世界の扉、始初
伏線というか、いろいろ回収しました
もういいだろ。
チリン、と小さな音がする。ニクスはゆっくりと目を開けた。四方が金属のようなもので打ち付けられた寒々しい雰囲気を感じる場所に立っていた。ふと、衣服がいつもの動きやすいものではないことに気づき、両手を見てみる。
「これは……」
白衣だ。やや汚れた白衣を着ていることが分かった。この服装には見覚えがある、アゼタのものだと理解した。すなわち、これはアゼタの記憶なのではないだろうか? その疑問は直後に解決した。
「これが×国へ送り込む生物兵器か……名称はどうする、《《畔田》》?」
「え?」
突然自分のものではない名前を呼ばれ、面食らっておかしな返答を返してしまう。俺はニクス。ニクス・テラーロックで間違いない。
「畔田、おい、大丈夫か? 根詰めすぎてんだろうな、一回寝たほうが良いだろう」
「そ、そうだな……ありがとう、そうするよ」
寝るつもりなどないがその場を何とかしのぎ、目の前にある聖剣ガラ・タエナの刀身によく似た板の前に向かう。これは…………パソコンだ。使い方もわかる。
やはりおかしい。いやな予感がする。これはアゼタの記憶なのだろうか? だとすればこれはニクスの前世そのものだ。モニターに照らされた顔が、ある一点を見つめる。『兵器』とだけ書かれたファイルだ。それをダブルクリックしてみる……メモ帳のようだ。そこに映し出されたのは――
『DG_00 ニクス』
「俺の……名前?」
そのデータには、それを開発することになった経緯と観察記録が残されていた。
途端に背後に影が迫る。さんざん培ってきた経験値が活きており、椅子を跳ね飛ばすと回し蹴りをお見舞いする。相手は床に倒れこむ。同じ白衣を着ているので仕事仲間だろうか? そんなものが存在するなど考えたこともなかったが。
「この技術は……作り出すべきではなかった……!」
「なんのこ……」
何のことだ と言おうとすると洪水の様に誰かの会話や行動が逐一思い出される。これは自分の前世且つ、死ぬ寸前の体験だ。
「俺の妻は×国の国民だ! お前なんかに俺の幸せを奪わせるものか!」
「それはお前ひとりのエゴだろうが!」
「少なくともこれを使うべきじゃない! まだ和解の可能性はある! 始まってもない戦争に備える意味がどこにある!」
「上からの命令だ! 何も考えずに従うのが普通だろうが!」
反射どころじゃなく、自分が何を言うべきなのかが次々と頭に浮かぶ。相手の顔が苦痛にゆがんだ。物理的ではなく、精神的にだ。
「なら……お前が体験してみろ!!」
後ろ手に隠し持っていた試験管の栓を素早く引き抜き、ひっかけられた。
「何ィ!? その試験管……!」
「そうだ お前が作ったカビだ! 最初に生まれたDGニクスのコロニーだ、お前自身がどんなデザインにしたのかはわかっているだろう!」
「お前……消されるぞ」
頭が割れるような痛みに襲われる。ついで、嗅覚、味覚が過剰に敏感になった。唾液の味、かすかなホルマリンの香りですら想像を絶する刺激だ。声を出すこともできずのたうち回っているニクス――畔田だ。
さらに、腕が自分の意思と違う動きをする。焼け付くように痛い喉を押さえようとするも床を這うだけだ。
「うぅああああああ!」
「俺と家族のために、犠牲になってもらうぞ! 畔田!」
奴は白衣のポケットから何かボタンを取り出すと強く押し込み、それを投げ捨てると猛然と鉄扉の向こうへ消えた。時限爆弾のようだ。それを理解することだけで精いっぱいである。
意識がなくなる寸前、部屋のあちらこちらが爆発する。炎が研究成果を、データを焼き払っていく。そして自分の体も。
――炎の中から何か人のようなものが現れると手を伸ばした。男とも女ともわからぬ中性的な声だ。
「君は正しい。だから助けてあげよう。僕の名前は――オリジン」
「……」
ニクスは、暗い道を。一寸先は闇、という言葉が似合うような一本道を歩き続けている。また中性的な声が聞こえた。
「また会ったね、畔田くん。これが君のすべてだ」
「滑稽では……なかったですね」
声はそうだね、と言うとさらに続ける。
「僕は来世の君が頑張ってるのを知っている。先天的ハンデは大変だったろう? 君の持っている能力の出どころもわかったかな?」
「それをなんで見せたんですか?」
「バスタードが君より先に理解してしまっている。あの世界での君は『イレギュラー』そのものなんだ。それをあの世界の人間が認めてしまえば、世界の在り方そのものが変わってしまう。創造神と言ったことは謝ろう、アレは半分嘘だからね」
「嘘?」
声は「ああそうか」と何か納得すると、解説する。
「君はかなり前に僕と会っている。ほとんど記憶がないだろうけどちょっとだけ知ってる気がするだろ? ニクスと畔田くん、本来は彼こそが能力側なんだよ。君の魂はカビに囚われてカビ人間化したせいで能力側に、逆にカビであったニクスはあの場にいた君以外唯一の《《生けるもの》》だった。これからはその必要もないからね、安心していいよ」
「どういうことですか?」
声は最後に告げた。
「君とニクスの二人を一つに統合し、本来の体と能力に戻す。先天的ハンデもなかったことにしてあげよう。カビの能力は失われるだろうが、新しい能力を何か補完する」
今こそ選択するときだ――――




