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合理的な選択

まだ追いつかない……

 ニクス達三人は、夜通し歩いてようやく森の出口にたどり着いた。今まで鬱蒼とした木々の間を進んでいたので光が目に痛い。二人も目をしょぼつかせながら日の下に出る。


「地元民がいてよかった、制限時間ギリギリで集合場所に戻るつもりだったからさ」

「よかったね」

「急に愛想悪くなったねぇ」


 別に、愛想が悪くなったわけではなく疲れて口数が減っただけなのだが、現在の問題が一つ。背中の感触からしてカビが暴走を始めている。免疫力が低下したことで体内での制御が難しくなっているようだ。これでは二つ目の試験とやらには出ることができない。

 暴走すると具体的には、カビが表出して全身が黒化する第一段階、無差別に攻撃を始める第二段階と異変が起きる。その先はおそらく自身のカビ人間化だろう。そこまで行ったことがないので推測でしかないが、第二段階になった事は一度だけある。アージスに手刀を受け、気絶していなければ自分も周囲も危なかっただろう。


「見えてきた」


 自分たちの正面に、集合場所である疑似闘技場が見えてきた。何をしているのかは18歳未満立ち入り禁止なので分からないが、なにか良からぬ事をやっているのだろう。

 3人は擬似闘技場の入口を通り、係員がその姿を見止める。


「合格だ。……名は?」

「ベル・アイオーン」

「アレスト・ランドルズ」

「ニクス・テラーロック」


 係員が前に置いてある紙に3人分の名前を書く。それを見ていたニクスだが、急に背筋に悪寒が走る。現在進行形で危険なカビの暴走とは違い、まるで誰かに睨みつけられているような、そんな嫌な感じだ。慌てて隣の二人を見るが、二人の視線はこちらを向いていない。挙動不審になっているニクスに気づいたアレストが声をかける。


「どうした? 顔色悪いぞ」

「誰かに睨まれたような気がする……気のせいかな」

「あー。誰も居ないっぽいけど……」


「いや、居るよ」


 横で話を聞いていたベルが、一周見渡したのちにそう言う。二人は「どこ?」とベルの指さす方向を見る。そこには何もいない。いや、ニクスとアレストには見えない。ベルは正面を見つめると、何か呟いた。すると、二人の前の視界が揺らぎ、5人の人間が立っていた。


「隠密魔法を破れるのか。まさかそんな高度な解除術をこんな小娘が扱えるとは驚きよ」

「……よォ、昨日は世話になったなぁ」

「…………誰?」


 記憶がない。いや、何となく思い出したには思い出したが、多分向こうが悪い。記憶が正しければ、試験前に話しかけてきた奴だ。


「お前、試験合格者では無いな? ここは合格者のみ通れる場所だ。いかなる目的があっても容認しない、立ち去ってもらおう」

「……なんだと?」

「いい、やめとけ。ここで波風を立てる理由は無い」


 係員を睨みつけるそいつと、それを抑える大柄な男。その男からは不穏な空気が立ち上っており、怒り心頭のそいつは大人しくなった。そのことから、彼は相当な実力者であることが窺えた。すると、唐突にその男がこちらを向くとニクスに話し始めた。


