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賽と此岸を歩く者

お待たせしました

「おはようございます……」

「おはよう」


 今日は何故か、早起きすることが出来たニクスはテーブルに座っている組合長のアレスハーウィンに挨拶をした。


「ああ、そう言えばフィラーから言伝を預かってるんだ。昨日言いそびれてたのを思い出したんだ」

「言伝ですか?」


 うん、と頷いた彼は、そばの机から紙を取り出すと読み上げる。


「あなたを街から離れた場所に向かわせた理由は、あなたを殺そうとしていた敵を見つける事以上に《《あなたを兵器にしようとする輩》》から引き剥がすため。さすがにほかの組合を敵に回すメリットはないから、下手な行動は出来ないでしょう……だそうだ」

「そう言えばいたな、卑怯者が」


 ハーシェル・ペイン。世界で唯一『非戦闘員』しか居ない組合だ。構成員は全て研究者で構成されており、他の組合からは『根暗』『チキン』等と影口を叩かれている。元一位の組合であるアスタリア同様、王室から兵器作成を請け負っているなど、よからぬ噂が立っている組合の一つでもある。それはニクスを襲撃した連中のせいで公になってしまっているが、お咎めがないということは……と、疑念は日に日に強まっていると聞く。


 本日の目標は、この町の構造を知ること。そして、必要な時に駆け込める場所を作り、この町の人々と顔なじみになっておくことだ。

 ライシスが下りてきたので、組合を出ていく。顔に当たる潮風が心地よい。歩いていると、合金のパイプや蛇口が陽光を反射して目に痛い。塩害対策なのだろう。


 ついに海辺に出た。ここからは漁港のある右の道と、商店街のある左の道に分かれており、ニクス達は商店街側に進路をとった。


 ――すると、T字路を形作る外壁の下に、ぽつんと祠のようなものがあった。道祖神だろうか。ライシスも気になるようで、祠……便宜上そう呼ぶが、それを見つめる。振り向いたライシスと目が合った。



《一つ積んでは……母の為……》

「誰だ!?」


 どこからともなく声が聞こえる。その声は無機質で、変声器でも使用したかのような嫌な感覚を覚える。声の主は依然見えない。《二つ積んでは》などと、数がどんどん増えていく。カウントらしいが、何を積んでいるんだ?


「ニクス、祠からよ」

「……敵か? あの時みてえなアンデッドか?」

《三つ積んでは故郷ふるさとの……アンデッド? そんなものと同列にするんじゃないよ》


 カウントがストップし、誰にでもない質問に返答が来た。ライシスは魔導書を取り出し、ニクスは槍に手を掛けながら左の指先を黒化する。カビが伸びていき、祠の数センチ手前で緑色に発光しながら停止した。いつでも祠を打ち崩せる。祠から聞こえる声は笑いを含みながらこう言った。


「血気盛んで結構なことだ。せっかく戦闘態勢に入ってくれたことだし、遊んであげよう。君たちに……いや、ニクス・テラーロック。君に言いたいこともあるしね」

「言いたいことは牢屋で聞いてやるから、とっとと出てこい!

 真菌壊槍アスペルギルス・ヘクトルティン!」


 間髪入れずに五指から現れたカビの槍が祠を粉砕する。いつの間にか、槍なしでヘクトルティンを発動できるようになっていた。ただし、一本の槍に大量のカビをまとわりつかせていた『初代』壊槍と、トータルのカビの量は同じである。一つの指に付き5分の1の火力としたのだ。


《進歩しねえ人間だな》

「ぺらぺらとうるさいわね」


 ニクスの背後に迫る複数の影。その影は瞬時に消し飛んだ。5つの魔法を扱う彼女は、光の魔導書から真っ白な光を放つ。対アンデッドの魔法だ。それが効いたということは、奴は死霊使いなのでは? そんな推論を立てながら現れた大きめの影、おそらく本体に槍で襲い掛かる。


《体力がないのにそんな暴れていいのか?》

「暴れてるかどうかはじっくり確認しな」


 槍を中途半端な速さで突き出すと、その槍の柄をキャッチされる。狙い通りだ、ニクスは口から胞子を顔に吹きかける。一瞬ほおが膨らむと、水鉄砲さながらの威力ではなたれ、影は顔を逸らす。


