乙女の意識がない隙に、勝手に服を脱がして治療するな!(1)
胸の前で手のひらを合わせ、瞼を閉じる。
時間はきっかり十秒。
計っていたわけではないが、昔からの習慣で、意識しなくとも一秒の誤差が出ることもない。
轟桜は瞼を開けて碧眼を覗かせた。
龍神魂神社。
島にある無数の神社の中で、一際規模が大きく、島を代表する神社の一つだ。
季節で表情を変える樹々に彩られた山。
龍眠山。
龍神魂神社は、その山の中腹に存在しており、鳥居のある入り口から千段もの石段を上り、樹々に囲まれた参道を二十分歩くと、手水舎と社務所、そして賽銭箱と鈴が吊るされた拝殿が見えてくる。
拝殿の前で礼拝を終えた桜は、碧眼を横にずらし、自身の隣に立つ女性を見た。
桜と同じ桜色の髪に、桜と同じ市松模様の着物を着た、三十代半ばの女性。
美しい顔立ちには不釣り合いの、物々しい眼帯を右目につけたその女性は、轟家の現当主であり――
桜の母親であった。
桜の母親――轟凛は、まだ瞼を閉じて、礼拝を続けていた。
桜は胸の前で合わせた手のひらはそのままに、拝殿に向かい頭を下げている母親の姿を、暫く眺める。
母親の瞼が開き、眼帯に隠されていない左碧眼が覗く。
母親が胸の前で合わせた手を下すのと同時、桜もまた、胸の前で合わせていた手を下した。
母親が桜へと振り返り、微笑む。
「これで龍神様へのご挨拶は済みましたね。
明日はこの奥にある本殿にて、継承の儀が執り行われます。
この儀式を経ることで、貴方は正式に龍神様の巫女となるわけです」
「はい、お母様」
母親の言葉に、桜は淀みない所作で頷いた。
十五歳を迎えた轟家の女児に、執り行われる継承の儀。
それは、自身の身体に龍神様を招き入れることで、龍神様の巫女として転生するための儀式だ。
轟家の当主は、代々その継承の儀を経ることで、親から子に龍神様の魂を受け継がせてきた。
桜の母親もまた十五歳の時、継承の儀式を経て龍神様の巫女となった。
そして明日、桜は十五歳の誕生日を迎える。
今度は桜が龍神様の巫女として――
その身を捧げることとなるのだ。
微笑みを打ち消した母親が、右目の眼帯に指先を触れ、桜色の唇をそっと開く。
「桜。
貴方も知っての通り、龍神様の力はとても偉大であり、強大です。
そしてそれが故に、とても危険なものでもあります。
貴方は巫女として、その龍神様の力を御する立場となります。
それはつまり、轟家の宿命をその身に背負うということです」
「はい」
またも淀みない所作で頷く桜。
母親が左碧眼を一度瞬かせ、話を続ける。
「龍神様の力を得た巫女は、何百年という遥か昔より、この地をその庇護のもと、見守り続けてきました。
龍神様を宿した巫女は、その身を生涯この地に置き、その力を受け継ぐ新たな巫女を育まなければなりません。
私の母はその宿命を全うし、天命により他界されました。
私もいずれそうなることでしょう。
そして桜、貴方も――」
「分かっています」
母親の言葉を引き継ぎ、桜は力強く言葉を続ける。
「私は轟桜です。
轟家当主轟凛の娘であり、次期当主となる人間です。
轟家の宿命を背負う覚悟はとうにできています。
私はお母様のような立派な巫女に、必ずなってみせます」
桜のこの言葉に、母親が一度打ち消した微笑みを、再度表情に浮かべる。
「ええ、そうですね。
期待していますよ、桜」
「はい」
桜は胸を高鳴らせた。
母親が自分に期待してくれている。
ただそれだけで、桜の心は満たされる。
まるで異性に恋をする少女のように、桜は頬を鮮やかに紅潮させ、決意を胸に刻み込む。
継承の儀を経て、龍神様の巫女としてこの地を治める。
母親のその期待に、期待以上の成果で応える。
それが、これまで多大な愛情を注いでくれた母親への恩返しであり――
轟桜の生まれながらの宿命なのだ。
そう桜は考えている。
