全ての法律は、私の都合の良いように捻じ曲げられるべきだ。(1)
とある昼下がり。
カコンと、ししおどしの音が鳴る。
溜池に小石を投げるかの如く、その涼やかな音は庭園に波となり広がり、本邸にまで己が存在を届かせた。
庭園と隣接する茶の間。
二十畳の畳が敷かれたその部屋に、轟桜はいた。
桜の目の前にあるテーブル。
そこに置かれた、二本の串団子と緑茶の注がれた湯呑み。
丁寧に足を畳んで正座した桜は、湯気の立つ湯呑みを手に取り、流麗な所作で湯呑みの縁に唇をつける。
するとここで――
「貴方は、『お金』というものを、どう考えていますか、桜?」
彼女に問い掛ける声が鳴る。
桜は湯呑みをテーブルに戻すと、左右の碧い瞳を一度瞬かせた。
テーブルを挟んだ向かいには、彼女と同じ桜色の髪を持つ、女性が座っている。
「お金……ですか、お母様?」
女性――自身の母親にあたる轟凛に、桜はオウム返しに尋ねた。
右目を眼帯に隠した母親が、眼帯に隠れていない左碧眼を瞬かせ、改めて問いを言い直す。
「もちろん、商品を購入する際に支払うもの……というような用途を問うているわけではありませんよ。
私が貴方に尋ねているのは、そのあり方――つまり存在意義です」
母親からの質問に、桜は僅かに眉をひそめると、口を閉ざして思案する。
母親もまた口を閉ざし、桜の答えを待った。
茶の間を包み込む二人の沈黙。
庭園より聞こえる、樹々の風に揺れる音や、ししおどしの濁りない音だけが、部屋の空気を微かに揺らす。
三十秒ほど経つ。
桜は碧眼をゆっくりと閉じて、再びゆっくりと開く。
「物の価値を定めた指標とか……そういうことでしょうか?」
桜の答えに、母親が微笑みを浮かべる。
「それも確かに適切な答えです……しかし的を射たものとは言えませんね」
母親は、自身の目の前に置かれた湯呑みを手に取り、その縁に唇をつける。
一切の音を立てずに茶を一口飲むと、まるで映像を逆再生するように、湯呑みをテーブルに戻した。
「元来、自分の所持していない物を得るために利用されていた手法は、物々交換が一般的でした。
自分の商品と相手の商品を、お互いの同意のもと交換するわけですね。
その手法はとても合理的であり、私達の生活を支える仕組みとして、長くありました」
母親の言葉に頷く桜。
彼女の同意を確認し、母親が小さく頭を振る。
「しかし時が経つにつれ、人は物質以外の存在にも価値を見出すようになります。
それはつまり、時間や労働力、或いは思想や知識に至る、物理に依存しない資源です。
ですが物理的に存在し得ない以上、本来それは物々交換で取り扱う商品とはなりません。
ゆえに人は、物質として存在しない資源を、物質に換算する新たな仕組みを必要としました」
「……それがつまり?」
「貨幣制度……『お金』というものです」
母親の言葉に、再び頷く桜。
母親は微笑みを浮かべたまま、口調を僅かに強める。
「桜。
貴方が何気なく手にしているお金もまた、換算された資源です。
それはとても貴重であり、決して蔑ろにして良いものではありませんが、あくまでその本質は、物々交換で取り扱う商品と変わりないものなのです」
母親が眼帯に隠れていない左碧眼の瞼を閉じ、小さく息を吐いて、再び瞼を開く。
「お金には魔力があります。
その魔力に狂わされた人は、お金の本質を忘れ、それを自身の価値だと思い上がります。
しかしそれは誤りです。
お金とは、自身が取り扱う商品であり、それ以上でも以下でもありません。
必要以上に所持する必要もなく、意味もありません。
貴方の身の丈に合う金額を自身で見極め、所持するよう心がけてください」
母親が淀みのない所作で、テーブルに置かれていた串団子に手を伸ばす。
団子についたみたらしが垂れないよう、丁寧に団子を口元に運び、ぱくりと団子を頬張った。
無言で団子を咀嚼する母親。
その姿を暫し眺めて、桜は無表情に落胆する。
どうやらお小遣いの値上げ交渉には、失敗したようだ。
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カッサンドラ地方の東部にあるクロラス森林。
餓鬼族が縄張りとするその森を抜け、街道に沿って暫く歩いていくと、クロラス森林に近接する街――
商業都市ヨディスに辿り着く。
港町からもほど近く、またカッサンドラ地方の中心的な街、自治都市クレオパスまでの通り道に位置しているその街は、宿泊や物資補給などの、旅における中継地点として頻繁に利用され、そしてそれに伴う商業の広がりにより、大きく発展を遂げてきた。
その商業都市ヨディスの一画にある、大衆食堂アシュリー・クーパー。
旅人や観光客、そしてヨディスで商売をする商人などが集い、活気に満ちたその店に――
何ともご機嫌な女性の声が上がる。
「きたきたきたきた!