《うッ……!! ぐあああ!! ……これがバスタードの食らった……デスロック!》

「バスタード……? てめえ、奴らの仲間か!? ライシス、逃がさねえ!」

「勿論よ!」


 二冊が合体し、一つの魔導書になるとそこから大量の鎖が飛び出す。同時に、ニクスもずいぶん前にジョーヴェを捕縛したときに使用した「クロイト」を放つ。過剰に成長し、きしめんのような菌糸が何本も飛び出し、前後からがんじがらめにされるはずだった。


 ――《ああ、最後の一つは鬼に倒される》


 鎖とクロイトが消え、二人は元の位置に戻っている。魔導書も合体前に戻っていた。後ろから何かが迫る。それは、ライシスが放ったはずの鎖だった。逆にライシスはニクスの放ったクロイトが迫っていた。


「「危ない!」」


 二人ともかがんだが、ニクスは両腕に鎖が巻き付き、地面にたたきつけられる。ライシスはカビが掠り、ふくらはぎが黒くなり始める。彼女は痛みで声を上げそうになるが、とどまる。その顔を見ることはできず、カビを解除しようとするが影はふらふらと立ち上がった。


《諸刃の剣だな、それは……。どうする? 俺の捕縛を優先して女を殺すか、ここで俺を見逃して女を救うか。俺はどっちでもいいが、お開きにするかは《《遊びたがった》》お前が選べ、童子ニクスよ》


 続けるにしても負けねえしな、などと挑発されたが、ニクスは迷わずカビを解いた。同時に影をほとんど覆っていたカビも消え去り、ニクスの中に一時撤退する。一度カビを解除すると体内に戻らねばならない。自然由来ではなく能力そのものであるが故の弱点でもある。


 影のように見えたのは、黒いフードだった。だとすれば相当なスピードで動き続けていたという事だ。それもペラペラと喋りながら。


 フードの下の顔は、お面だった。それも、子供が着けるようなものだ。耳飾りが揺れた。鈴が着いていて、潮風に小さくなびいてチリン、チリンと音を立てている。

 ……だが、そんな幼稚な見た目は不気味な声と、意味不明な能力が打ち消してマイナスに転んでいる。コイツは間違いなくヤバいやつだ、相対した二人は思った。


《今回は面通しだけに留めたかったが……割られちまったな、能力。開き直って自己紹介と行こうか。俺は『童河岸』、無敵の能力者だ》

「無敵だと……!?」


 自分を無敵だと豪語するこの童河岸という人間。やはりヤバいやつだ。


「それが言いたいことか?」

《ハッ、まさか。……アージス・カタストロフは知っているな?》

「アージス!? 何を……!」

《話は聞け》


 童河岸は、尚も攻撃を続けようとするニクスを制した。


《彼はこちらに着いた。その後、仲間二人も戦力になったんだ。彼は最後に二人じゃなくお前の名を呼んだ……あっと、口が》

《最後に……?》


 ニクスの真下の地面にヒビが入った。腕が震えている。ライシスはそれを止めようと動くが、童河岸は小さく笑い声を漏らした。


《まあそういう事だ。戦う理由は出来たんじゃねえかな? 二つ目的が出来たろう。……挑発が過ぎたみたいだな》


 そう言い残すと、童河岸の後ろに、巨大な川の幻影が現れた。丸くて白い石が大量に転がっており、その部分から異様な魔力を感じる。それに、奥にはなにか蠢く影が見える。何かを拾い集めているように見えた。


 それでもニクスは槍を構えると、今度は本気で突く。


 刹那、奴はその川の中に飛び込んだ。途端に川が縮小し、水たまりサイズまで小さくなると、地面に吸い込まれて行った。


「……アージス」

「あいつの口振りからすると死んでないと思う。……でも、これはアレスハーウィンさんに報告よ」


 ライシスは、半ば放心状態のニクスを引っ張って組合に戻った。


 アージス陥落の知らせは、すぐに世間に知れ渡った。同時に、攻撃者のこともだ。

 噂は噂を呼び、そのうちいくつかは核心に迫る噂だったのでもみ消しが行われる事態となった。

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