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桜色の頭 ~人間と魔族と謝礼金と~  作者: 管澤捻
アイドルに興味はないが、そこに付随する金には興味がある。
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アイドルに興味はないが、そこに付随する金には興味がある。(1)

 轟家敷地内にある道場。

 畳が敷き詰められた六十畳の床に、高さ五メートルの天井と、一間としては敷地内で最も広いその場所に、二人の女性が立っている。


 一人は轟凛。

 轟家の現当主にて、齢三十三となる妙齢な女性。

 桜色の髪の毛を後頭部でまとめ、眼帯に隠れていない左碧眼に鋭利な眼光を浮かべ、前方を見据えている。


 一人は轟桜。

 轟家の次期当主にて、齢十二となる幼き少女。

 母親と同様に、桜色の髪の毛を後頭部でまとめ、碧い両眼を緊張に締めて、前方を見据えている。


 二メートルほどの距離を空け、お互いに向かい合う母娘。

 二人の手には竹刀が握られており、その竹刀の先端が互いの心臓に向けて構えられている。


「来なさい、桜」


 母親からの指示。

 桜は細く呼吸を吐き出すと、床を滑るようにして、音もなく右足を踏み出す。

 一息の間もなく接近。

 脇に引いた竹刀を、相手の喉元めがけて突き出す。


 桜の竹刀が、母親の竹刀により弾かれる。

 パンッと軽い音が鳴るも、その衝撃はすさまじく、ともすれば弾かれた竹刀が、道場の端にまで飛んでいってしまいそうだった。

 桜は態勢を崩さぬよう、体を捻り衝撃を吸収。

 そのまま母親の腹部に回し蹴りを見舞った。


 母親の腹部に桜の踵がめり込む。

 それと同時に、桜は自身の失態を悟った。

 この蹴りは母親が自分にわざと打たせたもの。

 それを理解した時には、桜は蹴り足を母親に掴まれ、無造作に放り投げられていた。

 竹刀を胸に抱え、畳の上を転がる。


「貴方は行動が素直すぎます」


 母親からの忠告。

 桜は立ち上がると、竹刀を再び前方に構え直し、畳を蹴る。

 母親との距離が瞬く間に詰まり、互いの攻撃が届く領域に侵入した。


 母親が片手に握った竹刀を、予備動作もなく振り上げて、高速に振り下す。

 桜は咄嗟に足首を捻じり、半身になって母親の竹刀を躱した。

 そのまま体を回転させながら、母親の死角となる右側面へと潜り込み、無防備な母親の脇腹に向け、竹刀を横なぎに振るう。


 決まったと、そう思った。

 だが桜の振るった竹刀は、素早く逆手に構え直された母親の竹刀に、またも軽々と弾かれる。

 思わぬ反撃に体をよろめかせる桜。

 道着の襟を母親に掴まれ、まるで桜の体重など何も感じていないように、ポイっと片手で放られる。


 畳に背中から落下する桜。

 受け身には成功したものの、せり上がった横隔膜により肺が絞られ、大量の空気が口からこぼれた。

 咳き込む桜に、母親が小さく息を吐く。


「動きに無駄が多い……足運びや体の捌き方を含め、基礎を疎かにしているからですよ」


「……申し訳ありません、お母様」


 桜はふらりと立ち上がると、道場の中心にまで移動して、竹刀を置いて正座をした。

 母親もまた、桜の対面に移動して、竹刀を置いて正座をする。


 互いが前方に手を添えて一礼。

 母親の厳しく引き締められていた表情が、ふと和らぐ。


「しかし筋は悪くありません。

 真面目に精進すれば、私などすぐ追い抜けますよ」


「そうでしょうか?

