最強のカウンター
カクヨムの方は誰も読んでくれないのでこっちをメインにしようか迷っとります
俺たちの後ろから何かがゆっくりと頭を持ち上げる音がする。簡単に通してくれないというのは、まさにこいつがいるからだ。大の大人が10人並んでも余りあるほどの大きさのムカデ。実はこいつ、昔からいたわけではなく数年前から三連沼を根城にし始めたよそ者である。この森の固有種や、昔からいる生物を食い荒らし、近くを通るものは例え武器を持った人間であっても食おうと襲い掛かる。何度か征伐に来た狩人がいたが、帰ってくることは無かった。しばらくして折れた剣や何かの骨が見つかるというのはよくある話になってしまった。
「!? 何よこいつ!」
「ムカデだ。ヌシやレッドホーンでも抑えの利かない最悪の野郎だ……。ここで出会ったが百年目、俺が処理する。置いて行ってくれ、こいつは目が悪いから先頭の俺しか狙わない」
レッドホーンというのは、例の毒の角を持つシカのことだ。もともと沼は奴の縄張りで、それすら侵略していたのだ。それが余計気が立っている原因でもあったのだろう。試験官たちは人が悪い。もし出会ったらしばき倒してやる。
「まてよ、お前そんなことしたら死ぬぞ! 人間を襲うんだろ? それに合格できなくなる……!」
「別にいい。この森が会場じゃなけりゃ逃げたけど、ここは俺が守らないといけない場所なんだ。全身見せた今がチャンス、仕留めたら追いかけるよ」
「おい、よせって!」
ムカデは、鎌首をもたげると大あごを広げながら突っ込む。俺は横っ飛びに回避する。すると、こいつは2人に背を向け、ニクスの方に向かってくる。アレスト達の慄く顔が見えた。ニヤリと笑う。
「地元民の言うこと位聞いとけ、間違いねぇんだから」
半分泣いているベルを引っ張りながら彼は走り出した。それに気づいたように頭が動くが、行かすまいとその頭に流木をぶつける。と、触覚がちぎれ飛んだ。嗅覚と視覚の一部を失ったムカデは、頭を振り、体液を撒き散らしながら尾でニクスを弾き飛ばす。流石のパワーに吹っ飛んだ。が、何とか立ち上がった。自分の攻撃力がカンストしていることをすっかり忘れていた。
「コイツ、ずいぶんな化け物だな……」
余談だが、ムカデのような肉食性の節足動物は、獲物に抵抗されて体の一部が破損することが多い関係上、再生能力が非常に高い。一回脱皮すればほぼ完全に再生してしまうという。
「うっ! しまった、底なし沼……!」
三連沼の一つに入ってしまっていた。足がずぶずぶと埋まっていく。視界が下に降りていくと、その拍子に背の高い草が目に飛び込んできた。その根元に、人間の骨が転がっている。思わずぞくりとしてしまった。が、ムカデは容赦なく突撃してくる。これんな状態ではかわせない。ニクスにできるのは、タイミングを合わせてカウンターを食らわせることだ。しかし、体が勝手に動いた。腕を大きく横に振る。
――ムカデの頭が跳ね上がり、ひっくり返った。同時に自分の右足が風圧で泥から抜ける。
「今のは……!? でもだめだ、沈むー!」
「シャアアアア!」
怒り狂って怪鳥音を発しながら奴が迫る。もう一回構えなおす。頭が近づくにつれて恐怖で仰け反りそうになるが、腕を引いた。後3メートル、2メートル、1メートル――――
「今だッ!! うぉおおお!」
限界まで貯めた力が爆発する。その拳は顔面を確実にとらえた。ムカデの固い甲殻が粉々に割れ、毒牙も触覚も吹っ飛ぶ。同時に衝撃波が空の雲を吹き飛ばし、満天の星空と月明かりがムカデを照らす。頭を失った奴は、ゆっくり横倒しになると動かなくなる。ニクスも意識を失いかけ、前のめりに倒れる。ああ、ムカデはやったけど沼に殺されちまう……
と、体が何かに引っ張り出された。そのまま運ばれ、木の上に優しく置かれる。うっすらと目を開けると、そこには巨大なイノシシがたたずんでいた。先ほどは侵入者が多すぎて怒りで我を忘れていただけのようで、その顔に険しさは一切ない。
「助けてくれたのか……ありがとうな、ヌシ。いや、『うり太郎』」
言葉は発さないが、うんうんと頷いた。こいつは、ヴィアドラが安直に『うり太郎』と名付け、小屋にも大きくうり太郎と書いたプレートを張り付けたせいで自分はそういう名前だと思い込んでしまった。まあ、呼びやすいからいいけど。
うり太郎は踵を返すとのしのしと森に帰っていく。器用に土の部分を踏むが、それでも沈んでいる。
ニクスはゆっくり起き上がる。と、人影が二つこちらに向かってくる。アレストとベルだ。
「俺たちも戦う!」
「地元民なんか知らないもん」
「……うれしいけど、もう終わったよ」
え? と二人はニクスの後ろを見る。頭が消えさって地面に倒れ伏す怪物を見た二人は、「一人で倒したの……?」と驚く。
「それに、星空が出たぞ! きれいだよな!」
「もしかしてあなたがやったの?」
「え? いや、どうだったかな。ムカデを倒した後で気絶したみたいでさ」
実際、よく見てなかったこともあって見栄を張らないことにした。アレストに担がれると、歩き出した二人に聞く。
「そりゃ、あとで死んだとか知らされたら罪悪感がな」
「自己犠牲で死なれても嫌なの」
「お前らだけで森から出ればよかったのに」
二人は、「何言ってんの」みたいな顔をしながら同時に言う。
「仲間だから」
ニクスはこの瞬間、初めて同世代の友人ができた。今まで修練と生きづらさで村人と以外全く関わってこなかった自分とは無縁のものと思っていたが、非常にうれしかった。
「お、ようやく笑った」
「笑ってない」
そんな会話をする三人を、映写魔法越しに囲む数人の男女たち。
「ふーん、あの子やるじゃん。雲を割っちゃうとはね」
「地元の人間というフィールドアドバンテージも持っている。森のヌシに助けられるのも良い。これもまた運なり」
「でもレベルが1じゃあ運もくそもないわな」
ふっ、と笑う一人の男。映写魔法に手を伸ばすと、そこに映るニクスを殴りつける。映写魔法が解け、机の上のコップが二つに割れた。男の肩が震えている。周りがまあまあとなだめるが、狂気じみた顔でぶつぶつと何か呟いている。
「てめえに殴られさえしなければ俺も試験に出られたのによォ……何倍返しにしてやろうかァ…………!」