いつものように起床した時かな? 自分が反抗期だと気付いたのは。(2)
クレオパス正門。
そこに百名弱もの騎士が揃えられていた。
クレオパスに常駐する騎士の九割。
要人などの警護でどうしても手が離せない騎士を除く、騎士の全兵力となる。
騎士にはそれぞれ、持ち場に応じて適切な装備が与えられていた。
クレオパス正門前に陣を組む騎士には、中近距離の戦闘が主となるため、騎士の紋章が刻印されている、剣と拳銃が支給されており、街を囲う城壁の上に並べられた騎士には、上空を含めた遠距離からの攻撃を担うために、高性能のライフル銃が支給されている。
騎士軍がこれだけの規模で、これだけの装備をもって、敵を迎え打つことは近年において皆無といえる。
それだけに、クレオパス正門に展開された騎士の、その物々しい様相を見て、クレオパスの多くの住民が、その表情を不安に曇らせていた。
正門を守る武装した騎士軍。
その先頭に立ち、ダンカンは声を上げた。
「良いか!
魔族は一匹たりとも街に入れることなく、この場で皆殺しにしろ!
これは人類と魔族との戦争だ!
二百年前の汚れた歴史を忘れた愚かしい魔族どもに、人類がいかに偉大な存在か、その身に思い出させてやれ!」
騎士が淀みなく胸に手を当て、敬礼の仕草を取る。
ダンカンはギリギリと奥歯を噛みしめると、騎士から視線を外して、クレオパスの正面に広がる景色をぐるりと眺めた。
魔族が予告した正午まであと一時間。
果たして本当に魔族は仕掛けてくるのか――
(いや、必ず来る!
この期に及んで、ブラフなどということは決してない!)
仮にここで魔族が襲撃を取りやめたとしても、中央政府はカッサンドラ地方の魔族を、殲滅せよとの指示をすることだろう。
ハーマン・ルーズヴェルトの息子、ハル・ルーズヴェルトを殺害した時点で、魔族にはもう戦争以外の選択肢が残されていないのだ。
ヴィレムの話では、この戦いはあくまで開戦の合図であり、互いの全戦力をぶつけ合うものではない。
当然それを真に受けることもないが、各種魔族に特別な動きが見られるとの報告もないため、ヴィレムが集める魔族は比較的小規模となるはずだ。
もっとも――
(奴らがどれだけの魔族を集めようと、我ら騎士軍が敗北することなどない)
ただ一つ懸念があるとすれば、この予告が囮ではないかということだ。
つまり、騎士軍の全兵力を正門に集中させ、別の場所から襲撃を仕掛けるという可能性だ。
いかにも、卑劣な魔族が考えそうな策と言える。
だがダンカンは、その可能性も限りなく低いとみていた。
別に魔族を信用しているわけではなく、ただ単純に、それならば初めから予告などせずに、騎士軍の戦闘準備が整う前に不意を突いた方が、こちらに与える損害が大きく効果的だというだけだ。
それぐらい魔族とて理解しているだろう。
(これはデモンストレーションだ。
魔族と騎士が正面からぶつかることに意味がある)
ダンカンはそう考えている。
だからこそ、正門に騎士軍を一点集中させたのだ。
(さあいつでも掛かってこい魔族ども。
人類の力を思い知らせてやる)
そう鼻息も荒く、ダンカンは血眼になり周囲に視線を巡らせていた。
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クレオパスよりほど近くにある、オレスト渓谷。
隆起した岩々に囲まれたその渓谷の、とある一画に、小人族のヴィレムの指示により、大勢の魔族が集められていた。
魔族の数は五十体強。
その種族にまとまりはなく、カッサンドラ地方に生息する魔族の中で、クレオパス近辺を縄張りとし、招集のしやすい種が、寄り集められていた。
集められた魔族には、武器を巧みに操る爬虫類に酷似した爬人族や、体が岩石で構成された無機族、空を飛翔する女翼族や、植物でありながら自立行動可能な植肢族、そして――
餓鬼族と液状族などがいた。
そこに集った魔族は、人類に虐げられている魔族の現状に不満を抱き、闘争こそが魔族の本質とする小人族の理念に、共感した者達だ。
それだけに気性の荒い者が多く、彼らは小人族より受けた、クレオパスを襲撃せよとの指示に、興奮を隠せずにいた。
「ようやくだ……ようやく人間どもに復讐する時が来たぜ!