それは嘘偽りのない彼女の本音であり、一片の曇りもなく、迷う必要すらないほどに、自明の理でもあった。
少なくとも――
当時の桜はそうだった。
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目を覚ましてすぐに、サクラは腹部の激痛に顔を歪めた。
痛みをこらえて瞼を開き、サクラは左右に視線を巡らせた。
自身が寝転んでいるすぐ横に、金髪の少年がいる。
心配そうな表情でサクラを見つめていた金髪少年が、ぱっと顔を華やがせる。
「よかった、サクラお姉ちゃん。
気が付いたんだね?」
「……ハル……お前か」
サクラは金髪少年――ハルから視線を外すと、体を寝転がしたまま天井を見やる。
僅かな汚れすら見えないクリーム色の天井。
根無し草のサクラにとって、一つの部屋に寝泊まりを続けることは少ない。
当然その天井も、見覚えのないものであった。
サクラは腕を支えにして上体を起こした。
体重移動したことで、支えにした手と尻が床に沈み込む。
サクラはここで初めて、自分がベッドに寝かされていることに気付いた。
「……っつう」
「大丈夫?
サクラお姉ちゃん」
ハルが眉尻を落とす。
サクラは腹部を手で押さえると、視線を落として自分の姿を見下ろした。
薄手のシャツとスパッツ。
いつもの着物は着ていなかった。
薄手のシャツは、右脇腹あたりがべったりと赤い血に染まっていた。
腹部に触れていた手を一旦離して、その手のひらを見やる。
シャツを赤く染めている血は、すでに乾燥していたようで、そこに触れていた手のひらに血が付着することはなかった。
シャツをめくり腹部を確認する。
腹部には清潔な白い包帯が、何重と巻かれていた。
包帯越しに血が薄く透けてはいたが、どうやら出血は止まっているらしい。
サクラは眉をひそめ、ベッド脇に腰を下ろしているハルに、怪訝に尋ねる。
「まさか……お前がこれをやったのか?」
「ううん、ボクじゃないよ」
ハルがプルプルと頭を振り、体ごとクルリと回し、部屋の隅を指差した。
「あそこにいるお兄ちゃんが、サクラお姉ちゃんの怪我を治してくれたんだよ」
サクラは一度瞳を瞬かせた後、ぐるりと視線を巡らして、部屋の中を見回した。
広さが十畳ほどの、簡素な造りの部屋だった。
窓はなく扉は一つだけ。
家具はサクラが寝ていたベッドと、数脚の椅子、腰丈ほどのタンスだけだ。
先程も確認したが、やはり見覚えのない部屋だ。
サクラは小さく息を吐くと、改めてハルが指し示している先に、視線を向けた。
四隅に角がある四角い部屋。
その一角に脚を組んで椅子に座る、一人の男がいた。
その男もまたサクラにとって見覚えのない男――
否。
「……お前は確か」
黒のパーカーに黒のズボン。
まるで影法師のような姿をしたその男は――
「私が騎士に包囲された時、突然空から降ってきた奴か?」
「……意識があったのか」
ぼそりと小声で呟く影法師の男。
サクラは瞳を細めて、じろりと男を見据えた。
まだ若い男だ。
見た目の年齢は二十前後。
男の濁りのない漆黒の髪は、まるで寝起きのようにボサボサで、艶が感じられない。
腰を下ろしているため定かではないが、身長はサクラより高く、ゴードンよりは低い程度。
体は細身だがよく鍛えられている。
それは、無造作に椅子に座っているようで、その体幹がひどく安定していることから知れた。
つまりこの男は――強い。
なぜ男の戦力を分析するのか。
その理由の一つは、それがサクラの癖のようなものだからだ。
故郷を離れた後、長いこと一人で生きてきたサクラ。
彼女にとって彼我の戦力分析は、己の命を守るために重要な作業であった。
そしてもう一つ、サクラには男を戦力分析する、切実な理由があった。
その理由とは、男の長い前髪に隠れた、瞳にある。
刃のように切れ長の鋭い瞳。
その瞳の色が――
赤く濡れていた。
(人に酷似した……魔族か)
サクラは静かに気を引き締める。
