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桜色の頭 ~人間と魔族と謝礼金と~  作者: 管澤捻
乙女の意識がない隙に、勝手に服を脱がして治療するな!
13/21

乙女の意識がない隙に、勝手に服を脱がして治療するな!(1)

 胸の前で手のひらを合わせ、瞼を閉じる。

 時間はきっかり十秒。

 計っていたわけではないが、昔からの習慣で、意識しなくとも一秒の誤差が出ることもない。


 轟桜は瞼を開けて碧眼を覗かせた。


 龍神魂(りゅうじんたま)神社。

 島にある無数の神社の中で、一際規模が大きく、島を代表する神社の一つだ。

 季節で表情を変える樹々に彩られた山。

 龍眠山(りゅうみんざん)

 龍神魂神社は、その山の中腹に存在しており、鳥居のある入り口から千段もの石段を上り、樹々に囲まれた参道を二十分歩くと、手水舎と社務所、そして賽銭箱と鈴が吊るされた拝殿が見えてくる。


 拝殿の前で礼拝を終えた桜は、碧眼を横にずらし、自身の隣に立つ女性を見た。

 桜と同じ桜色の髪に、桜と同じ市松模様の着物を着た、三十代半ばの女性。

 美しい顔立ちには不釣り合いの、物々しい眼帯を右目につけたその女性は、轟家の現当主であり――


 桜の母親であった。


 桜の母親――轟凛は、まだ瞼を閉じて、礼拝を続けていた。

 桜は胸の前で合わせた手のひらはそのままに、拝殿に向かい頭を下げている母親の姿を、暫く眺める。


 母親の瞼が開き、眼帯に隠されていない左碧眼が覗く。

 母親が胸の前で合わせた手を下すのと同時、桜もまた、胸の前で合わせていた手を下した。


 母親が桜へと振り返り、微笑む。


「これで龍神様へのご挨拶は済みましたね。

 明日はこの奥にある本殿にて、継承の儀が執り行われます。

 この儀式を経ることで、貴方は正式に龍神様の巫女となるわけです」


「はい、お母様」


 母親の言葉に、桜は淀みない所作で頷いた。


 十五歳を迎えた轟家の女児に、執り行われる継承の儀。

 それは、自身の身体に龍神様を招き入れることで、龍神様の巫女として転生するための儀式だ。

 轟家の当主は、代々その継承の儀を経ることで、親から子に龍神様の魂を受け継がせてきた。


 桜の母親もまた十五歳の時、継承の儀式を経て龍神様の巫女となった。

 そして明日、桜は十五歳の誕生日を迎える。

 今度は桜が龍神様の巫女として――


 その身を捧げることとなるのだ。


 微笑みを打ち消した母親が、右目の眼帯に指先を触れ、桜色の唇をそっと開く。


「桜。

 貴方も知っての通り、龍神様の力はとても偉大であり、強大です。

 そしてそれが故に、とても危険なものでもあります。

 貴方は巫女として、その龍神様の力を御する立場となります。

 それはつまり、()()()宿()()をその身に背負うということです」


「はい」


 またも淀みない所作で頷く桜。

 母親が左碧眼を一度瞬かせ、話を続ける。


「龍神様の力を得た巫女は、何百年という遥か昔より、この地をその庇護のもと、見守り続けてきました。

 龍神様を宿した巫女は、その身を生涯この地に置き、その力を受け継ぐ新たな巫女を育まなければなりません。

 私の母はその宿命を全うし、天命により他界されました。

 私もいずれそうなることでしょう。

 そして桜、貴方も――」


「分かっています」


 母親の言葉を引き継ぎ、桜は力強く言葉を続ける。


「私は轟桜です。

 轟家当主轟凛の娘であり、次期当主となる人間です。

 轟家の宿命を背負う覚悟はとうにできています。

 私はお母様のような立派な巫女に、必ずなってみせます」


 桜のこの言葉に、母親が一度打ち消した微笑みを、再度表情に浮かべる。


「ええ、そうですね。

 期待していますよ、桜」


「はい」


 桜は胸を高鳴らせた。


 母親が自分に期待してくれている。

 ただそれだけで、桜の心は満たされる。

 まるで異性に恋をする少女のように、桜は頬を鮮やかに紅潮させ、決意を胸に刻み込む。


 継承の儀を経て、龍神様の巫女としてこの地を治める。

 母親のその期待に、期待以上の成果で応える。