 技術ももちろんですが、お母様とは根本的な力に差があります」


「単純な力については、あまり深く考える必要はありませんよ」


 母親が右手を持ち上げ、自身の右目を隠す眼帯にそっと触れる。


「いずれ貴方が受け継ぐ力なのですからね。

 もちろん最低限の体力は必要ですが……」


「……その力を受け継げば、私もお母様のようになれるのでしょうか?」


「そうなるでしょう。

 轟家の家系は()()()()()()する傾向が強いですから」


 母親の言葉に、怪訝に眉をひそめる桜。

 母親が一度首を傾げ、「ああ」と頷く。


「そう言えば、貴方にはまだ魔導属性についてお話をしていませんでしたね。

 いい機会ですし、簡単に説明しておきましょうか」


 頷く桜。

 母親が眼帯に隠れていない左碧眼を一度瞬かせ、話を始める。


「轟家のような例外を除き、魔力とは基本的に魔族にのみ備わる力です。

 というより、魔力を備えた存在の総称が、魔族であるというのが正確ですが……最近ではその境が曖昧になっていますね。

 何にせよ、魔力とはその所有者に特別な能力を授けるものです」


 ここまでは桜も理解している。

 黙して耳を傾ける桜に、母親が淀みなく話を続ける。


「その特別な能力というものは、個体により様々ですが……特色に応じて、大きく五つの属性に分類されるのが一般的です。

 それはそれぞれを色に当てはめ――」


 一呼吸の間を挟んで、母親が言う。


「『赤魔導』、『青魔導』、『緑魔導』、『黒魔導』、『白魔導』と呼ばれています」


 赤青緑黒白。

 単純な話だ。

 言葉なく頷く桜に、母親が指を一本立てる。


「赤魔導とは、単純に身体機能を向上させる能力です。

 この属性に関しては、使い手による差異は余りなく、純粋に魔力の総量でその性能の大小が決定します。

 先程も申し上げましたが、我が轟家はこの魔導属性に覚醒する傾向が高く、私も例外ではありません」


 母親が二本目の指を立てる。


「次に青魔導ですが、こちらは物理現象に干渉する能力です。

 単純なところでは、水や炎を操作するという具合ですね。

 こちらは使い手により、干渉できる物理現象が異なる場合がほとんどです。

 自身の体そのものを、その能力により保っている魔族もいますね」


 母親が三本目の指を立てる。


「緑魔導とは、青魔導の真逆、つまり精神に干渉する能力です。

 使い手が非常に少ない属性ですが、その危険性は赤青の属性に比べて突出しています。

 精神の干渉を防ぐことは誰にもできませんからね。

 対生物においては、無敵ともなれる属性です」


 無敵。

 自身にとって最強たる母親から出たその言葉に、思わず唾を呑み込む桜。

 順番に指を立てていた母親が、四本目と五本目の指を同時に立てた。


「最後に、黒魔導と白魔導ですが、これはそれぞれが、消滅と創造を司る能力です。

 他の三属性である赤青緑とは趣が異なり、黒白で互いに対を成しています。

 これもまた、非常に強力な能力となりますが、あまり気に掛ける必要はないでしょう」


「……それはどうしてですか?」


 桜の率直な疑問。

 母親が「単純な話です」と、全ての指を立てた右手を膝に落とす。


「使用者がいないからです。

 私の知る限り黒魔導については、二百年前に現れたのを最後にして、現在までその使い手の存在が確認された記録はありません」


「二百年前――?」


 桜の無意味なオウム返し。

 母親の眼帯に隠れていない左碧眼が、鋭く細められる。


「その黒魔導の使い手は、強大な力を持つ魔族でした。

 種族名は魔王族(アラン)――」


 目を驚愕に見開くサクラに、母親が「その通りです」と、小さく頷く。


「二百年前に人類と敵対した魔族の長――魔王こそが唯一の黒魔導の使い手でした」


==============================


 自治都市クレオパス。

 その一画にある、周囲の建物と比較して一際大きな屋敷。

 そこは、クレオパスの議会議員にして、財界にもその名を連ねる、ルーズヴェルト家の邸宅だ。


 ルーズヴェルト家の家長。

 ハーマン・ルーズヴェルト。

 年齢は三十代後半。

 金色の髪と金色の瞳を持つ、整った顔立ちをした男だ。

 一見して優男にも見える彼だが、その引き締められた瞳や唇からは、彼の内心に湛えられた強い意志と信念が覗き見えている。


 だがそんな彼も、最愛の息子であるハル・ルーズヴェルトの失踪から二日が経ち、憔悴を隠し切れないようであった。

 自室のベッドに腰掛けた彼が、力なく呟く。


「……すまない、よく意味が理解できなかった。

 もう一度話してくれないか?」


 ハーマンの言葉に、クレオパス支部教会教会長ダンカン・スコールズは再び口を開く。


「……まことに申し上げにくいのですが、ご子息と思しき少年の身柄を、ヨディス支部教会が昨夜に確保したようです。

 ただし、今朝にはその行方を見失ったとのことで……」


「確保して……見失った?

 どうしてそうなった?

 そもそも、確保したのならなぜ私に連絡が届いていないんだ?

 深夜のため遠慮したなど、そんな馬鹿な話ではないだろ?」


 昨日はダンカンに対して、冷静な対応をしていたハーマンも、さすがに苛立ちを隠せずにいた。

 ダンカンは「もちろんです」と頷き、ことさら丁寧な口調で話を続ける。


「状況が少々複雑なのですが、昨夜にその少年の身柄を確保した段階では、その少年がハーマン様のご子息とは、考えられていなかったそうです」


「……どういう意味だ?」


「それが……昨夜に、盗んだ硬貨を使用したとして連行された者がいたのですが、その者の連れに、少年がいたようです。

 事件を担当した教会員は、ご子息の捜査からは外れていたので、少年がハーマン様のご子息であることに、その時点では気付かなかったと――」


「ま……待ってくれ。

 また分からなくなった。

 その連行された者の連れに、私の息子がいたと?

