見え行く・害
遅れてすいません
男の眉間に飛んでいく、カビを圧縮して砲丸の形に成形した弾。方法はベクターとほぼ同じだ。彼は大量の魔力を、同じく魔力でブーストをかけた自身の筋肉を使って全体で押さえつけているのだが、ニクスバージョンでは『真菌重槍』を応用して圧縮と培養を繰り返したのだ。
ライシスとドラグレアがニクスの両腕に触れるか触れないか、そのタイミングで男の目の前に黒い大穴が空いた。白服の男が襲って来たあの時と同じ色をしている。男が手をかざし、一言叫んだ。
「転移!」
攻撃は男をとらえることなく、その大穴の中に入った。少しして、組合の外から爆音が発生し、衝撃で上からほこりが落ちてきた。攻撃をはずされたことを理解したニクスは、今度こそ殺そうと槍の柄を掴む。が、その腕はドラグレアにひねられ、反対側の手はライシスの魔導書から出た縄でがんじがらめにされる。だが、彼の手が触れているあたりが黒化する。これが、組合員登録試験を辞退しようとした原因である、暴走第一形態だ。カビが表出し、敵味方問わず体内に侵入しようとする。少し驚いた表情をすると、手を軽く離すがまた掴める位置に手がある。
「今のは……ずいぶん危なかった……」
「『運』が良かったな……お前がこれ以上、フィラーさんや俺を狙うなら……まずお前の家族から殺してやるッ! そしてお前の部下を次に殺す! 最後に本人を殺して存在から根絶してやるからなぁ!」
恐れの表情を見せた奴に向かって、ニクスは心にもない事を怒りに任せて吐き捨ててしまう。その言葉と表情があまりにも鬼気迫る威圧感を醸し出しており、相手は無言で後ずさる。少し動きが止まった瞬間を見逃さず、ドラグレアがニクスのみぞおちに鉄拳をぶち込み、昏倒させた。数人が走り寄るがそれはライシスが止めた。
「今触れると何が起きるかわからないよ」
「まあ組合員を本気で怒らせたその不届きな態度は報告させてもらうから。それとあんたの所属する組織? あれは研究職なんだろうけど、そこに属する人はマスター権限で出入り禁止にするから」
フィラファスはピシャリと言い放った。完全にキレたニクス、冷たい怒りを噴出させたフィラファスの圧力で男は撤退した。その時、背後を取られないよう、フィラファスから目を離さずに組合を後にした。それを見ていた誰もが「そこそこの数の修羅場を超えてきている」と思った。完全に出て行ったあとで、ゼレーアがどこに被害が出たかを確認しに外へ向かう。ほかの面々も、ニクスを心配しながらそれぞれの生活に戻っていった。
「なんであそこまでやったのよ」
「……被ったから、かな」
「ともあれ……目が覚めたなら……よかったな……」
少し上体を起こしながらライシスの問いに答えたニクスを見ると、じゃあ、ボクは行く。と言い残し、ニクスの横たわるベッドをすり抜けるように歩き、静かに部屋を出ていく。あの日から、一日が過ぎ去った後だった。
――――同時刻。
燃え盛る炎を押しのけるように歩く、三面六腕の人影。村があったのだろうか、木材で組まれた櫓のようなものが折れて崩れた。同時に火の粉がその人影に大量に降りかかるが、何事もなかったかのように歩き続ける。どこからどう見ても人外の出で立ちなのだが、『彼』も歴とした人間だ。陽炎のむこうで揺らめく二人組が声をかけてきた。
「なんでここまで壊滅に追い込むんだ……? やりすぎじゃないか?」
「……」
その質問には答えず、体の形が元の二本の腕と一つの頭に戻る。どこから飛んできたのか、一枚の新聞が彼の足元に落ちた。それをじっと見つめる。そこには、収賄を暴いた青年が一面大見出しで写っていた。その顔を見た時、自分に深手を負わせ、撤退以外の選択肢をことごとく奪い去った漢の中の漢を思い出した。顔立ちがよく似るようになった。確か木のうろに隠されていた子供がいた、奴はレベル1というこの上ないハンデを背負っていた。どうせ野垂れ死ぬと思いわざわざ始末しなかったわけだが……。
「……大きくなったな……あいつが命を賭して守った種は若草になったか」
「いい加減こっちの質問に答えろ、バスタード! アジトの時もそうだが何を考えてる!?」
その怒声に対し、小さく目を細めると相手は少し引いた。一位の組合長を倒すのだ、当然腕は立つようだろうが、どれだけ強くなったか気になるところだ。少し出向いてやるか……。そんなことを考えるバスタードだった。
彼こそが人権をはく奪された人間。ニクスの仇でもあり、潰された村の生き残り全ての仇でもある『修羅道』バスタード・オルトリンデだ。
「あの場で武器を装備してたらどうなってたか知ってるだろ。……俺の能力は、奪うことで先に進むことが許される……知った風な口を利くんじゃねえよ」
その言葉だけ残すと、やはり人外クラスの脚力で二人を飛び越え、木々を猿の様に器用に伝っていずこかへ消えた。それを睨みつける男に対し、「もう何言っても無駄」とばかりに首を振る女。二人は全く同じ顔をしており、髪が長いか短いかでしか判別できない。ふと新聞を見ると、にっくき顔が優しげな笑いを浮かべている。それを踏みつけて破り捨てると、ユグが諦めたように話す。
「もういいよ、アレは私たちじゃ抑えられないよ」
「それじゃ困るんだよ、ユグ」
「でも今は従ってるし、現状維持のほうがいいよ。あ、ディエールからよ」
ユグと呼ばれた女性が指を突き出すと、電子黒板のようなものが浮かび、同時に女なのか男なのか判別しかねる声が飛び込んできた。男の方は少し顔をそむける。
「あらぁ、ボーレアウ、そんなつれない顔しちゃってぇ~。こっち見なさいよ」
「うるせえ、その口調嫌いなんだよ。男だろお前」
「心は女の子よ、それにそんなこと言ってると多方面から消されちゃうゾ~」
「要件を言って」
ユグに割って入られ、「ああ、いけず~」などと言いながら、先ほど狙っていた宝物の回収を完了させたことを報告してきた。ボーレアウは満足そうな顔をしたが、ディエールは気がかりなことを話し出した。
「レベル1の子を始末しにバスタードちゃんが向かったわよ? あなたの獲物、取られちゃうけどいいのかしら?」
「わかってる。対策を講じないとなんだが近場に誰もいねえんだ」
「なら、アタシが行くよ?」
確かに彼の能力ならすぐに追いつく。ここは頼もう。
「わかったわ~。でも、バスタードちゃんも《《被害者》》の一人。忘れてはいけないわよ」
通信が切れた。もちろん忘れちゃいないが、これでディエールがバスタードを止めてくれればそれをダシに抑え込むことができるかもしれない。そんな希望的観測はかなり早い段階でぶち壊されることとなった。
――――マタ会ッタナ……10年振リカ……? 殺̪シニコイ……無力ダッタ少年ヨ