 それが、これまで多大な愛情を注いでくれた母親への恩返しであり――


 轟桜の生まれながらの宿命なのだ。


 そう桜は考えている。

 それは嘘偽りのない彼女の本音であり、一片の曇りもなく、迷う必要すらないほどに、自明の理でもあった。

 少なくとも――


 当時の桜はそうだった。


==============================


 目を覚ましてすぐに、サクラは腹部の激痛に顔を歪めた。

 痛みをこらえて瞼を開き、サクラは左右に視線を巡らせた。

 自身が寝転んでいるすぐ横に、金髪の少年がいる。


 心配そうな表情でサクラを見つめていた金髪少年が、ぱっと顔を華やがせる。


「よかった、サクラお姉ちゃん。

 気が付いたんだね?」


「……ハル……お前か」


 サクラは金髪少年――ハルから視線を外すと、体を寝転がしたまま天井を見やる。

 僅かな汚れすら見えないクリーム色の天井。

 根無し草のサクラにとって、一つの部屋に寝泊まりを続けることは少ない。

 当然その天井も、見覚えのないものであった。


 サクラは腕を支えにして上体を起こした。

 体重移動したことで、支えにした手と尻が床に沈み込む。

 サクラはここで初めて、自分がベッドに寝かされていることに気付いた。


「……っつう」


「大丈夫?

 サクラお姉ちゃん」


 ハルが眉尻を落とす。

 サクラは腹部を手で押さえると、視線を落として自分の姿を見下ろした。

 薄手のシャツとスパッツ。

 いつもの着物は着ていなかった。


 薄手のシャツは、右脇腹あたりがべったりと赤い血に染まっていた。

 腹部に触れていた手を一旦離して、その手のひらを見やる。

 シャツを赤く染めている血は、すでに乾燥していたようで、そこに触れていた手のひらに血が付着することはなかった。


 シャツをめくり腹部を確認する。

 腹部には清潔な白い包帯が、何重と巻かれていた。

 包帯越しに血が薄く透けてはいたが、どうやら出血は止まっているらしい。


 サクラは眉をひそめ、ベッド脇に腰を下ろしているハルに、怪訝に尋ねる。


「まさか……お前がこれをやったのか?」


「ううん、ボクじゃないよ」


 ハルがプルプルと頭を振り、体ごとクルリと回し、部屋の隅を指差した。


「あそこにいるお兄ちゃんが、サクラお姉ちゃんの怪我を治してくれたんだよ」


 サクラは一度瞳を瞬かせた後、ぐるりと視線を巡らして、部屋の中を見回した。


 広さが十畳ほどの、簡素な造りの部屋だった。

 窓はなく扉は一つだけ。

 家具はサクラが寝ていたベッドと、数脚の椅子、腰丈ほどのタンスだけだ。


 先程も確認したが、やはり見覚えのない部屋だ。

 サクラは小さく息を吐くと、改めてハルが指し示している先に、視線を向けた。

 四隅に角がある四角い部屋。

 その一角に脚を組んで椅子に座る、一人の男がいた。

 その男もまたサクラにとって見覚えのない男――


 否。


「……お前は確か」


 黒のパーカーに黒のズボン。

 まるで影法師のような姿をしたその男は――


「私が騎士に包囲された時、突然空から降ってきた奴か?」


「……意識があったのか」


 ぼそりと小声で呟く影法師の男。

 サクラは瞳を細めて、じろりと男を見据えた。


 まだ若い男だ。

 見た目の年齢は二十前後。

 男の濁りのない漆黒の髪は、まるで寝起きのようにボサボサで、艶が感じられない。

 腰を下ろしているため定かではないが、身長はサクラより高く、ゴードンよりは低い程度。

 体は細身だがよく鍛えられている。

 それは、無造作に椅子に座っているようで、その体幹がひどく安定していることから知れた。


 つまりこの男は――強い。


 なぜ男の戦力を分析するのか。

 その理由の一つは、それがサクラの癖のようなものだからだ。

 故郷を離れた後、長いこと一人で生きてきたサクラ。

 彼女にとって彼我の戦力分析は、己の命を守るために重要な作業であった。


 そしてもう一つ、サクラには男を戦力分析する、切実な理由があった。

 その理由とは、男の長い前髪に隠れた、瞳にある。

 刃のように切れ長の鋭い瞳。

 その瞳の色が――


 赤く濡れていた。


(人に酷似した……魔族か)