液状族のように、人間の姿に擬態する魔族も、それなりに希少な部類ではあるが、元来の姿が人間と酷似している魔族は、さらにその割合が少ない。
正確ではないが、魔族の一パーセント未満しか、そのような種族は存在しないと言われている。
どうやらこの影法師の男は、その希少な魔族の、一種族らしい。
もっとも、人間と近い容姿をしているとはいえ、男と人間の差異は何も、その赤い瞳だけではなかった。
ボサボサの頭髪から生えた漆黒の角や、青白い顔に浮かぶ刺青のような黒い痣もまた、彼が人外の生物であることを示しているといえる。
男を油断なく見据えるサクラに、ハルが朗らかな調子で、説明をする。
「このお兄ちゃんがね、ボク達を助けてくれたんだよ。
すごかったよ。
何かこう、黒い変なものがぶわっと出てさ、みんな大慌てでね、その隙にお兄ちゃんが、サクラお姉ちゃんとボクを担いで、またぶわっとジャンプしてさ、あとはシュタタタって――」
要領を得ないハルの説明は無視して、サクラは男を鋭く見据えつつ、口を開く。
「何者だお前は?
ここはどこだ?」
サクラの短い問いに沈黙する男。
サクラは鋭く舌打ちをする。
「どうしてあの場にいた?
魔族が街を偶然散歩中だったなんて言わないだろうな?」
やはり沈黙を続ける男。
サクラは目尻を吊り上げると、慎重にその言葉を吐いた。
「お前が……小人族か?」
男は口を閉ざしたまま動かない。
だが――
「いいえ。
違いますよ」
彼女の問いに答える声が、部屋にあるただ一つの扉から、聞こえてきた。
サクラとハルが、同時に扉に視線を向ける。
扉が音もなく開き、一人の男性が姿を現す。
四十代前後と思しき中年男性だ。
オールバックにした黒髪に、色の付いた丸眼鏡を掛けている。
服装は黒のスーツ。
右腕には一見して高価な、金縁の腕時計が巻かれていた。
黒髪を後ろに撫でつけながら、その中年男性がサクラに視線を向ける。
「そのお方は、小人族などというチンケな魔族ではありません。
もっと崇高なお方です」
「……何だお前は?」
突然、会話に加わった中年男性を、胡散臭げに睨みつけるサクラ。
彼女の鋭い視線に、男はまるで怯んだ様子もなく、「これは失敬」と、目元の丸眼鏡をずらして見せた。
「――お前……」
サクラの驚愕した反応に、丸眼鏡に隠されていた中年男性の、赤い瞳が怪しげに笑う。
「初めまして。
私はヴィレムと申します。
お察しの通り魔族であり――小人族です」
ずらした丸眼鏡を元の位置に直し、中年男性――ヴィレムが恭しく一礼する。
「どうかお見知りおきください。
サクラ・トドロキさん」
「……私のことを知っているのか?」
サクラの問いに、ヴィレムが下げていた頭を上げ、「もちろんです」と微笑んだ。
「餓鬼族と液状族の頭を打ち倒し、二種族の頂点に立ったお方ですからね」
「いい加減、否定するのも疲れてきたが、魔族の頂点になど立った覚えはない」
「そう邪険にしないでください。
貴方も魔族と同じ力を持つ存在なのですから」
丸眼鏡の奥に隠された、ヴィレムの赤い瞳が、サクラの右目に向けられる。
サクラは小さく舌打ちをすると、自身の右目元を指先で触れる。
彼女の右目には――
いつもつけている眼帯がなかった。
「その赤い瞳。
その瞳が、貴方が魔族の力を――魔力を持つという証です。
ただ貴方は確かに、人間でもあるようですね。
ではその強大な魔力はどう身につけたのでしょうか?」
「当ててみろよ。
正解したら飴ちゃんをくれてやる」
挑発的にそう話すサクラ。
ヴィレムが「ふむ」と顎に指を当てる。
「興味はつきませんが、今はクイズの挑戦は止めておきましょう。
これから、とある方と面会の約束がありましてね、その問題を考えている時間の余裕がありません」
「ならもう少し、簡単な問題にしてやるよ」
サクラは眼光を鋭く瞬かせる。
「どうして私を連れてきた?
