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桜色の頭 ~人間と魔族と謝礼金と~  作者: 管澤捻
魔族から金を強奪して何が悪い?
2/21

魔族から金を強奪して何が悪い?(1)

 そこは美しい庭園であった。

 短く刈り込まれた青々しい芝生に、雪のように白い砂利が敷き詰められた道。

 色彩豊かに紅葉する樹々に、底にある石の表面に貼り付いた苔まで見通せるほどに、透き通る水を湛えた池泉。

 それらすべての美が、縁側より臨むことで一体となり、あたかも一枚の絵画のように、見る者を魅了する。


 カコンと、ししおどしが音を鳴らす。

 淀みなく庭園に広がる清らかな音は、聞く者の心にも波紋を広げ、雑念を溶かして清流へと変える。

 空気の振動に過ぎない色彩のない音。

 だがそれは確かに、庭園という絵画に描かれた、美の一部であった。


 この庭園の所有者は、美しくあることが清潔であると信じていた。


 この庭園の所有者は、美しくあることが公明であると信じていた。


 ゆえにその庭園は、何よりも美しく、何よりも清潔で、何よりも公明であった。

 そしてその庭園の所有者もまた、何よりも清潔で、何よりも公明であろうとした。


 少なくとも、少女はそう認識している。


 ――――


 ――――


 少女はその日、縁側を少し急ぎ足で歩いていた。

 ひとつ前の稽古が長引いてしまい、離れの道場で行う予定の、剣術の稽古に遅刻してしまいそうだったのだ。


 急いているとはいえ、それは気持ちばかりの、僅かなものであった。

 足を振り上げて走ることもなく、音を立てるほどに床板を踏みしめることもない。

 ゆえに、少女の着ている着物が乱れることも、後頭部でまとめた桜色の髪が乱れることも、ないはずだった。


 だがそれは詰まるところ、少女の主観による判断だったのだろう。

 この縁側から臨める庭園の所有者であり、またこの屋敷の当主である女性は、少女のその美を欠いた粗相を、見逃すことなどなかった。


 縁側を歩いている少女の、進行方向にある障子が、音もなく開かれる。

 少女は内心で失態を悟り、急いていた足を咄嗟に緩めた。

 開いた障子から、一人の女性が姿を現す。


「それほど急いで、どうしたのですか?」


 少女の前に立ちふさがり、女性がやんわりとした口調でそう尋ねてくる。

 少女は歩く足を止めると、目の前に現れた女性――自身の母親に対して、小さく頭を下げる。


「剣術の稽古に遅れてしまいそうでしたので……少しだけ気が急いてしまいました」


 そう正直に告げる少女。

 母親が()()()()()()()()()()()()()を、静かに細める。


「時間を厳守することは、とても大切なことです。

 しかしそのために、己の所作を疎かにすることは、愚かしいことだと断じざるを得ません。

 そうではありませんか?」


「……返す言葉もありません」


「肝に銘じておきなさい」


 少女の母親が、自身の桜色の髪の毛を掻き上げて、右目の眼帯を露出させる。

 複雑な文様が表面に編み込まれた黒革の眼帯。

 その奥で、確かにその右の瞳が鋭く細められる。


「貴方は将来、この(とどろき)家の跡取りとなる女性であり、私の()()()を受け継ぐ女性です」


「……はい」


 母親が、掻き上げていた桜色の髪を下し、髪と同じ色の唇で、淡々と言葉を紡ぐ。


「しかしこの力は、濁りある心では到底扱いきれぬ代物です。

 貴方はこの力の継承者として、常日頃から自身の心を研磨し続ける必要があるのですよ」


「承知しています」


 少女の言葉に母親が頷き、僅かばかり口調を緩めて、話を続ける。


