4、月夜に
4、月夜に
その夜、莉奈はどうしてもと頼み込んで悠希の隣に布団を敷いてもらっていた。
「他にも部屋はあるのに……本当にここで寝るの?」
「ワガママを言ってすみません。お布団、ありがとうございます」
「じゃあ、子守唄歌ってあげるわね!」
男は俺達を布団に寝かすと子守唄を歌った。
おいおい、どんだけ子供扱いするつもりだよ?
すると、男は何故か姿勢を正し、正座をして子守唄を始めた。
子守唄……!?現実世界の子守唄というのは……その楽器でリズムを取るのか?
「何~亜~羅~本~日~は~ご~苦~労~様~で~」
「待て待て待て!!そんなんで眠れるかい!!」
オネエの子守唄はお経だった。いや、多分お経ですらない!
それくらい俺でも知っている!それは死んだ人間に向けて読むものだろうが!!
子守唄で眠りにつくはずが……
「何か気分悪いわ!」
すると、男に首の関節を絞められた。
危うくこのまま永眠しそうになった。
俺が男の腕を叩いてギブを伝えていると、男は人差し指を口の前に立て「しー!」と言った。
隣を見ると、莉奈は爆睡していた。
「お経もどきで爆睡すんのかい!!」
「静かにしろや!このクソガキャ~!」
静かにって……お前もな!こうゆう時だけ男に戻るな!
こうして、莉奈の寝顔を眺めながらしばらく静かに黙っていると、寝相の悪い莉奈が片手をあげた。
男はその腕を見て言った。
「きっとここに来るのによっぽど疲れたのね~。…………あら?」
よく見ると、莉奈は隣の悠希と手を繋いで寝ていた。
「この子、本当に悠希の事が好きなのね」
俺はすぐに二人の手をほどいて、その手を引き離した。
「好きって何や?」
「何って愛よ!愛!」
「愛ってなんや?俺にはようわからん。わからんが……何か莉奈がこいつを求める姿を見るんはムカつく」
莉奈は俺が引き離した腕を乱雑に置いても、全然起きる気配が無かった。
「アラ~それは嫉妬ね~」
「嫉妬?嫉妬なんあり得んわ」
俺は男に、自分がゲームのキャラだと言う事を話した。すると、男は驚いていた。
「それ、逆転生ねぇ……」
「転生なんしとらんわ。入れ物を借りてるだけや」
そして、男は俺の頭に手を置いて言った。
「頑張りなさいね、おチビちゃん」
「チビ言うな!」
今はチビかもしれないが、この智樹の体もしばらくすればきっと悠希と変わらないぐらいになるはずだ。
「あんたも、この子が好きでたまらないのね」
「はぁ?何でや?」
「ムカつくのはね、莉奈ちゃんに悠希より自分を好きになって欲しいと思うからなのよ?」
男は俺の頭を雑に撫でると、ニヤニヤとその不気味な笑顔を見せて来た。
「アホらし!そんなんありえんわ!」
俺は逃げるように自分の布団に潜り込んだ。
「俺には人を好きになるようにプログラムはされてへん。嫌われる事はできても、好きにはなれん……」
「恋愛にはね、嫌よ嫌よも好きのうちって言葉があるのよ。そのうちあんたもわかる時が来るわ。でもねぇ~弟の中にいるのは少し分が悪いわね~」
分が悪い?
