奪還戦
お待たせしました
前と同じ体勢で新聞と本を交互に読んでいるバスタード。頭が三つに分かれており、どの顔も仏頂面だ。腕も6本で新聞と本を支え、ゆっくりと椅子に座りこんだ。
「バスタード、最近は落ち着いているのね」
「……さあな」
彼の前にコーヒーカップを置いたのは『ユグドレアウ』、ニクスに《《正当な理由》》でボコられて以来、逆恨みしているボーレアウの双子の姉だ。彼は手隙の二本でコーヒーカップに手を出す。
「気が利くな、悪い」
「バスタードはあの子に会ってから少し変わったわ。荒れてないと言うか……体調悪そうと言うか」
「違うのよ、ユグちゃん。彼は、ニクス君に対して……」
「黙れ」
バスタードの顔すべてが、横から話に入ってきたディエールを睨みつける。本人は、「失礼」と小さく手を合わせると、話を続けた。バスタードはまた新聞に目を戻すが、気もそぞろになっているのが周りに伝わってきて面白い。世間に『危険人物』と言われる人間のほうがよほど人間らしい、ディエールはいつもそう思っている。
「それはそれなんだけどね、噂が大分伝播してきたわ。いい事と悪いことが一つづつ起きたけどどっちから聞きたい?」
「悪いことからにして」
はぁい、と癇に障る返事が返ってくるとニュースが伝えられた。
「アージス達が逃げたわ。搬送中に暴れだしてダメだったようよ。『ヒートショック』程度じゃダメみたいね」
「……奴はもともと炎魔法を得意としていた。だから熱にはある程度耐性があったんだろう」
ディエールは不服そうに口をとがらせるが、185という背丈でそれをする姿はシュールそのものだった。全くあざとくない。
「でもまあ人質は残ってる。奪還に来るはずだから次は……私の《《主武装》》を使うわよ」
「あの時の炎剣か……。俺の顔を削り飛ばしたあの剣、俺の体を通してダメージを与えるってことぁ、間違いなく魔剣か聖剣だろ」
彼は「さあ」と答えをはぐらかすと、バスタードの飲もうとしていたコーヒーを素早く取り、一気に飲み干すとさっさと出ていった。その背中にユグドレアウは一言伝える。
「いい話を聞いていないわ」
「アクセローザが一位の組合を制圧したわ。流石ね」
同時刻。窓辺でまどろんでいたニクスのもとに、アレスハーウィンが切羽詰まった様子で話しかけてきた。周囲を見渡すと、組合メンバーの誰もが慌てて動いていた。
「再建中の一位の組合が制圧された! それにアージス達もその組織に囚われているようだ!」
「一位……? ベルとアレストが。うわ、助けないと」
「おい! どこへ行くんだ!」
眠気はすっかり吹っ飛んだ。ニクスは組合を飛び出すと商店街に戻ろうとする。だが、目の前にはいつの間にかアレスハーウィンが立っていた。横を通ろうとするが、腕を掴まれ制止される。
「いまはやめろ。落ち着くんだ。気持ちはよくわかるが、情報が圧倒的に足りない。揃い次第突入するが、その時のメンバーに加えておく。今は我慢する時だ!」
「……はい」
彼にそう諭され、しぶしぶ組合に戻る。ここで初めて知ったことが一つある。再建中の組合、『ナーグル・ストラグル』はこの町にあったのだ。彼らに会える日は近い。
数人の組合員とライシスが何か言葉を交わした後、こちらに来た。彼女の顔は真剣そのものだ。
「フィラーから指示よ。あなたは《《遠距離攻撃以外》》を禁じるとのことよ」
「なんで? 俺は確かに遠距離型だけどライシスと被るだろ」
「私は遠距離は得意じゃないよ」
頭の中に『?』がいくつか浮かんだニクスを後目に、彼女は魔導書をめくっている。あるページにたどり着いたところでこちらに見せてきた。そこには、止血の魔法陣が浮かんでいた。確かに遠距離ではない、後方支援特化なのだ。
思えばアレストは近距離だったんじゃないか? もう少し友達のことに興味を持とうと思ったニクスだった。
しばらく落ち着かずに組合の中をうろついていると、アレスハーウィンの声が聞こえた。間取り自体はうちの組合と概ね同じであり、急いで大広間に戻るとライシスに手招きされた。急いで人の列に滑り込み、後ろの方から彼の話を聞く。
「ただいまより、ナーグル奪還戦を開始する! 突入班は対人制圧力に優れた者と、確実な殺傷力を持つ者の少数精鋭を選抜した! 組合メンバーの3分の2はバックアップに回ってもらう。だが、残るもの達は全員、第一陣が壊滅、もしくは拘束されたときのサブメンバーで構成されていることを心において置け!」
「「「了解!」」」
組合の天井からホコリが落ちてきた。ニクスは列から外れると、槍を拾い上げる。その槍の持ち主はアージスだった。もらったときの彼の顔を思い出す。アレスハーウィンの「作戦開始」の声を聴くと、ひとり呟く。
「絶対助けるからな……待っててくれよ、師匠」
体がカビの渦に飲まれていく。あれよあれよという間にニクスの体は消えさり、大量の黒い靄の奥に、同じく黒く染まった厳つい鎧に変化した。槍を背中に乗っけると歩き出す。すれ違う人は例外なく振り向くが、風に乗って砂煙のような音を立てながら飛んでいく。ライシスも行動を開始した。ニクスはフィラファスの戦法を学んだ際にパクった『真菌の起動楼閣』を使い、細胞を対象に能力を行使して隙間から入ることになっている。
この技の便利なところは、異常な硬度を持つカビの鎧が自動発生するところだ。いよいよニクスも反則の世界に片足を突っ込んだか。
「ニクス、ここで待機よ」
「へい」
ライシスの合図でニクスはその場にとどまり、四人は先に進む。裏口から四人は侵入、ニクスは前から陽動をかける。
「……やらせないわよ? アクセローザがいくら制圧できるからと言っても、君にはたぶん勝てないからね。私とデートしてもらうわよ」
「アクシデント発生か……。んで、お前がディエールか?」
ご明察、とほほ笑む男性の顔に、容赦なくカビをぶち込もうとする。だが、すり抜けられてしまった。
「熱烈ね」
「……時空間跳躍じゃねえな。太陽に関する能力だろ、お前。物理法則の反転か?」
「そうよ」
嘘つけ、とディエールの周りがカビの竜巻でおおわれる。いかにすり抜けるとは言っても空気をすり抜けることはできない。特に、胞子を大量に吸い込ませれば内部から破壊可能だ。
「甘いわよ」
カビが一瞬で晴れた。次の瞬間、ニクスの真下が真っ赤に染まる。飛びのくより先に爆発し、本体を暴かれてしまった。この防御を破るとは、流石に予想しておらず驚きを隠せない。
ディエールの手には、深紅に光り輝く両刃の剣が握られていた。
「『聖剣ガラ・タエナ・アキセリィ』。私のメインウェポンの具合はどうかしら?」




