スタイルチェンジ
バトル回にしたんですけど、なかなか自信があります。とか言ったら荒らされそう
「おらぁ! 脇ががら空きだ!」
「ぐわぁ! いてぇ!」
そんなやり取りを朝から続けている。今日で二十日目、もう日が中天に上り、ニクスはへとへとになっているが、修行相手のベクターは息が全然上がっていない。永久機関、おそるべし。しかも、彼は素手でこちらは槍を構えている。覆面の男たちとの闘いでも槍がほぼ当たらないことに気づかされたが、ベクターとも同じようにあまり当たらない。当たりそうな時は何度かあったが、触れる寸前に全身から魔力が噴出し、傷一つ入らない。
「まあまあ形になって来たな。ドラグレアの不意打ちまで真似しちゃって。でも甘いんだよなぁ。なあニクスよ、俺が思うに、戦い方がお前にあってないんじゃねぇのか」
「でもばあちゃんに得意なものを極めろって言われたんだ」
「そりゃ、得意な武器の話だろ。俺が言いたいのは戦闘スタイルだよ。遠距離なのか、近距離なのか。武器主体なのか、能力主体か。本人に100パーセント合致したスタイルじゃねえと負けっぱなしになるぜ」
近くの岩に腰掛けながら提案され、ニクスは考える。どうしたらいいんだろうか。数十分ほど経ったその時、手を振りながらガレスが来た。お弁当を持っている。
「ほら、おにぎりよ。それで進捗はどーお?」
「戦い方がふわふわしてっからなあ。イメージ固めさせてからのほうが効率いいんじゃないかと思った」
「じゃあ手伝うよ。ニクス、あんたの『苦手なもの』は?」
「え? 体力ないしレベル1だし……」
わかってんなら、とガレスは続ける。
「あんたの能力は何よ?」
「カビ……ですね」
そこでニクスは、彼女が何を言わせたいのか、気づかせたいのかに気が付いた。体力がないのに、自分から動くのは愚策だ。自分がやってきたこと一つ一つの点が、線になった。
「カウンターと遠距離攻撃……!」
「お、それならお前の能力ともシナジーが見込めるなぁ。流石メア……ああ、ガレスだったか。おじさんもう記憶力が無くて悲しいぜ」
「誰の事よ?」
彼女が変なことを聞き返した。彼はかなり憐れみを含んだ顔で目を細めると、ニクスを見る。その目は、「わかったなら続けるぞ」と言っているように見えた。頷くと、ニクスは持っていたおにぎりを口に押し込み、槍を持つと立ち上がり、彼と向きあった。それをガレスは見ていたが、何を思ったか手をニクスに向けると、振り向く間もなくすさまじい力で『横』に吹っ飛ばされる。
「見てたらうずいちゃった」
「二対一はなかなかひどいんじゃねえ? まあこいつ次第だけど」
「なんて威力だ……お願いします!」
これが最上位の概念能力か。だが最上位というからにはほかにもそういう系統の能力があるのか? という疑問はいったん捨てることにした。
それでこそ! と嬉しそうに言うと彼女の周囲の地面が持ち上がる。地面が揺れ、起き上がったばかりのニクスは態勢を崩す。後ろから轟音と共に魔力の塊が打ち出される。何とか転がってかわしたが、左腕に右手をそえたベクターが叫ぶ。腕の先端だけが陽炎の様に揺らめいている。
「早く立て! 巨人の号砲!」
「白翼!」
手のひらから極限まで圧縮された魔力が、巨人の雄たけびのような音を立てて放たれた。ニクスは歯を食いしばると腕を振るい、暴風で逸らそうとするが、勢いは全く止まらずに直撃する。なんだこのパワーは。意識が一瞬完全に持ってかれた。地面を削り飛ばしながら岩にぶつかって止まった。息が止まり、むせ返るとガレスが動いた。先ほど持ち上げた地面や岩が彼女の周りを周回し、白翼とは全く比較にならない程の竜巻を発生させている。岩同士はぶつかって火花を散らし、あろうことか風の奥から時折、電気が走っているのも見える。
「休みはないよ ネメシスハリケーン」
「な、何を……! うわぁああ!」
「やりすぎだっての……」
アレを食らったら間違いなく死ぬ。ベクターのベルセリオンも普段の威力を食らっていたら死んでたが、これには手加減というものが一切感じられない。能力とステータスを総動員して、止められないまでも軽減はしないと。