「仕方ないやろ?これしか入られんかった」
たまたま上手くいったのがこの智樹の体だ。
今の冒険者は、入れ物が無い場合の方が圧倒的に多い。かといって新規の冒険者なんか、今はほぼ皆無だ。
「それに、俺の目的にはこの体で十分や」
俺は布団を出て、図書館で借りた本を読み始めようとリュックを開けようとした。その瞬間、ビシッ!っと木の板で手を一撃された。
「痛っ!」
「ここでは子供は布団に入ったら寝るのがルールよ」
「何……くそっ……」
男に凄まれて、俺は素直に布団に戻った。
別にこいつに従った訳じゃない。単純に眠かったからだ。
眠くても、環境が違うせいかなかなか寝付けなかった。天井の木目を眺めながらボーッとした。
せっかくやっと文字を覚えたのに……苦労して漢字まで覚えた。俺の目的は、この世界を知る事。歴史や文化、地学、経済、国交なんかも学びたい。
ここはプルスのように自然の力を借り、魔法を使う事はできない。しかし、魔法の力無くしてどうやってこんなに高度な文明を築いたのか不思議でたまらなかった。
3階から落ちて怪我をした中村 悠希の中に入った時には、怪我の回復と環境に慣れる事で精一杯だった。あの時はこの世界を学ぶ余裕は無かった。だから、今度は思う存分この世界にいて学ぶ事ができる。そう思うと何だか余計寝られなくなった。
月明かりがカーテンの隙間から廊下に光の線を描いていた。静かな夜だ。こんな静かな夜に……
ゴトン……ガタン……
天井で物音がした。そのせいで完全に目が覚めてしまった。
この上から聞こえる音か……?この上には何がある?2階か?
真っ暗な家を、月明かりを便りに移動した。ここは薄い引き戸ばかりだ。これが日本家屋というものか。寺の仏像も見てみたい。夜が明けたら寺の方へ行ってみるか。
座敷を出ると、まとわりつくような暑さが襲って来た。暑さに慣れた頃、2階へ上がる階段を見つけた。上は真っ暗で先の見えない、急な階段だった。
この先は天国か地獄か、とりあえずその階段を上がってみた。
いくら田舎だとはいえ、まさか天井裏にたぬきでも飼ってるわけじゃないだろうな。
警戒しつつも、その好奇心を止める事はできなかった。
真っ暗な中、階段を一段一段確認して上った。これ以上は階段がないと確認すると、辺りを闇雲に触って壁を探した。
すると、暗闇の奥に一筋の青い光が見えた。その光の方へ行ってみると、光の漏れたドアがあった。そのドアに手を置くと、そのままドアが開いて中に入ってしまった。
部屋は雑然としていて、足の踏み場が無い。何に使うかもわからない箱型の電機機器があちらこちらに置いてあった。その上に服やら本やらが乗っていた。何個ものモニターから照らされた光で、そこに男がいる事がわかった。
「誰だ……?」
「お前は………………」
その男に見覚えがあった。その顔は……悠希。悠希そのものだった。同じ顔!?
「子供?お前、なんや?座敷わらしか?」
「座敷わらしちゃうわ」
現実世界の悠希の声を、俺は初めて聞いた。
「悠希、お前こんな所におったんか」
「…………悠希?」
「こんな所に隠れてなんで莉奈に会おうとせーへん?」
悠希は何故か首を傾げた。
「莉奈……?もしかして、お前……莉奈の弟か?」
「外はな。中はエメラルドや」
「エメラルド?エメラルドって確か…………」
ゲームの中ではプルスの王子。
「何番目のエメラルドや?」
「13番目」
「なんや、エメラルド13号かいな!」
悠希は俺をエメラルド13号と呼んだ。
エメラルド13号…………!?
俺はその呼び名で、全てを思い出した。俺はここに来た事がある。ここは子供の頃、悠希の体に入って少しの間過ごした家だ。
「お前、泰希か!?」
悠希と同じ顔の男は、悠希の兄、泰希だった。
「なんや、あの時とは変わってしもうて気いつかんかったわ」
「お前、またこっちに来たんか」
「今度はちゃんと入れ物を手に入れたんや。ええやろ?この体」
泰希は少し鼻で笑って「どえらいチビやな~」と言った。
「悠希とはプルスで会っとったけど、泰希は久しぶりやな」
「10年ぶりか?ゲームの中ではもっとか……」
ゲームの世界の中では、現実世界の一時間が1日になる。悠希とはたまに会っていても、泰希とは1度も会った事は無かった。あまりに長く会っていなかったせいで、泰希の存在を忘れていた。
俺は竜人族の中でも物覚えはいい方だが、こう長く生きていると忘れてしまう事が多い。しかも、今度は久しぶりの現実世界だ。
泰希との久しぶりの再会に、ここに来てやっと安心感を覚えた気がした。