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知識と記憶と希望と

悲しい別れ

 能力の一部であるカビ。彼との対話が成り立つようになったのはそこまで昔ではない。彼とは多くを語るわけでも、理解できているわけでもないがひとつわかるのはカビは『自分の知らない世界』とのつながりがある。それだけはニクス自身も理解していた。それはどのような場所なのか、人は? 動物は? 


『くどい。女も言っていただろ、成長したことを喜べと』

「答えになってねえ。俺はお前の知っている世界について教えろって言ったんだよ。お前の技と俺の技は根本的に違う。今まで疑問もなく使っていたけど、あの多弾頭弾やシャドーミサイルは、なんなんだ?」


 彼と向き合って話せるのは、ニクスが寝ている間のみだ。真っ白な液体の中を漂いながら、広がる虚空に見えるカビに話しかけている。怒りや暴走状態の時に現れる『黒いもや』としてカビは目に映っている。


 今まで、いくつもの質問をしてきたがまともに答えてもらったことはほとんどなく、逆に毎度「受け入れろ」と言い続けられ、何を受け入れねばならないのかが分からずお互いにイライラする状況が続いている。


『本当はわかってるんじゃないか? お前は異物だってことに』

「いいや、知らない。だから異物ってなんだよ」


 影はため息をつく。それも特大の。


『俺の技はお前の中にこびりついた前世の記憶だ。俺はお前の前世の記憶を引き継いでいる……多弾頭弾もミサイルも、お前が元居た世界の兵器だ。今のお前には確かに記憶がないが、脳みその使用されていない場所に前世のデータは残っているんだ。敵からすれば化け物じみたステータスよりも、無意識に動くその応用力が脅威になっている。あのカマ野郎とニセ阿修羅もそれに気づいているから始末しに来ているのは、わかるか』

「前世? 俺が何を覚えているんだ……?」


 時間だ、とカビが告げると意識が水中から急に浮き上がっていく。ああ、朝か。もう起きる時間なのだろう。この話はまた次の機会にじっくり聞こう……


 朝日が顔に当たるとむっくりと起き、朝食をとる。食べている途中、新聞から目を離さずに向かいにいるベクターが同じテーブルの一番奥に座っているフィラファスに聞く。


「んでフィラー、今回のヘイズライン杯はどうすんだ? 多数決を取る時期じゃねえのか?」

「そうねぇ。……ドラグレアはいないから後で聞いとくわ。ベクターはどう?」


 彼はフンと鼻を鳴らすと、はっきりと答えた。


「不参加」

「私も」


 ライシスも同じタイミングで声を上げる。フィラファスは無言で頷くと、ほかの面々に問いかける。答えは大体『ノー』だった。ニクスはつい最近までノーという気でいたのだが、何かがまた、自分を変えたようだ。

 フィラファスはニクスの方を見ると、何か察したようだが同じことを聞いてくる。


「ニクスはどうする? 出る? 出ない?」

「俺は…………出ます。考えたいことがいくつかあるんです」


 ベクターとライシスが「ええ!?」と思わず声を漏らした。それもそうだろう、二人には「出ない」と宣言していたのだから。ベクターの方から「どういう風の吹き回しだ?」と問いが飛んでくるがニクスの腹は不思議なほど据わっていたし、落ち着いていた。


「俺の能力の可能性をもっと探りたい。それはこの組合では限界があると悟ったんだ。観戦しているだけじゃ何も変わらない……バスタードには勝てない。守れる力をが欲しいんだ」

「ニクス……」


 ライシスは過去に死亡者が出ているからだろうか、心配を隠しきれていない。彼女なりに相棒という認識があったようだ。


 性格はきつめだが、そういうところは優しい。


 カビがまた話しかけてきた。


『死ぬなよ。宿主が死んだら俺も……』

「心配すんな、最悪お前に交代してもらってでも生きるさ」

『……チッ。最善は尽くしてやる』


 細かいことを考えるより、自分ともう一人の相棒とも呼べる存在を守ることに比重を置いた方がいいと判断を下す。ニクスの言葉はカビに対してだけかけた言葉ではない。自分自身を奮い立たせるために覚悟を決める言葉でもあるのだ。


 毎回覚悟を決めないといけないというのも変な話だが、それでも何か自分の意思で決めるのは気分が良かった。


 フィラファスが「決まりね」という。


「今回はニムカ、ニクス、ドラグレアで行くわよ」

「あいつ結局強制参加かよ」

「かわいそ~」


 ガレスともう一人が小さく石を投げていた。


 数日前の森の中。アージスは何日も前の新聞を拾い上げると、一面だけ流し読みして投げ捨て、大木に寄りかかる。その途端にアージスの顔が動く。矢が、彼の顔があった場所を正確に射抜いた。草木をかき分け、二つの影がぬっと全貌を見せる。


「俺も限界近いな……」


 アージスは、大木から離れると変わり果てた旧友の姿を見つめる。二人とも赤いヒビが体の各所に入っており、目にも同じ色がにじんでいる。


「助けられなかったな……ニヴル、カリオート……。お前の弟子ってやつの名前だけでも教えてほしかったよ。こんな状態でいるのもつらいだろ、せめて俺が倒してやる。でも、俺にも希望がある。頼んだぞ」


 アージスの目が細まると、「木偶人形め」と叫びながら二人に立ち向かう。それに呼応するように冷気が放たれ、木々が凍結していく。アージスは全身に炎を纏い、二人に突進する。



 ――森の半分以上が焦土に変わった





 ニクスはベクターが置いていった今朝の新聞で知ることになる。



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