お前達の狙いは――ハル一人だけだろ」
「……さて、どうしてでしょうね?」
しらばっくれるヴィレムに、サクラは威嚇するようにギリッと犬歯を剥く。
すると「勘違いしないでください」と、ヴィレムが手のひらをこちらに向けた。
「貴方をここに連れてきたのは、私の指示ではありません。
これは彼の判断です」
ヴィレムが、部屋の隅にいる影法師の男を、手で差し示す。
ヴィレムに示されても、相変わらず沈黙を続ける男。
ヴィレムがポリポリと髪を掻き、男に尋ねる。
「私も疑問に感じており、尋ねたいと思っていました。
ハンネス様。
どうして彼女をここに連れてきたのですか?
しかも傷の手当までするなんて……」
「……女は好きにしろと、お前がそう言った」
影法師の男が、蚊の鳴くような小さな声で、そう答えた。
男の返答に、ヴィレムが「まあ、確かにそうは言いましたが」と、明らかに困った様子で眉尻を落とす。
「……一応ここは、私の自宅兼アジトでもあるのですがね。
まあ近々売り払うつもりではありましたが、あまり人様に知られるようなことはしたくないのですよ」
「……この女は、俺達の都合に巻き込まれただけだ」
影法師の男が、のんびりと赤い視線を動かし、ヴィレムを見据えた。
「死ぬ必要がないと判断したから生かした。
それだけだ……」
そう言い切ると、ついっと赤い視線を他所に向け、影法師の男がまた沈黙する。
男の返答に、不満げな顔をするヴィレム。
だが暫くして、諦めるように肩を落とした。
「……まあ、いいでしょう。
私も彼女の存在には興味がありますしね。
何よりこの怪我では暫くは身動きができないでしょうから、計画の支障にはなりません」
ヴィレムがそう話し、おもむろに懐に手を入れる。
そして、胸元を探るような仕草をした後、その懐に入れた手を外に出した。
ヴィレムのその手に――
長い銃身の拳銃が握られている。
「それは――拳銃は騎士軍にしか出回っていないはずだぞ」
碧い瞳と赤い瞳を丸めるサクラに、ヴィレムが拳銃を揺らしながら、気楽に答える。
「表向きはそうですね。
ただ入手する方法などいくらでもあるものです」
「……まさか私を撃ったのも?」
「お察しの通り、この拳銃ですよ。
貴方があまりにも騎士軍から逃げ回るのでね。
表立って行動するのは不本意でしたが、少々騎士軍に加勢した次第です」
睨むサクラに軽く肩をすくめ、ヴィレムがその拳銃の銃口を――
ハルに向けた。
びくりと小柄な体を震えさせるハル。
ヴィレムがことさら穏やかな口調で言う。
「さてハル君。
私がここに来たのは、貴方を迎えに来るためです。
先程も少しお話ししましたが、これから私は、とある方と面会をします。
そこに貴方も同席して頂きたい」
「え?
