師匠
お待たせしました
周囲が薄暗くなるとカビの体積が大きく増えた様で、ニクスの全身を覆い隠してしまった。先ほど失った分の細胞は何を使って回復したのだろう。
「第二……ヤバいだろ、あの力は諸刃の剣だ」
「止めようとすればこっちが死ぬわよ、あの子自身が能力に勝たないと」
覆ったカビは異形の竜種に変化していく。ニクスなのかアゼタなのかすらあいまいになってはいるが、かろうじてその場にとどまり続けるという最低限の理性は残っているようだ。
場所は変わって、彼の脳内。鎖につながれたままのニクスはアゼタに話しかけ続けている。
「よすんだ! フィラーさんやライシスに手は出すな!」
『誰のことだ』
しらじらしくニクスの言葉に耳を貸さないアゼタの気持ちもわかる。だが、この体は自分のものだ。ニクス自身が常に御しなければならない唯一無二のもの。
腕に力を込めると、彼の感情が警戒の色を示す。ニクスにはその色がオレンジ色に見えた。
「お前を止める……大人しく寝ろ!」
『果たしてそれが叶うかな』
カビのドラゴンから人間の腕が突き出る。少し震えていることから、ニクスが出ようともがいているのがわかる。
一方、フリゲートは利き腕を破壊されてしまった為に空間を開くことが出来ず、ゆっくりと後退を始めた。1度は元の姿に戻ったバスタードも、再度変身してニクスを迎撃しようとする。
――構えてしまった。
『落ツル星』
異形ながら口に当たる部分が左右にガバッと開くと、卵大の光が射出される。周りは小さい光にしか見えないが、フィラファスともみ合っていた数人は退避を始めた。
バスタードは全ての拳に蒼いエネルギーを点火し、最大火力のパンチを放った。拳が当たる――――
刹那、卵大だった物が何十倍にも膨れ上がる。フィールド全てを包み込む一撃が、闘技場の外壁もろとも吹き飛ばした。無論、観客席も粉々になり、ガレスの重力が一瞬間に合わなければ全員瓦礫の下敷きになっていた。
その重力で弾き返された石レンガがニクスの全身を撃ち抜く。カビの膜に穴が空いた。
彼ではなく、アゼタの目がガレスを睨むといつの間にか出来ていた腕を振り上げる。横に薙ぎ払って一網打尽にするつもりだ。
「バスタード……まさか三連敗とはな」
全ての腕を失ったバスタードが倒れていた。フリゲートも両腕が使えなくなったようで、足で蹴りあげて背負うと、どさくさに紛れて逃亡した。
「……ニクス!! カビを抑えて!」
『俺はあいつじゃない』
ニクスではない別の声とともに、容赦のない暴風が今にも叩きつけられる――――
「そこまでだ。帰ってこい、我が弟子」
暴風のような腕の前に立つ男が一人。頭に包帯を巻き、左手を三角巾で吊っている上に松葉杖という重傷者の格好をした彼の師匠が立っていた。右手には弱い光を出している槍を持ち、「プルケルス」と呟くと、ニクスの体の奥に巻き込まれていた槍が輝きを放つ。
中で大爆発が起きると頭を貫きながら飛び出し、彼の手に納まった。カビのドラゴンは腕を振るえずに後ろに倒れ、ドロドロに液状化する。
うつ伏せで倒れるニクスに近寄るアージスだったが、跳ね起きたのはまだ目が赤いアゼタの方だった。蹴りを放とうとするが、目の色が黒に戻った。
『お前……死んで無かったのか……』
「ご挨拶だな、アゼタ。それがニクスの前世の名前か?」
『……さあな。……転生を知ってる奴は多いのか?』
「俺は知っている。過去にも数人いるからな。全員めちゃくちゃな強さだったが、お前はそうでも無いな」
『なん……だと……!』
意識がニクスに戻された。カビが体に入っていくが、ある程度の分裂したカビは戻ろうとしない。が、しばらくするとゆっくりと身体に戻って行った。
「アージスさん、目が覚めたんですね!」
「よかった……!」
「夢でこいつが苦しんでいるのを見た。胸糞が悪かったもんで起きちまったよ」
そう言いながら、逃走してしまった二人のいた場所をちらっと見ると、ニクスを担ぎあげて瓦礫の中を歩き出した。
「全く、けが人に無茶させやがって……」




