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そりゃ燃え上がりましたよ
「あわや大惨事ですよ。命からがらですよ」
煤を被ったエストラゴンが、恨めしそうに卓上の液体を眺めながら言った。
よく見ると、長い髪の端が少し焦げている。
「どしたの」
「この変なにおいの水ですよ。ウラちゃんが油みたいなものだって言うから火をつけてみたんです」
「どうなったの」
「そりゃ燃え上がりましたよ。勢いよく」
「馬鹿なの」
「エスちゃんは天才ですが。燃えるったって限度があるでしょう、使いづらいったらないですよこんな油」
ウラジミールはエストラゴンの話を聞き流しながら、卓上の液体を調べる。
「燃料とは言うものの、暖を取るとかそういう類のものじゃ無さそうだね。揮発性が高くて保存もしにくそうだし」
「どういう用途の液体なんでしょうか」
「液状の石炭みたいなものじゃないかな」
「固形のほうが使いやすくないですか?」
「でも、ものに火をつけるのに便利だよ。瓶に詰めて人に投げて火を着けるとか」
「火炎魔法の代替品だったんでしょうか」
「こんなの出回ったら僕たち商売あがったりだね」
「そういう世界もあるのかもしれませんね」