「心の純度は所作に表れます。

 そして所作が濁りないものであれば、また心の濁りもなくなるものです。

 一分一秒、一挙手一投足、自身の姿身を心に映しておきなさい」


 そして、母親が優しい微笑みを浮かべる。


「美しくあろうと、常に努めることです。

 いいですね――桜」


 少女の母親にして轟家当主である轟凛。


 その女性の言葉を少女は――


 轟桜はしかと心に刻み込んだ。


==============================


「有り金を全てこちらに渡してもらう」


 クロラス森林で偶然出会った、モヒカンの餓鬼族。

 こちらの発言の意図が上手く伝わらなかったのか、間抜けにもぽかんと目を丸くしているその餓鬼族に、彼女は――


 サクラ・トドロキは瞳を尖らせる。


 花柄模様の着物が乱れるのも構わず、膝を大きく屈めてから、ぴょんと宙に跳ね上がるサクラ。

 まだ状況の整理が追いついていないのか、呆然と立ち尽くしているモヒカンの餓鬼族を、彼女は一切の躊躇もなく――


 全力で蹴りつけた。


「ぶほううあああああ!」


 鉄板が仕込まれたブーツの底で蹴られ、モヒカン餓鬼族が鼻から鮮血を噴き出して、背後にバタンと倒れ込んだ。

 トンと軽い音を立てて地面に着地するサクラ。

 派手に動いたことで乱れた着物の裾を、彼女は取り繕うていどに整え始める。


 もとよりサクラは、着物を正式なやり方で着付けていない。

 動きやすく、なおかつ不格好にならないよう適度に着崩した、サクラ独自の着こなしをしている。

 そのため、少々着物が乱れたからと特に気になることはない。

 さらに言えば、着物の下に薄手のシャツとスパッツを着用しているため、着物がはだけても、さして問題もなかった。


 サクラは着物を最低限整えると、痛みに呻くモヒカン餓鬼族に、再び視線を向けた。


 カッサンドラ地方の東部に位置するクロラス森林。

 その森を縄張りとする餓鬼族。

 一口に餓鬼族と言っても、人間同様にその性格も力も、個体により大きく異なる。

 人間を恐喝して小銭を稼いでいるあたり、このモヒカンの餓鬼族は恐らく――


(下っ端中の下っ端。

 多少痛めつけても、面倒事には、そうならないか……)


 サクラはそう判断すると、刀の切っ先をモヒカン餓鬼族に向けて、淡々と言う。


「何を呆けているんだ?

 私の声が聞こえていないのなら、もう一度だけ言ってやる。

 有り金を全部おいていけ。

 さもなくば、次はこの刀でバッサリといくぞ?」


「ぐ……て……テメエ……自分が何をほざいてんのか……分かってんのか?」


 流れる鼻血を手で押さえながら、顔面に大量の脂汗を浮かべるモヒカン餓鬼族。

 痛みですぐには立ち上がれないのか、地面に尻を付けたまま、餓鬼族が震えた声で言う。


「俺は……魔族だぞ?

 人間のテメエが……魔族の俺に……金を寄こせだあ?

 あり得ねえだろ。

 テメエら人間は、俺ら魔族に怯えて震えてんのが――げはぁあああ!」


 ダラダラと話しているモヒカン餓鬼族を、サクラは駆け足からの勢いそのままに、再び蹴りつけてやる。

 餓鬼族の口から、折れた数本の歯が飛び出し、地面に転がった。


 苦痛にうずくまるモヒカン餓鬼族に、サクラは気楽な調子で肩をすくめる。


「そういうのはいいから、さっさと金を出せって。

 持っているんだろ?

 さっきの商人から頂いた金。

 素直に渡しちゃった方が、痛いめを見ることもなく、お得だと思うぞ」


 何とも身勝手な言い分を、恥じることなく堂々と言い放つサクラ。

 その彼女の横暴な言葉を受けて、地面にうずくまり肩を震わせていた餓鬼族が――


 唐突にガバリと起き上がった。


「調子こいてんじゃねえぞ!