「お前、背中には気をつけろよ」

「待てお前! 何のつもりだ、脅迫でもしてんのか?」

「俺はこいつと違ってコイツに恨みは持ってねえ、これは警告だ」


 ニクスの代わりに怒ったアレストだったが、ひらりと返され、目の前の男とニクスとを交互に見る。当のニクスは、一言だけ「ああ」と言ったきり、黙り込んで歩き出した。


「あ、待ちなさいよ」


 肩を掴もうとしたベル。その手をかわして、ニクスはこう言った。


「能力が暴走してる。今は近づかないで」

「あれ? あんたの能力って何なの?」

「……猛毒の真菌を操る能力、かな。言ってしまえば生物兵器だよ。んで、制御が効かなくなって来ててさ……」


 だから、と言うと係員の方を向き、伝える。


「そんなわけで俺、棄権します」

「「は!?」」


 2人の顔が凍りついた。係員も驚きを隠せない様子だ。奴らも驚いた顔でこちらを見るが、反対にニクスの顔は少し笑っている。


「そんならお前、俺たちの道案内をしたってだけじゃねえか!」

「…………テラーロック、それでいいのか?」


 係員が問うてきた。それに対し、ニクスの答えはこうだ。


「ここに戻ってきたこととこの場所の用途から見て、次は何かと戦うんじゃないかと思ったんですよ。この状態で俺が無理に能力を使えば、闘技場の人間全員をカビ人間に変えてしまうし、カビ人間になると言うことは中身の人間はカビに侵されて死んじゃいますから」


 うん、我ながら最高の説明ができた。何より、観戦しているであろうお偉いさんの前で、彼らもろともせん滅してしまってはお話にならない。国から追われる犯罪者になりかねない上に、ある程度の距離なら独立して生育する特性を利用され、兵器として研究されまくってしまう可能性も考えると、やはりここらで棄権しておくのが最良だろう。これは軽々しく人に見せてよい能力ではない事はわかっている。


「カビの能力だったのか。そして能力が暴走を始めていると……安全を考慮し、途中棄権を認めよう」

「その必要はないわ!」


 係員の言葉をかき消すような大音声が、闘技場の階段の上から聞こえてきた。その場にいる全員の視線がそちらに向く。そこには、いかにも『高い身分』であるような美しいドレスを身にまとった女性が歩み寄ってきた。顔はきりっとしてはいるが幼さが残っている。彼女は、ニクスをまっすぐに見つめると口を開いた。


「あなた、待ってくれませんか? 闘技場に出なくても、見るだけなら問題ないでしょう。それに、能力にのまれている者の表情はもっと厳しいですから、体力の回復とともに収まるたぐいなんでしょ? あの森での志願者の様子は全員分見て、ひとりひとり評価をしています」

「フィラファス様! どうしてこちらに!? お戻りください、今スグ護衛を呼びますから!」


 いやよ! と差し出された手をはねのけると、ニクスに詰め寄る。なぜこの人は自分をここまで必死になって引き止めるのだろう?


「なんで俺とそんなに関わろうとするんですか?」

「ほんとはあなた、この二人を気に入ったから安全に森から出そうとしたんですよね? 自分の合格よりライバルを優先するその考え、それこそ狩人に必要な資格です。実のところ第二試験は、王直属の狩人を選定するための場であり、狩人の適正は森ですべて見ているのですよ。


 ――だからあなたが棄権する必要はない、もう『合格』なんですから」



 今言われたことの意味を理解するのに数秒かかったが、合格と言われたからには合格なのだろう。ようやっと嬉しくなった。アレストもベルも、手放しで喜んでくれている。喜んでいないのは奥で完全に蚊帳の外の奴らだけだ。憎々しそうにしている奴をつかむと、無言でその場を離れていった。


「そんなわけで、私と試合観戦しましょう。一緒にいれば、あなたの能力も多少落ち着くでしょう。そういう能力なんです。あなたにお話もあるし、あなたの事も知りたいんです」

「話ですか?」


 ええ、と頷くフィラファスと言う彼女。その顔から、何となく嫌な記憶が呼び覚まされたニクスであった。


 そして、ベル、アレストの二人も少し後にその場で合格を言い渡された。二人は、親に報告しに行くと言い、ニクスの住む村の名前だけ聞いて帰っていった。フィラファス曰く、二次試験は合格にプラスしてもう一言、その旨を言われるそうだ。


 観客席に座るフィラファスとニクス。『様』と言われていた割には普通の席だった。それでも見やすい上の方だったが。それを聞くと、彼女はもう一つの答えを明かした。


「私は、ある冒険者組合のマスターなんですよ」


 また面白そうな話が転がり込んできた。


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