「まずは……真菌壊槍!」
槍がらせん状のカビに覆われると緑に輝く。ガレスが何か言っているが、二つ思い出した。カビは遠隔操作できる。そして、ライシスの『荷電流星群』だ。そしてガレスは重力で地面を破砕してあの状態にした。カンスト火力と合わせれば再現が可能で、飛んでくるがれきにぶつけて相殺まで持っていけるのではないか? 考えたなら行動だ。
「これだぁ!」
一歩さがり、槍を地面に突き刺すと強く地面を踏みしめる。地面が蜘蛛の巣状に割れる。すると槍にまとわりついていたカビが広がって地面が緑に発光する。
「起動!」と大声を上げると、狙い通りだ。地面の緑色のカビが浸食している部分だけが持ち上がっていく。それを見たベクターとガレスは満面の笑みを浮かべる。彼女の作った竜巻からがれきが飛んでくる。それより一瞬早く右手で槍を引き抜きながら穂先でガレスを示し、名前を呼ぶ。
「過淀流星群!」
「あれはライシスのか! だが、アレに当たったらカビが感染して……やるじゃねえか!」
ベクターは手をたたくと、腕を組んで見守る。ニクスの地面とガレスのがれきとがぶつかり合い、あちらこちらに飛んでは地面に小さなクレーターができる。だが初めての技なので、《《球数》》が圧倒的に足りない。迎撃しながら円を描くように槍で地面を削り、触れた部分がまた緑色になると飛んでいく。ガレス側のがれきがついに尽きた。重力が元の向きに戻ると竜巻も次第にそよ風となっていった。
流石に体力が持たない。座り込むと息を整え、カビを解除する。黒い胞子に戻ったカビたちは自分の中に戻っていき、それによって形成された薄黒い霧もすぐに晴れた。驚いたことに、カビが暴走しない。不思議に思ったが、能力を本当に信用できるようになったのだと感じた。目の前に手が差し出された。見上げると、ベクターがいい笑顔で見ていた。
「まさかライシスの魔法を再現しちまうとはなぁ。これなら俺のベルセリオンもパクれんじゃねえか?」
「魔力を圧縮じゃなくて押しつぶして砲弾の形に変えれるのはあんただけよ。あ、残りのおにぎり食べちゃってくれる?」
ベクターの手を握り立ち上がると、ガレスがおにぎりを差し出してくる。それを見たとたん、急に空腹を感じた。「いただきます」と手を合わせるとがっつく。それを見ていたベクターだが、「マスターのお迎えだ」とニクスの後ろを指さす。フィラファスが来ていた。過淀流星群を見ていたようで、興奮気味に話す。
「かっこよかったよ! それに二十日間でみんなの戦い方を吸収して基礎戦闘力も相当上がってる。レベル1でも奴らやモンスターは相手にならないでしょうね」
「そこまで!?」
いや、実際そうだと思うと、ベクターとガレスからも太鼓判を押してもらい、ニクスは素直にガッツポーズをする。が、さすがに消耗が激しく、気を失って倒れてしまった。
――――ニクス、お前はどこかで必ず、その体を受け入れてくれる仲間ができる。それまで……
「そんなものはねぇよ、この村はここで終わりなんだからよォ!」
三面六腕の影が見える。それに立ち向かっている黒い人影。その人には小さい炎がともっているのが分かった。
「――この野郎……俺に能力を使わせるとは……っ」
もう一人の人影が怪物の影に飲まれる。まだ少し光が見えていたが、あっという間に影に飲まれて消え去った。ニクスはこの光景に覚えはないが、その人の言葉と声には覚えがある。光を飲み込んだ影がこちらを向いた。六腕のうち、右側の二つが消えている。頭のような場所に、裂け目ができた。悪意に満ちた笑いがニクスを貫いた。
「や、やめろ! てめぇ……だけは絶対許さねえからなァ!!」
「きゃあ!?」
叫びながら飛び起きたニクス。と、ベッドの隣で座っていたライシスが驚いて椅子後とひっくり返る。我に返ったニクスは、彼女に謝る。そしてあれからどれだけ時間がたったのかを聞いた。
「お祭りは今日だから起こしに来たのよ」