 しかし昨日の話では、私の息子は魔族に誘拐された可能性が高いと……」


「何とも不思議な話ですが……そのように報告を受けています。

 その連行された者の連れには、ご子息と思しき少年の他に、サングラスとマスクで顔を隠した、大柄な男もいたようで、その者がクロラス森林を縄張りとする、餓鬼族だった可能性もありますが」


「その連行されたという者は、魔族ではないのか?」


「少なくとも、一見は人間のようです。

 人間の若い女性ですね。

 もっとも、魔族の中には人間の姿に擬態する種族もいるので、一概には断定できないのですが」


 何とも曖昧な口調で説明するダンカンに、ハーマンが口をヘの字に曲げる。


「……それで、その連行した者達が、今朝になって姿を消してしまったと?」


「はい。

 昨夜は一人の看守が牢の見張りに付いていたのですが、いつの間にか眠りに落ちてしまい、目が覚めた時には、牢の中からその者達の姿が消えていたと」


「牢?

 まさか私の息子を牢屋に閉じ込めていたというのか?」


 ハーマンの荒げた声に、ダンカンは内心で自身の失言に舌打ちをした。


「……昨夜の段階では、まだその少年の正体に気付いていません。

 ご容赦ください」


「……しかし看守が一人で見張りとは、もっと人員を割けなかったのか?」


「その問題については、ハーマン様もよくご存じのことと思いますが……」


 ダンカンは瞳を僅かに尖らせる。


「ここカッサンドラ地方は、自治都市クレオパスの影響を強く受けています。

 自治を運営規定とするこの地方では現在、治安維持を教会と自警団との、二つの組織により実現しています。

 しかしそうであるがゆえに、教会としての力は決して強いものではないのです」


 ダンカンの説明に、ハーマンが渋い顔で押し黙る。


 自治を運営規定とするカッサンドラ地方においても、犯罪者への処罰や立件は、基本的に中央政府に従属する教会にしか権利を与えられておらず、議会公認の自警団であろうと、それを代理運営することはできない。

 だが犯罪者の一時的な拘束や、危険回避のための武力行使については、自警団にも一定の権利が与えられている。


 業務の一部を自警団に委託できるため、カッサンドラ地方の教会は、他地方に比べてその人員や予算が大幅に削られている。

 そのため、教会の力が十分ではないのだ。


 カッサンドラ地方は、完全な自治を目指している。

 ゆえに議会は、教会を段階的に縮小していき、教会が現在独占している権利を、いずれ自警団に移していきたいと、考えていた。

 そしてそれを積極的に推進してきたのが、議会でも発言力の強いこの男――


 ハーマン・ルーズヴェルトなのだ。


 教会の力を削いできたのは、紛れもなく自身であり、その影響により、最愛の息子を救い出すのに、こうも手間取っている。

 その事実を突きつけられたハーマンの心情とは、いかなるものか。

 少なくとも、苦虫を噛み潰したような顔をする彼の表情からは――


 後悔のようなものが見て取れる気がした。


 ダンカンは一度咳払いをして、話を本題に戻す。


「その姿を消した少年が、ハーマン様のご子息ではないかと判明したのは、牢から逃げ出した者達の特徴が、教会内部で連携された今朝になります。

 まだ確定したわけではありませんが、教会としてはその者達の行方を優先的に捜索していくつもりです」


「……どうやって探すんだ?

 そもそも昨日の話では、クロラス森林から連れ出される息子を、確保するということだったはずだ。

 息子が森の外に居たいというのなら、教会は連れ出される息子を見逃したということだろう?

 言い方は悪いが信用できるのか?」


「昨日も申し上げましたが、昨日の話は私の推測が多分に含まれています。

 他に手掛かりがないゆえ、それを事実と仮定して動いたにすぎません。

 恐らくクロラス森林に連れ込まれたということ自体、誤報だったのでしょう」


 不信感を覗かせるハーマンにそう説明し、ダンカンは今後の対策について続けて話す。


「現在、教会が各街の入口を見張っています。

 ご子息と思しき少年と行動を共にしているという者達の、その人相を各地に伝え、疑わしい者が街に近づけば拘束する手筈です」


 そう説明を終わらせると、ダンカンは「今度こそ大丈夫です」と大きく頷いた。


「特徴だらけの連中ですからね、すぐに見つかるでしょう。

 それこそ連中が、()()()()()()()()()()()()限り、教会の検問を突破することなどあり得ません」


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