 サクラは静かに気を引き締める。


 液状族のように、人間の姿に擬態する魔族も、それなりに希少な部類ではあるが、元来の姿が人間と酷似している魔族は、さらにその割合が少ない。

 正確ではないが、魔族の一パーセント未満しか、そのような種族は存在しないと言われている。


 どうやらこの影法師の男は、その希少な魔族の、一種族らしい。


 もっとも、人間と近い容姿をしているとはいえ、男と人間の差異は何も、その赤い瞳だけではなかった。

 ボサボサの頭髪から生えた漆黒の角や、青白い顔に浮かぶ刺青のような黒い痣もまた、彼が人外の生物であることを示しているといえる。


 男を油断なく見据えるサクラに、ハルが朗らかな調子で、説明をする。


「このお兄ちゃんがね、ボク達を助けてくれたんだよ。

 すごかったよ。

 何かこう、黒い変なものがぶわっと出てさ、みんな大慌てでね、その隙にお兄ちゃんが、サクラお姉ちゃんとボクを担いで、またぶわっとジャンプしてさ、あとはシュタタタって――」


 要領を得ないハルの説明は無視して、サクラは男を鋭く見据えつつ、口を開く。


「何者だお前は?

 ここはどこだ?」


 サクラの短い問いに沈黙する男。

 サクラは鋭く舌打ちをする。


「どうしてあの場にいた?