大金をせしめるビジネスチャアアアアアアンス!」
恥も外聞もない、溢れるような欲望を剥き出しにして放たれたその言葉に、店で食事を楽しんでいた大勢の客が、声の主に思わず振り返る。
目を丸くした大勢の視線の先には、ジョッキを掲げて、椅子とテーブルに片足を乗せた、薄紅色の髪の女性――
サクラ・トドロキがいた。
サクラはジョッキを一息に煽ると――中身はピーチジュース――、「ぷはあ」と大きく息を吐き、カラカラと笑い声をあげた。
陽気に笑うサクラを眺めていた周囲の客。
その視線が、何やら可哀想なものを見るような気配を浮かべて、次々と彼女から離れていく。
高らかに哄笑するサクラに、彼女と同じテーブルに着いた大柄の男が、ぼそりと言う。
「姐さん。
あまり周りの注目を集めるのは得策じゃない。
少し落ち着いて――」
「これが落ち着いてなどいられるか!」
男の言葉を一蹴し、サクラはテーブルから足を下して、ドカンと椅子に座り直した。
乱れた着物を適当に指先で直し、眼帯に隠れていない左碧眼で同席している男を見やる。
フード付きのマントで体を覆い、サングラスとマスクで素顔を隠している男――正確には男のような野太い声をした者――。
渋い顔をするその男に、サクラは唇を曲げる。
「これは想像を絶する大金を手に入れる、またとない機会だ。
上手くことを運べば、これまでのように間抜けな餓鬼族から金をせしめなくとも、優雅な生活を送ることができる」
「間抜けな餓鬼族って……それを餓鬼族である俺に言ってしまうんだな、姐さん」
溜息を吐く男。
その正体は、クロラス森林を縄張りとする餓鬼族の頭であるゴードン・ゴブリンだ。
人間の街に出向くにあたり、マントやサングラス、マスクなどで変装した彼だが、正直かなり無理があるため、注意深く観察されれば見破られることだろう。
それを今更ながら意識して、サクラは声の調子を僅かに落とし、ゴードンに言う。
「言うぞ。
きっぱりと。
お前ら餓鬼族だって、人間から金を強奪していただろうが」
「それを言われると……ぐうの音もでないな。
俺の管理不行き届きに違いない」
「だが心配するな。
もうそんな泥臭い真似をして小銭を稼ぐ必要なんてなくなる。
これからはしみったれた森になど入らず、泥でブーツを汚すこともない。
綺麗な着物に美味い飯を食って、日がな一日、地ベタを這う庶民を見下して嘲笑う日々が私を待っているんだ」
「あまり健全な日々とは思えないが……」
「なぜだ!?
貧乏人をこけおろし、侮蔑の視線を投げつけるのは、成功者の仕事だろ!?」
サクラの語る、ごくごく平凡な一般論に、なぜかゴードンが難色を示す。
「金などいらない……とはいわない。
餓鬼族も森の薬草や香草を集めては、それを売却して生活費を稼いでいるからな。
だが最低限の金さえあれば、それ以上は不要だろう」
「何だお前は!
