Lv1の怪物
バトルに力を使いまくって長くなってしまった
「お祭りは今日よ? たまに寝ぼけてトイレ行く以外は起きなかったけど大丈夫?」
「記憶が全然ないっす」
「それはそうよ、十日間寝てる上に全身の筋肉が断裂しかかってたんだから」
二十日間、ベクターたちと共に野宿していたため、精神的なものとない体力を振り絞っての修行により体は限界を超えてしまったようだ。レベルが高ければ同時に体力や筋持久力も上がるので、本来ならその程度ではそんな状態にならないのだが、レベル1のせいで疲労の蓄積=大けがに即つながってしまう。なんてこったい。
むっくり起き上がるとライシスに支えられながら下へ向かう。十日間も体を動かしていなかったせいで足元がおぼつかない。体が歩き方を忘れてしまったかのようなふらつき方に苛立つニクスを、落ち着かせるライシス。
「すぐに感覚は戻るよ、ほら、いちに、いちに」
「いち……に……」
階段を降り終わるころには、感覚は大体もとに戻っていた。安堵しながらみんなにお礼とあいさつをしに行く。ニクスの姿を見ると、組合メンバーが集まってくる。口々に体を気遣われ、ありがとうを連呼しながら頭を下げる。みんな自分の先生になってくれた。アージスが今の自分のベースを作ってくれた師匠だが、彼らのおかげでそれを次のステージにつなげることができた。だから先生だ。
「んじゃ、あとで見に行くからな」
「一芸に特化してる俺らじゃギリギリ届かんからな、無敵の組合には」
『ギリギリ』という言葉で、自分たちは負けてないという強い感情が見える。が、勝てなかったという事実を認めてこのニクスという人間にすべてを叩き込み、力を託したのだ。その言葉に、周りが「そうだそうだ」と同意する。ニクスは絶対に力の出し惜しみはしない決意を固めた。カウンターの向こうから呼ばれた。
「ニクス、もう行きな。ガレスは準備できてるから、どこかで待機してあいつらの力の誇示が始まった瞬間に乱入しちゃいなさい」
「行くよ~。私にだけ注意が向くように頑張っちゃうよ~」
手招きしながらガレスにそう呼びかけられ、フード付きのローブを渡される。それを着て顔は隠しておけ、という意味だろう。迷わず袖を通し、フードを目深にかぶると二人とも空中に浮く。重力の操作で空を飛んでいるのだ。と、ベクターに槍を渡された。
「忘れ物だぞ」
「あ、忘れてた。ありがとう」
言葉を残すと二人はゆっくり組合から離れていった。フィラファスはそれをちらっと見るとその場にいた人たちに声をかける。
「今日はお休みよ、ガレスから連絡が来たら行くよ」
――会場が見えてきた。色とりどりの魔法に彩られた光が一面に広がり、幻想的な広場を演出している。
二人は入り口でいったん別れ、ガレスだけ中心に向かった。その際、彼女の持つ小瓶に胞子を入れて置き目の代わりとし、周囲の状況を見ておくことにした。その美しさに、なじみのなかったニクスは驚きの声を上げる。
「きれいだなぁ!」
「うわべだけよ、本当の目的は知ってるでしょ? さんざん言ってたんだから」
そこまで嫌わなくても、とこの組合に友達のいるニクスは思ったが、胞子を通して観察した組合マスターの顔は何か後ろ暗いことを隠しているんじゃないか、という第一印象を抱かせる顔つきである。うさん臭すぎて軽く鼻をつまむニクスであった。
「……ニクス?」
後ろから声を掛けられた。振り向くとアレストとベルが立っていた。おお、と手を挙げるが二人は引き気味に自分のことを見ている。
「どうしたの?」
「なんでカビが顔を……それにそのフード……今日のあんた、なんかおかしいよ」
「カビ? 何のことだ?」
ほら、と彼女に手鏡を手渡され、覗き込んだ。すると首筋から右目にかけてひび割れの様にカビの根が張っているのを見た。驚いて手鏡を取り落とすと、ベルが覗き込んできた。アレストもかがむと背中をさする。腕が震えるのが分かる。ローブの袖口も『闇』が覗いていた。
「落ち着け、俺はみんなに託されたんだ。今だけでいい、落ち着くんだ」
心の中に語り掛けてみる。いや、能力に言い聞かせるように胸に手を当てる。すると、カビの根が薄れると引いていった。一回深呼吸をすると目を閉じ、また開ける。フードを少し持ち上げると二人に礼を述べる。
「ごめん、少し悪夢を引きずってたんだ。まさか能力にまで影響が出るとはね。ありがとう、助かったよ」
「ならよかったよ。俺たちは組合戦に出るからもう少ししたらまた会えるぜ。それまで出店もいっぱいあるから楽しんでな」
二人に手を振って応じると、ガレスが戻って来た。歩き去る彼らの後姿を見ながら訊いてくる。
「あれが友達? 何か言われなかった?」
「いや、なんも。楽しんでねって」
「言わされているんじゃないの? あの子たち」
