ、13番目の王子なん、期待もされてへんからろくな教育もされんかったんやろうな」
王家には普通教育係がつけられる。俺にはそうゆう存在はいない。母も物心つく頃にはいなかった。
子供の頃はイタズラと喧嘩に明け暮れていた。それだけだ。俺はこの城で、いてもいなくても同じ存在だった。
「俺は12人の王子がダメだった時のただのスペアみたいなもんや」
「それ、いざという時が来ない勝負パンツみたいだね」
「なんか嫌やな~その喩え」
莉奈がこの世界に来て、実際に王子の役割をやってみて思った。俺には向いていない。
「俺は王子というネームバリューのある、冒険者の恋の相手をするだけの存在なんや。ただの当て馬や。それも、お前みたいなアホしか回って来ん」
「ちょっとそれどうゆう意味?」
「まんまや!」
まるで莉奈が悪いかの様に言ってしまう。それも、設定のせいなのか……俺の力不足なのか……どうなのか……
「俺は女を期待させ、喜ばせる事はできる。それが本来の存在意義や。でも、人を心から愛する事はプログラムされとらん」
「どうして?どうしてそう思うの?」
「この世界は運命っちゅうシナリオ通りだからや」
莉奈は大きなため息をついて言った。
「あんたはバカ?いや、あんたはバカじゃない。学習能力もあるし、相手の気持ちだって考えられる。それなのに、自分できないって言ってたら可能性がある事だって無くなるよ!」
可能性が……ある?
「その可能性…………お前に賭けてみる事にする」
「は……?」
「これからお前を心から愛するっちゅうとんねん!」
まるで、不器用な愛の告白のようだった。
「はぁ?」
莉奈はもはや理解不能のようで、俺の言葉に混乱していた。当たり前だ。説教したら、愛する宣言ってなんだそれ?意味不明すぎる。
「この世界の設定は絶対や。だから、俺が女が嫌いなのも絶対や。女の嫌いな俺が、嫌いなお前を好きになれたら…………それは重大なバグや」
そのバグが奇跡かもしれない。俺は一度でいいから、それを見てみたい。この世界でも、奇跡なんてものがあるのなら見てみたい。
この、『蒼の続く世界』で。