魔族のくせにお母様みたいなことを言いやがって!」
サクラはバンバンとテーブルを叩くと、目を吊り上げて力説した。
「最低限の金なんて言葉はない!
金が不足することはあろうと、余るなんてことはあり得ないんだよ!
どんなおべんちゃら並べようと、金がないと人は幸せになどなれん!」
「いやしかし姐さん――」
「ていうか何だ、その姐さんてのは!?
気色悪いからその呼び方を止めろ!」
またバンバンとテーブルを叩くサクラ。
ゴードンが困り顔で、頬を指先で掻く。
「そうもいかん。
俺は姐さんとの喧嘩に敗北したんだ。
頭である俺を破った以上、姐さんには今日から餓鬼族の新しい頭として、皆を引っ張ってもらいたい」
「はあ?
冗談言うな。
お前ら魔族の低俗な上下関係に、富裕層の私を巻き込むな。
私は孔雀の羽を毟って扇子を作ったり、鰐を捌いて鰐革のカバンを作ったりで忙しいんだ」
「……富裕層とは、そのような高価な物品を自分で材料から調達するものなのか?」
「え……違うのか?」
思いがけないゴードンの指摘に、きょとんと目を丸くするサクラ。
その時――
「お待たせ。
トイレが込んでいて遅くなっちゃったよ」
サクラとゴードンが座っている席に、一人の少年が近づいてくる。
金色の巻き毛に金色の瞳をした、一見して身なりの良い少年だ。
ウサギを模したリュックサックを背負ったまま、サクラの隣の席に座る少年に、サクラは「おお」と表情を華やがせる。
「戻ってきたかハル――いや、私を天へと押し上げる、『金のなる木』よ」
「……姐さんは正直すぎる」
手のひらに顔を埋めるゴードン。
サクラの話した言葉の意味が分からないのか、少年――ハル・ルーズヴェルトが、きょとんと小さく首を傾げた。
疑問を素直に表現する少年に、サクラは「何をとぼけているんだ」と、カラカラと笑う。
「ゴードンの奴が、お前をさらった餓鬼族から事情をあらかた聞き出したんだ。
それで驚いたんだが……ハル。
お前ってあのハーマン・ルーズヴェルトの息子なんだってな」
「ん?
そうだよ。
あれ?
ボクのお父さんのこと知ってるの?」
目をパシパシ瞬くハルに、サクラは「知ってるも何もないだろ」と肩をすくめる。
「ハーマンと言えば、自治都市クレオパスの議会議員の名前だ。
クレオパスはカッサンドラ地方の中心的都市で、その議員たるハーマンの発言力は、地方全域に及ぶほどだぞ」
サクラの言葉に、ゴードンが悩ましげに眉根を寄せて、ハルを見やった。
「……俺は人間社会をよく知らんが、ハル君のお父さんはそんなにもスゴイ人物なのか?」
「うーん……ボクもよく分かんない。
いつも仕事で忙しそうではあるけど……」
ゴードンのみならずハルまでもが、ハーマンという男の価値を理解していないらしい。
サクラはやれやれと小さく頭を振ると、「いいか?」と人差し指をピンと立てる。
「ハーマン・ルーズヴェルト。
自治都市クレオパスの議会議員にして、財界にも名を連ねるビッグネームだ。
その総資産額は都市の年間予算にも匹敵し、それだけに議会でも彼の意見は特に重要視されている。
中央政府にすら一定の影響力を持っているほどだ」
「……そうか。
とにかく人間社会にとって、その者が大物であることは理解した」
ゴードンが力なく呟き、肩を落として大きく溜息を吐く。
「その子供を、うちの餓鬼族がさらったということか……何てとんでもない真似を……」
「まあ……とんでもないな」
サクラは冷淡にそう告げると、立てた指をピコンと曲げて、ゴードンを指差す。
「この実行犯が他国の人間なら、間違いなく国際問題に発展しかねない重大事だからな。
