19、クローゼットの中から
19、クローゼットから
その晩、何とかヴィトロに入らずに済んだ莉奈を連れて、プルスの智樹と莉奈の家に帰った。
プルスの家に着くと、莉奈はやっぱり一目散にクローゼットの中へ入って行った。
莉奈はクローゼットの中で泣くのが子供の頃からの癖だった。そこへ悠希がよく、うまみ棒という駄菓子を差し入れて慰めに行っていたらしい。そう智樹が教えてくれた。
そのクローゼットは何者も近づかせないオーラが漂っていた。
悠希でもなく、うまみ棒も持たない俺は……そのクローゼットの外で、ただ莉奈の泣き声を聞くしかなかった。
「なぁ……莉奈……」
「あっち行って……」
「これは俺の独り言や、聞き流してもらって構わんわ」
自分でも、何を言いたいのか明確ではなかった。ただ、莉奈がこれ以上苦しむ姿は見たくは無くて……
「悠希は諦めて……俺にしたらどうや?」
そんな事を口走っていた。
「……………………」
莉奈はしばらく黙った。静かになった寝室に、小さな涙声が聞こえた。
「それ……聞き流せるわけないよね?」
どうやら、少しは効果があったようだ。
「そういえば、私を好きになるとかアホみたいに宣言してたけど……」
「アホ言うな」
俺は以前、莉奈におかしな告白をした。
『これからお前を心から愛するっちゅうとんねん!』
「それ、本気?」
「本気や。ようわからんけど……砂漠で『本当に愛しているのは誰だ?』っちゅう質問。あれの答え、お前の答えを聞いてから……なんやろうな?モヤモヤしてもうて……」
智樹に相談したら、それは嫉妬だと智樹に笑われた。嫉妬……?これが嫉妬?
「お前の顔を見たいような、見たないような……」
すると、莉奈はクローゼットの中で声をあげて笑った。
「あははははは!あの時の答え、ちゃんと聞こえてなかったでしょ?」
「いや、聞こえたで?『お兄ちゃん』って答えてたやろ?」
「ああ、でも少し違う。私が答えたのは『子供の頃、学校の窓から落ちて怪我で入院してた時のお兄ちゃん』って答えたんだよ」
違う。それは悠希じゃない。
それは………………俺だ。
莉奈はクローゼットからゆっくりと出て来て、俺の顔を見て話し始めた。
「昔はね、お兄ちゃんは凄く優しくて、こっそりほっぺにチューしても嫌がらなかったんだよ?だから、私はお兄ちゃんの特別なんだって勘違いしてた」
それは勘違いだ。莉奈は知らないがあの時、俺と悠希は入れ替わっていた。
自分の中に、なんとも言えない喜びが腹の底から沸き上がって来るのがわかった。
本当に愛しているのは誰だ?
莉奈は『お兄ちゃん』と答えた。
だけどあの時病院で過ごしたのは、紛れもなく俺だ。悠希じゃない。
「あ~あ、なんや、長時間クローゼットの前にいたら足が痛いわ。莉奈、回復魔法かけてみ?」
「空の青さ知るは……」
「ちゃうちゃう!そっちやない。こっちや、こっち」
俺は自分の頬を指差した。
「それ…………どうして……?その事、お兄ちゃんから聞いたの?」
「さぁな」
自分の顔がほころぶのを止められなかった。
「何?ほっぺにチューなんてしないからね?」
「なんや、ケチ臭いな。なんなら口にしてもええんやで?」
「バカじゃないの?」
俺はその手を引いて、莉奈をクローゼットから引き出した。
莉奈はもうすっかり笑顔だった。しかし、少し不安な顔をして下を向いた。
「ねぇ、ラル……私は、偽善者でいちゃいけないのかな?」
俺は笑顔で答えた。莉奈が安心出きるように、明るく自信を持って。
「お前はお前でいればええんや。俺は、そのままのお前を愛してるんや」
「ラル……」
俺達は、しばらく見つめ合った。そして、俺が莉奈の唇にそっとキスをしようとすると…………
「大変だよ二人とも!」
1階から智樹の声が聞こえて来た。
「プルスの街にゾンビが大量発生した!」
「ゾンビ!?」
「それ、アンデット!?街の人達が危ない!急ごう!ラル!」
俺達は慌てて1階へ降りて行った。
莉奈をクローゼットから出すのは、もう悠希じゃない。
これからは俺が、莉奈の手を引く。
それは、険しい道の始まりだった。
そして、事は思わぬ方向へ転がり始めた。
外に出て戦うと、以前とは違い俺達のレベルではもう十分にアンデットと戦える強さになっていた。
プルスの街にアンデットが溢れ、人々を襲っていた。その一匹一匹を少しづつ倒して行くと、次第に城へ近づいた。
「これって魔王の侵略?」
「このアンデットは魔王の手下じゃない」
魔王のアンデットは骸骨だ。これはゾンビ。肉がある。基本的に魔王が操るのは、いかにもな黒いローブをまとった骸骨だけだ。このゾンビ達は………………
「こいつらは死者の国から来たアンデットだ」
つまりこれは……人の真の魂の姿。
どうしてプルスの街にこんなに?
