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3、兄の居場所

3、兄の居場所



俺は冷静に考えた。あの胸の高鳴りはおそらく、悠希の本能だったのではないかと。莉奈と悠希は血の繋がらない兄弟だ。ありえなくはない。


現に智樹の中にいても、莉奈を想う事はない。


しかし、正直あの莉奈とまた一緒に現実世界で過ごせるとは思わなかった。


現実世界は異世界より年を取るスピードが遅い。子供の頃、1ヶ月間現実世界にいると、元の世界に戻ると2年も経っていた。


ゲームの世界では、現実世界の道理など通用しない。俺は竜人族という設定だ。現実世界から来た冒険者とは年の重ね方が違う。それもゲームの世界での話だ。


それももう………………


今は、それもどうでもいい事だ。


今は悠希と莉奈の弟、智樹という存在になった。


莉奈と俺は兄の悠希を探しに、とある田舎の寺に来ていた。


「ここ?だよね?地図通り来たよね?」


無人駅を下車し人気の無い道を進み、母親の書いた地図の通りに来てみたものの…………


その寺の外観は、もはや心霊スポットかと思えるほど荒廃していた。


しかし、何故か俺はここに懐かしさを感じていた。


ここは…………少し見覚えがある気がする。


「すみませーん!」


返事が無い。戸口の鍵はかかっていない。中へ入ってみるか…………


俺は勝手に戸口を開け中に入った。異世界とは違い、突然モンスターが出て来る心配などしなくていい。


「誰だ!?」


突然低い声に怒鳴られた。顔を上げると、何故かヤバいレベルのモンスターに遭遇したかのような感覚を覚えた。


そこにいたのは、なんとも不思議な格好の中年の男だった。作務衣にサングラス、金髪のオールバック。おまけに金のネックレスに、竜のブレスレットもついている。


その男に、莉奈はたどたどしく質問をした。


「あの、すみません、ここが……円成寺だって聞いて……来たんですけど……」

「アラ~?あなた、もしかして莉奈さん?」

「え……あ、はい。中村莉奈です」


ん?何だか見た目と話し方のギャップが……


莉奈が挨拶をすると、男は俺の方を見て言った。


「じゃあこっちのおチビちゃんは…………」

「弟の智樹です」

「そうなの~!はじめまして!アタシ、悠希の父で林 信吾です。リンゴちゃんって呼んでね!」


リンゴって……その低音ボイスで大友康平歌うか?その成りじゃ全然リンゴって呼べ無い。リンゴちゃんと言うよりは、おやっさんだ。


悠希の父と名乗る男は何度も頷くと、俺達に中へ入るように言った。


俺達は寺とは別の、一軒家の方へ案内された。家の中は意外と手入れがされていて、古いが中は意外にも綺麗だった。窓に面した長い廊下を、ル○バがモーター音を響かせて通りすぎた。


「来るって連絡受けてたから、そろそろか着く頃かと思ってたのよ~!」


なんだ?こいつ……?どっかで会った事のあるような……?


男は見た目とは裏腹に、話し方がオネエだった。


「本当は……智樹はゲームの中にいるんです」

「え?でもここに……」

「さっきは弟だって紹介しましたけど、中身は別人です」


莉奈はチラリと俺の方を見て言った。


「ああ、身代わりが入ってるのね。それなら問題無いわね」

「問題あります!大有りです!智樹が万が一ゲームの中で死んだりなんかしたら…………」


男は襖の前で立ち止まると、急にこっちへ振り向いた。


「人間なんて、いつどこで死ぬかわからないでしょ?ゲームの中で死んだらそれが彼の運命」

「それは……この世界にいたらそうかもしれないけど……」

「ゲームの世界では違う?たかがゲームに命をかけるのは馬鹿げている?そう言いたいのね」


口調はオネエなのに、低く落ち着いた物言いが言葉を重くした。


「私はね、死に方を選ぶ自由もあったっていいと思うの。病院のベッドだけが死に場所じゃない。最後をゲームの世界で迎える。それがいけない事?」

「それは…………」

「あなたも理解出来ない?軽蔑する?やっぱりあの女に育てられただけの事はあるわね」


あの女とは…………おそらく莉奈達の母親の事だろう。この男は、莉奈の母親と別れた悠希の父親だ。


「わざわざ悠希に会いに来てくて悪いけど、悠希は今は『purus aqua』にいるのよ」

「肉体は?兄の体はまだあるんですか?」

「あるにはあるけど…………最近は身代わりが入らないから痩せて来ちゃって……。まったく、あの子はプールスで何やってるのかしら?」


身代わりが入らない?何故だ?長く身代わりが入らなければ命に関わるという事は、十分承知なはずだ。


男は襖を開けた。


そこには、座敷に布団が敷いてあった。その布団に眠るのは…………ゲームの中で見たYUKの姿ではなく、本物の中村 悠希だった。


「お兄ちゃん!!」


莉奈はすぐに悠希に駆け寄った。


「莉奈だよ!お兄ちゃん!目を開けて……」


莉奈は悠希の枕元で涙ぐんでいた。


これが……中村 悠希?以前俺が中に入った時とは随分変わっていた。あの時は悠希も子供だったせいか?