その関係性が国どうしではなく、人間と魔族となれば、迎える結末はひどく単純だ」
「……騎士軍による魔族への報復か?」
ゴードンの絶望的な呟きに、サクラは気楽な調子で頷いてやる。
人間と魔族の関係は、触れれば簡単に切れてしまう、張り詰めた糸のようなものだ。
二百年前に人類に牙を剥いた魔族。
二十年にも及ぶ人間と魔族の抗争は、人類の勝利にて幕を閉じることとなる。
それ以降、魔族が人類の直接的な脅威として現れたことはない。
長い時間も経ち、当時の戦争を直接知る人間もこの世を去っている。
だがそれでも、人間が魔族に抱く印象は、その当時ほどではないにしろ、決して友好的なものではない。
それは、魔力に起因した魔族の闘争本能における危険性や、犯罪行為を繰り返し行う魔族が一定数いることも原因としてあるのだが、抜本的な問題として――
異なる種族だという、決して相いれない関係性が、両者間にあるためだ。
現在、人類は教会に属する騎士軍を含め、魔族を圧倒するだけの軍事力を得ている。
だがその軍事力を以って、魔族を殲滅しようとする動きはない。
それは、戦争を再び起こさないようにとの人類の考えでもあるが、二百年前より以降、徐々に良識ある魔族も増えてきたことで、彼らにも最低限の人権を与えようと、社会に働きがあったためだ。
だがその人権とは、偽りなく最低限のものとされている。
仮に人間と魔族とが同じ罪を犯しても、魔族に下される処罰のほうが一般的に重く、さらに魔族に対しては、犯罪者のみならず、その身内をも処罰の対象とするなど、理不尽な処置も公然と行われる。
その魔族が、人間の子供を誘拐するという重罪を犯した。
それだけでも、ひどく厳しい処罰が予想されるのだが、さらにその誘拐された子供が、中央政府とも関係を持つ者の親族ということで、この誘拐事件は政治的にも強い意味を孕んでしまっている。
最悪この事件は、魔族からの人類に対する、宣戦布告とも捉えられかねない。
そうなると、これはただの犯罪では済まされない。
実行犯の餓鬼族のみならず、カッサンドラ地方に生息する全ての魔族が、処罰の対象となることだろう。
だが当然ながら、それを魔族が素直に受け入れるはずもない。
大規模な人間と魔族の衝突が起こり――
二百年ぶりの戦争が始まる。
サクラと同じことを考えているのだろう。
サングラスとマスクに隠れたゴードンの表情が、どんよりと曇りを帯びていく。
大きく唾を呑み込み、ゴードンがか細く言う。
「姐さん、どうすればいいと思う?」
「知るか。
お前達魔族の問題だろ」
素っ気なくそう告げると、サクラは両手をパチンと合わせて、舌をペロッと出す。
「ごめんちゃい♪てへぺろ。
とでも言ってみたらどうだ?」
「それを言えば助かるのか?」
「助かるか馬鹿」
「姉さんは俺達の頭じゃないか!
ふざけてないで、真剣に考えてくれ!」
ごつい顔を歪めるゴードン。
サクラは出した舌を引っ込めて、払うように手を振る。
「さっきも言ったが、私は餓鬼族の頭になんかなる気はない。
お前達の始末はお前達が勝手につけろ。
私は根無し草だ。
この地域で戦争が起これば、別の地域に逃げ込むさ」
「そんな冷たいこと言わずに――」
「うるさい黙れ!
私は大事な大仕事があるんだ!
お前達になど構っていられるか!」
「え?
サクラお姉ちゃんって、なんか仕事をしていたの?」
ハルが意外だと言わんばかりに、金色の瞳をまん丸に広げる。
当たり前のように無職と思われていたことは不愉快だが、サクラはその不満を押し隠し、ハルにニコリと微笑む。
「何を言っているんだ、ハル。
私はお前を家族の元へ送り届けるという、宿命を背負っていることを忘れたのか?
