追憶の楔
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――ニクスの住んでいた村には、ある『技法』が存在する。それは、対象の記憶中枢に直接魔力を送り込むことで記憶を封じ込める技だ。戦いにおいては有用とは呼べないが、トラウマを封じ込めて元の生活を取り戻させる事も、万が一敵に捕まった時、情報を吐露しないよう仕組むことも思いのままという、なかなか強力な技だ。その名も、【追憶の楔】という。
ニクスは、『バスタードに村を攻撃され、結果的に父親を失った』トラウマのせいで数年前まで人と関わる事、特に20代後半から30代前半の男性と会話する事が不可能となっていた。が、この追憶の楔にトラウマを封印されているおかげで、その年代にかなり近いベクターや他の依頼者とのスムーズな会話ができているのも事実だ。
逆に、いったんこの楔が外れると途端に性格が荒み、今までの反動も含まって誰に対してもまともな会話ができなくなることを意味しており、諸刃の剣なのである。
ニクスは現在、この楔がトラウマ対象に遭遇したせいで抜けかけてしまい、火急で彼女に付き添われ、何ヶ月かぶりの里帰りが実現したのだ。
「……久しぶりだ! 母さんに会ってくる!」
「ホームシックかなぁ? それともマザコン?」
「フィラーさんも実家帰りな!」
ニクスは村の入口で、いたずらっぽくニヤニヤするフィラファスに対し、親指を下に下ろして反論している。『実家』と聞いたフィラファスは顔をしかめると、「はよ行け」と言わんばかりの顔でそっぽを向く。罵倒にしろ何にしろ、本当になんでもありの組合である。特に主力メンバーの煽りスキルは非常に高い。
村に1歩入った途端、真横からタライが飛んでくる。最近帰っていなかったからなのか、また無茶ばかりしていることがバレたのか。投げたのは恐らく、ばあちゃんことヴィアドラだろう。それをまともに食らったニクスはよろめく。結果、フィラファスを薙ぎ倒してしまった。
「誰です!?」
「いってえ……」
ゆっくり立ち上がりながら、犯人を見る。案の定ヴィアドラが仁王立ち。この顔は怒っている顔だ。たぶん次は……ほら来た、ゲンコツだ。真上からポカリ! とやられたニクスは涙目になりながら反論する。
「俺だって町人を助けようとしてたんだ! まさか前から来た奴がバスタードなんて誰が予想できるんだよ!」
「誰もそのことについて怒ってるわけじゃない。あんたはまた自分の事をないがしろにしたね? こんなことが続けば、その能力は制御化をどんどん離れていくよ」
「……なんで能力の話が出るんだ?」
ふぅ、と彼女はため息をつき、もうだいぶ高齢なのに白髪交じりの髪を撫でつけると話をつづけた。
「やっぱり今は少しおかしいね、いつものある程度思慮深い性格とはかけ離れてる。……あんたの組合は前から少しづつ実績を上げてる。マスターにはもう手紙で伝えたから、あの子から教えてもらいなさい」
と、後ろを指さすヴィアドラ。振り向くとフィラファスが近所の人たちにあいさつを終え、こちらに歩いてきた。歩きながら話し始める。
「あなたの能力は、『常に成長を続ける二種類のカビ』で構成されているのよ。普段使っているのは攻撃用のカビね。即効性の神経毒を大量に放出して末端神経から破壊していき、完全に侵食すると宿主を乗っ取り起動する。分解力も高くて、まるで冬虫夏草とろ過バクテリアの複合よ。そしてこれはこの国で唯一の魔法兵器の製造を許された『ハーシェル・ペイン』に潜入してるうちのメンバーからの情報だけど、このカビは便宜上【デスロック】と呼ばれてるんだって」
流石マスター、生物にも造詣が深い。ハーシェル・ペインは何回かニクスを襲った組合だ。あの舐め腐った顔を思い出してまた嫌な気分になる。が、デスロックとはまたかっこいい名前だ。あんなゲスでも意外と良いネーミングセンスを持っているようだ。
「……もう一つは、危機感知とあなたの体を守る免疫を兼ねたもの。たぶん能力が発動した時に体が命の危機を感じて突然変異させたんだと思う。それが普段、攻撃カビを制御している。そちらのほうは【ライブロック】。
あなたの行動の何がまずいって、生きるために作った制御装置を自力でオフにしたらすぐに攻撃カビに乗っ取られて手が付けられなくなるわよってことが言いたいわけ」
二種類のカビ……たぶん、試験の時に飛んで行き、目の代わりになった奴がそれだろう。そう言う事か。母もほかの人も『自滅は望むな』と言っていたのはそういった理由からだったのだ。次からはもっと命を大事にしよう。と、ヴィアドラが大きく手をたたいた。封殺という何かの準備が整ったらしく、こっちに来いと手招きしている。
最初に自分の能力を教えてもらったあの部屋に入ると、またも上裸になるよう命じられる。相変わらずひどい傷跡だ。しかし、少し薄くなっているような気がしなくもない。
「この傷のことは覚えているかい?」
「いや……バスタードにやられたんじゃないの?」
「どうせ忘れちゃうから言っとくよ。この傷は、封殺すると現れるモノなんだよ。つまり、《《あんたが背負う心の傷》》というわけさ」
「!? ……忘れるってのは……フィラーさんのことも?」
「ピンポイントで記憶を飛ばすことも可能だけど、その場合傷が広がるよ」
「それは気にしない」
体の傷など、心の傷に比べればどうということは無い。どちらも経験したニクスはそう確信している。結局覚えていられないんだ。今のニクスには、せっかくできたつながりを失う方が恐ろしい。
「それでいいんだね? じゃあ始めるよ」
「お願いします」
白い光がヴィアドラの手に灯ると、さらさらとした粒子に変化し、ニクスの頭の中に入っていく。するとおかしな感覚が全身を駆け巡る。頭の中に流れ込んできたのは暗い世界だ。木目らしきものが見える。遠くから誰かの叫び声が聞こえる。
「よせ、……! アレには勝てねえ! 戻ってこい!」
「ウォオオオオオオオア!!」
「息子には手を出させん! ヴィルマエア、うろにニクスがいる! 連れてけ」
「あなたは!?」
母親の名が呼ばれるが、「あなた」と呼ばれた男の名前は聞き取れない。父親なのだろうか。親父は帰ってこない……今、動けば未来は変わるか? 動かなければ。そう思ってはいても体が動かない。自分がいる気のうろに手が掛かった。
覗いたのは母親ではなかった。体にしびれが走ると、左手首から肘あたりまで太い傷が走った。痛みよりも、目の前に居るものに対する恐怖で目を見開くのを感じた。
(なんだこいつ!?)
その瞬間、一気に意識が部屋に戻る。左腕を見ると、先ほど現れた傷と同じものが走っている。見ていたものが何だったのか、全く覚えていない。それに、この数日の記憶に大きな空白がある。だが、この傷は今までなかったものであることだけ理解した。いったい何があったのか。
フィラファスが部屋に入ってくると、開口一番こういった。
「三日前に急に倒れたんだよ! 何があったのかはわからないけど……」
ん? 何か違和感を感じる。何かが違う。だが、何が違うのかが分からない。