 このクソったれの人間がああああああああ!」


 肉厚の剣を鞘から引き抜き、モヒカン餓鬼族がサクラへと駆ける。

 餓鬼族の頭上に掲げられた鈍色に輝く刃が、棒立ちしているサクラに向けて、躊躇なく振り下される。


 頭蓋を砕き脳髄を破壊する。

 それだけの威力を秘めた凶刃。

 だがサクラは、自身を死に至らしめるだろうその刃を、無造作に掲げた刀身で――


 軽々と受け止めた。


 餓鬼族が振り下した剣の重圧で、サクラの足元の地面が僅かに砕ける。

 だがそれだけの衝撃を受け止めてなお、サクラの細身ともいえる体躯は、微動だにしない。

 表情に笑みを浮かべるサクラに、モヒカン餓鬼族が大きく目を剥いた。


「ば……馬鹿な……ただの人間が、俺の一撃をこうも易々と受け止めるなんて……」


「聞き分けのない魔族だな。

 仕方ない。

 もう少し、痛めつけてやるか――な!」


 モヒカン餓鬼族の剣を力づくで弾き返すと、サクラは体を捻り、左拳を勢いよく突き出した。

 餓鬼族の鳩尾に、サクラの左拳が突き刺さり、餓鬼族の革鎧が大きく陥没する。


「ごげぁあああ!」


 涎を吐き出して、モヒカン餓鬼族が後方に転げていく。

 突き出した拳を引いて、おもむろに歩き出すサクラ。

 そして、仰向けに倒れている餓鬼族の体に、またがるようにして立ち、刀を大きく振り上げる。

 恐怖に目を見開く餓鬼族。

 サクラは刀を振り下し――


 餓鬼族の頬を掠めて、その刀身を地面に突き立てた。


「――ひぃ……」


 モヒカン餓鬼族が短い悲鳴を上げる。

 カタカタと体を震わせる餓鬼族を見下ろし、サクラは刀の柄から手を離す。

 そして自由になった両拳を顔の前で構えると――


 仰向けに倒れている餓鬼族を、一切の躊躇もなくボコボコと殴り始める。


「て……テメ……ごふ……や……やめ……が……やめろ……ぐほう!」


「うりゃ。

 うりゃ。

 うりゃ。

 うりゃ」


「止めろってんだ……がは……いた……マジで……マジで止め……げほう!」


「うりうりうり」


 拳に加えて、鉄板を仕込んだブーツの底で、無茶苦茶に踏みつける。

 顔の形がどんどんと崩れていく餓鬼族。

 凶暴な光を湛えていた餓鬼族の瞳に、涙が滲んでくる。


「ほんと……あ……止め……いや……ああ……やめて……お願いだから!」


「ぶちぶちぶち」


 餓鬼族のモヒカンを無遠慮に掴み、雑草でも引き抜くように、容赦なくその髪を引き千切る。

 モヒカン餓鬼族――元モヒカン餓鬼族から悲痛な声が上がった。


「いやああ……いやなの……やめて……もういたいのいやなのおおお!」


「ずびずびずび」


 止めとばかりに、元モヒカン餓鬼族の赤い瞳に、人差し指を突き刺していく。

 もはや抵抗の意志を失った餓鬼族は、執拗に繰り返される暴行に声なく耐えるだけだった。


 一通りの躾を済ませて、サクラは血に濡れた拳を脇に下ろした。


 血に染まった顔面をくしゃくしゃにして、元モヒカン餓鬼族がシクシクと涙を流す。

 まるで女子供のように泣きじゃくる魔族を、冷たい目で見下ろすサクラ。

 暫くした後、彼女は餓鬼族の目の前に手のひらを差し出し、手首を返しながら短く言う。


「ん……」


 その短い言葉だけで、十分に意図は伝わった。

 ボロボロと涙をこぼしながら、革鎧の懐に手を入れて、小袋を取り出す餓鬼族。

 眼帯に隠れていない、サクラの鋭い左碧眼に怯えつつ、彼女の差し出した手のひらに、餓鬼族が小袋をそっと乗せる。


 サクラは、餓鬼族から受け取った小袋の重量に、思わず頬を綻ばせる。


「これは予想以上だな」


「こ……これで許してくれますよね……?」


 涙で濡らした顔に、引きつり笑みを浮かべて、元モヒカン餓鬼族がそう言った。

 サクラはホクホク顔で小袋を懐にしまうと、まるで表情を変えず、再び手のひらをズイッと餓鬼族に差し出す。

 餓鬼族の引きつり笑みが、途端に恐怖に歪んだ。


「な……何ですか?