一分一秒でも早く、親御さんに会わせてやるからな」
「そうだっけ?
あれ、でも前は一人で教会に行けって、お姉ちゃん言ってなかった?」
小さく首を傾げるハルに、サクラは腕を組んで、威風堂々とすっとぼける。
「言ってない。
言うわけがない。
その言葉を口にしたら、私は自爆する仕組みだ。
というか教会には絶対に近づくな。
私の手柄を横取りされる――もとい、連中は誘拐された年端もいかない子供を見ると、発狂して子供を地面に埋める習性があるからな」
「へえ、そうなんだ」
丸くした目をパチパチと瞬かせるハル。
サクラは胸を張り、大きく頷く。
「間違いない。
何かこう……ペペロンチーノ……?
とかいう学者が文献に記していた。
そしてその文献にはこうも記されている。
誘拐された少年は、家族と再会したその時に、『サクラお姉ちゃんが人類滅亡的な危機から、ボクを命懸けで救ってくれたんだ。
だから謝礼金はえぐいほど弾んであげて』と涙ながらに言わなければならないと」
「えっと、サクラお姉ちゃんが……」
「後でカンペを渡しておく。
これから家に帰るまでに、ちゃんと練習しておくように」
こくりと首肯するハル。
少年の素直な返事に満足し、サクラはニンマリと笑みを浮かべた。
果たして、ハーマンから頂ける謝礼金とはいかほどか。
少なくとも、一度の人生で使い切れる程度の、はした金ではあるまい。
サクラは自然と頬が緩むのを感じた。
するとここで、こちらをジト目で見つめてくるゴードンの存在に、サクラは気付く。
彼女は緩んだ頬を引き締めると、ゴードンを睨み返して唇を尖らせる。
「何だよ……文句あるのか?
わざわざ連絡に来てくれてありがたいが、餓鬼族の問題に係わる気など、私にはないぞ。
お前も用が済んだなら、さっさと森に帰れよな」
「……いや、納得できないのもそうだが……もう一つ懸念点があってな」
眉をひそめるサクラ。
怪訝な表情をする彼女に、ゴードンが確証を欠いた声音で言う。
「……恐らくだが、ハル君を誘拐した奴は、まだ何か隠している。
そもそも小物にすぎない奴が、戦争に発展しかねない大それた真似を、するとはどうしても思えない」
「小物だからこそ、それが大それた真似だと思わなかったんじゃないか?」
「それもあるだろう。
だが俺はもう一つの可能性を考えている。
恐らく奴は、何者かに命令されてハル君を誘拐したんではないか?」
ゴードンの推測に、サクラは眼帯に隠れていない左碧眼を鋭くさせる。
話に興味がないのか、テーブルに置かれたオレンジジュースを飲むハルを、ゴードンが一瞥する。
「そもそも奴に、ハル君が議会議員のハーマン氏の息子だと、調べられるはずがないんだ。
奴の他に、ハル君の誘拐を計画した何者かがいると考えたほうが、納得いく」
「……どうにも、その何者かとやらに、お前が勘づいているようにも思えるな」
サクラの指摘に、ゴードンが短い躊躇いを挟んだ後、小さく頷く。
「俺達魔族は、基本的には一族単位で集団を形成する。
だがその集団の中に、他の一族の内通者がいることは、公然の秘密だ。
それは魔族同士の衝突を避ける意味でも有用なわけだが、時にその内通者が一族の意向とは異なる命令を受けることがある」
「今回の誘拐が……それにあたると?」
「俺はそう睨んでいる」
「その命令をしている魔族は誰だ?」
ゴードンが先程よりも長い躊躇いを挟んだ後、「あくまで推測だが」と口を開く。
「人間の裏社会に潜み、幅広い情報網を持つとされている魔族だ。
種族の名前は――」
ゴードンが苦々しい口調で言う。
「小人族」