 魔族が街を偶然散歩中だったなんて言わないだろうな?」


 やはり沈黙を続ける男。

 サクラは目尻を吊り上げると、慎重にその言葉を吐いた。


「お前が……小人族か?」


 男は口を閉ざしたまま動かない。

 だが――


「いいえ。

 違いますよ」


 彼女の問いに答える声が、部屋にあるただ一つの扉から、聞こえてきた。

 サクラとハルが、同時に扉に視線を向ける。

 扉が音もなく開き、一人の男性が姿を現す。


 四十代前後と思しき中年男性だ。

 オールバックにした黒髪に、色の付いた丸眼鏡を掛けている。

 服装は黒のスーツ。

 右腕には一見して高価な、金縁の腕時計が巻かれていた。


 黒髪を後ろに撫でつけながら、その中年男性がサクラに視線を向ける。


「そのお方は、小人族などというチンケな魔族ではありません。

 もっと崇高なお方です」


「……何だお前は?」


 突然、会話に加わった中年男性を、胡散臭げに睨みつけるサクラ。

 彼女の鋭い視線に、男はまるで怯んだ様子もなく、「これは失敬」と、目元の丸眼鏡をずらして見せた。


「――お前……」


 サクラの驚愕した反応に、丸眼鏡に隠されていた中年男性の、()()()が怪しげに笑う。


「初めまして。

 私はヴィレムと申します。

 お察しの通り魔族であり――小人族です」


 ずらした丸眼鏡を元の位置に直し、中年男性――ヴィレムが恭しく一礼する。


「どうかお見知りおきください。

 サクラ・トドロキさん」


「……私のことを知っているのか?」


 サクラの問いに、ヴィレムが下げていた頭を上げ、「もちろんです」と微笑んだ。


「餓鬼族と液状族の頭を打ち倒し、二種族の頂点に立ったお方ですからね」


「いい加減、否定するのも疲れてきたが、魔族の頂点になど立った覚えはない」


「そう邪険にしないでください。

 貴方も魔族と同じ力を持つ存在なのですから」


 丸眼鏡の奥に隠された、ヴィレムの赤い瞳が、サクラの右目に向けられる。

 サクラは小さく舌打ちをすると、自身の右目元を指先で触れる。

 彼女の右目には――


 いつもつけている眼帯がなかった。


「その赤い瞳。

 その瞳が、貴方が魔族の力を――魔力を持つという証です。

 ただ貴方は確かに、人間でもあるようですね。

 ではその強大な魔力はどう身につけたのでしょうか?」


「当ててみろよ。

 正解したら飴ちゃんをくれてやる」


 挑発的にそう話すサクラ。

 ヴィレムが「ふむ」と顎に指を当てる。


「興味はつきませんが、今はクイズの挑戦は止めておきましょう。

 これから、とある方と面会の約束がありましてね、その問題を考えている時間の余裕がありません」


「ならもう少し、簡単な問題にしてやるよ」


 サクラは眼光を鋭く瞬かせる。


「どうして私を連れてきた?

 お前達の狙いは――ハル一人だけだろ」


「……さて、どうしてでしょうね?」


 しらばっくれるヴィレムに、サクラは威嚇するようにギリッと犬歯を剥く。

 すると「勘違いしないでください」と、ヴィレムが手のひらをこちらに向けた。


「貴方をここに連れてきたのは、私の指示ではありません。

 これは彼の判断です」


 ヴィレムが、部屋の隅にいる影法師の男を、手で差し示す。

 ヴィレムに示されても、相変わらず沈黙を続ける男。

 ヴィレムがポリポリと髪を掻き、男に尋ねる。


「私も疑問に感じており、尋ねたいと思っていました。

 ハンネス様。

 どうして彼女をここに連れてきたのですか?

 しかも傷の手当までするなんて……」


「……女は好きにしろと、お前がそう言った」


 影法師の男が、蚊の鳴くような小さな声で、そう答えた。

 男の返答に、ヴィレムが「まあ、確かにそうは言いましたが」と、明らかに困った様子で眉尻を落とす。


「……一応ここは、私の自宅兼アジトでもあるのですがね。

 まあ近々売り払うつもりではありましたが、あまり人様に知られるようなことはしたくないのですよ」


「……この女は、俺達の都合に巻き込まれただけだ」


 影法師の男が、のんびりと赤い視線を動かし、ヴィレムを見据えた。


「死ぬ必要がないと判断したから生かした。

 それだけだ……」


 そう言い切ると、ついっと赤い視線を他所に向け、影法師の男がまた沈黙する。

 男の返答に、不満げな顔をするヴィレム。

 だが暫くして、諦めるように肩を落とした。


「……まあ、いいでしょう。

 私も彼女の存在には興味がありますしね。

 何よりこの怪我では暫くは身動きができないでしょうから、計画の支障にはなりません」


 ヴィレムがそう話し、おもむろに懐に手を入れる。

 そして、胸元を探るような仕草をした後、その懐に入れた手を外に出した。

 ヴィレムのその手に――


 長い銃身の拳銃が握られている。


「それは――拳銃は騎士軍にしか出回っていないはずだぞ」


 碧い瞳と赤い瞳を丸めるサクラに、ヴィレムが拳銃を揺らしながら、気楽に答える。


「表向きはそうですね。

 ただ入手する方法などいくらでもあるものです」


「……まさか私を撃ったのも?」


「お察しの通り、この拳銃ですよ。

 貴方があまりにも騎士軍から逃げ回るのでね。

 表立って行動するのは不本意でしたが、少々騎士軍に加勢した次第です」


 睨むサクラに軽く肩をすくめ、ヴィレムがその拳銃の銃口を――


 ハルに向けた。


 びくりと小柄な体を震えさせるハル。

 ヴィレムがことさら穏やかな口調で言う。


「さてハル君。

 私がここに来たのは、貴方を迎えに来るためです。

 先程も少しお話ししましたが、これから私は、とある方と面会をします。

 そこに貴方も同席して頂きたい」


「え?