 まだ何か……」


「まだ何かじゃないだろ。

 たった今、お前から受け取った金は、さっき商人から取り上げたものだろ?

 私は言ったはずだ。

 商人の金も含めて、有り金を全て寄こせとな」


「そ……そんな……もうお金なんてありませんよ……本当にないんです……」


「……ふーん」


 眼帯に隠れていない左碧眼を細めると、サクラは元モヒカン餓鬼族から一歩身を引いた。

 そして手振りだけで、餓鬼族に立つよう促す。

 怯えた表情のまま、フラフラと立ち上がる餓鬼族。

 サクラは顎をしゃくりながら、立ち上がった餓鬼族に命令する。


「跳べ」


「……へ?」


「跳べと言っている」


 元モヒカン餓鬼族が、長い躊躇を挟んだ後、サクラの指示に従い、ぴょんとその場で跳ねる。

 すると餓鬼族のもとから、チャリンと金属同士がぶつかる甲高い音が鳴った。


 顔を蒼白にする餓鬼族。

 サクラは無言のまま、再び手のひらを差し出した。

 観念したように肩を落とした餓鬼族が、懐から革財布を取り出し、サクラの手のひらに渡す。


 受けとった革財布を振り、サクラは心底残念そうに溜息を吐く。


「こちらはこんなもんか……まあカツアゲなんぞしているチンピラ魔族では仕方ないか」


「今度こそ……許してくれますよね?」


 革財布を懐にしまい、サクラは渋い表情でポリポリと桜色の髪を掻いた。


「……まだ金目の物を隠し持っていないだろうな?」


「そそそ……そんな!

 本当に本当にもうお金なんて持ってませんよ!」


 元モヒカン餓鬼族の怯えた様子に、嘘を吐いている気配は見えない。

 だが一度、革財布をすっとぼけようとした前科があるだけに、サクラは慎重に見定めをする。


「直接的な金でなくても、装飾品とか高く売れそうなものとか、あるんじゃないか?」


「本当にないんですよ!

 もう私に残されたのはこのナマクラと革の鎧――」


 元モヒカン餓鬼族が、表情をはっと強張らせ、そしてすぐに頬を赤く染めた。


「し……仕方ありません。

 は……恥ずかしいですが、この革の鎧を脱いで――」


「いや、それはいらない」


 なぜか胸元を両腕で隠している元モヒカン餓鬼族に、サクラはそうきっぱりと告げた。

 地面に突き立てていた刀を引き抜き、素振りをしながらぼそりと呟く。


「……餓鬼族の肉って、どこかの地域で食用としてなかったか?」


「怖いこと言わないでくださいよ……本当にもう何もありませんから……」


「本当にもうないのか?

 金につながりそうなものは、何もないんだな?」


「本当に何も……あ」


 ここで元モヒカン餓鬼族の視線が、一瞬だけサクラから逸れる。

 サクラは怪訝に思い、餓鬼族が僅かに逸らした視線の、その先を見やった。

 サクラから少し離れた場所に――


 一辺が一メートルほどの木箱が、地面に無造作に置かれていた。


「……何だ、あの木箱は?」


「へ……?

 あ、いや、何でもありません。

 えっと……そう、ただのゴミですよ」


 元モヒカン餓鬼族はそう話すが、木箱の表面は比較的汚れも少なく、この場所に長く放置されている物でないことが知れた。

 つまりあの木箱は、つい最近に、何者かによりこの場に運ばれてきたものだ。

 そしてその何者かの正体は、訊かずとも想像がつく。


「ふーん、単なるゴミねえ」


 意地の悪い笑みを浮かべ、木箱へスタスタと歩き出すサクラ。

 木箱へ近づいていく彼女に、元モヒカン餓鬼族が露骨なまでに、慌てふためいた。


「ちょ……まま……待ってください!