キャッハアアアア!」
「谷や森やらに俺らを押し込めやがって、どちらが格上なのか思い知らせてやるよ!」
「ズタズタに引き裂いてよおお、ぐちゃぐちゃに喰ってやるよおお!」
人間との戦いを前にして、各々の魔族が声高く意気込みを口にする。
彼らは知らないことだが、この戦いはあくまで、魔王族であるハンネスをプロモーションするための演出に過ぎない。
ここに集められた魔族が、武装した騎士軍に勝利する可能性は皆無であり、小人族は彼らを、単なる捨て駒として利用するつもりであった。
だが無論のこと、善戦するに越したことはない。
ゆえに小人族は、偶然にも近辺にいた強力な二体の魔族を、その戦いに招待することにした。
彼らの力をもってすれば、騎士軍を殲滅とはいかずとも、相応の深手を与えられると、小人族は睨んでいる。
その二体の魔族が今――
烏合の魔族の前に姿を現した。
「お……おい、あいつらって」
烏合の魔族の一体が、二体の魔族の姿に気付き、ポカンと口を広げる。
その一体に続き、周囲の魔族らも二体の魔族の姿を確認。
瞬く間にどよめきが広がった。
「なあ、間違いないよな?」
「おお……ゴードン・ゴブリンとリーザ・スライムの二体だぜ?」
革鎧に肉厚の剣を装備したゴードンと、煌びやかな衣装に身を包んだリーザが、烏合の魔族らへと一直線に歩いてくる。
その二体の歩みに淀みはなく、明らかにこの場所を、ただ偶然に通り掛かったわけでないことが、容易に知れた。
烏合の魔族の一体が、拳を強く握り、興奮した調子で声を上げる。
「おいおいマジかよ。
あいつらって、それぞれの種族の頭を張ってる奴だろ?」
「ああ、すっげえ!
あの二体もこの戦いに参加すんのかよ!」
「やっぱ戦争が始まるってなマジなんだな!
頭まで出てくんだからよ!
くうう、俄然やる気が出てきたぜ!
あの二体がいれば、間違いなく人間どもに勝てるぞ!」
強力な戦力の登場に、士気の上がる烏合の魔族。
群れる彼らとは十メートルほどの距離を空け、ゴードンとリーザが立ち止まる。
烏合の魔族から飛び出した、まだ若い餓鬼族が、ゴードンとリーザのそばへ近寄り、朗らかに話し掛ける。
「いやあ、ゴードンさん。
まさか貴方まで来てくれるなんて、思いもしなかったよ。
んで、そちらにいる方は、リーザ・スライムさんだろ?
貴方の実力は、クロラス森林にまで届いている。
貴方達が戦いに参加するとは聞いてなかったが、これで百人力だ」
「……遅れてすまないな。
いかんせん、連絡を受けたのが昨日のことでな」
「出立の準備やらで、一睡もできてないんだよねえ。
寝不足は美容の天敵なのにさあ」
そう愚痴をこぼして、欠伸を噛み殺すリーザ。
液状族の彼女が、寝不足により美容を損なうことなどないが、ゴードンも若い餓鬼族も、彼女にそれを直接指摘することはなかった。
烏合の魔族をぐるりと眺め、ゴードンが若い餓鬼族に尋ねる。
「……これで戦いに参加する者は全員か?」
「ん?