え?」
「申し訳ありませんが、貴方に拒否権はありません。
ご理解いただけますね?」
闇を湛えた銃口に睨まれ、ハルがゴクリと唾を呑み込む。
ハルの金色の瞳が、自身を睨む銃口へと向けられ、次にその拳銃を握るヴィレムへと向く。
そして――
ベッドに座るサクラへと向けられた。
「サクラお姉ちゃん……」
小さく震えるハルの金色の瞳。
サクラは表情を曇らせ、少年の瞳から視線を逸らした。
「……私はこのざまだ。
どうすることもできない。
お前が一人で何とかしてこい」
サクラのその突き放すような物言いに、ハルが金色の瞳を大きく広げ、すぐにきゅっと強く瞼を結んだ。
拳銃を構えたヴィレムが、ハルのもとに近づいてくる。
「結構。
それでは一緒に来て――」
「ボクに触らないで!」
手を伸ばそうとしたヴィレムを、ハルが声を上げて制する。
サクラには見せたこともない、少年の敵意に彩られた金色の瞳。
その瞳の視線を受け、ヴィレムが眉をしかめる。
「……それほど恐がることもないと思いますが……まあいいでしょう。
私の指示に従ってくれるのなら、貴方には指一本たりと触れないと誓いますよ。
ではこちらにどうぞ」
ハルに向けて伸ばそうとした腕を下し、ヴィレムが女性をエスコートするように、少年を扉へと誘導する。
ハルは眉をきっと引き締めると、ヴィレムに従い扉の外に出た。
少年が扉の奥に消えると、すぐにヴィレムも少年の後を追い、扉の奥に消える。
そしてパタンと扉が閉じられた。
サクラは、扉を見つめていた視線を下し、小さく息を吐く。
ハルとヴィレムが部屋を出て、部屋の中はサクラと影法師の男の、二人だけとなる。
暫しの間、部屋に流れる静寂。
まるで眠っているように、瞼を閉じて椅子に座る男。
サクラは、部屋の隅で沈黙するその男を横目に睨み、声を尖らせて尋ねる。
「……ハンネス……と言ったか?
お前はその面会とやらに行かないのか?」
「……それはヴィレムの仕事だ」
ぼそりと答える影法師の男――ハンネスに、サクラは舌打ちをして、続けて話す。
「……いつまでこの部屋にいるつもりだ?
女性は何かとやることがあるんだがな」
「勝手にやればいい」
「男が近くにいたらできないこともある」
「俺は魔族だ。
気にするな」
「……私を監視しているつもりか?」
サクラのこの言葉に、ハンネスがひどく気だるげな様子で、瞼を開ける。
「……この部屋は俺に宛てがわれた部屋だ。
自宅は別にあるが、そこまで帰るのも面倒だ」
面倒くさそうに答えたハンネスを、サクラは碧い瞳と赤い瞳で、鋭く見据える。
ハンネスの濁りのない赤い瞳。
その瞳に話し掛けるように、サクラは口を開いた。
「……ハルの話では、お前は私とハルを抱えて、騎士から逃げたらしいな」
「……だったら何だ?」
一切表情を変えないハンネスに、サクラはゆっくりと瞳を細めていく。
「お前も、ハルの事情には気付いたはずだ。
だったらなぜ、それを黙っている」
「興味がないからだ」
言葉短く答えるハンネス。
その彼の態度に、サクラは苛立ちを覚える。
「興味がないってのはどういうことだ?」
「俺は俺のやるべきことだけをやる。
進んでヴィレムの計画に肩入れすることも、ヴィレムの計画を邪魔することもない。
指示があれば従うが、指示がなければ何もしない」
「……そのせいで、その計画とやらが失敗に終わったとしてもか?」
「俺にとって結果は重要じゃない。
重要なことは、俺という存在の在り方だ」
多少の長文を口にするようになったハンネス。
サクラはベッドの上で体を回すと、足先を床に下ろして、ベッドに腰掛ける姿勢を取った。
そして、部屋の隅で椅子に座り、こちらに赤い視線を向けているハンネスに、サクラは声を落として尋ねる。
「お前達の言う計画とは何だ?
ただハルの親から金を強請るだけにしては、やることが大袈裟すぎる。
一体お前達は何を考えている。
この事件の行きつく先は何なんだ?」
「ヴィレムの計画は……最終的に俺の存在の在り方を満たす。
だから奴に協力している」
「……なら、お前の存在の在り方とは何だ?」
ハンネスの赤い瞳が――
怪しく細められる。
「宿命だ」