すると、智樹が何かに気がついた。
「このゾンビ達、何かを探してるように見えるよ?」
「何を探してるんだろう?」
「何を探しとるか知らんが、こいつら手当たり次第殺そうとしてくるわ!」
その時は……ただ漠然と戦っていた。次第に気がつき始めた。
こいつら、もしや莉奈を狙っている?
城には多くの冒険者達が戦い、集まって来ていた。俺達は中に入ると、王座にいる親父に話を聞いた。
「これはどうゆう事や?」
「エメラルド!お前こそ今までどこへ行っていた?冒険者になったとはどうゆう事だ?」
あれ?もしやリーリア、冒険者の称号親父からくすねて来たのか?
「ふざけるな!お前はこのプルスの王子であろう?」
「王子でも冒険者でも無いわ!ここの製作者や!」
「製作者!?お前が製作者ならば、この騒ぎの原因が何なのかわかるのであろうな?」
それは………………
「おそれながら申し上げます。あれはおそらく、そちらの冒険者様を探しているようです」
王座の間に1人の男が入って来て、王の前で膝間付いた。その男はかなり背が高く、目付きの悪い男だった。その目付きは覚えがある。俺に興味の無い、王子達の教育係だった、ターコイズ。
「そちらってどちら?私?智樹?」
「あなたです」
「私!?」
ターコイズはこのゾンビを操る死者の国の者の言葉を聞いたらしい。
「現実世界に肉体を残し、この世界で1度も命を落とした事の無い者を探していると」
「そんなもん、莉奈以外にもおるやろ?」
「そうです。しかし、見つかるまでこの世界のあらゆる場所でこうやって探し続けるそうです」
つまりは…………莉奈を差し出せと?
「だから何や?ゾンビを全滅させればいいだけの話やろ?」
「それではゾンビの全滅前にこちらが全滅してしまいます」
俺は莉奈の腕を掴んで自分の部屋へ向かった。
「待ってよラル!どこへ行くの?」
「とりあえず俺の部屋へ逃げるぞ!」
「ラル?」
莉奈を自分の部屋のクローゼットに入れて、閉じ込めた。
「ちょっと、ラル!何してるの?」
「お前はここに隠れてるんや」
「待ってよ!ここから出してよ!」
莉奈はクローゼットのドアを叩いた。
「俺は莉奈をどこへもやりたく無い。俺の知らん所で辛い思いや悲しい思い……ましてや殺されたりなんかすんのは絶対に嫌や!ずっと……ここに閉まって置きたいんや」
「ラル、わかったよ。ちゃんとわかってる。ラルが私を大切に思ってくれてるって事。だけど……こうしてる間にも、私のせいで誰かが命を奪われてると思ったら……私はここにはいられない」
わかってる。莉奈なら……そうやって自ら自分を差し出すと思っていた。
「ラル、お願い。私は私らしくいたい。ねえ、ほら、さっきみたいに私をクローゼットから出してよ」
「そんなん……ずるいわ……」
俺は、押さえていた手をクローゼットから離した。それは、莉奈の手を離すのと同じ感覚だった。
「ありがとう。お礼に、回復魔法かけてあげる」
莉奈はそう言って、俺の頬にキスをした。
「な……この方が超回復や」
そう言って俺は莉奈の唇にキスをした。
「これ、アイテムシェアだよね?HPゲージ全回復したみたい……」
「アホか、そら愛の力やろ」
俺は赤い顔を隠していた莉奈に手を差し出した。
「行くで?たとえお前が死者の国に連れて行かれても、俺が絶対守ったる」
莉奈は笑顔で俺の手を取って、クローゼットから出た。
本当は……本当に、クローゼットから出したくは無かった。




