2、あの時の記憶
2、あの時の記憶
初めて『現実世界』という異世界へ行ったのは、子供の頃だった。
ゲームのキャラに、子供時代が必要なのかと訊かれれば少々疑問に思うかもしれないが…………設定されている以上、一応子供時代が存在する。
その頃は、冒険者の相手をする役割はまだ俺には無かった。年の離れた兄達を見て、ゆくゆくは俺もその役割がまわってくる。その事は子供ながらになんとなくわかっていた。
女とベタベタする兄達を見て、嫌悪感を抱いた。何が悲しくてそんな事をしなきゃならない?女なんて全然面白くない。
そう思いながら、俺はあらゆるイタズラをして子供時代を謳歌していた。
そんなイタズラの中で、死者の神殿へ行き冒険者のふりをして『現実世界』という異世界へ行くというものがあった。
それがそもそもの発端だ。
あっという間に泡が全身を包むと、風で泡が吹き飛んだ。すると、一瞬にして自分の姿が消えた。
おそらく俺には冒険者の言う『現実世界』に体が無いからだ。しばらくすると、強い光に照らされて思わず目を閉じた。
恐る恐る目を開けてみると………………そこは………………
自分の生きて来た世界とは、全く違う世界が広がっていた。
見た事の無い建物や服装、乗り物………………
俺はその世界を見て回った。しかし、やはり入れ物が無ければ何一つ触る事はできない。
探した。ちょうどいい入れ物を。
探して、探して、探し続けると、
偶然にも大きな建物の影に、頭から血を流し倒れた子供が倒れていた。それは、魂の抜けかけた子供だった。
「すまないが、体を貸してくれないか?」
「体を?どうやって?」
「中に入れてくれればいい」
その少年は快く承諾してくれた。これは有難い!
中に入ると、この世の終わりかのような苦しみが待っていた。痛みに息ができなかった。
「くるし…………」
しばらくすると、一人の女がやって来て俺を見て悲鳴をあげた。
「きゃああああ!!中村君!!」
どうやらこの少年は『ナカムラ』という名前らしい。するとナカムラの魂が、苦しむ俺に言った。
「ナカムラは名字。名前は悠希だよ」
「ユウキ……?ナカムラ……ユウキ……」
「ユウキでいい」
少年の名は中村 悠希。
それが、YUKとの出会いだった。
女はすぐにどこかへ消えてしまった。ユウキは俺に質問してきた。
「僕はこれから死ぬのに、どうして君は僕の体になんか入ったの?」
それは当然、他に入れる入れ物が無かったからだ。
しかし、こんな事になるとは思わなかった。正直、この凄惨な痛みにかなり後悔した。
それでも、どうしても入れ物が欲しかった。この世界のあらゆる物に触れてみたかった。
それほどこの世界は魅力的だった。
「中村君、しっかりして!すぐに救急車が来るから!」
すぐに来ると言った割には、すぐには何も起こらなかった。永遠かと思うほど長い時間を待った。
その間、俺はその苦しみに耐え、魂の出ないようにもがき苦しんだ。
その後は、痛みで意識が朦朧とした。何人か体の大きな人達がやって来て、不思議な乗り物に乗せ、大きな建物に運ばれた。
そこで、意識を失った。意識を失えば魂はどうなる?俺はまだこの世界にいたい!
「………………ここは?」
気がつくと、何だかカーテンに覆われたベッドの上にいた。
「悠希、気がついた?」
それは、ユウキの召し使いの声だろうか?
「お兄ちゃん、大丈夫?」
ベッドの側から子供の声が聞こえて来た。お兄ちゃん?ユウキの妹か?体を横にしてみると、背中に痛みが走った。
「悠希、まだ動いちゃダメよ」
「動いちゃダメだって。大丈夫?痛い…………?」
そこには、髪の毛を左右半分ずつに分けて結い上げた少女がいた。その目がまるで、水をまとったオーブのように輝いていた。
召し使いの女が大きな態度で言った。
「3階の教室の窓から落ちるなんて、あなた一体何をしてたの?」
こいつは召し使いじゃないのか?