それにしても…………莉奈が悠希にすがりつく姿を見て、俺は何故か複雑な気持ちになった。


「そんなんしても意味無いやろ?ゲームの中にいる奴を起こしても起きんわ」

「そんなのわかってる!」


俺が莉奈の腕を持って悠希から引き離そうとすると、莉奈は俺の手を振りほどいた。そして、涙を拭いて男に訊いた。


「いつもどれくらいで起きますか?」

「さぁ?でも、この2年ほとんど起きても別人な事の方が多かったわよ?」


悠希の体がここにあったからと言って、話ができる状態ではなかった。


「もう諦めたらどうや?悠希は話のできる状態やない。機器も無い。もうゲームの世界に行く事もできん。ここで待つしかないで?何時間?何年そこに張り付いとるつもりや?」

「ゲームの世界なら行けるもん。このゲームのアカウント取った!ほら!」


莉奈は携帯のログイン画面を見せて来た。


「アホか!!お前ホンマに……死ぬ気か?」


その画面は、莉奈の本気を示していた。


それは、莉奈は悠希に本気なのだと十分過ぎるほど理解できた。



「まぁまぁ、今日はもうこんな時間だし、移動で疲れたでしょ?お布団敷いてあげるから泊まって行きなさいね!あなた達のお母さんにもちゃんと連絡しといてあげるから」


男はそう言って部屋を出て行った。


こうして、俺達はこの家に一晩泊まる事になった。


「夕食の準備ができてるわよ。お台所にいらっしゃい。お腹空いたでしょ?」


言われるまま台所へ行くと、ダイニングテーブルに食事が用意してあった。そこは何とも言えない料理のいい香りが広がっていた。


「ほら、座って座って」


俺達はその料理に引き寄せられるように、戸惑いながらも椅子に座った。そういえば空腹でお腹と背中がくっつきそうだ。現実世界ではそう言うらしい。


「嫌ね~!毒なんか入って無いわよ。どうぞおあがり」


俺達が料理を眺めていると、男は冷めないうちに食べるように言った。


「いただきます!」


そう言って料理に手をつけると、味噌汁に煮物、和え物、どれも美味い!


食べるという行為も不思議だ。ゲームの世界では食器類はあるものの、あまり使わない。体力を回復させる役割はあるが、基本的には回復魔法や薬草で十分だ。ゲームの世界では空腹はほとんど無い。


現実世界から持ち込まれた食べ物は多少、味や匂いがあるとは聞く。それはおそらく冒険者の記憶による物だ。俺には食べ物の味や匂いの記憶は無い。


だから、智樹にうまみ棒をもらっても何の味もしなかった。


今は智樹の感じていた味がわかる。現実世界の食べ物は面白い。食べる物によって感じる味や匂いが違う。美味い物を食べた時の何とも言えない幸福感や、満足感もたまらない。


男は茶碗に米を盛りながら言った。


「育ち盛りなんだからたくさん食べてね~!久しぶりのお客さんだから張り切って作っちゃったの!」

「これ、おじさんが作ったんですか?」

「マジか!」


男の料理は意外にもこいつらの母親の料理より美味かった。


ガラの悪いオッサンの割烹着姿はなかなか違和感があったが、その違和感に俺はピンと来た。


「死者の神殿の神官!」

「あ!あのおじさん!」

「アラやだ~!バレちゃった~?そうなの~!あれはアタシを元にしたキャラなのよ~。お買い上げ~!いや……今おじさんっつったな?オイ!」


莉奈は苦笑いしながら、おじさんをお姉さんと言い直していた。


食事の後は入浴だった。


この入浴も未だに慣れない。ゲームの世界では、たまに回復目的で入浴するが……


毎日食事をしたり入浴をして回復するほど、人間の体というものは弱いらしい。汗や息切れ、すぐ傷になるクセに治りは徐々にしか治らない。それが一番面倒な所だ。


そして何より、ここでは貴重な『透明な水』がなんという事のない『ただの水』だと言う事が驚いた。


初めて智樹の体で風呂に入った時には、並々と風呂に入った透明な水を見て、気が狂いそうになった。


それが見慣れた青い水と何ら変わりない事を知った時…………


やはり俺のいた世界は、人によって作られた世界だと思い知らされた。



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