だからそこまで……と言いかけた時、ファンファーレが鳴り響いた。ガレスが不敵な笑いを浮かべるとニクスを見る。
「これから始まるんですか?」
「そうよ。ほら、アレが組合長」
「本当だ」
どこからともなく現れた舞台に立っている男。先ほど胞子を通してみた顔そのものだ。彼は口を開くと、拡声器も何もないのに耳に入ってくる。
「オホン! えー、会場にお集まりの紳士淑女の皆様、我々が主催する祭り、『神皇祭』はいかがでしょうか! 今年はいくつかの組合の方々をお誘いし、組合同士の結束を……」
そんな調子で長々と話が続く。一言しゃべるたびにガレスがキレッキレの茶々を小声で入れるため、笑いを抑えるので必死だ。その中でもMVPは、組合長の『本日は満月ですから、月明かりの加護のあることを心より』のくだりで「あんたの頭が光ってるだけだろうが」という、しょうもない罵倒で限界だった。むせたニクスの唇に人差し指を当てる。いや、あんたの所為だよ。
「皆々様の健闘を楽しみにしております」
で結ばれると、観客は大きくはけて小さい輪になった。そこに立つのはアレストとベルだった。二人とも緊張した顔だが自信に満ちている。ガレスに胸を押されて少し後ろに行く。振り向いた彼女は、一言だけ発すと真ん中に歩いて行った。
「スタートの少し前に呼ぶから」
それを聞いたニクスは、頷くと人ごみにまぎれた。この位置からならすぐに向かえる。真ん中に行くガレスを、たくさんの目が追う。「ああ、あの組合ね」「なじめなかった人たちの集まりね」。その言葉を聞いた瞬間、プッツンしそうになったがあそこで全滅させればいいかと抑えた。組合長の顔によくない笑いが浮かんだ。思わずにらむと、ガレスが耳に手を当てた。たぶんフィラファスたちに合図したのだ。
「あれ? もう一人はどうしたんですか? まさかうちの組合を一人で相手するつもりですか?」
組合長が言ってくる。このジジイ、相当メンバーに自信があるようだ。確かにアレストもレッドホーンのことを知っていたら瞬殺できたし、ベルも優れた魔法使いだ。ガレスは笑うと、手を挙げる。
「まさか。修行させていたんですよ、あの子はレベル1だけど頑張り屋だから。
さあおいで~、ニクス」
それを耳にしたニクスはしっかりスイッチが入った。槍を握ると人に当たらないように構え、大きくジャンプするとガレスの隣に着地する。着地の衝撃で地面に大きなひびが入る。風でフードが外れると、顔にはまたカビの根が伸びている。そしてローブを脱ぎ捨てたニクスに、周りの人々は「なんだあの子」「能力か?」などと、どよめいている。二人も驚いた顔をする。
「お前……また顔が」
「ゾーンに入ってる。今話しかけても無駄よ、アレスト。でもあんたとやるのは……負けが見えてる……」
「ニクス、やっちゃいなさい」
「了解」
言うが早いか、手を地面に突っ込む。しっかり下の方をつかむと、思いっきりひっくり返した。
「うぉおおおおおおりゃあああ!」
同時にガレスが手をアレストたちに向けると、2人とも引き寄せられる。ひっくり返した地面に触れるとカビが完全に覆い、もともと赤土だったものが黒土になってしまった。これは近接戦闘に持ち込まれた時の盾だ。
その壁を背にしながら、攻撃を待つ。ベルが杖を上に掲げると、急に黒い雲が発生する。雷を落とすつもりだ。天候魔法とは、彼女の実力を考えていなかったことを後悔した。しかし、こちらにもやりようはある。槍を左手に持ち変えると、拳を引いて虚空にアッパーカットを食らわす。周りは意味が分からずひそひそ話している。
――――数秒後、雲が吹き飛んだ。一気に晴れ、ムカデの時の様に月明かりが会場を照らす。
「なんてことだ……」
「やっぱりあの時雲を吹っ飛ばしたのはお前だったのか!」
その言葉に答える余裕はなく、新たな槍の名を呼ぶ。腕の根も共鳴して緑に輝く。ヘクトルティンと切り替えて使う、バリエーションの一つだ。
「……真菌重槍!」
「私の名前だったのね……すぐ変わっちゃうのに。メモして忘れないようにしとこう」
槍の色は緑だが、より長く先端が伸び、ぼたぼたとカビが落ちる。落ちるたびに地面が「バキッ」という音と共にへこむ。高密度に圧縮したカビなので非常に重い。ちなみにサプロレグニアとはミズカビ属の事である。
それをやり投げの様に構えると、カビが槍全体を覆って黒いオーラを放つ。その正体は圧縮され続けるカビの胞子だ。それを投擲すると、斜線上の草が吹き飛び、地面が削れながら飛んでいく。
「早すぎる……!」「よけられない……!」
すると、斜線から二人の姿が消えた。槍は二人のいた場所に刺さり、真っ黒なエネルギーと共に大爆発を起こす。圧縮から解放されたカビが発生させた膨大な熱が黒い光を放ち、爆風を発生させた。二人を抱えた組合長がこちらをにらんでいる。
「……何のつもりです?」
ニクスは答える。
「戦いですから」