ああ、貴方達で最後だ」
若い餓鬼族が拳を握り、力強くゴードンに突き出す。
「一緒に人間をぶっ倒そうぜ。
奴らに積年の恨みをぶつけ――」
「悪いが、俺は人間との戦いに参加するつもりはない」
若い餓鬼族の言葉を遮り、ゴードンがきっぱりとそう告げた。
ゴードンの一言を受け、烏合の魔族に動揺が広がる。
若い餓鬼族が眉間に皺をよせ、恐る恐る口を開く。
「……え?
それじゃあどうして――」
「あーあ、本当に馬鹿だよお」
今度はリーザが、若い餓鬼族の言葉を遮った。
青いツインテールを左右に揺らしたリーザが、ゴードンをちらりと一瞥して、呆れたように唇を尖らせる。
「仲間のふりして、いきなり襲っちゃえばいいのに、ゴードンは生真面目が過ぎるよお」
「そう言うな、リーザ君。
相手が多勢であろうと、こちらは正々堂々とあるべきだ」
「それに付き合わされる、こっちの身にもなってよねえ。
全く面倒だよお」
「あの……話が見えないんだが?」
ゴードンとリーザのやり取りを聞いて、不穏な空気を感じたのか、じりじりと後退する若い餓鬼族。
リーザが「ま、どうでもいいか」と気楽な調子で肩をすくめ――
決定的なことを口にする。
「この程度の魔族……あたしなら正面からだって余裕でぶっ倒せるからね」
リーザの一言に、烏合の魔族に広がっていた動揺が、瞬時に警戒へと切り替わる。
若い魔族が「ひえ」と短い悲鳴を上げ、烏合の魔族の群れへと慌てて引き返す。
青い瞳をニンマリと細めて微笑むリーザに、今度はゴードンが呆れ口調でぼやく。
「奇襲をする必要もないが、わざわざ煽ることを言う必要もないな」
「あはは、別にいいじゃん。
どうせしこたま殴るのに気を遣わなくてもねえ」
「な……なんのつもりだ、アンタら!?」
烏合の魔族から上がる疑問。
ゴードンが、鞘から剣を引き抜き、それを頭上に掲げる。
「俺がこの場を訪れたのは、お前達をクレオパスに向かわせないためだ!
もしもクレオパスへ向かいたければ、俺を打ち倒し、その屍を踏み越えていくのだな!」
掲げていた剣をブンと振り下し、半身の姿勢を取るゴードン。
臨戦態勢に入るゴードンに続き、リーザが左右に広げた両腕を、グニャリと液状化させてうごめかせた。
「魔族同士の喧嘩はタイマンが基本だけど、遠慮せずにみんなで掛かって来ていいよお。
あたしとあんた達じゃあ、その実力も可愛さも天と地の開きがあるからねえ、キャハ☆」
烏合の魔族に広がっていた警戒が、瞬時に敵意に切り替わる。
対決姿勢を見せるゴードンとリーザに、一体の魔族が鋭く牙を剥き、声を荒げた。
「貴様ら何の真似だ!
無関心ならばまだしも、我ら魔族よりも人間の味方をしようなどと、気でも触れたか!
この人間に媚びうる、魔族の面汚しどもが!」
烏合の魔族からの怒声。
その言葉に――
ゴードンとリーザが同時に吹き出した。
「おいおい、聞いたかリーザ君。
魔族の俺達が人間の味方をしているだと?」
「おっかしいねえ。
常識的に考えて、魔族のあたし達が人間の味方するわけないじゃん」
ゴードンとリーザの反応に、烏合の魔族が目を丸くする。
まるで理解が及ばずに呆然とする烏合の魔族に、ゴードンとリーザが笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「俺達は人間のためになど動いていない」
「あたし達が従うのはただ一人の頭だけ」
そしてゴードンとリーザが――
同時にその存在を口にする。
「姐さんだ!」
「サーチンだよお!」