「わからない…………」
「………………わからない?ちょっと、悠希、どうしちゃったの?」
ベッドの横にいた女は怪訝な顔をしていた。
「お前達は………………誰だ?」
俺の一言に、女と子供は顔を見合わせて驚いていた。
その後、白い服を着た男達がやって来て、名前やら年齢やらいくつか質問してきた。
名前だけなら答えられる「ナカムラ ユウキだ」その他は知らない。
すると、男達は女と共に部屋を出て行った。
これで誰もいなくなった!!
チャンスとばかりに体を起こすと、激痛が走った。
「痛っ…………」
「まだ無理しちゃダメだよ」
カーテンが揺れると、さっきの少女カーテンの裏からやって来た。
こうして改めて見ると可愛らしい。小動物の愛らしさに似た感覚かもしれない。
「隣、入れて」
そう言って少女はベッドに入り込み、隣に寝た。そして、俺の手を握ると、嬉しそうに微笑んだ。
その、手の温もりが驚くほど胸に響いた。その触感が……何故か胸の鼓動を急かした。
「あのね、私…………このままお兄ちゃんが死んじゃったらどうしようって思って…………すごくすごく心配だったんだよ?」
ユウキの妹はその目を潤ませ、手を強く握った。
「良かった…………お兄ちゃんが生きてて良かった」
しっかりと繋がれた手に『生きてて良かった』という率直な言葉。
そんな風に面と向かって言われたのは生まれて初めてだった。
「お前、俺が死んだらどうしていた?」
「やだ!死んじゃやだよ!」
「もしもの話だ」
少女は少し考えて言った。
「私も…………一緒に死ぬ」
「そんなに生きていて欲しいか?」
「うん。だって……莉奈、お兄ちゃんの事が大好きなんだもん。ずっとずっとずーっと一緒にいたい」
どうやらユウキの妹は、リナという名前らしい。
しかし………………お前の兄はもう、この世にはいないかもしれない。
気がつくと、ユウキの魂は見当たらなくなっていた。
その心配そうな顔に、本当の事は言えなかった。
「お前を残して死ぬわけがないだろ…………」
「お兄ちゃん!!」
「ぃ痛っ!!」
リナに抱きつかれると、激痛が走った。この激痛が無ければ外へ出て、色々な物が見られるのに……。
外の風景は、見飽きた蒼ばかりの風景だった。早く、早く外の世界へ行きたい。
「リナ、回復魔法は使えないのか?」
リナは少し笑って言った。
「使えるよ?」
「じゃあ、使ってくれ」
「じゃあ、使うね!痛いの痛いの飛んでけ~!」
ん?変わった呪文だ。これで回復したのか?
「効かなかったのかな?じゃあ、こっちは?」
すると、リナはその唇を俺の頬に押し付けた。
「な…………何す…………」
「元気になるおまじない。いつも内緒でやってるのに……どうしたの?」
「それじゃ効く訳が無いだろ?」
リナは少し気を落として、今度はその唇を俺の唇につけた。
「……………………」
何も言えなかった。
俺が無言でいると、莉奈は無言で自分の口を拭いた。
お前が拭くのかよ!!その矛盾に少々納得がいかなかった。
「これなら元気になる?」
これは…………挑発か?
元気になる訳がないだろ?キスは回復呪文でも何でもない。
「これは、兄妹でやっちゃダメだってお母さんが言ってたから内緒にしてね?」
ただ、何だか顔が熱くなって、少し胸が苦しくなった。
そのうち気まずくなって、リナから顔を背けた。
「やっぱり、お薬じゃないと良くならないか……」
リナにそう言われ、少し恥ずかしくなった。
まだ、リナの顔が見られない。
でも…………本気で心配するリナの姿に惹かれた。
俺は平然を装った。兄らしく。とにかく、決してこの胸の音を知られてはいけない。
俺は、リナの兄なのだから。
「でも…………リナ……」
「?なぁに?」
その顔を見ると、何も言えなかった。
「…………ありがとう」
それを聞くとリナは、嬉しそうに微笑んで「良かった」と言った。
今思えばこれが…………俺のファーストキスだった。
この胸の高鳴りを俺はいつまでも忘れる事ができなかった。
異世界に帰っても、ずっと……