 え?」


「申し訳ありませんが、貴方に拒否権はありません。

 ご理解いただけますね?」


 闇を湛えた銃口に睨まれ、ハルがゴクリと唾を呑み込む。

 ハルの金色の瞳が、自身を睨む銃口へと向けられ、次にその拳銃を握るヴィレムへと向く。

 そして――


 ベッドに座るサクラへと向けられた。


「サクラお姉ちゃん……」


 小さく震えるハルの金色の瞳。

 サクラは表情を曇らせ、少年の瞳から視線を逸らした。


「……私はこのざまだ。

 どうすることもできない。

 ()()()一人で何とかしてこい」


 サクラのその突き放すような物言いに、ハルが金色の瞳を大きく広げ、すぐにきゅっと強く瞼を結んだ。

 拳銃を構えたヴィレムが、ハルのもとに近づいてくる。


「結構。

 それでは一緒に来て――」


「ボクに触らないで!」


 手を伸ばそうとしたヴィレムを、ハルが声を上げて制する。

 サクラには見せたこともない、少年の敵意に彩られた金色の瞳。

 その瞳の視線を受け、ヴィレムが眉をしかめる。


「……それほど恐がることもないと思いますが……まあいいでしょう。

 私の指示に従ってくれるのなら、貴方には指一本たりと触れないと誓いますよ。

 ではこちらにどうぞ」


 ハルに向けて伸ばそうとした腕を下し、ヴィレムが女性をエスコートするように、少年を扉へと誘導する。

 ハルは眉をきっと引き締めると、ヴィレムに従い扉の外に出た。


 少年が扉の奥に消えると、すぐにヴィレムも少年の後を追い、扉の奥に消える。

 そしてパタンと扉が閉じられた。

 サクラは、扉を見つめていた視線を下し、小さく息を吐く。


 ハルとヴィレムが部屋を出て、部屋の中はサクラと影法師の男の、二人だけとなる。

 暫しの間、部屋に流れる静寂。

 まるで眠っているように、瞼を閉じて椅子に座る男。

 サクラは、部屋の隅で沈黙するその男を横目に睨み、声を尖らせて尋ねる。


「……ハンネス……と言ったか?

 お前はその面会とやらに行かないのか?」


「……それはヴィレムの仕事だ」


 ぼそりと答える影法師の男――ハンネスに、サクラは舌打ちをして、続けて話す。


「……いつまでこの部屋にいるつもりだ?

 女性は何かとやることがあるんだがな」


「勝手にやればいい」


「男が近くにいたらできないこともある」


「俺は魔族だ。

 気にするな」


「……私を監視しているつもりか?」


 サクラのこの言葉に、ハンネスがひどく気だるげな様子で、瞼を開ける。


「……この部屋は俺に宛てがわれた部屋だ。

 自宅は別にあるが、そこまで帰るのも面倒だ」


 面倒くさそうに答えたハンネスを、サクラは碧い瞳と赤い瞳で、鋭く見据える。

 ハンネスの濁りのない赤い瞳。

 その瞳に話し掛けるように、サクラは口を開いた。


「……ハルの話では、お前は私とハルを抱えて、騎士から逃げたらしいな」


「……だったら何だ?」


 一切表情を変えないハンネスに、サクラはゆっくりと瞳を細めていく。


「お前も、()()()()()には気付いたはずだ。

 だったらなぜ、それを黙っている」


「興味がないからだ」


 言葉短く答えるハンネス。

 その彼の態度に、サクラは苛立ちを覚える。


「興味がないってのはどういうことだ?」


「俺は俺のやるべきことだけをやる。

 進んでヴィレムの計画に肩入れすることも、ヴィレムの計画を邪魔することもない。

 指示があれば従うが、指示がなければ何もしない」


「……そのせいで、その計画とやらが失敗に終わったとしてもか?」


「俺にとって結果は重要じゃない。

 重要なことは、俺という存在の在り方だ」


 多少の長文を口にするようになったハンネス。

 サクラはベッドの上で体を回すと、足先を床に下ろして、ベッドに腰掛ける姿勢を取った。

 そして、部屋の隅で椅子に座り、こちらに赤い視線を向けているハンネスに、サクラは声を落として尋ねる。


「お前達の言う計画とは何だ?

 ただハルの親から金を強請るだけにしては、やることが大袈裟すぎる。

 一体お前達は何を考えている。

 この事件の行きつく先は何なんだ?」


「ヴィレムの計画は……最終的に俺の存在の在り方を満たす。

 だから奴に協力している」


「……なら、お前の存在の在り方とは何だ?」


 ハンネスの赤い瞳が――


 怪しく細められる。


宿()()だ」


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