 あれは何でもないんです!

 関係ないんです!」


「だったら私があの木箱を調べようと、問題ないはずだ」


「そ……そうだ。

 あの木箱の中にはほのかに湿った中年男性の靴下が詰まってますよ」


「そうか。

 よく洗濯して売りさばけば、小銭ていどの儲けにはなるな」


「いや嘘です。

 本当は、腐敗してハエがブンブンと飛んでいる獣の死肉が詰まっています」


「毛皮が残っているなら、肉を削ぎ落して売っぱらうことができるかもな」


「爆弾っす!

 もう開けたら最後、この森一帯を焼け野原にする爆発が――」


「すごいな。

 そんな超兵器があるなら、教会の連中が高く買ってくれるだろう」


「だあああ!

 駄目っす!

 マジで駄目っす!

 それだけは見逃してください!」


 下手な嘘を吐くのを諦め、元モヒカン餓鬼族が頭を抱えて絶叫する。

 そんな彼をきっぱりと無視して、サクラは木箱の前まで進み、立ち止まった。


 どうやら木箱の蓋は、釘を打たれて固定されているようだった。

 サクラは刀を振り上げると、刀の柄を木箱の蓋に叩きつけ、釘で固定されている部位を破壊した。

 一辺当たりに二つ、計八つある釘の周囲を破壊してやると、木箱の蓋がカタリと箱からズレた。


「ああ……不味いって……それは……」


 元モヒカン餓鬼族の奇妙な態度に、怪訝に眉をひそめるサクラ。

 だがここまで来て、木箱の中を確認しないなどという、選択肢もない。

 サクラは木箱の蓋を左手で掴むと、それを力任せに取り除いた。

 そして眼帯に隠れていない左目を凝らし、木箱の中を確認する。


 木箱の中には――


 体を丸めて眠る、一人の少年がいた。


「……は?」


 きょとんと左碧眼を瞬かせ、サクラは木箱の中で気持ちよさそうに眠る少年を、呆然と眺めた。

 年齢は十歳前後。

 きめ細かい白い肌に、艶のあるカールした金髪。

 血色の良い頬は僅かに赤らみ、小さく開けた唇からは、安らかな寝息がこぼれている。


 少年の服装は、ワイシャツにフード付きのアウター、八分丈のズボンに革のブーツで、その腕には、ウサギを模した大きなリュックサックが、きゅっと抱きしめられていた。


 一見して、特別な少年には見えない。

 どこにでもいるただの男の子。

 強いて言えば、その肌や髪の艶、そして衣服の質感から、少年が比較的、上流階層の人間ではないかと、推測できる程度だ。

 サクラは訝しく眉をひそめ、くるりと背後を振り返った。


「おい。

 何だこの子は。

 どうして子供が木箱の中に――」


 元モヒカン餓鬼族に、少年の詳細を尋ねようとする。

 だが振り返ったサクラが見たものは、ひどく慌てた様子で森の奥へと駆けていく、餓鬼族の背中であった。


「……何だアイツ」


 森の奥へと消えていく餓鬼族の背中を眺めつつ、サクラは首を傾げた。


 ここで、木箱の中から「……うーん」と、小さな声が聞こえてきた。

 再び木箱の中に視線を戻すサクラ。

 木箱の中で眠っていた少年が、窮屈そうに体を伸ばしている。

 どうやら、木箱の蓋を破壊する際に立てた音で、目を覚ましてしまったらしい。


 ゆっくりと瞼を開いて、金色の瞳を露出させる少年。

 きょろきょろと瞳を彷徨わせた後、木箱を覗き込んでいるサクラの存在に、少年がふと気付く。


 金色の瞳で、サクラを不思議そうに眺める少年。

 サクラもまた、眼帯に隠れていない左碧眼で、少年を怪訝に眺める。

 お互いが無言のまま、十秒が経過する。


 少年が金色の瞳を細めてニコリと微笑んだ。


「おはよう。

 お姉ちゃんは、だあれ?」


 少年の朗らかな挨拶に――


 サクラは首を捻るばかりだった。


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